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星が降る、雨が降る、猫が降る  作者: 文月ゆり
それは突然に
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 そういえば、昨日の彼女はどうしているだろう。ふと、瞬は昨日の彼女の姿を思い出した。ベランダに出てほたる荘を見てみる。彼女が住んでいる窓を確認すると、いる気配はしない。「一人暮らしなんだろうか」思わず独り言を漏らす。今日は晴天だった。空を見ると小さな雲が流れていくのがわかった。十二月にしては温かかった。すっきりとした天候に、瞬はやはり散歩に出かけようと思った。


 適当に着替え、髪をセットする。――あ、やっぱり散髪に行こう。瞬は唐突に思い立った。狭くて薄暗い傾斜のきつい階段を下りると、ギシギシと小さく音を立てる。今にも崩れそうだ。一階に下りて、一言、節さんに声をかけようと居間に向かった。


「節さん」


 節は瞬が来た途端、何かを掲げて主張してきた。


「これって」

「そう! 新しいスマホ! 買っちゃったんだぁ。いいじゃろ?」


 目をパチクリと節は瞬を見てくる。


「あ、はい。これ先週発売した、新機種ですよね。すごいですね!」

「じゃろ?? やっぱり新しい機種はいい。画面も前より広くなったし、性能も比較的向上しとる。使い勝手も最高!」


 瞬は小さく頷き、苦笑いをみせる。


 節は今年七十一歳になるが、電化製品には詳しい。しっかり時代に乗って最新のものを取り入れている。節はラインもする。余裕でスタンプや絵文字も使い、今時のJK並みにSNSもしている。そのあとも節のスマホの評論は続いていた。


「えっと……これからちょっと散髪しに出かけてきますね」


 熱のこもった批評の途中に食い込むように瞬は言った。


「あ、ごめんなさいね。いってらっしゃい!」

「行ってきます」


 節がこうなると長い。どこかでキリを付けないと、いつまでも話し続ける。やれやれと靴を履きながら、息をつく。引戸の玄関をガラガラと開けて、低い石段を下りていった。キョロキョロと左右を見て、美容室はどっちだろうと少し考える。まだ、ここら辺の地域に疎い。約一か月前にここに住み始め、それ以来、あまり外出すらしていなかったからだ。まぁ、美容室なんてどこにでもあるか。なんて、軽い気持ちで右を歩き始めた。


 通りには昭和を思い起こさせる、レトロな喫茶店、タバコ屋とお弁当屋さん。ふくよかな主婦が買い物袋を自転車の荷台に乗せて走ってくる。袋からネギが見えた。タバコ屋にあるベンチには、お爺さん二人が世間話をしている。小さなお子さんを連れたお婆ちゃんが手を繋ぎながら歩いている。この辺りは、時間がゆっくりと進むようにのんびりとしていた。


 結構歩いた気がする。美容室はまだ見つからない。そんな時、一軒の理容室を見つけた。昭和四十年くらいからやってるんじゃないだろうか、そんな年季の入った理容室だった。瞬は中を覗いてみる。一人、お爺さんが椅子に腰をかけて目を瞑っていた。「やってんのかな……」瞬は入るか入らないか渋っていると、中にいたお爺さんが、目を開けてこちらを見てきた。瞬は思わず目を逸らし、そこを去ろうと歩き出した。すると、お爺さんは瞬を引き留めようと店のドアを開けた。


――カランカラン


 ドアベルが低めの音を鳴らす。


「そこのお兄ちゃん。切ってくかい?」


 後ろから声をかけられ、瞬はちょっと渋面を見せた。


「じゃぁ、お願いします……」


 瞬は席に座ると、カットクロスをつけられた。席は三つ並んでいた。長方形の大きな鏡。それぞれわきには小さな木製の台が置かれ、雑誌が無造作に置かれてある。壁にはいつの時代のポスターだろうか。古臭いイメージモデルがポーズをとっている。瞬は鼻をすすった。理容室の独特な香りがする。ドライヤーで焼けた髪のにおい。整髪料なのか、シェービングローションなのか分からないがいろんなものが混ざってできたにおいがする。瞬は小さく鼻を横に曲げた。


「どうしましょうか?」


 お爺さんは瞬に訊いてくる。


「えっと……」


 そういえば、髪型を決めていなかった。慌てて、ポケットに手を入れスマホを取り出し起動させた。


「えーと……」


 瞬は《 男 髪型 流行 人気 》と入れて検索をかけてみた。いろいろ出てきた。指でスクロールして、自分に合いそうな髪型を探す。


「あ、じゃぁこれにしてください」


 瞬はお爺さんにその画像を見せた。


「おお、お洒落だねぇ。よし、任せときな! かっこよくしちゃる」


 意気込むお爺さんを前に、瞬は不安でしかたなかった。

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