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カーテンの隙間から光が差し込んでいた。その光が顔にかかり瞬は顔をしかめた。布団に潜り込むと身体を丸め、意識が遠のいた。さっきまでいた夢の世界にまた引き戻される。と、その時。それを邪魔する声が瞬の頭の中で響きだした。
「瞬ちゃん……瞬ちゃん!」
階段をゆっくり上ってくる足音。その声に苛立ちを覚えた。部屋のドアが開く。
「まだ寝てるのかい? いつも瞬ちゃんは寝坊助だねぇ」
布団から顔を出すと、そこには節さんがいた。節さんは腰に手を置き、飽きれた様子でこっちを見てくる。頭の上にある目覚まし時計を見ると、針は十二時五分をさしていた。節さんがカーテンを開け放つと、昼過ぎのよく晴れた外光が部屋いっぱい照らしだした。瞬はダルそうに上半身だけを起こすと、ひとつ大きなあくびを掻いた。
「瞬ちゃん、こんな事してていいのかい? 最近、小説は書いてるのかい? とにかく、たまには外へ出たほうがいいよ」
あなたは俺の母親かと言いたげに、瞬は居心地悪そうに頭を垂れた。
「わかりました! ちょっとこれから外へ散歩しにでも行ってきますよ!」
瞬は若干、語気を強めて言う。はっと節さんを見ると、少し悲しそうな顔をしていた。少し苛立ちが表に出てしまったことを悔悟した。
「なんかすみません……」
「いや、いいんだよ。私もガミガミ言い過ぎたね。すまないね」
節さんは、ニコリとして一階へ下りていった。
瞬は、二回軽く顔を叩くと、ベッドから出て洗面所に向かった。鏡に映った自分の顔が情けなく見えた。そういえば、もう二か月くらい散髪をしていない。ボサボサになった寝ぐせ交じりの髪の毛を指でとかすと、蛇口を捻り、冬の冷たい水で顔を洗った。冷たくて指が痛い。タオルで顔の水気を拭き取ると、コップに差しといた歯ブラシでゴシゴシと磨き始めた。――こんなんじゃダメだ。自分でも分かっている。さっきの苛立ちは、耳が痛かったからだ。他人からわざわざ言われたくなかったのだ。
瞬は小説を書き始めていた。とはいっても、まだ頭二千文字くらいしか書いていない。瞬は出版社を辞めてから、ある日、突拍子もない馬鹿げたことを考えた。自分は、本を売る側は向いていないのは身を持って体感してきた。それに、もう会社員はこりごりだった。でも、本に携わる仕事はしたかった。じゃぁ、どうする。――そうだ、小説を書こう。幼稚な考えだとは思うが、これしかないと思ってしまった。
しかし、物語を書くことは思った以上に難しかった。生半可な気持ちではすぐに折れてしまうし、続かない。瞬はそんなこと分かっていたつもりだったが、どこか安易に考えていたのだと思う。きっとできるだろうと。なんの根拠もない自信があった。だが、現実はこうだ。毎日、昼過ぎまで寝て、何をするわけでもなくダラダラと過ごす。ぼーっと物語のアイデアを考えることもあるが、まったく出てきやしない。もしかしたら、どちらも向いてなかったんじゃないかと思う、今日この頃。しかし、そんなこと悔やんでも意味がない。とりあえず、今は小説家を目指す。それだけを考えて生きていけばいい。後の事はどうとなる。やはり、また安易な考えに陥ってる気もする。「まぁいいか」瞬は口を漱ぐと、背伸びをして部屋に戻っていった。