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星が降る、雨が降る、猫が降る  作者: 文月ゆり
それは突然に
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 寒さも忘れて、じっと彼女を見ていると、突然黒い影が空から瞬の視線をよぎってきた。「うわ!」思わず声を上げてしまった。


「ニャー」


 昨日の黒猫だった。


「たく、脅かすなって」


 瞬は猫に近づいてみた。逃げない。それどころか、すり寄ってきたのだ。スリスリと足に顔を擦りつけてくる。その行動がとても可愛らしく、瞬は思わず猫を抱きかかえ頭を撫でていた。


「よしよしよし! いい子だなお前。お腹空いてんのか? ん?」

「今、あげたから平気よ」


 不意に上から声が聞こえた。瞬は顔を斜め上に向ける。すると、さっきの彼女がニコリと瞬を見ていた。身体の血が上がっていくのが分かった。きっと、顔は真っ赤だろう。


「あ、え、えっと。そ、その」


 瞬は思うように言葉が出ない。彼女はそんな瞬を見て、口に手を置きクスクスと笑っていた。すごく恥ずかしかった。カッコ悪いと思った。とりあえず、お辞儀だけして自宅に入った。


「あ、猫……」


 猫も持ってきてしまった。見ると猫は瞬の腕の中で、クリクリの目を向けてくる。――節さん、猫嫌いだったらマズいよな……。瞬はそーっと靴を脱ぎ、忍び足で二階に上がっていった。部屋に入り、ドアを閉めるとホッと肩を撫でおろした。そして、抱えていた猫を床に下し、窓を半分だけ開け、いつでも出れるようにしてやった。しかし、外の風は冷たい。部屋の温度は一気に下がった。瞬は電気ストーブをつけ、外出したままの恰好でクッションに腰を掛けると、テレビをつけた。チャンネルを適当に回してみる。気になる番組はなかった。猫を見ると、瞬がつけていたマフラーとじゃれていた。瞬は口角を上げる。マフラーを猫にやるとベッドに横になった。


「あれ?」


 なにか堅いものが背中に当たった。瞬は思い出した。――そうだ、本。ビニール袋から取り出すと、本の表紙を見つめた。――去りゆく四季。表紙には夕日の背景が優しい色合いで描かれている。古本屋のおじさんは、彼女が自殺するまでの一年間を書いた話だと言っていた。自殺。辻沼の笑顔が頭に浮かんだ。かき消すように頭を激しく横に振る。思い出すとまた苦しくなる。今でもあの笑顔が鮮明に思い出されるのだ。本をベッドの前にある、小さなテーブルに置くと、腕を枕にして、また横になった。


 天井を見つめる。――どうして人は自殺なんてするんだろう。生きていればそれなりに辛いことや苦しいことはある。でも、本気で死にたいと思ったことは一度もない。逆に死ぬ方がどれだけ勇気のいることか。想像するだけで、背筋がざわつく。寝返りを打つ。横向きになり、そこにいるはずだった猫はもういなかった。辺りを見渡し、猫が部屋にいないのを確かめると、ベランダに出てほたる荘をちらりと見た。彼女は居ない。窓とカーテンを閉め、一階に下りた。そして、節に帰ったことを言うと、風呂が用意されていた。風呂場に行き、ゆっくりと熱いお湯に浸かった。今日は疲れた。久しぶりに長距離歩いた。瞬の身体には少し小さい浴槽で、体育座りで天井を仰いだ。気持ちがいい。疲労が回復していくのがわかった。少しのぼせるほどゆっくり浸かった後。部屋着に着替えて、洗面所で歯を磨いた。やっぱり髪型は気にくわなかった。切りにいってそうそう、早く伸びろと願った。


 部屋の電気を消して布団に入ると、閉めたカーテンの隙間からほんのり月明りが漏れていた。瞬は目を瞑った。今日は思いがけないことが立て続けに起きた。とにかく、今は何も考えずゆっくり眠ることにした。

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