Part.17-5 パンジャンドラマーの誇り
翌日、現実世界にて。本来なら部活を引退するはずだが、当たり前のように僕は化学室にいる。何なら部活関係ない茜まで一緒だ。
「……と、いう事でパンジャンの残光の操作権が僕に託されたという事になります」
これまで起きた一通りの内容を僕は話した。
「ふむ。では、託された以上我々も全力を尽くさなければ、な?」
と、岡田は試すような表情でそう言った。
「勿論です」
「では準備も整ったところで燃料のサンプルを試してみよう。化学室で小規模の実験を行い、成功すればグラウンドで実際のロケット運用を想定した実験を行う。グラウンドの使用許可なら既に得ているから安心しろ?」
岡田の言葉に僕と茜が頷く。何をどうしたらそんな目的でグラウンドの使用許可が下りるのかは不明だが、聞いても絶対にロクなことじゃないので敢えて聞かないことにした。
「では始めよう。翔太、点火してくれ」
そう言われて僕達はロケット燃料の実証試験を開始した。
◉ ◉ ◉
試験は概ね良好な結果に終わった。実験の結果今回の燃料は実際のパンジャンドラムに搭載されていたロケットのものよりも低い出力になる事が分かったのだが、今回は異世界での使用を想定しており、実際のロケットエンジン『パンジャンの残光』は長い年月を経て内部構造が劣化している可能性がある。この為、低出力である事に関してはむしろ想定通りという結果に至った。
「これで、異世界でもロケットの運用が可能となるだろう。翔太、燃料のレシピを君に託す」
「ありがとうございます」
僕は岡田から燃料の製造方法がまとめられた資料を貰った。
「いいか?ヘルメピアの民はパンジャンの復活を心から祈っている。それは俺も同じ事だ。必ず成し遂げて来い。人類の運命は君に掛かっているという事を忘れるなよ」
「何を言ってるんですか……」
呆れるような口調で僕はそう言ったが、岡田はそれを無視して強引に解散させた。
◉ ◉ ◉
その後、ちょっとだけ受験勉強をして茜と共に下校する。今回、茜の出番はほとんど無かったが、何やら「見てて楽しい」と言っていた。何が楽しいのかは分からなかったが、他愛もない会話をしながら帰路に就いていた。
「……ところでしょーた、例の小説って読んでみた?」
「ああ、Panjandrummer’s prideか?読んではみたが、単語が難しくてな……途中で諦めてしまった」
「そっかー、最後パンジャンドラム『ベティ号』がベルリンに突っ込んでいくところとか迫力があって面白かったけどなー」
「そんなシーンまであるのか、流石パンジャンドラマーの誇り……」
半ば呆れ気味に呟く。
「まあ、意外と面白かったししょーたも頑張って解読を進め給え」
「……なぁ茜、お前何か毒されてないか?」
「何が?」
「いや、何というか茜まで『パンジャンドラムがカッコいい』とか考えだしたら堪ったものじゃないから……」
「大丈夫だよ、あくまで架空の物語として見てるから。最初からパンジャンドラムがカッコいいなんて思ってないよ」
「……なら良かった」
ほっとした表情で僕は言った。
「じゃあ私はこっちだから!」
「ああ、また明日!」
「ん!」
お互い手を振って僕たちは各々の帰路に付いた。
◉ ◉ ◉
それから翌日、異世界で目覚めた僕は訓練を休んで早速ロケット燃料の制作に勤めていた。情報を握っている人物が僕一人しかいない以上材料の発注から調合までを一人で行わなければならない。現実世界で岡田からロケット燃料に関する資料を貰ってはいたもののそれを異世界に運ぶ手立ては今のところ存在しない為、なるべく暗記した状態で発注書を作っていた。
「出来ました、これをグレートパンジャンシティまで届けてきますので、暫く屋敷を離れます。ルーディさんは?」
材料の発注書を丸めて筒に詰める。
「ルーディなら馬の餌を買いにグレートパンジャンシティまで行ってるはずだよ」
「なら、イヴァンカか栞に声を掛けます。二人なら屋敷にいますよね?」
「ああ、だけどそれならシオリの方は魔法訓練を行いたいね。できればイヴァンカに声を掛けておくれ?」
と、カローラさんは言った。
「分かりました。ではそのように」
と、僕は言って部屋を後にした。
◉ ◉ ◉
その後、イヴァンカと合流し、グレートパンジャンシティへ向かった。ここへ来るのは『ザ・グレートパンジャン・フェス』以来だろうか?実に2か月ぶりといったところか。
「前に来た時よりは落ち着いているみたいだな」
と、僕は呟く
「ああ、なにせ祭りの最中だったからな?あの時は随分と盛り上がっていたものだ」
懐かしむようにイヴァンカは言った。
「それじゃあ手早く済ませよう……あー、こっちか?」
発注書の内容を思い出しつつ、道を歩いて行った。
◉ ◉ ◉
「それにしてもパンジャンドラムって一体何者なのだろうな?」
「……というと?」
不意に呟いたイヴァンカの言葉に僕は応じる。
「パンジャンドラムはヘルメピアを救ったと言っているが、その正体を知るものは居ない。ヘルベチカ計画に関与していたカローラ博士ですらそうだ」
「ああ、そうだな」
と、僕は適当にお茶を濁した。『パンジャンドラムは失敗兵器である』——そんな事をこのグレートパンジャンシティで言ってしまった暁には僕は処刑されかねないだろう。
「お、ここじゃないのか?」
と、イヴァンカは商店の前で立ち止まった。
「ああ、カローラさんが言っていた店だな。行ってくるよ」
店の中に入り、店主に会う。
「カローラさんからの使いです。よろしくお願いします」
と言って僕は書類が入った筒を店主に手渡す。
「カローラ博士か……長い事連絡が無いから死んじまったのかと思ったよ」
「ははは……では確かに届けましたので」
「ああ、これを明日までに調達して博士の元まで送ればいいんだな?」
「ええ、よろしくお願いします」
そう言って僕は店を後にした。
「終わったかい?」
店の前で待機していたイヴァンカがそう尋ねる。
「ああ、帰る前に何か見ていくかい?」
「良い提案だな、久しぶりに来た事だし時間が許すまで見て回ろう!」
背伸びしながらイヴァンカはそう言った。
◉ ◉ ◉
その後、武具から雑貨、食材まで一通り見て回って僕たちはカローラさんの屋敷まで戻った。結局なにも買わなかったが、お互い何かとリフレッシュにはなっただろう。
「ああお帰り、アンタ達が戻ってくるまでに物置を手配しておいたよ。好きに使ってくれ?」
「ありがとうございます。じゃあイヴァンカ、また明日!」
「ああ、お疲れ様」
そう言って僕とイヴァンカは別れた。カローラさんの案内で物置に向かい、部屋を軽く見渡す。
「これだけあれば材料を全て収納出来ますね。ありがとうございます」
「ああ、荷物は明日届くのかい?」
「そうですね、作業は明日からになりそうです」
「そうかい、失敗は許されないからね。頼んだよ?」
「はい」
僕の返事を聞いて納得したのか、カローラさんはその場を去って行った。
「準備は整った。上手くいくと良いんだが……」
そう呟きながら、僕も自分の部屋へ戻っていった。
続く……
<今日のパンジャン!!>
確かに、パンジャンドラムは兵器として失敗作である事に間違いはないだろう。
しかし、名器として傑作である事もまた、周知の事実だ。