表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
88/121

part.16-5 溶けない氷は……

 翌日、父さんの意識が戻ったとの連絡を受け、僕は一人病院に向かう。病室では随分と落ち着いた様子で父さんが外の景色を眺めていた。

「父さん……」

「翔太か……まあ座ってくれ」

 言われるままに僕は椅子に座る。親子だと言うのにお互い緊張していた。

「その……悪かったよ。正直やり過ぎた」

 先に謝ったのは僕の方だった。

「いや、良いんだ。もし俺が翔太の立場なら同じ事をしていたはずだ。それより、俺の方こそ悪かった」

「父さん……」

 と、言いかけて僕は黙り込む。そして一時の後、僕は顔を上げた。務めて明るく、笑顔を作る。

「……良いさ、もうするなよ?」

「ああ、勿論だ。……ところで、母さんには会ってみたか?」

 と、父さんは言った。どうやら、母さんも同じ病院で入院生活を送っているらしい。

「……いや、あれから怖くて一度も会ってないよ」

「そうか……」

 僕が答えると、父さんはそう呟きながら天井を見上げた。


 『佐伯 秋恵』——僕の母さんの名前だ。母さんは栞が自殺してから心を壊し、入院している。母さんが今どうなっているのかは分からないが、少なくとも良い状態ではないのだろうという事は容易に想像できる。

「……実は父さんも、母さんに会うのが怖くてね。だから一緒に会ってほしいんだ。お前が俺を救ってくれたように、俺も母さんを救ってやりたい。だけど、一人じゃどうしても怖くてね?」

 と、父さんは力なく笑った。

「……分かったよ。今から行くか?」

「……ありがとう。母さんは4階にいるらしい、行こうか」

 そう言って父さんはベッドから立ち上がり、病室を出た。僕もそれに続いて病室を出る。重い足取りの中、母さんの病室へ向かった。


◉ ◉ ◉


 母さんの病室の前で僕らは立ち止まる。1~2度、深呼吸をして緊張を誤魔化したがやはり落ち着かない。とはいえ早く入らないとこの病室を利用している人に迷惑だ。意を決して中に入り、母さんの元へ向かった。母さんは一人、ベッドの上で小説を読んでいた。時に笑顔になり、時に顔をしかめている。どうやら小説の世界に没頭し、僕らにはまだ気づいていないらしい。母さんは僕らが思っていたよりも……というか、心の病に陥っているというのが嘘に見える程落ち着いていた。

「……母さん?」

 恐る恐る僕が尋ねると、ようやく気が付いたのか母さんが顔を上げた。

「……あら、どちら様で?」

 母さんは僕たちを見るや不思議そうな顔をする。その表情は不自然な程に落ち着いていた。

「久しぶり、僕だよ。翔太だ」

「翔……太?」

「……え?」

 名乗ってなお困惑気味な母さんに不安を覚える。もしかして……、

「母さん、俺だ!友文だよ!」

 母さんの動向に同じく不安を覚えたのか、今度は父さんがそう言った。

「友文、さん?ごめんなさいね、私、記憶を失ってるみたいで……私の知り合いですよね?」

 申し訳なさそうな笑顔を作る母さんに僕たちはショックを受けた。ここまで僕たちに他人行儀な母さんは初めてだった。

「そんな……母さん!」

「翔太!」

 僕が言いかけた所を父さんが制止する。

「翔太、付き合ってもらって悪いが少し席を外してくれないか?二人で話がしたいんだ」

「父さん……無理はするなよ?」

 そう言って僕は席を外した。……とはいえ、ただ待っておくのも癪だ。僕は病室の陰に隠れてこっそりと二人の話を盗み聞きする事にした。

「まさか覚えていなかったとは……驚かせてしまったね」

 そう詫びた後、父さんは僕たちと母さんの関係を簡単に話した。

「そう……だったんですね。私も病院の先生から私がどんな人間だったのかをなんとなく伺っています」

「ああ、今まで見舞いにも来れずに母さんがこんな事になっているなんて知らなかった。すまない」

「いえ、良いんです。私も自分の娘が自殺したという話を聞いてとても悲しく思いました。実感はありませんが、それがどれだけ辛いことなのかは少しだけ想像出来ます」

「そうか……ところで、本を読んでいたのかい?」

「ええ、最近気に入ってる恋愛小説なんです。病院の本棚に置いてあったのですが、凄くロマンチックで……私もこんな恋がしてみたいな……なんて、変ですよね、こんな年にもなって……」

 と、母さんはまるで乙女のような事を言う。

「良いってことさ。俺も読んでみていいか?」

「ええ、どうぞ?」

 そう言って母さんは自分が読んでいた小説を渡した。父さんは椅子に座り、その小説を黙読する。時に母さんと感想を共有しながら、やがて小説を読破した。

「ありがとう、面白かったよ。記憶がなくなる前の母さんも、きっと気に入っていただろうさ?」

「そうなんですか?それは良かったです」

「ああ、俺もこんな恋がしてみたいなって、久しぶりに思えたよ。……だからさ?」

 言って父さんは一拍置いた。

「俺ともう一度、付き合ってくれないか?」

「……え?」

 父さんの突然の告白に母さんは戸惑う。

「……こんな私でも良いのでしょうか?」

「と、いうと?」

「私、きっと記憶がなくなる前の私とは違うと思うんです。もしかしたら、それであなたを絶望させてしまうかもしれない……」

 自信が無さそうな母さんの手を父さんは優しく握る。

「大丈夫、俺は今の母さんと付き合いたいと思ったんだ。あまり思い詰めないで良い。……返事を聞かせてくれないか?」

 父さんがそう言った後、母さんは意を決したかのように顔を上げた。

「こんな私でいいのなら……!」

「ありがとう、過去の記憶は無いかもしれない。でも、これから多くの思い出を作っていこう!」

「はい!」

 と、母さんは父さんの手を握りかえす。

「……あーあ、見てらんねーな、親同士の恋物語なんて」

 と、呆れるように僕は小さな声で呟く、そのまま病室を立ち去ろうとした時、父さんに見つかってしまった。

「翔太!お前、何でそこに……」

「……やべ」

「はぁ……まあいいや。また来るよ、母さん」

 そう言って父さんと僕は病室を去って行った。

「全く、なんで俺は自分の女房にもう一度告白なんてしなきゃいけないのか……今日はヤケ酒だ、意地でも退院してやる。翔太、お前も付き合え」

「やだよ、一人でやってろ」

 父さんの誘いを心底嫌そうな顔で突っぱねる。

「付き合い悪ぃな、まあいいや。じゃあお前はどうするんだ?」

「取り敢えず帰るよ。家で待ってる」

「分かった、今日中に帰れるか分からないが、また連絡するよ」

「必ず帰って来いよ?」

 と言って僕は父さんと別れた。


◉ ◉ ◉


 夕方になってようやく僕は家に帰って来た。

「ただいまー」

 茜がいるかと思ってなんとなく言った。しかし返事は無い。帰ったのだろうか?そう思いながらリビングに行くと、茜の置手紙があった。やはり帰ったらしい。

「今日の話、茜も気になってる事だろうし明日学校で話すか……」

 そう思いながらそっと置手紙を机に置いた。キッチンに行くと、作り置きの料理があった。

「茜か……ありがとう」

 そう言って料理を温めた。夕飯には早いがなんとなく食べたくなった。早めの夕飯を終え、僕は両親と栞の部屋を軽く掃除する。栞はともかくもうすぐ父さんと母さんが帰ってくるのだ。なるべく綺麗にしておきたかった。栞の部屋は……なんとなくだ。

「あ……」

 ふと、栞の部屋を掃除していると、夕べ充電していた栞の携帯を机に置きっぱなしにしていた。携帯を開くとやはりパスワードロックが掛かっている。

「結局分かんないな……やっぱり異世界で栞に聞いて……ん?」

 それだけ言いかけて僕は思い出した。昨夜、栞が言っていた謎のアルファベットと数字の羅列……、

「S、S、8、9、4、7、2、3……」

 栞はそう呟いていた。まさかこれは栞の携帯のパスワードなのだろうか?そんな若干の期待を持ちながらパスワードを入力する。

「これでどうだ?」

 そう思いながらロック解除ボタンを押すと、なんと携帯の画面が開かれた。どうやらあれは携帯のパスワードだったようだ。中身を確認するといくつもの未読メールがあった。内容は『死ね』『クズ』等の稚拙な暴言ばかりだ。

「……やはりこれが自殺の原因か……」

 これで確信した。栞が自殺した原因はいじめだ。

「差出人のほとんどは『井上 紗耶香』この女が栞をいじめていた張本人らしいな」

 他にも差出人がいる事を鑑みると恐らく集団でのいじめにあっていたのだろう。酷い話だ。

「まあいいや」

 そう呟きながら僕はそっと携帯を閉じた。今更栞をいじめていたメンバーを知った所でどうにもならない。掃除途中だった事を思い出して僕はまた掃除機を握った。

「明日栞に……いや、やめておこう」

 独り言をぶつぶつと呟きながら栞の部屋を掃除する。事実を知った所で何かが変わるわけじゃない。せっかく家族が元通りになりそうな兆しができたんだ。今まで通り行こうと僕は思った。


 常温で溶けない氷は存在しない。栞が作るパイクリートだって、いつかは必ず溶ける時がやって来る。僕たちの凍り付いた時間は、徐々にその秒針を動かしていた。その秒針は1秒よりも長いかもしれない。だけど、少なくとも動くことが出来た。今はそれで充分だ。


続く……


TOPIC!!

ヘルメピア連合王国


リアラ大陸の中央に位置する国、かつてとある帝国の属国となっていたが、独立戦争に勝利し、徐々に力を蓄えて行った。


ヘルメピアの特徴は何といってもその独自の技術力にある。爆薬の製造技術から高い工業能力は他の追随を許さないものがあり、人々の暮らしから軍需品まで、他の国家では見る事の出来ない物も数多く存在する。


その中でも特に異才を放っているのが『パンジャンドラム』である。かつてヘルメピア独立戦争で使用された兵器であり、戦争終結後も神器として崇められたそれはヘルメピア領内であれば多くの場所で目にする事が出来る。その多くはロケットや爆薬を搭載しない『ダミーパンジャン』と呼ばれるものであり、コンテナや机、椅子に装飾品等、大小様々なダミーパンジャンが存在する。


また、軍事力も高い水準にあり、爆薬を利用した戦術は多くの国家に恐怖を与え、ヘルメピアを強国にのし上げるものとなった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ