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part.16-4 溶けない氷は……

 その後、僕たちは川上さんによる応急処置を受けた後、病院へ搬送された。僕は大した事無かったのだが、父さんの方は倒れた時の脳震盪が原因で気を失ってしまったらしい。

「命に別状は無いよ。しばらくしたら目を覚ますだろうさ。それにしても酷い有様だね、喧嘩の原因は……?」

 外科医の先生が僕にそう尋ねた。

「……父さんはここ数か月の間、家に帰ってなかったんです」

「ほう?」

「どうもずっと仕事にのめりこんでたみたいで、俗に言うワーカーホリックってやつです」

「それで連れ戻そうと会社まで行って話をしたら殴り合いになった、という事か」

「……はい」

「ふむ、まあ、家族を取り戻したかったということか。悪い動機じゃないが、少しやり方を間違えてしまったようだね」

「それは……反省しています」

「そうだね。君は入院する必要性も無いし、お父さんの意識が戻ったら連絡するよ」

「……ありがとうございます。では、そのように……」

「入院する必要はないとはいえ君は怪我人だ、暫くは安静にしているんだよ?」

「はい、ありがとうございました」

 そう言って僕は診察室を後にした。外は既に日が落ちかけており、夕焼けの光が病院の窓から差し込んでいた。


◉ ◉ ◉


 病院を出てからタクシーを呼んで家に帰る。既に空は暗くなっていた。無言のまま玄関の扉を開くと、何故か廊下の明かりが付いていた。

「?明かり消し忘れたか……?」

 怪訝に思いながら靴を脱いで廊下に上がるその瞬間、何やらドタバタと少し激し目な足音が近づいてきた。

「おかえりしょーた!!」

 いう間もなく茜は僕に抱き着いてきた。

「あ、茜!?お前、どうやって家に……!」

「企業秘密です!」

 茜は自慢するかのごとく胸を張った。

「お前は何処の社員だよ……全く」

「それよりしょーた、ただいまってまだ言ってないでしょ?」

「え、いや言ってないけど……」

「じゃあ言って!ほら早く!」

「た、ただいま……」

 そう言うと、茜は再び飛びついてきて「おかえりー!」と、間延びしたような声で返事をした。

「最近帰っても『ただいま』なんて言ってなかったでしょ?」

「まあ、家には誰もいないからな」

「もうすぐお父さんも帰ってくるんだしちゃんと挨拶しないとだよ?」

 と、茜は言って僕から離れた。

「はいはい、分かったよ……」

「うん!でも無事で良かったよー、しょーたとお父さんが喧嘩したって聞いたから……」

「まあ、紆余曲折あってな……父さんは今気を失っているけど、意識が戻ったらまた話してみるよ」

「そうだね!じゃあ、ひとまずはご飯にしよう?食べ終わったら怪我の手当てをしてあげる!」

「やだ」

「え?」

 茜はキョトンとして僕を見る。

「手当なら病院でして貰ったし、お前うさぎ柄の絆創膏とか貼りそうだし……」

「うさぎは戦いの勲章だよー?」

「うるせー」

 僕がそう言うと、茜はまた笑い声を上げた。


◉ ◉ ◉


 食事を終えてからはシャワーを浴び、就寝時間となる。結局茜は泊まっていくことになった。茜とはおやすみの挨拶をして自室に戻った。

「……これで良かったのかな?」

 僕なりに『話』をしたつもりだ。だけど、何というか、もっと綺麗なやり方もあったんじゃないかと思う。まあ、なんにせよ父さんの意識が戻って来れば分かる話だ。ベッドに寝転がり、屋根を見上げながら僕はそんなことをぼんやりと考えていた。


◉ ◉ ◉


 それから翌日、異世界にて僕は目を覚ました。手早く布団を畳んでリビングに降りる。リビングでは既にカローラさんが支度をしていた。

「おや、今朝も早いね……ってどうしたんだい、その怪我は?」

「……え?」

 言われて頬を触ると、痣を触った時と同じ痛みが僕を襲う。昨日僕と父さんが喧嘩した時に出来たものだ。

「あー、昨日とある人と喧嘩して……」

「なんでもいいから手当しておいで、こっちの手伝いはいいからさ?」

「はい」

 言って、僕は自室へ逆戻りしていった。


◉ ◉ ◉


 一通り薬草を塗った包帯を巻いて朝食の席に着く。一緒に朝食を摂った一同から驚きの声が上がったが、何とか誤魔化した。それから朝食を終えてからしばらくは自由時間の為、外の空気を吸いつつ軽く剣を振る。午後になってからカローラさん指導の下、魔法の訓練を受けた。

「……シュリュッセル!」

 魔法に関しての進展は特に無い。相変わらず正解率100%とはいかず、間違っては正解と照らし合わせて何処を間違えたのかを探し、修正しては新たな間違いを生むというトライアンドエラーの繰り返しが続いている。

「正解率は相変わらずだけど、あんた自身は大分落ち着いてきたみたいだね」

「そうですね、やるべき事も粗方片付いたので……」

「そりゃあ良かった、じゃあ続きと行こうか?」

「はい」

 そう言って再び僕は魔法を唱えた。


◉ ◉ ◉


 訓練が終わる頃には日も沈んでいた。夕食を終え、疲れた体で自室まで向かおうとしていた。

「……おっとその前に」

 ドアノブに触れようとする直前で思いとどまる。そのまま僕は栞の部屋へ向かった。

「栞ー、話があるんだ。入っても良いかな?」

 ドアをノックしながらドア越しの栞にそう伝えた。正直、言うか迷ったが栞には伝える事にした。父さんと喧嘩した事、そして今、僕の家族がどうなっているのかという事、栞が自殺した事で僕たちはどう変わってしまったのか、という事を。今まで異世界で起きた様々な出来事を鑑みて、今の栞なら受け止めきれるだろうと考えたんだ。だから伝えておきたい。僕の、そして栞の今後の為にも……、

「兄さん、入って良いよ」

 しばらくして栞の声が聞こえ、中に入った。

「夜遅くに悪いな、栞に話があって……」

「ううん、別にいいよ。それで、どうしたの?」

「ああ、現実世界で起きた事でも話そうかなって……栞にも知っておいて欲しいんだ」

「うん……」

「実は昨日、現実世界で父さんと喧嘩してさ、この傷はそれで、ね……」

「父さんと!?どうして……」

「やっぱ、分かんないよな……今僕たちがどうなっているのか」

「それって……」

 何かを察したかのように栞は目を開く。

「……栞、大丈夫?」

「うん、続けて?」

「分かった。実は父さん、ワーカーホリックになってしまったんだ。……何というか、栞が死んでから直ぐの話だ」

 僕の話に栞は言葉を詰まらせる。栞の様子を伺いながらも僕は慎重に言葉を選んで話を続ける。

「だから、今の今までずっと家に帰ってなかったんだ。どうやら栞の事を忘れたくてずっと仕事に入り浸っていたらしい」

「……やっぱり、私のせい、だよね?」

 栞は震えるような声でそう尋ねた。

「……『違う』って言ってやりたい。でも、残念ながらそうじゃない。栞が死んでしまってから、僕たちは大きく変わってしまったんだ。僕だってもしも異世界に行ってなかったら、茜が居なかったら……どうにかなっていたのかもしれない」

「そん、な……母さんは?」

 泣き崩れそうになる栞の肩をどうにか支える。

「母さんの方は、もっと酷くて、あれから心を壊してしまって、今入院しているところなんだ」

 と、僕は言った。正直これ以上の事情を伝えられそうにない。それほど栞の肩は震えていた。

「やっぱり、私のせいで……」

「大丈夫だ。だから昨日、僕は父さんと喧嘩してきた」

「……え?」

「父さんの会社まで殴り込みに行ってね、『早く帰ってこい』ってさ?その時、父さんに殴られてしまったよ。『お前に何が分かる!』って言われてさ?」

 務めて明るく、まるで冗談でも話すかのように僕はそう言った。栞はそれに無言で頷く。

「だから別に心配しなくてもいい。栞に気負わせるつもりでこんな話をしたわけじゃないんだ」

「うん」

「ただ、もうこんな想いをしたくはない。どこの神様か分からないけど、救われた命なんだ。異世界に来て、命の保証が無い立場に居るのは分かってる。でも、変に死にたいなんて考えないでくれよ?」

「大丈夫、分かってる」

「なら良かった。じゃあ、僕は戻るから」

「うん、おやすみ」

 それを聞いた僕は、栞に手を振って部屋を後にした。その瞬間、栞に手を引かれ、引き留められる。

「待って兄さん!」

「栞!?」

 僕が思わず立ち止まると、栞はそっと僕に耳打ちした。

「S、S、8、9、4、7、2、3……」

 それだけ言って栞は僕から離れた。

「栞、今のは……?」

「さあ?それじゃあ、今度こそおやすみ、兄さん」

 そう言って栞は僕を部屋から追い出した。

「し、栞……!?」

 僕はしばし栞のドアの前で唖然としていたが、やがて諦めて僕の自室へと戻っていった。


続く……


TIPS!

佐伯栞④:案外恥ずかしがり屋で口数が少ない。

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