part.16-2 溶けない氷は……
その日の夜、僕はある所に電話を掛けていた。
『……お電話ありがとうございます。——』
連絡先は父さんの勤務先だ。父さんの携帯に掛けても一向に繋がらない。仕方がないので今、こうして勤務先に連絡を入れたのだ。
「あ、もしもし、佐伯 友文の息子の翔太です。父に変わって頂きたいのですが……」
『……少々お待ちください』
しばらくの後、別の人間が電話に応じた。しかしこの声は父さんのものではない。
『もしもし、佐伯部長の同僚、川上と申します。……息子さんで?』
「はい、そうです!父は今どうなっているのでしょうか?」
『部長は今忙しいみたいでね、代わりに自分が応じているんだよ』
「父はもう数か月も家に帰っていないんです。どうにか一度会いたいのですが……」
『ああ、そのようだね。君のお父さんはここ最近何かに焦っているみたいで……前は会話にも応じていたが、今じゃパソコン意外とまともに会話してないよ。一体何があったんだい?』
やはり職場の同僚は自殺の件を知らないらしい。ここは事情を伏せた方が良いだろう。
「それについてはちょっと答えられないんですが、一度職場まで伺いたいです。どうか父と話をさせて下さい」
『分かった、アポを取っておくよ。都合がいいのはいつ?』
「今週の土曜日でお願いします」
『土曜日だね?部長には伝えた方が良いかな?』
しばし一考した後、こう答えた。
「……いえ、父に知られたら追い出されそうな気がします。これはどうか内密に……」
『分かったよ。じゃあ土曜日待ってるから』
「ええ、お仕事中に失礼しました」
そう答え、僕は静かに電話を切った。
「……土曜日か、何が起きるのやら」
ため息を吐きながら携帯をしまう。背伸びを一つして椅子から立ち上がった。
今、この家に僕以外の人間はいない。父さんはワーカーホリックで仕事漬け、母さんは栞の自殺から心を壊して現在、精神病院に入院している。母さんに関しては最早僕の力じゃどうしようもない。だから、まずは僕の力でどうにかなりそうな父さんに会うことにしたのだ。
「栞が今の家庭事情を知ったら、どうなるだろうか?」
言いながら、僕は栞の部屋だった場所へ入る。ここには栞の遺品が多く残されていた。その中からかつて栞が使っていた携帯を取り出し、充電する。
「……」
携帯の画面を開くと、パスワードロックがかかっていた。栞が自殺した際、この携帯も警察に押収された。パスワードを解析して解除する事も可能だと言われ、携帯に載っていた内容を聞くこともできたが、僕は敢えて聞かなかった。それは栞の本意じゃない気がしたからだ。だけど、携帯の内容次第で自殺の真相を知る事が出来るかもしれない。だから、今はこの携帯を引き取って栞の部屋にしまっている。
「栞、僕はどうすればいい?」
虚空に問うた。異世界に行けば栞がいる。だから本人に直接それを尋ねる事も可能だが、それは敢えてしない。何故なら、僕は栞の兄だからだ。
◉ ◉ ◉
翌日、異世界での僕は例にもれずカローラさんからの訓練を受けていた。情報処理魔法『シュリュッセル』の訓練だが、少しずつではあるものの感覚が掴めてきた。必要最低限の情報に絞りつつ鍵穴の形状特定が出来る様になってきたのだ。
「……鍵はこれです」
今度ばかりは当てずっぽうではなく根拠ありで鍵を特定する。自信満々に鍵を差し込み、捻った。
「……あれ?」
開かない。結局この鍵は不正解のものだったらしい。
「嘘だろ?確かに魔法でこれだと……」
「おや、とうとうここまで来たのかい?」
戸惑う僕にカローラさんはこう答えた。
「今アンタに起きた現象は『情報処理魔法の嘘』と呼ばれるものだ」
「……情報処理魔法に嘘があるんですか?」
「ああ、コイツは実に多くの魔導士を悩ませてきたもんさ。情報処理魔法は術者が自身の脳に入り込んでくる情報量をコントロールしているだろう?」
「……そうですね」
「そのせいもあって本当に必要な情報を見落としてしまう事もあるのさ。その内容次第じゃ事実と異なる情報を得てしまう事だってあり得る」
「……それが、情報処理魔法の嘘?」
「そういう事だ。本当の鍵は……ああ、これだね」
そう言ってカローラさんは正解の鍵を差し出す。
「自分の魔法で見比べてみな?正しい鍵になっているだろう?」
言われて魔法で見た鍵穴の形状と見比べる。
「……確かに、合ってますね」
「んじゃ、今度はアンタが答えた鍵と見比べてみな?形状の違う箇所があるだろう?」
「……先端の部分が若干違いますね、あとは根本でしょうか……?」
「そこがアンタの見落とした情報処理魔法の嘘ってやつさ、次はそこを意識してやるんだよ?」
「わ、分かりました」
そう答えながらも、度重なる不正解に苛立ちを覚える。
「……なんだい、自信満々に答えた結果が不正解だったのが不満かい?」
「いえ、そういうわけでは……」
「苛立ちなさんな、ここまでくればあと一歩さ。間違えた部分を修正しながら答えを見つけられるようにすればいい。ちょっと道のりは長いかもしれないが、焦る程遠のいていくよ?」
「……それは一歩と言わないのでは?」
「揚げ足取ってんじゃないよ!ほら、準備しな?」
そう言いながらカローラさんは別の南京錠を用意した。
◉ ◉ ◉
それから3時間強ほど訓練を続けたが、結局正解を出すことは出来なかった。
「……最後のは絶対正解だと思ったんだが、何がダメだったのか……」
自室に戻って一人反省会をしていたが、途中で栞の妖精『ソフィー』がやって来る。
「やあショータ、訓練の手伝いに来たよ?」
「ありがとう、じゃあ早速頼む」
そう言って南京錠を取り出した。ヘルメピアに来る前から持参してきた南京錠だが、何度も訓練してきて鍵の汚れ具合や形状、色合い等で魔法を使わなくてもどの鍵が正解なのか見当がついてしまう為、正直やりにくい。この為、今は目をつぶって鍵に触れずに魔法を使っている。
「……また不正解だ、何がダメなんだ?」
間違えた部分を修正すれば今度は別の個所を間違える。終わりが見えず心の方が先に折れそうだ。
「大丈夫かい?シオリの方はもうとっくに……」
「やめろ聞きたくない」
僕はソフィーの言葉を強引に遮った。
「ご、ごめん……」
「よし、もう一回だ!」
そう呟いて魔法を唱える。
「……ダメか」
「……ねえショータ、何か焦ってないかい?」
不意にソフィーがそう尋ねる。
「……そう見える?」
「うん、シオリの事?」
「いや、違う。何というか、今度とある人と話をしないといけなくてね。もしかしたら喧嘩になるかもしれない」
と、僕は答えた。
「いったい何があったのさ?」
と、ソフィーは呆れる様に尋ねる。
「……それは答えられない。まあ、死にはしないさ」
「ふーん、まあ頑張るんだよ?」
「ああ、じゃあ続きだ!」
そう言って僕は無造作に置かれた南京錠に向き合った。
続く……
TIPS!
シールドボウ①:盾とボウガンを合わせた攻防一体型の装備。当初は「画期的だ」と騒がれたが、重い上に照準が難しい為、扱いづらい武装となっている。
 




