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part.15-4 Pykrete needle!

 それから現実世界での一日を終えた翌日、僕は異世界で目を覚ました。二日も過ごせば流石に部屋の天井も見慣れてしまう。ここはカローラさんの屋敷だ。

「んん……」

「……やっと起きたかい?栞が先に来てたよ?」

 起きて早々にソフィーが僕の顔を覗いていた。

「そうか。また寝坊してしまったな……」

 そう呟きながら手早く着替え、リビングに向かった。リビングでは既に栞が食器を並べている。

「兄さん、おはよう」

「おはよう、悪いな、一人で任せてしまって……」

 そう言いながら僕も栞の手伝いに入る。

「ううん、大丈夫だよ」

「……おや、二人揃ったみたいだね?」

 奥で朝食を作っていたカローラさんが僕らにそう言った。

「……おはようございます!」

「おはよう、ショータ。シュリュッセルは使えたかい?」

 香りの良いパンを卓にならべながら、カローラさんはそう聞いてきた。

「……いえ、全然ダメでした」

「だろうねぇ、今日からはシュリュッセルの訓練を行うから準備しておくんだね」

「……分かりました」

「……とはいえアンタの訓練は午後だ。先にシオリの訓練を行うから、暇だったら見に来ると良い。きっと驚くだろうさ?」

 カローラさんは含みのある言い方でそう言った。

「そんなに凄いんですか?栞の魔法……なんだったっけ?」

「パイクリート・ニードルさ。まあ、見てのお楽しみだ」

 そう言ってカローラさんが最後の料理を卓に並べた。

「さあ、出来たからルーディとイヴァンカを呼んできておくれ?」

「はい」

 そう言って僕たちはまた二階へと上がっていった。


◉ ◉ ◉


 それから朝食を終えて暇だった僕は、カローラさんの言いつけ通り栞の訓練に付き添っていた。ここはカローラさんの屋敷から少し離れた場所にある平原で、栞の目の前には訓練用の鎖帷子(くさりかたびら)をまとった木製の標的が立っている。

「……始めてくれ!」

 カローラさんの合図で栞は何故かポーチの中から綿を取り出した。

「……あれ、なんですか?」

「まあ黙って見てな?」

 思わずカローラさんに尋ねた僕だったが、あっさりと流されてしまう。そうこうしている内に栞は手に持っている綿を中心に氷を形成していた。出来た氷を針状に整形し、標的を睨む。

「……パイクリート・ニードル!」

 言葉と共に勢いよく氷の針が飛翔し、標的のど真ん中に命中する。これだけならただのアイスニードルと変わらない。しかし、栞が放った『パイクリート・ニードル』は、鎖帷子をまとった標的を貫通させ、鎧の後ろ側まで氷の針が突き出ていた。

「……嘘だろ?こんなただの氷が……!」

「ただの氷でこんな真似事は出来ないさ。こいつはパイクリート、綿と水を混ぜたものを凍らせて出来たものだ」

「……それだけでこんな事が!?」

「出来るんだよ……シオリ?」

 カローラさんの合図で栞は再び綿を取り出し、パイクリートを作り上げる。

「嘘だと思うんならコイツを切ってみると良い。ただの氷なら真っ二つに割れるだろうけどねぇ?」

 試すようにカローラさんが言って僕は抜刀する。やはりヘルメピア製の剣は軽い。

「はあああああああああああああ!!!!」

 勢いよく剣を振ったが、パイクリートはびくともしない。わずかに傷が入ったが、割れる気配は微塵も無かった。

「嘘、だろ……?」

 そう呟きながら僕はパイクリートから後ずさる。

「兄さん、どうだった?」

「……いやまさかな?」

 僕の反応を見た栞は自慢するように僕を見上げた。

「アタシも最初見たときは驚いたね。ただ綿を混ぜただけの氷がここまで硬いんだから」

「……いや、そうですね」

 僕の反応を見た栞は嬉しそうにしている。なんだかちょっと苛立ってきたが顔には出さない。僕も魔法を練習しなければ……。

「さあ、午後はショータ、あんたの方だ。みっちり鍛え上げるから覚悟しな?」

「ええ、分かっていますよ……」

 僕はそう答えた。何でもいいが妹に負けるなど兄として……いやなんでもいいや。


◉ ◉ ◉


 その後、栞の訓練は終わり、僕の番となる。しかし、

「ショータ、何か焦ってないか?」

「……いえ、そんなことは無いです」

 僕は南京錠を握りしめて正しい鍵を探す。

「鍵は……これです」

 そう言って手に取った鍵を南京錠に差し込んだ。しかし、

「……違うみたいだねぇ」

 カローラさんがあざ笑うようにそう言った。

「シュリュッセルの難しさが分かったみたいだね、これから苦労するだろうさ」

「……」

「そんな顔しなさんな。……まあ、大方妹に妬いているんだろうが、パイクリート・ニードルと違って情報処理魔法は一朝一夕で会得できる魔法じゃあない」

「……妬いている訳では」

「ちなみにパイクリート・ニードルをお前に見せた時、シオリはたいそう喜んでたねぇ、兄に自慢する妹とはこの事か……」

「……だからどうしたって言うんですか」

 明らかに僕をからかっているカローラさんに対し、僕はそっぽを向く。

「まあ、競争心を持つのは良いことさ。いつかシオリに見せつけてやりな?」

「……もういいでしょう、訓練に戻らせてください」

「くれぐれも、落ち着いてやるんだね?」

 未だ僕をからかっているカローラさんを無視して南京錠を向いた。


続く……


TOPIC!!

パイクリート・ニードル


持参した綿を大気中の水分で沈め、特殊な氷を作り出して針状に形成し、

敵目標へ針を飛ばす攻撃魔法。アイスニードルの上位互換とされているが、

アイスニードルと比較しても魔法の難易度はさほど高くない為、初級魔法に分類される。

本TOPICではこの特殊な氷を以下、パイクリートと称して解説する。


パイクリートは通常の氷の3倍以上もの強度を発揮することから

パイクリート・ニードルはアイスニードルよりも速い弾速で飛ばすことが出来、

至近距離であれば鉄製の鎧ですら貫通出来るほどの貫徹力を誇る。

また、綿等のパイクリートの材料となりうるものさえ持っていれば

アイスニードルと同様の手順で魔法を形成できる為、

ヘルメピア王国内で広く扱われる魔法となった。


現状では魔法の知名度が低く、ヘルメピア王立軍『ROYAL ARMY』と、

魔法を知る少数の魔導士のみがこの魔法を使用しているが、

知名度さえ上がれば普及する事が予想される魔法の一つである。


余談だが、ヘルメピア王国の魔導士はほぼ全員がパイクリート・ニードルの為に綿を持ち歩いている為、

『ヘルメピアの魔導士は杖の代わりに使えもしない裁縫道具を持ち歩く』というジョークが存在する。

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