part.15-2 Pykrete needle!
その翌日、目を覚ますと見慣れない天井が映っていた。
「ここは……そうか、カローラさんの……」
上体を起こしながら記憶を辿り、この結論に至った。異世界では実に2日ぶりのテント以外での目覚めだ。そんな事を思いながら手早く支度を済ませ、栞を起こしに行く。
「栞ー、朝だ」
栞が眠る部屋のドアを軽くノックしながら僕は栞の名前を呼んだ。
「兄さん、起きてるよ」
「良かった、下で待ってるよ」
そう言い残して僕は下へ降りて行く。リビングでは既にカローラさんが朝食の支度を始めていた。
「おや、今朝も早いね。ルーディの言いつけかい?」
僕を見るなりカローラさんがそう尋ねてくる。
「……ええ、雑用係は基本僕と栞です」
「そうかい、こっちはもういいから他の3人を呼んでおくれ?」
「分かりました」
そう言って僕はリビングを出た。栞はもういいからイヴァンカとルーディさんだ。
◉ ◉ ◉
朝食を終えた僕はルーディさんに呼び出され、彼の部屋へ入る。
「ショータ、今日はカローラ博士にお前への訓練を依頼しておいた」
「カローラさんからの訓練ですか?」
「そうだ、彼女は情報処理魔法のエキスパートだ。だからヘルベチカ計画の研究を担っていた」
「なるほど、それで僕への指導を?」
「そうだ、午前はシオリに指導すると言っていたからお前は午後だな。それまでは、ヘンシェルに教えてもらった事でも復習しておけば良い」
「……分かりました」
そう言ってルーディさんの部屋を後にして僕の部屋まで戻った。復習しろとルーディさんに言われたが、今ソフィー(栞と契約している妖精)が不在なので魔力元が存在しない。自分の荷物から南京錠とその鍵を取り出したものの魔力が無いので鍵穴を特定する魔法『シュリュッセル』が使えない。仕方ないのでイメージトレーニング(?)で魔法を復習する。
「……早く午後にならないものかな」
虚無感を感じた僕はそう呟いた。
◉ ◉ ◉
その後、栞の魔法訓練が終了し、予定通り午後から僕の訓練に入る。どうやら栞はヘルメピア王国に代々伝わる秘伝魔法『パイクリート・ニードル』について学んでいたようだ。僕はカローラさんと屋敷のエントランスで合流する。
「ルーディから聞いたよ。あんた、情報処理魔法の才能があるんだってね?」
「……あまり自覚は無いですが」
「良いさ、リビングで話を聞こう」
そう言われて僕はカローラさんの案内でリビングに向かう。
「始めよう。あんた、今魔法は使えるかい?」
「いえ、今は契約妖精が居ないので……普段は栞の妖精を借りて魔法の練習をしているんですが……」
「……あんた自身は魔力を持っていないのかい?珍しいね……情報処理魔法を使う魔導士の多くは先天性、つまり自分自身の魔力を持っていることが多いんだがね」
そう言ってカローラさんの背後から僕に影が寄ってきた。
「……小さいドラゴン!?」
「あたしの契約妖精さ、仲良くやるんだよ?」
「君の言う通り、ドラゴン系の妖精『グレン』だ。よろしくな?」
「グレンか……今日はよろしく頼む」
そう言うと妖精『グレン』は僕の肩に乗った。ソフィーの時と同じ、空気の流れを感じるが質量を感じない不思議な感覚だ。
「準備が整ったね。まずはシュリュッセルで練度を知りたい。この南京錠を開けてみな?」
そう言ってカローラさんは一つの南京錠を僕に手渡した後、テーブルにいくつもの鍵を無造作に置いた。
「では行きます!シュリュッセル……!」
グレンの力を借りて魔法を唱える。南京錠の鍵穴の形状を魔法で取得し、目視でそれに合う鍵を探す。
「……鍵は、これです!」
そう言って無造作に置かれた鍵の中から一つを掴み、南京錠に差し込む。ガチャリという音を立てて見事鍵を開ける事に成功した。
「……やった!」
「ふむ、グレンや、ちょっとおいで?」
カローラさんがそう言うと、グレンはとことことカローラさんの元へ向かっていった。少しの間、カローラさんは何かを確かめる様にグレンの体を触る。
「あ、あの……どうですか?」
「ふむ、ショータ、あんたの魔法だが……」
含みを持たせる様にカローラさんは一拍置いた。
「……全然なっちゃいないねぇ。これでじゃあまるでダメだ」
「……え?」
呆れるようなカローラさんの声、僕は予想もしなかった発言に拍子抜けた声を上げる。
「で、でも鍵を当てられましたよ?」
「確かに鍵を当てられた。でも、やり方がなっちゃいないのさ」
「……やり方?」
カローラさんの言っている事に理解が追い付かない。すると、カローラさんは一つの鍵を拾い、話始めた。
「……坊や、シュリュッセルは何のためにある魔法だい?」
「何の為?……鍵穴に合う鍵を当てる為ですよね?」
「辞書に書いてある意味としては正解だ。でも、魔法を取得する『目的』としては不正解だねぇ……」
「え……」
「ショータ、シュリュッセルを覚えて何の役に立つと思う?」
「何の役?んー、何の鍵か分からない鍵が出てきた時とか?でも……」
どうにか結論を出すが、日常生活でそんな状況が発生するほど僕は鍵を持ち合わせてはいない。
「どうだい?思いつかないだろう?」
「そう、ですね」
「あたしだって当然シュリュッセルを使う事が出来る。でも、シュリュッセルが役に立った日は少なくとも記憶に無い。それくらい役に立たない魔法なのさ?ではどうしてそんな魔法を練習しているか、分かるかい?」
「シュリュッセルは訓練に最適な魔法だから……?」
「ほう、分かっているじゃないか。では何故シュリュッセルは訓練用に最適なんだい?」
「……それは、シュリュッセルが初心者向けな、消費魔力の少ない魔法であるから。だと思います」
「なるほど、半分正解だね」
と、ここまで言ってカローラさんはリビングの椅子に腰かけた。
「確かにシュリュッセルは消費魔力が少ない魔法だ。だけど、これより消費魔力が少ない情報処理魔法は他にも沢山あるのさ。例えば、『アルプ』——これは林檎の糖度や虫食いなんかの状態を知れる魔法だね。農家が良く使っているよ?」
「……なるほど、では何故?」
「シュリュッセルが初級魔法の中で最も『情報処理魔法の痛み』を知れる魔法だからさ?」
ここまで言ってカローラさんは一拍置いた。
「情報処理魔法は使い方を誤れば脳が死んじまうってのは知ってるね?シュリュッセルはその一歩手前、脳に激痛が走る程の情報量が流れ込むのさ。全ての情報処理魔法を操る魔導士はこの痛みを知り、こうならない為の情報量のコントロールを覚えて初めて一人前を名乗っているのさ。情報処理魔法はまず『失敗の仕方』を覚える。失敗の仕方を間違えれば死んじまう。だから、シュリュッセルで死なない為の失敗の仕方を学ぶんだよ?」
「……なるほど」
ここまで話を聞いて僕はそう呟いた。予想よりも甘くない発言に思わず固唾を呑む。
「ショータ、あんたはシュリュッセルを使う上で痛みを感じた事はあるかい?」
「いえ、特に……」
「だろうね、良いかいショータ、あんたは確かに情報処理魔法の才能を持っている。でも、だからこそシュリュッセルで何一つ苦労しなかった。情報処理魔法における失敗の仕方を知らないままシュリュッセルを使いこなせてしまった、これが一番の問題なのさ?」
そう言ってカローラさんは一拍置いた。
「あんたがより上位の魔法に進まなくて良かったよ。下手したらその有り余る才能のせいで、情報処理魔法に殺されていたかもしれない。皮肉な事だねぇ?」
そう言ってカローラさんは怪しく笑う。
「ショータ、あんたの為に特別な訓練を行う。これはあんたが学んだシュリュッセル程生ぬるいものじゃあない。覚悟は良いかい?」
「……よろしくお願いします!」
カローラさんの言葉に僕はそう答える。
「良い返事だ。じゃあ行くよ……!」
「はい!……っ!?」
次の瞬間、膨大な情報量が頭の中に直接流れ込んできた。
「ぐっ!……うわあああああああああああ!!!」
膨大な情報量に耐え切れず、僕はその場に蹲る。
続く……
TOPIC!!
カローラ・L・アルテスタ
ヘルメピア連合王国で長年ヘルベチカ計画に関する研究を行っていた研究者の一人。
元々はヘルメピアの人間ではなく、リアラ大陸から遥か北東に位置するカルドラ大陸出身だが、ヘルメピア王国で大きな仕事、つまりヘルベチカ計画の噂を耳にし、単身でヘルメピア王国へ出向く。
王国内では自身の得意魔法である情報処理魔法を駆使し、冒険者向けのギルド内で知名度を獲得しており、次第に貴族クラスの人間にまで噂が届く様になり、晴れてヘルベチカ計画のスタッフとなった。
彼女の担当分野は『パンジャンの残光の複製』——すなわち、パンジャンドラムのエンジンの研究である。得意の情報処理魔法を用いてたった一人で10年という年月を掛け、ロケットエンジンの研究を進めて行き、ヘルメピア独立歴63年(西暦2008年)、彼女の研究の集大成とも言えるロケットエンジン『R-4463 レディ・ロケット』が完成する。このロケットエンジンはオリジナルのパンジャンドラムのロケットエンジンとは稼働方式こそ異なるものの高い推力を発揮した。
しかし、『R-4463 レディ・ロケット』を搭載する『パンジャンドラム・レプリカント』の試作初号機が事故を起こした為、彼女の責任ではないとはいえ計画の上層部から信用を失ってしまい、レディ・ロケット完成から僅か2年後のヘルメピア独立歴65年(西暦2010年)にヘルベチカ計画のスタッフから完全に外されており、現在に至る。




