part.12-5 憧れは昇華して……
その後、部活動の時間を回り、僕と茜は一緒に帰る事になった。武田の為にも茜と居る時間を減らさなければいけないのだが……、
「ところでしょーた、今朝の『急用』ってなんだったの?」
「あー、大した事じゃないよ。ただ……」
道中、茜にこの事を聞かれた。元々化学室に来たのはこれを聞きに来たのだろう。
「……ただ?」
「……悪い、暫くこの事で忙しくなってしまって……一緒に登校は出来なくなってしまうんだ」
と、僕は答えた。
「え?……それって……」
茜はそう言いかける。
「……悪い、少し長く掛かりそうなんだ」
「ふーん、じゃあ帰りは大丈夫?」
切り替える様に茜は尋ねてきた。
「帰り……か。流石に部活に集中した方がいいと思うよ。もうすぐ高総体じゃないか」
適当な言い訳を考えて僕はそう言った。
「……ねえしょーた、もしかして私の事避けてる?」
「……いや、そんなことは……」
言い寄る茜にどもる僕。既に図星であることを隠し切れていない。
「やっぱり避けてるじゃん!……ごめんって、絆創膏の件は私もやり過ぎたと思ってるから……」
「いやそれはいいよ別に!」
「じゃあ何さ?」
首をかしげて茜は尋ねてくる。僕は最早何を答えれば良いのか分からなくなってしまった。
「……ごめん、茜には言えない」
そう言った瞬間、僕は走り出した。そう、逃げる事を選んでしまったんだ。
「しょーた!待ってよ!」
茜を一人残して僕は逃げ帰った。
◉ ◉ ◉
翌日。異世界、カドゥ村にて、
「……シュリュッセル!」
僕はヘンシェルさん指導の元、魔法の特訓に励んでいた。今は鍵穴に合う鍵を当てる魔法『シュリュッセル』の練習中だ。
「鍵は……これです」
そう言って無造作に置かれた鍵の中から一つを選んで南京錠の鍵穴に差し込む。ガチャリという音と共に鍵は外れる。
「うん、百発百中だね!シュリュッセルは完璧に覚えられたかな?」
「ええ、そうですね」
ヘンシェルさんの賞賛に僕はそう答える。どうも気が入らない。
「……?どうかしたのかい?」
これを見たヘンシェルさんは怪訝そうにそう言った。
「……いえ、夕べあまり眠れなかったようで……」
と、僕は答えた。眠れなかったのは事実だ。その原因は答えなかったが……。
「なるほどね。何か悩みでもあるのかい?」
鍵を片付けながらヘンシェルさんは尋ねてきた。
「いえ……あー、そうですね。ヘンシェルさん、一つお聞きしたいのですが」
そう言って僕は一拍置いた。
「人の心を読める情報処理魔法ってありませんか?」
なんとなく僕はそう尋ねた。本当になんとなくだ。前に化学室で声高々に呪文を唱えた事がある。現実世界で魔法が使えない事くらい分かっているさ。別に他意は無いのだが……、
「『人の心を読める魔法』か……うーん僕からは『分からない』としか言えないかな?」
と、ヘンシェルさんは答えた。
「……分からない?」
「うん、知っての通り情報処理魔法は少し特殊で、僕も専門的な知識は取り揃えていないんだ。流石に『シュリュッセル』や『シュバルツ・アウゲン』の様な有名な魔法くらいなら分かるけど、それ以上は……」
そう言ってヘンシェルさんは両手を広げる。
「そう、ですか……」
「誰かの心の内が知りたいのかな?」
「いえ、そういうわけでは……」
「気になる相手でも?シオリ……は流石に無いか。となるとイヴァンカ?」
ヘンシェルさんはからかう様にそう聞いてきた。
「いえ、違いますよ」
と、空笑いをしながらそう答えた。そうだ、半分しか正解していない。半分正解してるのかよ……。
「そうかい?まあ、何でも良いが午後はルーディ商人と剣術訓練だろう?そんなに浮かれているとまた怒られるぞ?」
またからかう様にヘンシェルさんはそう言った。
「……分かってますよ。ではこれで失礼します。御教授ありがとうございました」
「ああ、気を付けて」
その言葉を最後に僕はヘンシェルさんの家を後にした。
◉ ◉ ◉
その後、僕はルーディさんとの待ち合わせ場所に向かう。休憩用のテントを張った後、一人で木刀を素振りする。自分でもあまり上手く振れていない様な気がする。今だけは忘れよう、そう考えてがむしゃらに木刀を振ると、剣筋が更に雑になってしまう。
「……」
「おお、始めていたか!」
大分身体が温まったところでルーディさんがやって来た。
「悪いな、村長との話が長引いてしまった。さあ、始めようか」
「はい、よろしくお願いします」
ルーディさんに相対し、木刀を握り直す。その瞬間、僕はルーディさんに斬りかかり、これをルーディさんが受け止め、つばぜり合いとなった。
「ふむ、随分力んでいるようだな……」
努めて冷静にルーディさんはそう言った。次の瞬間、足払いを受けて僕はその場に倒れ込んでしまう。
「うおっ!!」
「いや、剣では無い、肩の力だ。今更何を緊張しているのか……」
ルーディさんに催促されて起き上がり、体勢を立て直す。
「……おらぁ!!」
「うわぁ!!!……っく!」
次の瞬間、今度はルーディさんが僕に斬りかかってきた。
「全く、訓練中によそ見とは頂けんな。これが実戦ならお前は今死んでいるぞ?」
「うぅ……!」
次々と来るルーディさんの攻撃を受け止める。木刀を弾く鈍い音が平原の雑草を揺らしている。
「ほらどうした?いつものお前ならこの程度簡単に受け流しているぞ?」
「この……!うおおおおおおおお!!」
ルーディさんの煽りに乗せられて僕も攻勢に出た。
◉ ◉ ◉
その後、ルーディさんとの戦いは暫く続いた。
「はぁ……はぁ……」
何とか距離を取って体勢を立て直そうと息を整える。ルーディさんはというと、相変わらず余裕の表情で待ち構えていた。
「はぁ……やめだ。まるでつまらない」
不意にルーディさんはそう言った。
「……え?」
「気が入っていないんだよ……全く、悩みの多い奴だ」
呆れたようにその台詞を吐き捨ててルーディさんはその場にしゃがんだ。
「ほれ、話してみろ?」
「……いえ、別に悩みなんて」
そう言いながら僕は目線を逸らす。
「ほう、やはり口を割らないか……」
そう言ってルーディさんは一拍置いた。
「……なあお前、誰かの心の内が知りたいんだってな?」
「な……!何故それを……」
そう言うと、ルーディさんは『ガッハッハ!!』と、高らかに笑った。
「村長と話した後、ヘンシェルに会ってな?何やらショータの様子がおかしいと聞いていたんだ。んで、手合わせしてみたら案の定……」
そう言ってルーディさんは僕の方に寄ってくる。
「『心の内が知りたい』って事は、誰か気になる奴でも居るんだな?やはりイヴァンカか?安心しろ、彼女もパーティとして……」
「いえ、違いますよ……」
僕はそう答えた。
「ふむ、これは本当に違う反応だな……ということはシオリか!?お前、実の妹に……!」
「どうしてそうなるんですか!?どちらでも無いです!」
「じゃあ誰なんだ?」
「そもそも気になる相手が居るわけでは……!」
そう言ってルーディさんの方を向く。
「お前、赤面しているぞ?」
「え、そんな馬鹿な……!」
「……嘘だ」
「なっ!」
僕の反応を見てルーディさんは再び高笑いを上げる。
「やっぱり居るんじゃないか?気になる奴が……?」
「いやそんな……気になるって程じゃ……」
「ほら、話してみろよ」
と、ルーディさんは言った。
◉ ◉ ◉
それから観念した僕は茜との出来事を名前を伏せて話した。幼馴染みだった事、その幼馴染みに告白しようとする人間がいる事……それらを粗方話した。
「ほう、まさか俺の知らない間にそんな事があったとは……」
興味深そうにルーディさんはそう呟いた。
「じゃあショータはその幼馴染みに恋をしている訳だな?」
「いえ、恋って程では……」
「……じゃあ、その幼馴染みは嫌いなのか?」
「いえ、嫌いと言うわけでは……」
「……どっちつかずじゃないか。好きか嫌いか、どっちなんだ?」
再び呆れる様にルーディさんはそう聞いてきた。
「……選択肢が極端なんですよ。どちらでも無いです……」
「おいおい、『どちらでも無い』ってのは感情を隠す時の常套手段だ。別に好きじゃないのなら、その幼馴染みが誰と付き合っても良いじゃねぇか?」
「それは……そうですが」
ルーディさんの言葉に僕はどもる。正直図星だった。
「どうだ?好きか嫌いか……」
ルーディさんは再びそう聞いた。数秒、いや十数秒という時間、僕は黙り込む。それでもルーディさんはただ僕の答えを待っていた。
「……好き、ですよ」
遂に僕はそう答えた。初めて認めたのだ、僕は茜が好きなのだと言う事を。今まで自分を騙してまで隠してきた感情を。
「ほう、やっと認めたか……なら、戦わないとだな?」
「……た、戦う?」
「そうだ、そいつに告白しようとしている奴がいるらしい。ならば先手を打つのだ」
「いやでもそいつは顔も良くて運動も出来るし、その幼馴染みとも仲が良くて……」
「やっぱりお前は戦いから逃げようとしているのか。別に負けたって良いじゃないか。だが、戦わなければお前は絶対に後悔するぞ?」
「それは……」
違うとは言い切れない。
「それよりも意地を張れ。それとも一生そうやってうじうじしているのか?」
「う……」
僕はそう言ってしばし黙り込んだ。
「……分かりました、やりますよ!」
「よぉしそれで良い。まあ、相談に乗ってやったんだ。結果くらい聞かせろよ?」
「別に相談したわけでは……まあ、良いですけど」
そう言って僕達は解散となった。いつもより早い時間だった。
続く……
TIPS!
ルーディ・イェーガー④:基本的に妻以外との交渉は得意である




