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part.12-2 憧れは昇華して……

「だったらさ……俺が住屋に告白しても、お前は何も思わないんだな?」

「え……?」

 武田の言葉を理解するには、一瞬の時間が必要だった。

「もしかしてお前、好きなのか?茜の事……?」

「まあ、そう言うことだ」

 僕の言葉に武田は目を逸らしながらそう答えた。この反応はどうやら本気らしい。

「そうか……そういうことか」

 暫くの間、僕は俯く。必死に感情を抑え込みながら、僕はこう尋ねた。

「まだ告白はしてないのか?」

「ああ、告白は高総体の最後の日にしようと考えているんだ」

 と、武田は答えた。高総体とは、学校教育の一環として行われている全国規模のスポーツ競技の事で勿論我が校陸上部もこれに参加する。

「高総体は今月末か……」

「ああ、高総体が終われば俺達も部活を引退だ。そうなると住屋との接点も減ることになる。だからそれまでに……」

 『告白したい』——そう武田は言っているのだろう。自分でも知らない感情が湧き上がる。でもこれは外に出しちゃいけない感情だ。

「そうだな……良いと思うぞ。イベント時の告白コンディションは最高のものだろう。お前が陸上競技の種目に勝利できればの話だがな?」

 努めて平静を装いながら武田にそう答える。

「茶化すなよ。……まあ、俺はお前達が両想いじゃないかと勘ぐっていたんだが、どうやらそうじゃないらしい。もう一度だけ確認させてくれ。お前は住屋が好きなのか?」

 武田は再び僕を見据える。

「違うって言ってるだろう」

「そうか。なら応援してくれるよな?俺のことを……」

 武田は僕にそう言った。

「なんでそうなるんだよ……まあ、初めて幼馴染みに降ってきた色恋沙汰だ。茜が幸せで居られるなら僕も応援するよ、何が出来るかは知らないけどな?」

 と、僕は答えた。

「そうか。ありがとう……」

 それだけ答えて武田は化学室を去って行った。一人になった僕は何もする気が起きず、かといって帰るでもなくただ窓の外を見上げていた。


◉ ◉ ◉


 僕は自分が嫌いだ。何が嫌いかなんて質問は無粋だ、そんなの僕が知りたい。特に何かがあるわけでも無く、僕は自分を嫌っている。そんな愚かな人間だ。


 自分の事を嫌う人間の行動パターンはそんなに多くない。僕もそのパターンに当てはまっているだろう。まずは誰かに憧れる。憧れなんて綺麗な言葉じゃ無い。『誰か』そのものになりたいんだ。嫌いな自分を辞める為に。


 かくいう僕も一人の人間に憧れた。かけっこが速いあの人の様になりたいと考え、走りの練習をしてみては諦めた。結局僕は別の人間になることなんて不可能なんだ。そう気付いた時には憧れも冷めている。それでも僕は僕で居たくない。結局それが根本にあるからその人間に憧れる事を止められなかった。憧れが依存に変わる瞬間だ。


◉ ◉ ◉


 放課後の鐘が鳴るまで僕は呆けていた。流石に日も落ちかけている、帰らなければならない。僕は溜息を吐きながら支度を整えていた。

「どうしたものかな……」

 武田が茜に告白して、もし付き合ったとなれば、茜と話す機会も大きく減ることだろう。そうなれば僕はまた独りになるのか。家に帰っても誰も居ない……のは今も変わらないが、通学路もこの部室も僕以外誰も居なくなる。でも茜はそれで良いのだろう。それなら僕に出来る事は何も無い。何故なら僕は茜に恋なんてしてないからだ。

「さあ、帰るか……」

 言って、僕は化学室を後にした。そうだ、僕は恋なんてしていない。自分の事を嫌う人間が他人を好きになるはずが無い。確かに茜に抱く感情は悪いものではない。でも、それが『恋』なんて綺麗な感情ではないのだ。僕が抱いているそれは『依存』——憧れが醜く昇華した結果だ。

「……」

 僕は一人、公園沿いの道を歩く。普段茜と一緒に登校している場所を逆走する。できればもう二度とこの道は使いたくないものだ。これから僕は一人で生きていかなければいけないのだろう。誰に頼る事も無くただ一人で生きていかなければいけない。それがどんなに辛いものなのか、この時の僕はまだ分かっていなかった。


続く……


TIPS!

住屋茜④:陸上部のハードル走を担当している。過去に大きな賞を揃えているエースの一人

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