part.12-1 憧れは昇華して……
翌日、
「痛てぇ!!」
現実世界に戻ってきた僕は部屋の床に頭をぶつける。レイジフォックスとの戦いで追い詰められた僕は、攻撃を避ける為にこの部屋で前転していたのだ。その事をすっかり忘れており、体勢を保てず頭から床にダイブしていた。
「くぅぅぅぅぅぅぅぅ……」
頭に響く痛みを抑えながら時計を見る。時間は0時1分、本当に時間が進んでいないらしい。疲れも取れておらず、痛みが引くと同時に疲労感が交代で僕を襲う。
「寝るか……」
痛む額を抑えながら僕は布団を被った。
◉ ◉ ◉
それから早朝の目覚ましに起こされて手早く登校の支度を済ませる。家を出て暫く、公園沿いの道を歩く。ここで茜と合流出来るはずだが、ここに茜は居ない。特段、早く来た訳でもないし、寝坊でもしたのだろうか?
「……」
暫く待ってみたが、茜は来なかった。連絡が無いかと思い、携帯を開くと、茜からメッセージが届いている事に気が付いていなかった。
『ごめん、寝坊した』
メッセージの内容は簡素なものだった。普段の茜ならリアルの会話のような軽い感じの会話になるのだが、
「茜、さては寝起きで書いてるな……?」
ということは本当に寝坊したらしい。僕は『分かった、じゃあ先に行ってるよ』と返信し、公園沿いの道を後にした。
◉ ◉ ◉
学校に着いてからは適当に授業を聞き流す。……と言っても、その半分は模擬試験の振り返りだった。問題用紙に殴り書きでメモしていた回答の内容を振り返っていく。凡ミスが多い、試験中に余計な事を考えていたせいだろう。
「これじゃあB判定も無いかな?」
僕は一人、そう呟いた。そんなこんなで本日最後の授業も終わり、各々解散。僕も部活に向かう。部室に着いたら教卓に座って模擬試験の問題用紙を改めて整理した。
「ふう……」
一段落した所で携帯を開く。今見ているのはWEB小説『涙まみれのこの異世界転生に救いはないんですか!?』だ。この小説は異世界『アレンガルド』を舞台とした物語が描かれている。そう、丁度僕が行ったり来たりしている異世界と同じものだ。
「……最近あまり確認してなかったからな。最新話は?」
あまり小説の進捗は良くないらしい。最後に読んだ20話から新たに5話しか更新が無い。適当に流し読みしながら何かしらの有益な情報を探していたが、特段新しい情報は無かった。
「うん、まあこんなものか……」
独り言を呟きながら化学室の出入り口を振り返る。そう言えば今日は茜と会っていないな……。
「……って、なんで僕は茜の事を……!」
そう呟きながら僕は出入り口から目を逸らす。茜も陸上部の部活があるんだ。そう毎日化学室に来てくれるなんてあるはずが無い。そう思っていたその時だった。
——コンコン、
と、ドアがノックされた。なんだよぅ、茜来たのかよぅ!いや別に期待してた訳じゃないし?まぁたアイツ部活サボってるじゃん!
——ガラガラ、
と、僕はドアを開けた。
「よぉ佐伯!ご無沙汰してるかい?」
「……あ゛?」
目の前に現れたのは茜では無く、クラスメイトの『武田 和也』であった。
◉ ◉ ◉
「お前何しに来たんだよ帰れよ」
僕は仏頂面で武田にそう言った。お茶なんて出さない。
「なんかやけに機嫌悪いな……まあいいや」
そう言いながら、武田は辺りを見渡した。
「人気のない化学室ってなんか新鮮だな!いつも授業でしか来ないしなぁ……」
「さいですか。で、なんの用だよ?」
言いながら僕は教卓に座る。
「お、佐伯先生じゃないですか!今日の授業は?」
「茶化しに来たんならつまみ出すぞ」
と、僕は細めで武田を睨む。
「まあまあ落ち着いて?ちゃんと用事ならあるよ」
そう言って武田はニヤニヤしていた表情を改めた。
「住屋の事だ。最近アイツ浮かれてるんだよなぁ……」
「茜が?」
「ああ、最近ハードルのタイム落ちてるし、なんなら時々練習に来ていない」
「へ、へぇ……そうなんだ?」
武田の言葉に僕は目を逸らす。まさか部活サボってここに来てるとか言えない。
「佐伯、お前もしかして住屋とお忍びでデートとかしてるんじゃねぇの?」
と、武田は僕に小声で話し掛けた。別にここには僕と武田の二人しか居ないんだし、そんなことする必要ないんだけどね。……っていうか顔近いんだよ!
「……そんなこと疑ってるんなら無駄だ。僕と茜はただの幼なじみ、お忍びでデートなんてしたことない。部活に来ない理由は知らないが、何度聞いてきても同じだ」
「へぇ……そうか。それなら良かったよ」
「……?」
と、武田は言いながら値踏みするように僕を見る。なんだ、何か見透かされているような気分だ。
「だったらさ……俺が住屋に告白しても、お前は何も思わないんだな?」
「え……?」
武田の言葉を理解するには、一瞬の時間が必要だった。
続く……
TIPS!
武田和也①:陸上部エースの一人で、翔太や茜のクラスメイト。種目は短距離走である。




