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part.11-21 チェルニーの激闘

「……夢、だったのか……?」

 荒い呼吸を整えて半身を起こす。一瞬夢だったのでは無いかと思ったが、やはりそうは思えない。戦いの中で感じた血の臭いは本物だ。様々な思考が頭をよぎるが、取り敢えず今日は学校だ。気持ちを切り替えて支度を整える。

「痛て……!」

着替えようと動いた瞬間、右の頬に痛みが生じる。痛みの場所を擦ると手に赤い血が付いた。

「怪我!?……そうか、あの時の!」

 チェルニーの洞窟内に侵入して直後の接敵で僕はレイジフォックスに引っ掻かれたのだ。これはその時の傷なのだろう。

「……」

 着替えは一度置いて洗面台に向かう。鏡を覗くとやはり頬に線を引くような傷が出来ていたのだ。

「取り敢えず傷口を洗って……絆創膏、あったっけ?」

 洗面台の流水に患部を晒し、傷口を洗う。その後、暫く絆創膏を探したが小さいものしか無かった。これでは傷口を塞ぎきれない。

「まあ、絆創膏は諦めるか……」

 絆創膏を貼るのを諦めた僕は着替えに戻った。


◉ ◉ ◉


 着替えを終え、食事(カップ麺)を終えた後、直ぐに家を出る。よく考えたら今日は模擬試験だ。正直それどころじゃないと言いたい所だが、受験生は我慢だ。

「あ、しょーたおはよー!!」

 公園沿いの道、普段ここで茜と合流する場所。今日は茜の方が早く到着していた。茜の元気な声に軽く手を上げて応える。

「だんだん暑くなってきたねー……って、どうしたのそれ?」

 僕の頬を見た茜は怪訝そうに尋ねた。

「異世界で怪我した」

 と、僕は非日常的な発言を当たり前のように発する。

「それ、大丈夫なの?」

「ん?ああ、今の所問題なさそうだ」

 茜の問いかけに僕はどもりながらもそう答える。正直、今異世界では丁度レイジフォックスに襲われる寸前だ。大丈夫ではなさそうだが、今僕に出来る事は無い。

「そっか……でも駄目だよ?ちゃんと治療しないと」

 茜は言って鞄の中をあさり始める。

「いやまあ、傷口は洗ったけど丁度良い絆創膏が……っ!」

 僕がそう言い切る前に茜は僕の頬に手を伸ばした。僅かに触れる柔らかいその手は温かくて思わず目を閉じてしまう。

「じっとしてて?……よし!」

 そう言い終わると、茜は僕から手を離す。右の頬を触ると、ざらざらとした感触があった。

「丁度大きめの絆創膏があったから張っておいたよ、怪我には注意するんだね?」

 「にしし」と悪戯っぽい笑みを浮かべて茜は僕の隣で歩き始めた。

「あ、ありがとう。っていうか、なんでこんなデカい絆創膏持ち歩いてるんだよ……」

「陸上部だから、ね?」

 言って茜は僕の顔をのぞき込む。……いや、一瞬納得しそうになったけど意味が分からん……。


◉ ◉ ◉


 その後、学校に到着した僕達は各々解散し、教室へ向かう。今日は模擬試験だ。何とか気持ちを切り替えてやっていこう!まずは試験前の復習だ。

「んー?可愛い絆創膏だな?」

 ……と、思っていたのだが、今日は珍しくクラスメイトから話し掛ける。

「あ?可愛い??」

 声を掛けられて気分を損ねながらも教科書を置いて声の方を向くと、一人のクラスメイト『武田 和也』が、僕の方を向いていた。恐らく声の主は彼なのだろう。

「可愛い絆創膏じゃないか、ほら?」

 武田は言ってパシャリと携帯で僕の顔を撮影する。

「おいやめ……あ?」

 武田の携帯画面を覗くと僕の頬にピンクをベースにした可愛らしいゆるキャラの絆創膏が写っていた。

「こ、これは……!」

 思わず妬みの籠もった視線を茜に向けると、茜は他人にバレないよう、小さくウインクを飛ばしてくる。どうやら嵌められたらしい。

「この絆創膏、もしかして住屋の……?」

 と、武田は耳打ちをする。いや近いから……、

「だったらどうした?言っとくけど付き合っちゃいないからな?」

「へぇ、そうか……」

 言いながら、武田は顔を離す。

「全くつまんねぇなぁ、お前って奴は?」

「うるせぇ早く勉強しろ」

 言いながら武田に冷たい視線を浴びせ、強引に武田を追い払った。

「はぁ……ん?」

 何とか追い払った所でふと、忘れていた事を思い出す。

「おいちょっと待て、お前写真消して無ぇだろ!」


◉ ◉ ◉


 その後、何事も無く模擬試験が始まる。当然僕も粛々と問題を解いていた。

(あれは一体……)

 ……はずも無く、頭の中は異世界の記憶がぐるぐると巡っている。当然だ。今、と呼んで良いのか分からないが、今、異世界で僕はレイジフォックスの攻撃を受ける直前、致命傷とまでは行かずとも重傷を負う寸前、そこで強制的に一時停止させられている。何故なのか。


 ……、

 …………、

 物事の証明には仮説と実証が必要だ。少なくとも自然科学の世界では……。まずは落ち着こう、仮説を組み立てるんだ。


 仮説その1、異世界で僕は死んだ?

 ……いや、違うだろう。異世界での傷は現実世界でも引き継がれる。その事は以前、初めてクイーンフォックスと対峙した時に証明されている。異世界で死んだのなら、現実世界で生きることは出来ない可能性が高いだろう。第一、余程の事が無い限りレイジフォックスの一撃は致命傷になるほど重いものでは無いはずだ。


 仮説その2、異世界で僕は気絶した?

 ……可能性は0じゃない、でもこれも違うと思う。僕が気絶する為には何かしらの要因が必要だ。ここで最も当てはまるのはレイジフォックスの攻撃によるものだが、今、僕の身体にそれらしい外傷は無い。頬の傷はそれ以前のものだからこれは違う。


(となると……)

 考えている内に自然と手に力が入る。手に握るシャープペンがぎしぎしと悲鳴を上げる。仮説を立てるのはいくらでも出来る。でも実証のチャンスは恐らく一度、何故なら僕は今命の危機に晒されているからだ。でも大丈夫だろう、仮説はまとまった。後はその時を待つだけだ。さあ、この邪魔な模擬試験を片付けるとしようか。


◉ ◉ ◉


 昼過ぎになってようやく全ての模擬試験が終わる。ここから授業は無い為早めの下校時間だ。

「ねえしょーた、今日部活無いでしょ?だから……」

「悪ぃ茜、急用が出来たんだ。また明日!」

「え、あ、ちょっと!」

 茜から何らかの誘いがあったが、手短に断って下校の支度を済ませる。悪いな、今命の危機なんだ!足早に下校して家に帰る。そしたら鞄も制服も放り出して、ベッドに倒れた。時間は午後3時、十分な時間だ。カーテンもドアも全て閉め切って極力部屋を暗くしている。目覚ましの設定をいじって布団を被った。

「おやすみなさい!」

 そして僕は眠りにつく。最終的に残った仮説、それは……。


◉ ◉ ◉


 午後10時、目覚ましの激しい音に目を覚ました。

「んー……」

 脳の覚醒と共に記憶が蘇る。ここは現実世界、か……。部屋の明かりを付けてそれが本当である事を確かめる。

「よし……」

 頬を叩いて目を覚ます。

「痛っ!」

 予想よりも激しい痛みに驚いてしまった。そうか、今右頬を痛めてるんだった。まあ良いだろう。準備が整った。最終的に残った仮説、それは……、


 仮説その3、午前0時に異世界と現実世界が入れ替わる。

 ……恐らくこれだ。僕がレイジフォックスと戦っていたその時は夜間、午前0時の前だったんだ。そしてレイジフォックスと戦っている最中、レイジフォックスに襲われる直前、時間は午前0時を跨ぐ。僕は現実世界に舞い戻ったが、その時の僕は布団の中で眠っていた。そして朝起きる時までそのままの状態だったと言うことだ。ならば、

「午前0時を過ぎた時、僕は異世界に行くだろう」

 だから午後10時に目覚ましを掛けておいたのだ。これで異世界へ行く準備は整った。

「……腹減ったな」

 ……と、思っていたのだが、寝る前から何も食べていない。異世界に行ったらその瞬間から戦闘だ。今の内に何か食べておこう。

「カップ麺で良いか」

 独り言を呟きながら階段を降りていった。


◉ ◉ ◉


 カップ麺が出来る3分を待つ間に携帯を覗くと、茜から不在着信とメールが届いていた。

『しょーた、今日の帰り急いでたみたいだけど何かあった?』

 これだけの短文だったが、『絆創膏の件で怒っている』とでも思っていたのだろうか。

『大丈夫だ。今日は本当に急用で誘いを断ってしまったけど、この折り合いは必ず付けるよ』

 カップ麺を啜りながら茜に返信する。夜分遅くにメールを送っている訳だが、まあ茜なら許してくれるだろう。多分……。

「さて……」

 食べ終わったら適当に片づけて静かに午前0時を待つ。気分はまさに降下前の空挺部隊といった感じだ。空挺部隊入った事ないけど……。適当に暇を潰して時間は午後11時55分、その時が迫っていた。

「正面からレイジフォックス……」

 あの時、レイジフォックスは僕をめがけて飛びついてきていた。ならばその下に潜り込む様に前転すれば避けられるはずだ。そして時間は午後11時59分45秒、想定される異世界転移まであと15秒。

「ご近所さん、ごめんなさい。どうか今だけ近所迷惑を許してくれ!」

 言いながら僕は立ち上がる。部屋の安全を確認して前転の体勢に入った。あと5秒。

「うわあああああああああああああ!!」

 叫びながら前転する。そして時間は午前0時、一瞬にして景色が変わる。時空を超え、異世界に降り立った僕は、これまでの事象を塗り替えて前転していた。見事にレイジフォックスの攻撃を躱し、レイジフォックスと上下ですれ違う。

「……やった!」

「兄さん!?」

「翔太!今どうやって……!?」

 前転から起き上がり、レイジフォックスから相対する。しかし、前転した時の反動で持っていた剣を落としてしまった。

「しまった、そこまで計算に入れていなかったか……まあいい、あんな刃こぼれの起きた剣なんてくれてやる!」

 言いながら拳を握り、格闘の体勢を取る。

「来やがれ!相手してやるよ!!」

 正面のレイジフォックスを睨みながら、僕はそう叫んだ。


続く……


TIPS!

ソフィー①:水魔法を得意とする妖精。アゲハ蝶の様に鮮やかな彩りの羽を持つ人型の妖精。

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