part.11-17 チェルニーの激闘
その翌日、目を覚ますと木組みの質素な部屋が目の前に現れる。ここは異世界、カドゥの村だ。ぎらぎらと照りつける陽光に目を細めながらも手早く支度をする。今日は実際にチェルニー山脈に赴く予定だ。支度を終えると直ぐに宿屋のロビーへ向かう。既にルーディさんが一人待っていた。
「来たか、シオリとイヴァンカがまだだから朝食は少し待っててくれ」
と、ルーディさんが言った。
「分かりました」
身だしなみを直しながら僕はそう答えた。暫くして栞が到着する。
「兄さん、お待たせ!」
「ああ!」
僕は栞にそう答えると、ルーディさんが栞に話しかけた。
「シオリ、ヘンシェルからチャイを借りてきたか?」
「はい、ここに居ます。……でも、ソフィーがいるのにまだチャイを借りる必要があるんですか?」
ルーディさんが聞くと、栞の肩から妖精、チャイがひょっこりと顔を見せる。
「ああ、チェルニー山脈では炎魔法が必要になるんだ。その為にチャイを借りるように伝えていた。それに、アイスニードルの魔法練度はまだ未熟なものだろう?アイスニードルにあまり頼りたくは無いんだ」
と、ルーディさんは言った。
「そうですね、分かりました!」
と、栞が答えると、今度はイヴァンカが到着した。
「おはようございます。……って、どうやら私が最後か」
イヴァンカはルーディさんにそう声を掛ける。
「全員揃ったな、食事でもしながら今日の予定の確認を行うぞ!」
ルーディさんの言葉で全員が席に着く。たちまち、僕らが囲むテーブルにパンやスープ、簡単な卵料理等の料理が並んだ。
「今日の目的地はチェルニー山脈、主に視察とクエスト実行時の動きの確認を行う。今日は野営を想定していない為、日帰りとなるが……」
パンを食べながらルーディさんは地図を広げる。僕らはパンをむしりながら、黙ってその地図を見つめていた。
◉ ◉ ◉
朝食兼ブリーフィングを終えると直ぐにカドゥ村を出て、南東へ向かう。その道中、多くのレイジフォックスと接敵する。巣穴が近く、クイーンフォックスが繁殖期に入っていることもあり、護衛役が多いのだろうとルーディさんは推測した。お陰でチェルニー山脈に到着する時間が予定よりも遅れてしまったが、それ以外のトラブルは今のところ無い。
「ここが、チェルニー山脈……」
上を見上げながら僕はそう呟いた。山脈はかなり切り立っており、険しい道のりであることがここからでも容易に想像できる。
「よし、行くぞ?」
ルーディさんの声に続く。心なしか、山を登る度に鼓動が早くなる気がした。山を登る経験が無い以上、自然と息も荒くなる。そんな中で先頭を歩いていたルーディさんが僕らを制止した。
「……見ろ、スライムファージだ」
「え?」
催促されるがままに前を見ると、無色透明なゲル状の物体が何かの死肉を捕食していた。
「奴にとりつかれると厄介な事になる。本来なら剣も通じないどころか斬りつけた剣を溶かしてしまう厄介な存在だ。だが……」
含みを持たせるようにルーディさんは笑う。
「シオリ、魔法をぶち当てろ、ファイア・シェルだ」
と、栞に指示を送った。
「え、分かりました」
そう言って栞は大きく息を吸う。
「ファイア・シェル!!」
たちまち手のひらサイズの火球を生み出し、不気味なゲル状の物体にぶつける。爆発音と共にスライムは一瞬で蒸発し、跡形も無くなった。
「やった!」
「これだ!よぉし、山脈の移動が楽になるぞ?」
ルーディさんは嬉しそうに指を鳴らす。なるほど、炎魔法の必要性はこれにあったという事だ。栞のほうもまんざらでも無い表情をしている。
「さあ、続こう!これで脅威はレイジフォックスだけだ!」
僕らは更に奥へ進む。
◉ ◉ ◉
その後、レイジフォックス達の巣に向かう。道中、スライムファージと何度も接敵したが、栞の魔法『ファイア・シェル』のお陰で何一つ苦労する事が無かった。動きが非常に鈍く、的も大きいため、魔法が外れる事は無い。栞が居なければスライムファージを避ける必要があり、かなりの大回りが予想されていたとルーディさんは言った。
「着いたぞ、ここだ」
ルーディさんが指を差した方向に洞窟と思しき穴が見える。そこから大量のレイジフォックスが出入りしていた。
「危険が多い為、今はここまでだ。当日はこの中に突入してクイーンフォックスを狩る」
と、ルーディさんは言った。
「やはり、中はまだ何も分からないのですか?」
と、イヴァンカが尋ねる。
「ああ、残念ながらあの洞窟を知っている者はいなかった。地図も無い」
と、ルーディさんは首を横に振る。
「ここまでの土地勘は大体身についただろうか?」
と、ルーディさんが尋ねると全員が頷いた。僕も地図があれば大体の位置を掴めるくらいにはなっただろう。
「よし、では目的達成だ。さっさと帰ろう」
と言って僕らはこの場を後にした。
続く……
TOPIC!!
シュリュッセル
特定の鍵穴に合う鍵を区別する事が出来る情報処理魔法。
鍵穴に合う鍵を当てるには実際に鍵を差せば良いだけの話である為、
戦闘はおろか日常生活ですら使用する機会は少ないが、
消費魔力が低く、コントロールしなければならない情報量も比較的少ない為、
情報処理魔法を学び始めた初級者の練習魔法として度々使用されている。
とは言え人間が一度に処理出来る情報量の約1,3倍程もある情報量が流れ込んでくる為、
情報のコントロールが上手く行わなければブラック・アウトまで行かずとも
激しい頭痛に見舞われる事になる。
シュリュッセルでは鍵の判別に不必要な鍵穴の材質や色等のノイズも多く、
得られる情報量の95%はノイズで出来ていると言われており、
必要な情報のみを抽出する事は意外と難しく、
情報のコントロールを学ぶ為にも本魔法はうってつけであり、
初級魔法使いのブラック・アウト防止にも役立っている。




