part.11-12 チェルニーの激闘
「もう治ったよ……!それより」
僕は目の前のレイジフォックスを睨み付ける。右手に握る剣を正面に突き立て、目の前のレイジフォックスに狙いを定めた。
「ルーディさんと合流しよう!今ならそれが可能だ……!」
僕はそう言った。
「そうだな……おっと、翔太は姫様の護衛だ!」
イヴァンカは突撃しようとする僕を制止して前に立つ。
「姫様って何だよ……分かった!」
言いながら僕は逆らおうとせずに栞の隣に立った。ふと、栞の方を見るとなんだか不満そうな表情をしていた。僕に姫様を否定されたことが不満なのか、姫様扱いをされたのが不満なのか、僕には分からない。恐らく後者だろうけど……。
「よし、包囲網に穴を作る。そこから一気に突破しよう!」
言いながらイヴァンカは突撃した。僕と栞もそれに続く。
「ギャアアアアアア!!!」
「邪魔するなあああああ!!」
無論、レイジフォックスがそれを見逃すはずも無く、数匹のレイジフォックスが襲いかかる。目の前の一匹はどうにか抑える事が出来たが、他のレイジフォックスに対応が出来ない。
「ファイア・シェル!」
栞の詠唱と共に目の前のレイジフォックスが燃え上がる。その瞬間、息をする間もなく後ろを向き、振り返りざまに袈裟切りを放った。案の定僕の後ろからレイジフォックスが襲いかかってきており、剣筋に反応しきれていないレイジフォックスの横腹を赤く染める。
「兄さん、大丈夫!?」
「ああ、助かったよ!」
栞の言葉に僕はそう言った。
「くっ!ははっ、やっぱり炎魔法は辛いね、身体が燃えるように熱い……」
不意にソフィーがそう呟いた。
「ソフィー、ごめん!でも今だけ耐えて!」
栞はソフィーにそう言った。
「分かっているよ。ただ撃てるのはあと2発だという事を忘れないでくれ?」
「うん、大丈夫」
栞はそう答えた。
「よし、行こう!」
言って僕は栞の手を引く。一気に走り出してルーディさんの元へ向かった。
◉ ◉ ◉
ルーディさんの元へ向かいながらもイヴァンカや栞と協力して追ってくるレイジフォックスを誘導し、何とか1対1の状況で少しずつ数を減らしていく。
「やあああああああああ!!」
そして遂にイヴァンカが最後のレイジフォックスを仕留めた。後はルーディさんと合流するだけだ。そして今、彼の位置は目の前まで来ていた。豪快にバトルアックスを振り回し、僕達が戦った数よりも遙かに多いレイジフォックスの群れを圧倒している。もし彼があそこで陽動を買っていなければ僕らはより多くの敵と戦わなければならなかっただろう。
「ルーディさん!」
僕らはルーディさんの元へ駆けつけてそう言った。
「……ショータ!?お前、怪我は……?」
「もう大丈夫です。完全に治りました!」
僕は目の前のレイジフォックスを抑えながらそう答えた。
「治った……!?まあ良い、それならここを出よう。もう用は無い」
「……はい!」
僕はそう答え、レイジフォックスの攻撃を受け流しながら前脚を一本切り落とす。大きくよろけた隙に脳天を串刺しにした。
「全員揃ってるな?行ってくれ!」
ルーディさんはそう叫び、イヴァンカを筆頭にレイジフォックスの群れを垂直方向に突破する。ルーディさんは隊列の一番後ろに付いた、しんがりを務めるらしい、これなら後ろから襲われる事は無いだろう。僕達は襲い来るレイジフィックスを受け流しながら村への帰路へ進んでいった。
◉ ◉ ◉
絶望的な状況だったが、何とか脱して村へ帰ることが出来た。村へ着く頃にはすっかり日も落ちており、心身共にこれまでの人生で感じたことの無いほど疲弊している。
「……長い一日だった」
宿に着いて早々に僕はそう呟く。その声もかすれており、喋る事さえまともに出来ない。疲れと安心感が一気に襲いかかり、ベッドに倒れ込んだ。もう今日は何も出来そうに無い。
……何も出来そうに無かったが、部屋のドアがノックされた。少しだけ苛立ちを覚えながらも対応しない訳にも行かず、「はい?」と呟くと、扉の向こうでルーディさんの声がした。
「疲れているところすまないな?コーヒーを淹れたんだ。少し話をしないか?」
と、ルーディさんは言った。正直疲れており、今は相手したくなかったが、ルーディさんの訪問とあれば対応しない訳にも行かず、
「……どうぞ」
と言った。ドアが開かれてルーディさんが入ってくる。
「ありがとう、お前の分だ」
言って、ルーディさんがコーヒーカップを机の上に置いた。カップを手に取ると、コーヒー独特の香りが鼻腔をくすぐる。一口含めば、その香りが口の中一杯に広がった。苦みよりも酸味の強いフルーティーな香り、僕好みの味だ。
「……さて、今日は散々だったな」
ルーディさんがコーヒーカップを机に置いてそう言った。
「ええ、大変でした。あの状況から生きて帰る事が出来たのも奇跡ですよ」
僕はそう答えた。
「ああ、あの件に関しては俺にも反省点がある」
乾いた笑みを浮かべながらルーディさんがそう言った。恐らく仲間を分断させてしまったことなのだろう。
「……それを言うなら僕もレイジフォックスに見つかったあの時、急いで動いていれば仲間を呼ぶことを止められたんです。反省点なら僕にだってありますよ?」
僕はそう答えた。
「そんなことは無いさ、お前はアルミラージの相手をしていたんだ。レイジフォックスに対応しきれなくて当然だ。……まあ、何にせよ今回学べたことは多かったな?」
ルーディさんの言葉に僕は「そうですね」と、笑って返した。
「……ああ、ところでお前、怪我してたじゃないか?あれはどうやって治したんだ?」
ルーディさんがそう尋ねる。しかし、『アモールの泉』からこの件は秘密にしろとのお達しが来ている。
「……それは、答えられないです」
「なんだ、また秘密事か?」
ルーディさんは冗談交じりの軽い口調でそう言った。だけど、僕は過去に栞の事を秘密にしようとして大きな失敗をしている。その件は解決しているとはいえ僕が秘密を作るという事は、彼にとって疑念になるだろう。
「大丈夫ですよ。僕を治療してくれた『彼』は、その力を身勝手に求められる事を拒んでいるんです。だから、『彼』が無条件に僕を助けたという事実は秘密にしてくれと言われたんですよ」
僕がそう言うと、ルーディさんは納得の表情を浮かべた。『アモールの泉』から秘密にしろと言われたのは、僕を助けたという事実であって秘密にする動機では無い。まあ、ほぼ答えを言っているようなものだが……。
「なるほどな。まあ、それを聞けば答えはほぼ分かるぞ?」
ルーディさんは納得の表情を浮かべた。僕は誤魔化すようにコーヒーを飲む。若干冷め始めており、水っぽい味になっていた。
「……ああ、ところで」
話題転換すべく、僕は話を切り出した。
「レイジフォックスに襲われた後、僕は栞と二人になったじゃないですか?」
「ああ、そうだな」
「あの時、栞は僕を頼ってくれなくて、一人で問題の解決を行おうとしたんです。だから、『僕を頼って欲しい』と、栞を叱ったんです」
僕はそう言って残っていたコーヒーを飲み干した。
「ほう」
「でもそれって、ルーディさんが僕に叱ったこととまったく同じで……我ながらブーメランを投げたな、と……」
飲み干したコーヒーを見つめながら僕はそう言った。カップを回せばコーヒーの黒い滴が後を追うように移動する。
「……やっぱり僕は兄失格です。未熟で、それでいて意地っ張りで……」
「……何言ってんだ?」
僕が自虐気味にそう言っていると、ルーディさんが口を挟んできた。
「ショータ、お前はもう誰かを頼る事が出来ている。その時点でもうブーメランじゃ無くなってるんだ」
言ってルーディさんは「はぁ……」と、わざとらしく溜息を吐いた。
「いいか?俺はシオリを叱らない」
そう言うと、ルーディさんはカップを机に置いて僕に向き直る。
「俺はシオリを叱らない。俺が叱るのはショータ、お前だけだ。だからお前がシオリを叱れ。俺の真似して叱れば良い」
ルーディさんの言葉に反応して僕は思わず顔を上げる。
「そうか……そうですね、ルーディさんの言うとおりです」
「ああ、じゃあ俺もコーヒー飲み干した事だしこれで失礼するよ」
「はい。ご馳走様でした!」
言って僕はルーディさんに自分のコーヒーカップを手渡した。間もなくルーディさんが席を立つ。ドアを開けて部屋の外に立った。
「じゃあ、今日はよく休んでおけ、明日も訓練だ」
こちらを振り返らずにルーディはそう言った。
「はい、おやすみなさい」
僕がそう言うと、ルーディさんは左手をひらひらさせてこれに答える。ドアが閉じられると、僕はベッドに倒れ込んだ。
「はぁ……」
短い溜息を吐いて部屋の明かりを消した。
続く……
TIPS!
佐伯翔太③:学校ではとにかく目立たない。




