part.11-10 チェルニーの激闘
「ん……」
僕は不意に目が覚めた。青臭い雑草の匂いと流血の痛み、あまり良い目覚めでは無い。
「目が覚めたか?」
ルーディさんが僕の顔をのぞき込んできた。
「……ぐっ!!」
ゆっくりと上体を起こすと、横腹に激しい痛みが走る。
「おっと、あまり無理をするな?今お前は怪我してるんだぞ?応急処置は施したが、まだお前はまともに立てる状態じゃねえ」
「痛っ!す、すみません……」
ルーディさんの手を取ってようやく立ち上がる。不安定な身体を自分で支える事が出来ない。
「……シオリ、ショータを支えてくれ!」
「わ、分かりました!」
言って、栞が僕の側に駆け寄った。
「……兄さん、大丈夫!?」
「ああ、心配掛けたな?」
僕がそう言うと、栞はゆっくりと首を横に振った。
「ううん、肩貸すよ!」
僕は栞の肩に右腕を置いた。ふらつく足をどうにか前へ運び出す。
「さて、落ち着いたとはいえ俺達はまだレイジフォックスに目を付けられている状態だ。ショータに歩調を合わせるが、なるべく急いで村へ帰ろう!」
「はい!」
ルーディさんの声に一同が返事をする。それと同時に僕に合わせながらもゆっくりと村への方角へ進んでいった。
「ショータ、悪かったな?」
不意にルーディさんがそう言った。
「……何のことですか?」
「今までの事だ。レイジフォックスと遭遇したあの後、俺達ははぐれてしまった」
ルーディさんは続ける。
「あの時、俺が合流場所を伝えておくべきだった。俺の考えが浅はかだったよ」
歩きながら、ルーディさんは僕の方を向いた。
「いいえ、ルーディさんが居なかったら僕ら全員助かって無かったですよ」
「いや、結果的にお前を怪我させたのは俺の責任だ。ここは俺の謝罪を素直に受け取ってくれ?」
ルーディさんは再び「悪かった!」と言って頭を下げた。
「……分かりました。そういうことなら」
「ああ、それで良い」
言ってルーディさんは前を向き直る。
「……イヴァンカ、前の方に偵察に出てくれないか?もしワーカーを見つけても一人で戦おうとはするなよ?」
「分かりました!」
言ってイヴァンカは僕らよりも前へ走り出した。
◉ ◉ ◉
ルーディさん達と合流出来た僕らだったが、レイジフォックスの脅威が去ることは無い。むしろ今レイジフォックスの気配が無い事が不気味なほどだ。
「……前の方にレイジフォックスは居ませんね?」
偵察から帰ってきたイヴァンカはそう言った。
「……変だな?俺達は囲まれていたはずだが……まあ良い、敵がいないのなら今のうちに帰ろう!」
「……そうですね!」
ルーディさんの言葉にイヴァンカが同意する。とはいえ、一人ではまともに歩けない僕を置いていくことも出来ない為、走るような事は出来なかった。
「ショータ、一応聞きたいんだが、あとどれくらい速く歩ける?」
「はははっ、今が限界ですね……痛てて」
僕は苦笑いでそう答えた。笑うと横腹の傷が開く。横腹を押さえようとすると、すかさず栞が「大丈夫?」と、カバーに入ってくれた。
「だよな?まあ、焦っても仕方が無い……」
と、ルーディさんが言いかけたその時だった。
「ォォォォォ……」
レイジフォックスの遠吠えだ。しかし、僕達の付近で発せられたものでは無く、何処か遠い場所から聞こえてきた。
「……レイジフォックスの遠吠え?」
イヴァンカが首をかしげながらそう言った。
「……だとしたら好都合だな。奴らの標的が別のものに移ったのだろう。……もしもそれが人間だったら悪いのだが、それを囮にして今のうちに逃げ帰ろう!」
ルーディさんは続ける。
「イヴァンカ、遠吠えの位置はどの辺りだった?」
「……多分、この辺りですね」
イヴァンカは地図を広げて答えた。
「チッ、俺達の進行方向じゃねえか!……しょうが無い、迂回しよう」
ルーディさんの言葉に従って僕らは進路を変えた。
◉ ◉ ◉
遠吠えの位置を迂回した僕らだったが、村へ行くにはどうしてもその音源に近づかなければならなかった。当然、近づくほどレイジフォックスの気配は増えていく。今のところ見つかっていないが、このままでは一生村へ帰る事が出来ない。
「……覚悟を決めよう、レイジフォックスの群れを進む。シオリ、大丈夫か?」
ルーディさんは栞のトラウマを危惧したのかそう尋ねた。
「ええ、もう大丈夫です。……兄さんと一緒ですから」
栞は僕の方を一瞬だけ向いてそう答えた。
「へえ?その様子なら大丈夫そうだな?」
ルーディさんは関心した様にそう答えた。その時、一瞬僕に目配せを送ったが、残念ながらその意図を読み解くことが出来なかった。
「今度は固まって動くぞ。シオリ達は俺とイヴァンカの後ろに付いてくれ、絶対にはぐれるなよ?」
「……はい!」
ルーディさんの言葉に栞は元気よく返事する。
「ショータ、悪いが少しだけペースを上げる。付いてこられないなら言ってくれ!」
「分かりました」
ルーディさんの言葉に僕はそう答えた。
「行くぞ!」
ルーディさんとイヴァンカは勢いよくレイジフォックスの群れに立った。それぞれ武器を振り回してレイジフォックス達をなぎ倒していく。
「二人はあの岩陰に隠れてくれ!」
イヴァンカが戦いながら右側にある岩を指した。僕らはその指示に従い、岩陰に隠れた。
「兄さん、大丈夫?」
栞は僕の怪我を見てそう言った。見ると、横腹に巻かれた包帯が少し赤く滲んでいた。
「大丈夫だ、まだ何とかなるさ!」
僕は栞に手伝って貰いながら岩陰に腰を下ろす。この間もレイジフォックス達の遠吠えがうるさく響いていた。
「翔太、大丈夫か?」
少し遅れてイヴァンカが僕達の方にやって来た。
「ああ、今のところ僕らは見つかっていない」
と、僕は答える。
「そうか、今はルーディ商人がレイジフォックスを押さえてくれている。事が静まるまで私も君達の護衛に付くよ」
と、イヴァンカは答えた。
「……ありがとう、姉さん」
栞はイヴァンカにそう言った。栞が『姉さん』という度に何か気に掛かるのは親心ならぬ『兄心』と言うやつか……。そうこうしている内にレイジフォックスの足音がこちらに近づいてきた。
「……感づかれたな、ここも危ない!」
イヴァンカはレイピアを抜いてそう言った。その瞬間、レイジフォックスは僕達の前に現れる。岩場をレイジフォックスに囲まれているらしく、もう逃げ場が無い。
「でやああああああああ!!」
イヴァンカは右側に突進していった。次々にレイジフォックスを引き倒す。しかし、左側に居るレイジフォックスの群れが僕らを見逃すはずも無く、動けない僕にめがけて襲いかかってきた。
「ファイア・シェル!」
その瞬間、すかさず栞がレイジフォックスにめがけて火球を放つ。ゼロ距離で放たれた火球はレイジフォックスに命中し、黒焦げとなった。
「やった!」
「栞、次だ!」
「え?……!ファイア・シェル!」
僕の声に反応してようやく次のレイジフォックスに火球を放つ。近距離の敵は命中させやすいのか、再びレイジフォックスに火球が命中する。
「また当たった!これならやれる!」
栞は次々に火球を放ち、その度にレイジフォックスに当てていく。何発か外したものもあったが、確実に栞は攻撃を当てられる様になっていた。右側はイヴァンカがレイジフォックスを止めており、左には栞がいる。
「何とか、なりそうだな……!」
少しだけ安堵した僕はそう呟いた。
「……シオリ」
その瞬間、不意に頭の中に直接声が聞こえる。この感じは『アモールの泉』と会話している時と少し似ていた。
「……え、兄さん?」
「いや、僕じゃないぞ?」
「それじゃあ一体誰が?」
「……シオリ!」
僕らが疑問を浮かべていると、再びその声が聞こえる。見ると、栞の肩に妖精『チャイ』がその姿を現していた。何でも栞と一時的に契約して栞に魔力を送っている存在なのだとか……。
「え、チャイ!?……しゃべれるんだ……」
そんな栞の素朴な驚愕を無視して、チャイは伝えたいことを淡々と伝える。
「シオリ、もう魔力が無い……」
「え……そ、そんな!……ファイア・シェル!」
それを聞いて素に戻った栞は試す様に呪文を唱えるが、その手から火球が放たれる事は無かった。
「ど、どうしよう……」
「待ってろ、今私が行く!」
異変に気付いたイヴァンカが急いでこちらに向かってきたが、それよりも速くレイジフォックスが僕らの方へたどり着いてしまった。
「うっ!」
恐怖で前がシャットアウトされそうになるが、何とか抵抗しようと僕も剣を抜いた。栞も僕の側に寄ってレイジフォックスを睨むが、遂にレイジフォックスが襲いかかってきた。
「この野郎!」
鈍い剣筋を見せるが、レイジフォックスはこれを簡単に避ける。しかし、離れた瞬間にイヴァンカが横やりを入れて何とか体勢が整った。
「二人とも大丈夫か!?」
「まだ攻撃は受けていない」
「それなら良かった」
言いながらレイピアをレイジフォックスの群れに向けるが、じりじりと距離を詰められ、最早為す術が無い。
「ルーディさんは?」
岩の向こうで戦っているらしく、こちらに手が回せる余裕は無さそうだ。
「くっ……!」
誰もが諦めかけたその時だった。
「——そこの少女?」
再び脳に直接声が届く。
「……チャイ?」
「違う」
栞が尋ねた瞬間、チャイはそう言い返した。
「じゃあ、一体誰が!?」
栞がそう言った途端、再びその声が聞こえてきた。
「そこの少女、僕と契約してくれないか?」
続く……
TIPS!
チャイ②:ヘンシェルと契約している炎系の魔法を得意とする狐の妖精、白い毛並みと大きな尻尾が特徴。




