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part.11-8 チェルニーの激闘

「よし、ここを離れよう!なるべく急ぐぞ!!」

 ルーディさんの言葉を皮切りに、僕らは平原を走り出した。

「栞、手を離すなよ?」

「……分かってる」

 栞は少し自信が無さそうにそう答えた。今、何よりも怖いのは栞の自我が失われる事だ。レイジフォックスの群れはルーディさんがいる。どうにかなるだろう。

「良いか栞、今は僕達の声だけを聞いてくれ。それで助かるから……!」

「うん」

 僕は走りながら栞に声を掛ける。栞を混乱させない為に常に話し掛ける。それに応えるように栞は僕の声を聞いてくれた。しかし、後ろからちらほらとレイジフォックスが見える。近づいてくる度にその数が増していき、終わりが見えない。

「ショータ、先に行け!!」

「分かりました!栞、付いてきてくれ」

「うん!」

 先頭を走っていたルーディさんを追い抜く。ルーディさんは後ろで抜刀してレイジフォックスを待ち構えた。どうやらしんがりを務めるらしい。イヴァンカもまた、ルーディさんに付こうとしている。僕らは一瞥した後、栞の手を引いてひたすら走り続けた。


◉ ◉ ◉


「はあ、はあ……」

 僕と栞はかなり遠くまで走って行った。レイジフォックスの気配は無くなったものの、結果的に僕らはルーディさん達とはぐれてしまったことになる。

「ど、どうしよう……」

 栞は不安げにそう問いかける。正直僕は何も考えられない。だけど、それで栞を不安にさせたらどうしようもない。何とか考えないと……。取り敢えず頭を落ち着かせて持ってきた荷物の中から地図を取り出す。こうしてみるとここは本当に平原だ。村へ帰ろうにも目印になるコンビニ等の建物なんて存在するはずがない。地図を見たところで今自分が向いている方角も分からない状態で、現在地の特定から帰路を割り出す事なんて出来なかった。

「……」

 畜生!こんな事なら方角の割り出し方をルーディさんかイヴァンカに聞いておくべきだった。ふと、栞を見ると不安そうにこちらを見ていた。ダメだ、沈黙の時間が長い程栞を不安にさせる。何か話さなければ……!

「……取り敢えず場所を変えようか、このままだとモンスターと鉢合わせするかもしれない」

「うん、分かった!」

 言って、僕は読めもしない地図とにらめっこしながら適当な場所に見切りを付けて歩き出した。


◉ ◉ ◉


 その後、僕らは物陰を求めて低木のある場所へ身を潜めた。あれからかなり時間が経過しており、このままでは二人とも飢え死にしてしまう。それを回避するためにもルーディさん達と合流しなければならない。

「……シュバルツ・アウゲンがあれば……!」

 今ほどこの魔法を欲したことはない。『シュバルツ・アウゲン』は周囲の地形やそこにいる生物を瞬時に特定出来る強力な空間認識魔法だ。この世界で栞を見つけ出す事が出来たのもこの魔法があったからこそだ。ただし、この魔法は上級魔法で下手に扱うと死の危険さえも存在する。

「なんだかんだ言っても所詮は御託か……」

 僕はそう呟きながら、俯いた。そして申し訳なさそうに栞の方を向く。栞はなにやら物言いたげにこちらを向いていた。

「……?」

 栞の表情は何処か定まっていない、何かに迷っているような表情だ。僕は咳払いを一つして、本題に入った。

「栞、悪い。お手上げだ。村への方角も、ルーディさんの居場所も分からない。どうする?このままじゃ二人とも餓死かモンスターに捕食されるかだ。それよりはどこか適当にうろついて……」

 そう栞に提案する。なんだかこう言った途端、少しだけ肩が軽くなった気がする。どうやらまた僕は一人で解決させようとしていたらしい。これは僕の失敗、なのだろうか?まあ、それは後で考えよう。今はこの状況を打開しなければならない。そう考えながら栞を見ると、彼女はゆっくりと首を左右に振った。迷い気味だった彼女の表情が定まる。

「……ううん、それよりも手っ取り早い方法があるよ!」

「……え?」

 栞の意外な発言に僕は拍子抜けた返事を返した。


◉ ◉ ◉


「……おいそれ本当にやるのか!?」

 栞の衝撃的な提案に僕は思わず声を荒げる。提案の内容はレイジフォックスにわざと見つかりに行くというものだった。レイジフォックスはその習性から、僕らを見つけると遠吠えで仲間を呼ぶだろう。だけど、その遠吠えをもしルーディさんが聞いていたなら、彼らが助けに来てくれるだろうという考えだった。

「うん、もうそれしか方法がないよ」

 栞は僕の顔を見上げながらそう答えた。もしそれを実行に移すなら僕は多くのレイジフォックスと戦わなければならない。それに……、

「栞のほうは、大丈夫なのか?」

 僕が言うと、栞はゆっくりと頷いた。

「私のことなら大丈夫、もう自我を失ったりしない!」

 栞はそう言った。栞の表情は硬く、表面上は問題無さそうに見える。だけど、肩は恐怖で震えていた。それは栞と始めて訓練に出たあの日の僕の様に……。きっと栞も僕の様に、人に頼ることが苦手なのだろう。

「……いや、ダメだな」

 僕はきっぱりとそう言い放った。

「……どうして?」

「だって栞、震えてるじゃないか」

「こ、これは……」

 栞はそう言いかけて俯いた。ルーディさんは僕と栞が『似ている』と言っていた。今ならその意味が分かる。

「はあ……よし、こうしよう!」

 僕はわざとらしくため息を吐いて、そう言った。今から僕が言うこと、それは盛大なブーメランだ。でも良いよね?兄妹だし……。そんな意味不明な言い訳を心の中で言いながら、僕は栞の方を向いた。

「レイジフォックスと戦うって案、乗るよ。乗ろう!どうやらそれしか無いらしい。……でも、栞はもっと僕を頼ってくれ!」

「……」

 栞は黙って僕の話を聞いている。

「栞、僕は栞が大丈夫だって思えない。どうしても思えないんだ」

「……そんなこと!」

「良いじゃないか、無理だって言ってくれて構わないよ。だって、僕も今、『大丈夫じゃない』から」

 と、僕は言った。我ながら何を言っているのか分からない。

「自分一人じゃ無理だって事を、どうか認めてあげて欲しい。だから……!」

 言って僕は静に息を吸った。

「だから、『大丈夫』なんて言わないで!言わないでくれ!!」

 そう言った所で栞は静にその頭を僕の背中に埋めた。僕の袖をぎゅっと握る。強く握られたその手は震えていた。

「……栞、怖いか?」

「……うん、怖い、怖いよ!兄さん……!」

「そっか……うん、そうだな。僕も、怖い……」

 そう言う僕の声も少しずつ震えていく。僕の頬は涙を伝っていた。

「……あれ、何で僕が……」

「……いいよ」

 僕が言いかけた所で栞が制止した。栞は僕が泣いている事を知っている。……我ながら情けないな。

「いいよ、だって兄さんも怖いんでしょ?」

 そう訊く栞の声も震えており、今にも泣いてしまいそうだ。

「ああ、そうだな。怖いよ……!」

「うん……うん!私も怖い!」

 二人して恐怖を分かち合う。そして膨張し続けたそれは遂に、耐えきれずに崩壊した。

「うわああああああああああああああああ!!」

 どちらからともなく僕と栞は号泣する。ここまで激しく泣いたのは、お互い初めてかもしれない。その後、僕らは気が済むまで泣き続けた。


続く……


TIPS!

シュバルツ・アウゲン:周囲の広大な地形を瞬時に把握する情報処理魔法、その情報は正確だが膨大で、術者のコントロールが重要になる

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