part.11-7 チェルニーの激闘
その日の夜、僕はぶつぶつと独り言を呟きながら勉強机に座っていた。ノートとペンを広げているものの、勉強している訳では無い。今までの事を振り返りながらもこれからの計画を立て、スケジュール表を作っていた。これまで僕は異世界と現実世界でやるべき事を分けていなかった。例えば僕が退院したあの日、英語を勉強していたが、その時僕が意図しない形で異世界へ飛ばされた時に何とかして異世界でも英語の復習を行おうとした。当然だが異世界に英語の教材なんてものは無い。結果英語の復習は出来なかった。現実世界と異世界では環境が大きく異なる。ならば、こうしよう。
1.現実世界では『勉強』の事だけを最優先に考え、それに沿ったスケジュールを立てる。
2.異世界では『戦う』事だけを考え、それに沿ったスケジュールはきっとルーディさんが立ててくれますありがとうございます。
ふざけて書いたが、2番に関してはきっとルーディさんが最良のスケジュールを組んでくれることだろう。僕はいつの間にか人に頼ることが億劫になってしまっていたのだ。それは栞が自殺してしまったという事実から来る『責任感』がそうしてしまったのだろう。確かに僕にも責任はある、これは間違いない事だ。だけど、これを失敗の言い訳には出来ない。ならばこの事は一旦置いておいて、今やるべき事を最優先に行うべきだ。
「……ふう」
ある程度勉強のスケジュールをノートに書き込んだ後、僕は背伸びをする。窓の外は既に真っ暗で、時計を見るともうすぐ日を跨ぐところだ。
「そろそろ寝よう……」
言って僕はベッドへ向かっていった。
◉ ◉ ◉
翌日、昨日が現実世界であったとすると、今、僕がいる場所は異世界だ。
「ん……」
ルーディさんとのタイマン勝負の疲れが抜けきらないまま、目を覚ます。茜が言っていた『アクティブレスト』というやつはどうやら上手くいっていないのかもしれない。もう少し身体を動かすべきだったのだろうか?まだ眠気の余韻が残っているものの流暢にやっている暇は無い。しばらくすると、部屋の向こうから声が聞こえてきた。
「ショータ!直ぐに支度して村の門へ向かえ。ぐずぐずするなよ!」
「……はい!」
僕は頬を2〜3回ぺちぺちと叩いて返事をした。お陰で寝ぼけた声は出ていない。僕は直ぐに着替えて宿屋を後にした。
◉ ◉ ◉
「遅いぞショータ!」
「す、すみません!」
かなり急いだつもりで集合場所へ向かっていたが、既にルーディさんや栞、イヴァンカまで集まっていたらしい。どうやらまた僕が最後のようだ。
「全員揃ったな?では行こう!」
ルーディさんの言葉を皮切りに僕らは村の外へ出た。
◉ ◉ ◉
「ファイア・シェル!」
栞の叫び声と共に火球が勢いよく飛び出す。未だ敵に命中させた弾は無かったが、もう栞はちゃんと『戦える』様になっている。僕は栞のそばで彼女を見守っていたが、栞は時折僕の存在を忘れるほど、戦闘に集中出来ていた。
「よし、この調子ならもう一人で戦えるんじゃないか?」
ルーディさんが栞にそう尋ねる。栞は自信なさげに「は、はい……」と答えた。
「ショータ、次の戦闘からお前も参加してくれ」
と、ルーディさんは言った。僕としては少し不安が残るが、栞の側にはルーディさんが着くだろうし問題は無いだろう。
「分かりました」
僕はそう快諾してイヴァンカの元へ向かった。
「……あ、兄さん!」
不意に栞が僕を呼び止める。
「ん?」
「その……頑張って!」
栞は僕にそう言った。その声は少し戸惑い気味で、きっと何を話せば良いか分からなくなり、結果として出て来たものなのだろう。栞が言いたい言葉は『謝罪』なのか『感謝』なのか、又はそれ以外なのか……正直僕には分からない。それでも、きっと今の栞は僕に対してマイナスな感情は抱いていないはずだ。だから僕は笑顔を作ってはっきりと、こう答えた。
「ああ!」
◉ ◉ ◉
その後、僕らは単独のアルミラージを探してフィールドを歩き回る。何故アルミラージなのかというと、栞はレイジフォックスに対してトラウマを持っているからだ。既に克服へと向かっているものの、栞の護衛役が僕からルーディさんに変わっている。だからまずは栞に対して刺激の少ないアルミラージと戦おうというルーディさんの方針から、僕らはアルミラージを探していた。
「……しかし見つかりませんね」
僕はそう呟いた。暫く探し回っていたものの、見つかるのはレイジフォックスばかりだった。
「ああ、恐らくレイジフォックスの増加に従って平原の生態系が変わりつつあるのさ。翔太はアモールの森に行ったことがあるんだったな?」
イヴァンカは僕にそう尋ねる。
「ああ、薬草を求めて森の奥まで入った事がある」
と、僕は答えた。
「その節はどうも。森の中はアルミラージが多かっただろう?」
「ああ、寧ろアルミラージ以外のモンスターはほとんど見当たらなかった」
と、僕は答えた。
「それはレイジフォックスに住処を追われたアルミラージがアモールの森に行き着いたからなんだ。もしかしたら今の平原にアルミラージはほとんど残ってないのかもしれないな?」
と、イヴァンカは言った。なるほど、そんなことを『アモールの泉』も言っていたような気がする。
「そうか……まあ、アルミラージがいないからと言ってどうということは無いのだが」
と、僕は答えた。アルミラージだろうがレイジフォックスだろうがこの世界ではどちらも『害獣』そのものだ。アルミラージがいなくなって困るのはせいぜい今の僕らくらいのものだろう。
「フッ、そうだな」
イヴァンカも僕を見るや笑顔でそう返した。
「あの、兄さん」
「ん?」
栞に声を掛けられて僕は後ろを向く。
「私の事なら大丈夫だし、レイジフォックスと戦っても大丈夫だよ?」
栞はそう言った。これは僕らに対する気遣いなのだろう。しかし、いきなり栞のトラウマであるレイジフォックスと戦うのは流石に気が引けた。
「気遣いありがとう。俺達も君の力を信用していない訳じゃ無い。だが、物事には段取りってものがあるんだ、どうか分かってくれ?」
まるで我が子をなだめる様にルーディさんは栞にそう言った。
「まあ、歩いていればその内見つかるだろうさ?こういうのは気長にやろう!」
イヴァンカも栞にそう言う。
「もしかしたら、アモールの森の方面にアルミラージがいるのかもしれない。そっちに行ってみようか?」
僕は皆にそう提案する。アモールの森がアルミラージの巣窟になっていたのだからその方角に進めばおのずと遭遇出来るだろうという出任せに近い提案ではあったが、皆も同意してくれた。もっとも、アモールの森に居たアルミラージは僕とルーディさんが倒してしまったのだが……。
「アモールの森となると、北西だな?こっちの方角だ」
ルーディさんが太陽の位置を見て方角を割り出す。僕らはそれに付いていく形でアモールの森方面へ向かっていった。
◉ ◉ ◉
「……見つけた!」
アモールの森への道を辿っていく道中、ようやくアルミラージを発見できた。しかし数は2匹で多対一の状況は作りにくい。
「……どうします?」
イヴァンカがルーディさんにそう尋ねる。ルーディさんは暫く思案顔になるが、その後、顔を上げた。どうやら決心したらしい。
「次からショータも参戦するし問題は無いだろう。必要とあれば俺も参戦する」
「分かりました。翔太、準備は良いか?」
そう言ってイヴァンカは僕を見る。
「大丈夫だ」
僕がそう答えると、イヴァンカの合図でゆっくりとアルミラージに近づいていった。まだ姿は晒さないが、抜刀して静かにその時を待つ。
「いいか翔太、栞がまず魔法攻撃を行う。多分外すと思うからその攻撃後にアルミラージを押さえてくれ。なるべく栞に活躍させたいから手加減しておいて欲しい」
と、イヴァンカは言った。
「分かったけど、僕に手加減する余裕が無いんだよな……」
イヴァンカにそう返すと、彼女は「ははっ、だろうな?」と、苦笑いを浮かべた。
「まあ、私の方で手加減するから問題ない。右を任せるぞ!」
「分かった」
僕の声を聞くや、栞達のいる方へ合図を送る。それを見た栞は静にアルミラージの方を向いた。
「ファイア・シェル!」
言葉と共に火球が飛び出す。弾は当たらず、アルミラージはこちらに気付いてしまった。
「行くぞ翔太!」
「ああ!」
僕とイヴァンカが同時に飛び出す。僕はイヴァンカの指示通り右側のレイジフォックスに立ち向かう。剣をちらつかせて慎重に距離を詰めていった。
「ギギギギ……」
アルミラージも歯軋りで威嚇しており、その表情はとても兎の類いには見えない。アルミラージは確かにすばしっこいが、動きは直線的だ。つまり、一撃目を躱せば楽に後ろが取れる。僕は付かず離れずの距離を取りながら静に綻びが生まれるのを待った。
「ギャアアアアアア!!」
アルミラージは辛抱溜まらず僕に向かって突進する。しかし、十分に躱せる位置を保っていた僕は右側に逸れて突進を避けた。こうなれば後は簡単だ。勢い余ってオーバーシュートしたアルミラージの尻めがけて剣を振る。その後、悲鳴を上げて過呼吸気味になっているアルミラージの頭に向けて剣を突き、とどめを刺した。
「ふう、イヴァンカは?」
ふと、イヴァンカが気になって見てみると、どうやらまだ戦っているようだ。その合間を縫って栞が魔法攻撃を行う。残念ながら攻撃を当て切れていないが、フレンドリーファイアも無い。ルーディさんの指示のお陰だろう。
「……どうやら、僕の出る幕は無いな?」
そう呟きながら、腰を下ろした。寂しさ半分、『休めてラッキー』と思える嬉しさ半分と言った所か。とは言え、ここでサボる訳にもいかず、直ぐに腰を上げて栞達の元へ合流しようとした、その時だった。
「ウオオオオオオオオオ!!!」
急に遠吠えが聞こえてきた。それもかなり近い。
「……レイジフォックス!?」
後ろを振り返ると、レイジフォックスが遠吠えで仲間を呼んでいた。しまった、アルミラージを倒した安心感で気が抜けていた。
「でやあああああああああ!!」
遠吠えで隙だらけのレイジフォックスに剣を突き刺す。取り敢えず倒す事はできたが、このままではレイジフォックスに取り囲まれてしまうだろう。僕は直ぐにルーディさんの元へ駆けつけた。イヴァンカは既にアルミラージを倒しているらしく、ルーディさん達に合流している。
「ショータ、無事か!?」
「はい、レイジフォックスは倒しましたが、もう仲間を呼ばれてしまいました」
ルーディさんに合流すると、僕はそう言った。ふと、栞の方を向くと、恐怖で足が震えている。栞が初めてこの世界に転生してきた時に、この鳴き声を聞いたのだろう。トラウマがフラッシュバックしかけている。
「ショータ、シオリを連れて行ってくれ!一人で歩けそうにないなら背負ってでもここを離れるぞ!」
「分かりました!」
言って僕は栞の手を引いた。
「栞、歩けるか?」
僕は努めて冷静に、栞と目線を合わせてそう言った。正直僕も焦っているが、それ以上に栞は恐怖を感じている。
「う、うん……」
そう言う栞の手は震えている。でも、応答できるならまだ何とかなる。
「よし、ここを離れよう!なるべく急ぐぞ!!」
ルーディさんの言葉を皮切りに、僕らは平原を走り出した。
続く……
TIPS!
アモールの泉①:泉に宿る姿の無い妖精、冷酷な性格だが自身の棲む森を敬愛している
 




