表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
46/121

part.11-6 チェルニーの激闘

 翌日、前日の疲れを引き摺ったまま僕は目を覚ました。当然、全身が筋肉痛だ。

「……痛ててててててててて」

 軋む身体を何とか起こしてベッドから起き上がる。ここは現実世界、この日は学校がある。流石に休もうかと悩んだが、欠席の理由に『筋肉痛』は恐らく通用しない。『腹痛』なら通用するかもだけどね?それに遅れきった勉強も追いついていなかった。

「仕方無い、起きよう……」

 背伸びをすると全身が痛む。しかし、背伸びして頭が覚醒すると、なんだか晴れやかな気分になった。何だろう?『吹っ切れた』と言った感覚だろうか?

「ふっ……」

 不思議と笑みがこぼれる。これもルーディさんのお陰と言った所だろうか?不本意ではあるが……。さあ、そんなことより支度だ。


◉ ◉ ◉


 支度を済ませて僕は家を出る。別に待ち合わせしている訳じゃないけど公園沿いの道、ここで普段は茜と合流する。筋肉痛のせいで少し手間取ったせいか、いつもより遅れ気味に登校した僕だったが、公園前の道を覗くと、案の定、赤毛の少女が待ちぼうけしていた。

「しょーた、遅いよ!」

 僕の気配に気付いた茜がこちらを向く。

「悪ぃ、でも遅刻はしてないだろう?」

「あと1分遅かったら電話するかしょーたの家に乗り込んでた所だけどね?」

 「にしし」と、悪戯っぽい笑みを浮かべながら茜はそう言った。実はこれ、冗談では無く前例がある。僕と栞が一度、同時に風邪で倒れた時があったのだが、その日も茜は待ちぼうけしてていつまで経っても僕らが来ないものだからしびれを切らして家に乗り込んできたのだ。まあ、これに関しては茜に連絡をし忘れていた僕が悪いのだが、酷い熱が出てそれどころじゃ無かったのだ。許して下さいお願いしますなんでもシマウマノシタ。

「か、勘弁してくれ……」

 僕は心底疲れた顔でそう言った。ただでさえ筋肉痛に苦しんでいる状態なのに茜の対応なんて出来やしない。まあ、今やってるけど……。

「んー?何か疲れてるみたいだね?勉強の事でも焦ってるのかな?」

 何かを察した茜は僕の顔をのぞき込みながらそう言った。

「ふっ……勉強と言うよりは、運動かな?」

「え!?別にしょーたが悩む事じゃ無いじゃん!?」

「し つ れ い な!!」

 僕がそう返すと、茜は「あはははは!」元気な笑い声を上げた。

「……じゃあ、勉強は上手くいってるんだ?」

 不意に茜はそう聞いてきた。

「……いや、正直ダメだ。どれもこれも上手くいっていない」

 僕はそう答える。……もし、昨日ルーディさんと戦っていなかったら、きっと僕はこの答えを誤魔化していただろう。僕はあの戦いで自分の気付けなかった弱みに気付けたのと同時に、自分自身がちっぽけな人間であることを痛感させられた。まあ、『身の程を知った』とでも言えば良いかな?

「何だろうな、やることが多すぎる。こっちの世界では勉強、異世界では戦闘訓練だ。昨日、異世界でも動き回ったせいで全身が筋肉痛だよ?」

 「ハハハ……」と、疲れた笑みを見せながら僕は両手を広げる。

「ふーん、異世界でも大変なんだ?」

 茜は僕の顔をのぞき込んでそう言った。

「ああ、まあ話せば長くなるんだが……」

「あ!じゃあ、部活の時にでもその話聞かせてよ!今日あたし部活サボるから!」

「いやサボるなよ……」

 僕の前に立ってそう話す茜に僕はやる気の無いツッコミを返すものの、茜の返事に肯定も否定もしなかった。


◉ ◉ ◉


 その日の夕方、部活の時間となり、僕は化学室に一人、静かにぽつりと座っていた。この日は勉強する予定だったが、どうもそわそわして身が入らない。仕方が無いから僕はなんとなくビーカーを二つ用意した。別に何かの実験をする訳じゃ無くて、用意したビーカーに氷とお茶をそれぞれ注ぐ。片方は僕が飲む為、もう片方は……えーっと何かの実験用だ。そうこうしている内に化学室の扉が強引に開かれた。

「おはよーしょーた!!」

「もう夕方だ!」

 ハイテンションな茜に僕はそう返した。

「それで、異世界で一体何があったのかね?」

 茜は教卓の前に椅子を持ってきて座る。何というか不思議な絵面だ。しかし、教卓は背が高く作られており、茜は教卓から顔を出せなかったようだ。

「ねー、こっちに座ろう?」

 茜は適当な席を指差す。

「……はいはい、わかったよ」

 僕はしぶしぶ席を立った。この席は割と気に入っていたんだけどな……。教卓に置いていた二つのビーカーを生徒用の席に置いて座り、茜はその隣に座った。

「はい、お茶」

「ありがと」

 僕がそのビーカーを差し出すと、茜はにっこりと笑ってそれを受け取る。氷の冷たさがビーカーまで伝わっており、手に触れるとひんやりとした心地よい感覚が伝わってきた。

「それで、異世界で何があったの?」

 茜はビーカーのお茶を啜りながらそう聞いてきた。

「ああ、近い内にクイーンフォックスの討伐を行うんだ」

「クイーンフォックスって、あの時しょーたに大怪我を負わせた?」

「そう」

 茜の問いに僕はそう答える。

「……大丈夫なの?それ……」

 これを聞いた茜は心底心配そうにそう聞いてきた。まあ、あの時の僕の大怪我を見れば当然の反応と言えるだろう。

「ああ、今回は討伐のやり方というものがあるらしい。それに次からは仲間も増える。大丈夫だ。だけど……」

 ここまで言って僕は一息置いた。

「クイーンフォックスの討伐に当たって僕がそのままと言うわけにもいかない」

「だからこその『戦闘訓練』……?」

 次の言葉を察した茜はそう返した。

「そう、だから焦っている。あの時僕は本当に大怪我を負った。次のクエストで最悪僕は死ぬ可能性だってある」

 と、僕は答えた。そうだ、異世界は現実世界と違って危険が多い、何かのはずみで僕は死んでしまう事だってあるだろう。そして、もしも僕が異世界で死んでしまったら?怖くて実験なんて出来やしないが、恐らくこの現実世界でも死んでしまうのだろう。

「だから焦っている。正直、勉強どころじゃ無くなってしまってるんだ」

「……断る事は出来ないの?その討伐を……」

 茜はそう聞いてきた。

「出来ないな、僕を信じている人がいる。それに……」

 ここまで言って僕は一息置いた。

「……栞も、このクエストに参加予定なんだ」

「しおりちゃんも!?」

 これを聞いた茜は驚いた様な表情を見せた。

「ああ、栞自身の強い意志で、な?まだ確定している訳じゃ無いからなんとも言えないけど、もし行くのなら……」

「お兄ちゃんとして、栞を守ってやらないと、かな?」

 茜が僕の言葉を先読みしてそう言った。

「ああ、その通りだ」

 それに僕はそう答える。

「ふーん、事情は大体分かったよ!」

 茜はそう言って少しの間、思案顔になった。その後、茜は顔を上げて話し始める。

「じゃあ、しょーたが今やるべき事って何?」

「やるべき事……?戦闘訓練とか?」

「他には?」

「他?現実世界なら勉強もやらないといけない」

「うん、あとは?」

「後?えーっと……」

 僕は思案顔になるがそれ以外に思いつかない。

「うん、その二つだけじゃ無いかな?」

 僕の回答を待つこと無く茜はそう言った。

「……まあ、確かにそうだな」

「じゃあ、やることってたったの二つだけじゃん!」

「二つだけって……確かに数で言えばそうだけど……」

「確かに量は多いけど、やることはたった二つ、『勉強する』そして、『戦うための準備をする』この二つだ」

 茜はそう言いながら席を立った。

「それならこうすれば良い。今この世界では勉強する事だけを考えよう!そして異世界では戦う事だけを考えれば良い。二つの事を同時にこなそうとするからどっちもこなせないんだよ」

「あ……」

 茜に返す言葉が無い。そうだ、僕は今まで様々な事を同時にこなそうとしてきた。何故なら時間が無いからだ。僕はどうやら焦りすぎていたらしい。二兎を追う者はなんとやら……。

「そう、だな……全くもってその通りだ」

「うん!」

 僕の答えに満足したのか、茜は満面の笑みで頷いた。

「今日から計画を立ててみよう、忙しくなるな!」

「頑張ってね!……ああ、ところで」

「ん?」

 茜が僕を制止する。

「朝言ってた筋肉痛ってまだ続いてる?」

 不意に茜が僕に聞いてきた。

「ああ、まだ痛むよ」

 僕は苦笑しながらそう答えた。

「それなら少し身体を動かした方が良いよ!」

「……筋肉痛の時に身体を動かすのか?」

「そう、アクティブレストってやつだよ!ああ、間違えた。Active restってやつだよ」

 と、茜は言った。……いや、何で流暢に言い直したし……。

「アクティブ……?」

「うん、軽いウォーキングやジョギング程度の運動をする事で、全身に血液を回すことが出来るから、筋肉の疲労が早くなるんだよ!」

「へえ、そんなことがあるのか……」

 と、僕は答えた。それなら、下校中にでもやってみようかな?

「まあ、あたしが言えるのはこのくらいかな?頑張れそう?」

「ああ、何とか気持ちの整理が付いた気がするよ。ありがとう!」

 と、僕は答えた。

「ふふっ、よかった。じゃあ、そろそろ帰ろうか?」

 茜に催促されて外を眺めると、日が落ちかけてきている。そろそろ下校時間だ。

「そうだな、帰ろう」

 僕は言って、下校準備をした。


続く……


TIPS!

住屋茜②:翔太よりも背が低い事をとても気にしている

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ