part.11-4 チェルニーの激闘
「何をしている?ほら行くぞ!」
「は、はい!」
ルーディさんに催促され、僕も歩き出した。しかしルーディさんの自信は確かなものだ。僕の様な自信とはどこか違うものがある。
「……一体、どうやってトラウマを……?」
僕はルーディさんにそう尋ねる。すると、ルーディさんは「フッ……」と、含みのある笑みを見せた。
「……どうもお客さん!こちらは旅の商人、ルーディ・イェーガー!!お客さんの手に馴染む武器防具から冒険に欠かせない消耗品まで、冒険者に必要な商品を何でも取り揃えております!!」
急に商人口調になってルーディはそう言った。思わず僕は「……え?」と、首をかしげる。
「……つまりあれだ。冒険者と間違われやすいが、俺も商人の端くれよ。話術は心得てあるつもりだ」
素に戻ったルーディさんはそう言った。
「……つまり!シオリの不信感は話術で解決させるんだ!それが出来ればトラウマもおのずと克服出来るだろう!」
と、ルーディさんは言った。確かに、栞の『誰も信用出来ない』という心理状態が解決すれば、後は味方を頼りに魔法を撃てば一体のみのレイジフォックスくらいなら容易に撃退出来る。栞はまだ分かっていないが、レイジフォックスとはその程度のモンスターだ。
「でも、どうするんですか?」
「何だ?俺のことを信用していないのか?」
言いながら、ルーディさんは「んー?」と、わざとらしい思案顔になる。
「よぉし、ならばこうしよう!俺が話術のイロハをお前に教えてやる、そしてお前がシオリのトラウマを克服させるんだ!」
と、ルーディさんは言った。なるほど、ルーディさんは最初からそのつもりだったらしい。妹の問題事は兄である僕に解決させようという魂胆だ。どうやらここまで話を誘導されたらしい。彼の卓越した話術が成せる技、ということか……。
「分かりました!お願いします!!」
僕はルーディさんにそう言った。
◉ ◉ ◉
その後、ルーディさんに色々と教わって栞達の元へ急ぐ。
「あ、兄さん!」
既に正気に戻った栞が僕に話し掛ける。
「栞、すまない、待たせてしまったかな?」
僕は栞にそう語りかける。
「ううん、大丈夫だよ!」
栞はそう言った。
「よし、じゃあ再開しよう!」
栞達に合流するやルーディさんは全員にそう言った。
「え?ちょっと待って下さい、続けるんですか?」
それを聞いたイヴァンカがルーディさんにそう尋ねる。
「ああ、大丈夫だ!彼に色々と仕込んでやったからな?」
ルーディさんは言いながら僕を指差す。それを見た僕は、ルーディさんに軽い会釈をする。
「……それなら分かりました。栞もそれで良いか?」
イヴァンカは半ば不満がある様だが何とか納得してくれた。最後の選択権を栞に委ねる。
「私は大丈夫です。まだやれます!」
栞はそう言った。発言ははっきりとしているが、彼女の表情は不安の色を隠せていない。やはり、怖いのだろう。
「よし、では行こう!目標はレイジフォックスの討伐だ!」
ルーディさんの声に合わせて僕らは歩き出した。
◉ ◉ ◉
その後、暫く歩いていた僕らはレイジフォックスを発見する。単独で動いているらしく、こちらに気付いている様子は無い。
「ショータ、手はず通りにやれよ?」
ルーディさんは小声で僕に話し掛ける。
「大丈夫です、やって見せます!」
「そう気負うな、困った時は俺を頼るんだ。お前の悪い癖だぞ?」
ルーディさんからそう指摘を受ける。
「そう、ですね。分かりました!」
「よし……お前にはシオリを任せるぞ?」
「はい」
言って僕は栞の元へ向かっていった。
「栞、大丈夫か?」
僕は栞の真正面に立って話しかける。ルーディさんから教わった話術の一つ『相手と目線を合わせる』為だ。改めて彼女の目を見ると、若干泳ぎ気味になっている。
「うん、大丈夫……」
「……ゆっくり深呼吸して?」
栞に僕はそう言った。これを聞いた栞は「え、うん……?」と、若干戸惑ったものの、指示に従って呼吸を整える。栞の青ざめた表情がほんの僅かに緩んだ気がした。気のせいかもしれないけど……。
「よし、栞、あのレイジフォックスに魔法を当てて欲しいんだ。出来るか?」
言って、僕は前方のレイジフォックスを指差す。それを見た栞は一気に表情が青ざめた。
「う……!」
途端に栞は前に出ようとする。ルーディさんが言っていた『バーサーカー現象』というやつだ。いや、名前は僕が勝手に付けたんだけど……。
「待って……!」
言って、僕は栞の肩に触れる。栞の身体にわざと触れる事によって『仲間はここだ』という意識をさせる。これもルーディさんに教わった話術の一つだ。……とは言え、こんな状況じゃ無かったら栞からは『……触らないで』と、冷たくあしらわれていた事だろう。何というか新鮮な感覚だ。
「大丈夫だ、落ち着いてもう一度深呼吸するんだ」
これを聞いた栞は少し荒いがゆっくりと息を吸い込む。こんな状況だが、レイジフォックスは襲ってこない。こちらに気付いていないからだ。
「な?大丈夫だっただろう?」
「……う、うん」
栞はそう答える。良かった、どうやら会話が出来るくらいには落ち着いているらしい。だが、まだやることがある。
「よし、ちょっと待っててくれ!」
僕が栞にそう話しかけると、今度はイヴァンカの方を向く。
「イヴァンカ、栞の魔法が外れたら一気にレイジフォックスを仕留めてくれ!仲間を呼ばれると面倒だ」
「分かっているさ!」
『待ってました!』と言わんばかりにイヴァンカはレイピアを抜刀する。どうやら彼女の準備は出来ているらしい。僕は再び栞の方を向いた。
「栞、合図でレイジフォックスに魔法を撃って欲しい」
栞に話しかけると、栞は「分かった!」と答えて右手に火球を生み出した。相変わらず不可思議な現象だ。それを今度は実の妹が実行している。
「やってくれ!!」
「ファイア・シェル!」
栞がそう言うと、右手に出来た火球がレイジフォックスめがけて飛んでいく。同時にイヴァンカもレイジフォックスに突進していった。恐らくイヴァンカは『栞の攻撃は外れる』と予想しているのだろう。先を読んで走り出していた。彼女の予想通り、レイジフォックスはすんでのところでこちらに気付いて火球を躱したが、イヴァンカの攻撃に対応しきれず、レイピアの切っ先がレイジフォックスの身体に突き刺さった。
「大丈夫だ!レイジフォックスは倒した!!」
イヴァンカから報告を受ける。
「……はぁぁぁぁぁ」
それを聞いた栞は緊張が一気に抜けたのかため息を吐きながら地面に座り込んだ。今度は意識がはっきりしている。
「やったな、栞!!」
「……え?でも私、攻撃を当て切れてないよ?」
「それでもだよ!栞の攻撃でレイジフォックスの気を逸らす事が出来た、だからイヴァンカはレイジフォックスを倒せたんだ!」
と、僕は答える。まあ、どうせそんなことしなくてもイヴァンカはレイジフォックスを倒せていただろうが、それでも彼女からすれば、援護あっての撃破だっただろう。そうだそうに違いない。
「それに、レイジフォックスを前にしてちゃんと正気を保てている」
「あ……!」
はっとなった栞は自分の手のひらを見つめる。
「そうだ、私……」
栞は独り言を呟いていたが、ある時顔を上げる。
「私なら大丈夫だよ、そう言ったじゃん!」
そう言って栞は立ち上がった。その表情は穏やかなものだ。
「さあ、次に行こう!」
言って、栞は歩き出した。不意に栞とすれ違う。
「……ありがとう」
すれ違いざまに栞は僕にそう話し掛けた。
「……どういたしまして」
栞も立ち去り、一人になったところで僕はそう呟いた。多分栞には聞こえていない。
続く……
TIPS!
ファイア・シェル:小さな火球を前方に飛ばす射撃魔法、低火力だが弾速が速く、命中させやすい