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part.11-2 チェルニーの激闘

 その日の夜の事、僕はカドゥ村村長の家に訪れていた。目的は栞に会う為だ。

「怪我、治って良かった!……兄さん、ごめん。私のせいで」

 栞は僕にそう言った。クイーンフォックスと対面したあの日、僕は栞を庇って怪我を負った。栞の謝罪はこれによるものだ。

「気にするな……あれは僕がやったことだ。それに、妹を守るのは兄の役目だからな?」

 と、僕はふざけた口調でそう言った。栞はこれに「何言ってるの?」と、鬱陶しそうな目で返す。

「まあ、本題に入ろう。明日、僕は実戦訓練に出る」

 僕は咳払いをしてそう言った。

「これに栞も参加して欲しいと思っているんだ」

 と、僕は言った。これを聞いた途端、栞は少しだけ肩を震わせる。

「出来るか?」

 と、僕は栞に聞いた。栞は少しだけ思案顔になった後、僕の顔を見上げる。

「……私なら大丈夫、出来るよ」

 と、栞は言った。

「……分かった、じゃあ明日の早朝に村の出口で待ち合わせしよう」

 と、僕は栞に伝える。

「うん、それじゃあ!」

 言って、僕らは解散となった。


◉ ◉ ◉


「……やれやれ、どうなることだか……」

 その後、いつもの宿への帰り道で、僕はそう呟いていた。栞は「大丈夫だ」と、言った。だけど、僕はそう思えない。そうだ、そう言えば栞が自殺する前日も同じような事を言っていた気がする。あの日は部活が無くて、久しぶりに栞と一緒に帰ろうとしたんだっけ?あの時、栞は俯きながら、『何か』から必死になって逃げていたような気がする。あの時はそこまで大げさに考えることは無かったけど、今になって何となく分かる。何が起きていたかだいたい予想がつく。もう現実世界に栞は居ない。その事実は変えられない。だけど今この世界に栞が居る。初めは夢かと思ったが、頬を抓れば神経が痛む。剣を握ればその重みがのしかかる。研ぎ澄まされた五感、脳内を巡る思考、さあ問題だ。今、僕は寝ぼけているか?

「否、寝ぼけてなんかいない!」

 なら、やることは一つだろう。心地よい夜風を浴びながら、僕は一人、宿への道を歩む。そう言えば何か忘れている様な気がするが、まあ大したことでは無いだろう。


◉ ◉ ◉


「……た……」

 不意に何処かから声が聞こえる。その声はとても小さく、内容を聞き取ることは出来なかった。

「……しょーた」

 そうこうしている内にまた声が聞こえる。この声は……茜?

「しょーたってば!」

「はっ……!」

 はっきりと声が聞こえ、僕は目を覚ました。いつの間にか眠ってしまったらしく、洗面台に突っ伏していた。

「水出しっぱなしだったよ?大丈夫?」

「……何とか大丈夫だ」

 茜の言葉に僕はそう答える。そう言えば、僕は英語を勉強中だったっけ?異世界で復習するつもりだったが、あまり出来なかった、まあ当然か……。

「無理そうなら今日はこの辺にしておくけど……」

「いや、大丈夫だ。あと少し頑張るよ」

「そっか、じゃああと少しだけ」

 言って、僕らは勉強机に向かっていった。


◉ ◉ ◉


 翌朝、

「ん……」

 目を覚ますと、僕の部屋の風景が写っていた。現代的な風景だ。とても異世界とは思えない。どういう事だ?夕べは茜と一緒に勉強していた。つまり、現実世界にいたはずだが……、

「ここは、異世界じゃ無い?」

 半身を起こしながら呟く。現実世界で眠ったら異世界に行く。影でそう思っていたが、どうやらそうじゃないらしい。うーん、いまいち現実世界と異世界の因果関係が分からないな。少しずつ身体を起こしていったが、あるところでその動きが封じられた。何かが引っかかって僕の動きを止めている。不思議と拘束されていることに不快感は無く、寧ろ心地良いとさえ思ってしまう。見ると僕の腰に誰かの手が掛けられていた。

「ん?あ、茜!?」

 なんと、僕のベッドで茜が眠っていたのだ。すやすやと寝息を立てる茜は僕の存在に気付いていない。

「おい茜、起きろって……!」

 僕はゆっくりと茜の手を解き、ベッドから離れて茜を起こす。そのまま起こすと僕が添い寝している様な形で茜が起きてしまう。そうなるとこの後の空気が悪くなるか、ひたすらこの件で茜にからかわれてしまう。どちらも嫌だったから『茜と添い寝してません』アピールの為、ベッドの外から茜を起こす事にしたのだ。

「んんんんんん?」

 呻きながらも茜は目を開く。幸いなことに茜は朝が弱い。もしかしたら、この件を誤魔化せる可能性があった。

「よ、よし。早く朝ご飯早く食べるぞ」

 僕は呻く茜を連れてリビングへ向かった。


◉ ◉ ◉


 その後、各々で支度を済ませ、二人で一緒に学校へ向かう。

「いやー久しぶりにしょーたと一緒に登校出来るよ!」

 すっかり調子を戻した茜は僕にそう言った。そう、怪我から復帰して初の登校だ。何となくだが、不思議とそわそわするような気持ちがあった。

「まあ、それはそうだな……」

 と、僕は言った。しかし良かった。この様子だと朝の件は気付いていないらしい……。

「ところでしょーた、今朝の事なんだけど……」

「え!?な、なに?」

 茜の言葉に僕は慌てふためく。『気付いていない』なんて思った途端にこれですよ……。

「私、夕べしょーたのベッドで寝てしまった様な気がするんだよね?」

「えーっとそれは……」

「あ!この反応はやっぱり!」

 と、茜は言った。どうやら茜は全てを察したらしい。

「……ごめん」

 僕はこの後の展開を先回りしてそう言った。この程度の事で空気が悪くなっては面白くない。それなら先に謝っておいた方が良い。まあ、からかわれる事は最早どうしようも無いな、からかわれること自体に悪い気はしないし。悪い気はしないのかよ……。

「良いって良いって!しょーたなら何も出来ないだろうしね?」

「う……」

 僕の反応を見た茜は「あははははは!」と、愉快そうに笑っている。やはり、からかわれてしまったか……。まあ、空気が悪くなるよりはマシだろう。そんなことを思いながら、僕らは学校への道のりを歩いて行った。茜の歩む速度はあまり速くない。僕はそれに合わせてゆっくりとした足取りを保っている。意識しているつもりは無い。それでもふと、そんな事を思うのだ。


◉ ◉ ◉


 僕は今、高校3年生だ。進学予定で大学受験を控えている。かたや異世界では冒険者の卵で、『クイーンフォックスの討伐』という大きなクエストを控えている。どちらも戦うには準備不足で、なおかつ時間が無い。どちらかが夢なら楽出来るが、どうもそうで無いらしい。最早一人ではどうしようも無い。

「まったく……どうしたものかな?」

 僕は独りそう呟いた。

「……なんか言った?」

「なんでもねーよ!」

 茜の言葉に少しだけ後ろめたさが先走り、僕はそう言った。


続く……


TIPS!

住屋茜①:赤みがかった髪色は、父親譲りのものであり、地毛である。

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