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part.11-1 チェルニーの激闘

 一ヶ月後、現実世界にて僕『佐伯翔太』は自分の家に帰っていた。そう、怪我が治って退院出来たのだ。

「それじゃあしょーたくんの退院を祝ってかんぱーい!」

 茜が言ってワイン……では無くお茶が入ったグラスを掲げた。まあ、僕らまだ未成年だからね?しょうがないね……。

「なんでお前が家に押しかけてきてるんだよ……」

 僕は心底面倒くさそうな表情をしながら茜の台詞に合わせてグラスを掲げる。互いのグラスが弾き合って軽やかな音を立てた。

「いやー良かったよ、あの時はもうダメかと思ったから!」

「流石にダメでは無いだろ!……まあ、正直あの時は僕も不安にはなったが」

 ハイテンションで騒ぐ茜に僕は珍しく本音を打ち明ける。それでも茜は「うんうん、大変だったねぇ……!」と、わざとらしく泣き真似をしながら僕の肩を叩いた。これは僕に対する配慮なのか、それとも単に素で騒いでいるのか、最早判断が付かない。

「だけど、お医者さんは『完治に3ヶ月掛かる』って言ってたけど、結局1ヶ月で完治しちゃったね?」

 と、不意に茜はそう言った。そう、僕は担当医の予想よりも2ヶ月早く怪我が治ったのだ。これは恐らく僕が異世界と現実世界を行き来していたからだろう。つまり、この1ヶ月、僕は2ヶ月分の時を過ごしたという事になる。……あとの1ヶ月はヘンシェルさんの回復魔法のお陰かな?魔法って偉大だ。

「ところでしょーた……」

 と、急に素に戻った茜が言う。

「例の小説って読んでみた?」

 と、茜は言った。『例の小説』とは僕が入院した頃、茜が教えてくれたWEB小説『涙まみれのこの異世界転生に救いはないんですか!?』という小説のことだ。

「ああ、読んだよ。不可解な内容だったな……」

 と、僕は言った。ここでの『不可解』とは、小説自体の話では無い。小説自体は大したことのないごく普通の内容だった。しかし、地名、モンスターの名称やその姿、それら全てが今、僕が行き来している異世界『アレンガルド』に登場する存在そのものだ。しかし、その物語の主人公である『レオ』という人間は知らない人物だ。そもそも、『レオ』は冒険者であるが、僕らがカドゥ村を訪れるまで、村の冒険者は『イヴァンカ』だけだったらしい。

「多分だけど、『レオ』という人間は架空の存在なのかもしれない」

 と、僕は言った。

「でも、この小説の作者は……?」

 と、茜は聞いた。

「ああ、間違いなく異世界『アレンガルド』に居るはずだ。そして、この作者はそこで見た事、聞いた事を小説に書いているのだろう。『レオ』という名の、多少の嘘を混ぜながら」

 と、僕は答えた。


◉ ◉ ◉


 それから食事を終えた僕達は就寝準備を行うが、すぐさま寝るわけでは無い。

「ここの文法がこうなって……」

 僕は今、茜から英語を教わっている最中だ。1ヶ月という長い間を病院で過ごしている。受験生の僕にとってそれは大きすぎる痛手だ。少しでもこの穴を埋めなければならない。……まあ、それは良いんだけど、今日も茜は泊まっていくのか……。

「ねえ、聞いてるの?」

 不意に睡魔に襲われて寝そうになった僕の頭を茜が小突いた。

「だ、大丈夫……」

「本当に?」

「ああ、おーけーおーめーあんだーすたんど……」

「……真面目にやれ」

 僕がふざけていると、茜は再び僕の頭を小突いた。ダメだ、眠すぎる……。

「……すまん、顔を洗ってくる」

「行ってらっしゃーい」

 茜の見送りの言葉を背に僕は洗面へと向かっていった。


◉ ◉ ◉


「……」

 ふと、目が覚める。僕はカドゥ村の宿で眠っていた。

「んん……」

 ゆっくりと起き上がる。もうギプスも包帯も無い。朝の気だるさに若干気を取られるものの、自由となった身体は簡単にコントロールすることが出来る。

「ぅう……」

 徐々に頭が覚醒して来る。そう言えば何か忘れてるような……。

「あ……英語……」

 やばい、居眠りして異世界に来てしまったらしい。と言うことは今、現実世界の僕は洗面台で寝ていると言うことになる。

「帰ったら茜に怒られるな……」

 「トホホ……」と、ため息交じりの笑みをこぼしながら支度をする。これからの異世界での予定をルーディさんに聞かなければならない。ついでに英語の復習でもしよう。教科書もペンも無いけど……。


◉ ◉ ◉


「アイ、マイ、ミー、マイン……」

 とか適当な英語を呟きながらルーディさんの部屋をノックする。中から「入ってくれ」と声が聞こえ、僕はドアノブを回した。

「おお、ショータ!遂に怪我が治ったか!」

 ルーディさんは僕を見るや、嬉しそうにそう言った。

「はい、お陰様でこの通りです」

 僕は言って、腕を大きく広げる。『もう身体は自由である』というアピールだ。

「ふむ、それなら……お前に新しい仕事がある」

「仕事、ですか?」

「ああ、クイーンフォックスの討伐だ」

 ルーディさんはそう言った。

「クイーンフォックス?」

「そうだ。カドゥ村にとってクイーンフォックスは大きな脅威だ。だから討伐依頼が来たのさ」

 と、ルーディさんは言った。

「そんな……僕はあんなのと戦えませんよ!?」

 と、僕は言った。実際、僕に対してここまでの大怪我を負わせたのはクイーンフォックスだ。今の僕の戦力では到底太刀打ち出来ない。

「心配するな?勿論今回は俺も参加する。それに、ショータが出くわしたクイーンフォックスは活動期の状態だった」

「活動期?どういう事ですか?」

 僕がそう聞くと、ルーディさんはクイーンフォックスについて話してくれた。


◉ ◉ ◉


 クイーンフォックス行動パターンは『活動期』と『繁殖期』の二つに分けられる。『活動期』は様々な目的で巣の外を徘徊している状態らしい。この時のクイーンフォックスは非常に獰猛で、危険度も高い存在という事だ。まあ、簡単に言うと『元気な状態』かな?


 対して『繁殖期』はレイジフォックスを産み出す為に巣に籠もってじっとしている。この時のクイーンフォックスは体内の栄養を使い果たしてガリガリに痩せており、身動きもほぼ出来ないらしい。簡単に言うと、子供を産むために『疲れている状態』と言える。


◉ ◉ ◉


「……つまり、クイーンフォックスの討伐は繁殖期の内に行うことがセオリーだ」

 と、ルーディさんは言った。なるほど、クイーンフォックスが弱っている内に討伐を行うことで危険度を減らす事が出来るというわけだ。

「……では、クイーンフォックスは今、繁殖期に?」

 と、僕は聞いた。

「いや、まだ活動期の最中だ。だが、巣の場所も特定出来ているし、ガレルヤ王国の冒険者がクイーンフォックスの監視を続けている。準備は出来ていると言うことだ」

 と、ルーディさんは言った。ガレルヤ王国はこの土地を治めている国家で、カドゥ村の村長がクイーンフォックスの監視依頼を申し込んだらしい。

「つまり、お前が今やるべき事は訓練だ。クイーンフォックスの討伐クエストが発生するまで、徹底的に鍛えてやる」

 と、ルーディさんは言った。まあ、当然だろう。……当然ではあるのだが、現実世界では勉強、異世界では戦闘訓練と、どうやら休む暇が無いらしい。

「……分かりました」

「何だ!?嫌だとでも言うのか?」

 僅かに気が滅入った僕を見逃す事無くルーディさんは言う。

「いえ、正直大変だろうとは思いますが、やりますよ!」

 と、僕は言った。

「その意気だ。俺も必死になって鍛えるから、お前も付いてこい。……ああ、ところで」

 言って、ルーディさんは一息置いた。

「シオリの事だが……やれそうなのか?」

 と、ルーディさんは不安そうに聞いた。


◉ ◉ ◉


 ルーディさんが言うには、栞はレイジフォックスとの戦闘訓練で錯乱を起こし、混乱のままレイジフォックスに突撃するという事があったらしい。その後は何とか事なきを得たが、今の状態で栞が冒険者として生きるのは不可能と言っても過言では無い。それからルーディさんは僕に『栞の今後について』の相談を持ちかけてきた。具体的には、栞の実戦訓練を継続しても良いか、という内容だ。それに対して僕は『少し待っていて欲しい』と答えた。理由は、僕自身が栞に付き添いたいからだ。僕なら、栞の混乱を止められる。栞と会話したあの時、僕はそう確信したんだ。


◉ ◉ ◉


 さて、そろそろルーディさんの問いに答えよう。今度ははっきりと、自信を持って。

「僕ならいつでも大丈夫です。栞の準備が整い次第、行きましょう」

「そうか、俺は正直不安だぞ?はっきり言ってお前らのコミュニケーションが上手くいっている様に見えない」

 と、ルーディさんは言った。当然だろう、栞が記憶喪失の時、僕の対応ははっきり言って愚行だった。それをルーディさんは知っている。

「大丈夫です。同じ轍は踏みません」

 と、僕は言った。

「そうか、なら良いんだが……」

 言って、ルーディさんは一息置いた。

「それなら、明日の朝に実戦訓練を行う。シオリとイヴァンカも一緒だ。彼女にも伝えておいてくれ」

「分かりました」

 言って、僕らは解散となった。


続く……


TIPS!

チャイ①:クールな性格から自身が喋る事はほぼ無い為、勘違いされがちだが喋る事は可能である。

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