part.10-10 狐の寝床
「よし、行くぞ!!」
言ってルーディは飛び出した。イヴァンカもそれに続く。走って行くと、遠目からレイジフォックスの姿が見えた。数は全部で3匹いるらしい。
「イヴァンカ、右側を頼む!」
と、ルーディは言った。
「分かりました!」
言って、イヴァンカは少し右に動く。
「仲間を呼ばれる前に一撃で仕留めよう、俺が左と真ん中のワーカーを仕留める」
敵の間合いまで近づいたルーディは一旦、息を潜めてイヴァンカに伝える。
「……いつでも行けます!」
レイジフォックスの後ろ側に付いたイヴァンカはそう言った。
「……今だ!!」
ルーディとイヴァンカは同時に飛び出す。イヴァンカはレイジフォックスを正面に捉え、レイピアを突き刺した。ルーディもまた、2匹のレイジフォックスを同時になぎ払う。
「何とかなったな。このまま先へ進もう」
「……はい」
言って、二人は山道を登っていった。
◉ ◉ ◉
山道を進む度にレイジフォックスの数が多くなっていく。しかしそれは同時に目的となる巣穴が近づいてきていると言うことになるのだ。既に二人はレイジフォックスに見つかっており、それらを引きつけながらも目的地を探していた。
「向こうにレイジフォックスが2匹、迫ってきます!!」
イヴァンカがそう言った。
「またか!2匹なら突破して進むぞ!!足を止めるなよ!」
ルーディは走りながらもイヴァンカにそう答える。
「うおおおおおおおおおおおおお!!」
ルーディの指示通り、イヴァンカはレイピアを突き立ててそのまま走り抜ける。前方から迫るレイジフォックスとすれ違う瞬間にレイピアを横方向に振り、一瞬にしてレイジフォックスを斬り伏せた。それでも二人の足は止まらない。
「っ!?」
しかし、そんな二人の足が止まる時が来てしまった。そう、目の前に現れたのはただのレイジフォックスではない。
「ギャアアアアアアアアアアア!!」
そのレイジフォックスは高らかに鳴き声を上げる。通常のレイジフォックスの倍以上の体高、鋭い爪と強靱な前脚……クイーンフォックスだ。
「くっ……!」
その姿にはこれまで数々のレイジフォックスをなぎ倒してきたルーディでさえうろたえていた。一方、クイーンフォックスの方は縄張りを荒らされていることに酷く興奮しているらしく、はあはあと熱い息を吐いていた。後ろからは今もレイジフォックスの群れが迫っており、このままでは挟まれてしまう。
「イヴァンカ、左に逃げろ!」
イヴァンカは指示通りに左側へ逃げ、ルーディもそれに続く。その後をレイジフォックス達が追いかけていく構図となった。しかし、クイーンフォックスの足の速さが頭一つ抜けており、なかなか撒く事が出来ない。それどころかじりじりと距離を詰められているまである。
「くっ……!」
不意にルーディが足を止め、クイーンフォックスと相対する。
「ルーディ商人!?」
「おらあああああああああ!!」
ルーディは戦斧を地面にこすりつける。巻き上げられた砂埃がクイーンフォックスの目に入ったらしく、クイーンフォックスは一瞬だけ怯んだ。
「今のうちに逃げるぞ!!」
言ってルーディは走り出す。クイーンフォックスは直ぐに体勢を立て直したが、これによって大きく引き離す事が出来た。しかし状況は変わらない。足の速いクイーンフォックスに追いつかれるのは時間の問題だ。ルーディは再度、砂埃を上げて時間稼ぎを行おうとした。しかし、クイーンフォックスは砂埃を上げる瞬間に目を逸らし、これを躱す。
「同じ手は通じないか……」
「商人、もう下山しましょう!」
イヴァンカはルーディにそう言った。
「……だが、このままでは下山する事もままならない。俺が引きつけるから今のうちに逃げろ!」
「そんな……出来るわけないでしょう!」
ルーディはクイーンフォックスに向き直るが、イヴァンカがそれを止める。
「……何を勘違いしている?俺には嫁も娘も居るんだ、お前ごときに渡す命はねえよ。安心しろ、考えがあるんだ」
ルーディはそう言ったが、イヴァンカは半信半疑といった様子だ。
「商人……それは本当ですか?」
「ああ、だから教えてくれ。あの時、ショータがやったのはどの足だ?」
と、ルーディは尋ねた。クイーンフォックスと対峙したあの時、翔太はクイーンフォックスに怪我を負わせている。
「……確か、右の前脚だったはずです」
「右の前脚だな?分かった!」
言ってルーディはクイーンフォックスめがけて突撃していった。
「ルーディ商人!?」
「おらあああああああああああああ!!」
ルーディはクイーンフォックスの足下を掬うように斧を地面すれすれで振る。対してクイーンフォックスはこれをジャンプで躱す。強靱な脚力で大きく飛び跳ねて空中で一回転し、ルーディから距離を置くように宙を舞った。
「はああああああああああああ!!」
その瞬間、ルーディは斧の先端を地面に叩きつけ、全精力を使って地面を押し返す。その反動で勢いよく走り出し、クイーンフォックスの着地点と予想される場所まで先回りした。
「食らええええええええええええ!!」
ルーディは着地点の左側に立って斧を振りかぶり、クイーンフォックスを待ち伏せる。クイーンフォックスはこれを躱そうと右側に重心を移すが、これが仇となり地面に右の前脚だけで接地する事になってしまった。翔太との戦いからまだ数週間程しか経っておらず、傷が癒えていない右の前脚だけではクイーンフォックスの体重を支える事が出来ない。クイーンフォックスの右脚は着地した瞬間、関節の無い場所で折れ曲がった。
「ギャアアアアアアアアアアア!!」
痛みからかクイーンフォックスは甲高い鳴き声を上げる。ルーディはこの隙に斧を振りかざしたが、すんでのところでクイーンフォックスはこれを躱し、脚を引きずりながら逃げていった。
「す、すごい……」
イヴァンカは放心状態でそう呟いた。
「ボーッとするな!それで、どうするんだ?」
そんなイヴァンカにルーディはそう言った。
「え……どう、とは?」
「今ならクイーンフォックスの跡を追える、巣の場所が分かるぞ?」
「あ……!」
ルーディの言葉にイヴァンカははっとなる。
「……追いましょう、今がチャンスです!」
「決まりだ!!」
言って二人はクイーンフォックスの跡を追う。
◉ ◉ ◉
あれから二人はクイーンフォックスを追い回した。あわよくば討伐を視野に動いたが、右脚を失っても尚、クイーンフォックスの身のこなしは軽く、二人がかりでも攻撃を当てられない。諦めた二人は巣穴の特定だけを目的にクイーンフォックスを追跡したが、警戒されているのかなかなか巣に戻ることが無かった。その為、二人は一度姿をくらませてクイーンフォックスの警戒を解いた。今はクイーンフォックスの足跡を頼りに巣穴へと向かっている。クイーンフォックスは完全に右脚を引きずっているらしく、地面に右脚がこすれたような跡が残っている。お陰で楽に追跡が出来た。
「心なしか、ワーカーの数も減ったような気がしますね」
不意にイヴァンカはそう呟いた。
「恐らくクイーンフォックスの護衛に付いているのだろう。警戒態勢で巣の入り口に多くのワーカーを置いているはずだ」
ルーディはそう答える。
「……!?レイジフォックスです!」
前を歩いていたイヴァンカはワーカーを発見し、そう言った。かなり警戒している様子で、動きが少なく、辺りを見回している。
「見張り番だな?巣穴はここか……」
ルーディは物陰に隠れてそう呟く。
「イヴァンカ、奴の死角から巣穴を覗けるか?見つからないなら殺しても良い」
ルーディはイヴァンカにそう言った。
「……やってみます!」
「見つかったらここへ即座に戻ってこい、後日また訪れよう」
「分かりました」
言って、イヴァンカは屈んだ状態でレイジフォックスに近づいて行った。
◉ ◉ ◉
イヴァンカは息を殺してレイジフォックスへ近づいていく。遮蔽物も無く、身を隠せる場所は無い。
「ふう……」
レイジフォックスまであと10メートルと言った所でイヴァンカは一度、足を止めた。呼吸を整えて一気に走り出す。足音に気付いたレイジフォックスはこちらを向くが、その瞬間、イヴァンカは両手でレイジフォックスの口を塞いだ。
「ゥゥン……」
必死に叫ぼうとするレイジフォックスの口から片手を離し、左手だけでレイジフォックスの口を押さえる。右手でレイピアを抜刀し、レイジフォックスの横腹を突き刺した。
「っ……」
イヴァンカはなるべく音を立てないように絶命したレイジフォックスを地面に降ろした。ゆっくりとレイピアをしまい、山道を歩き出す。すると、切り立った崖の壁に大きな穴が開いていた。
(洞窟……?こんな場所に?)
中を覗こうとしたが、レイジフォックスの気配がする。イヴァンカは諦めてルーディの元へと戻っていった。
◉ ◉ ◉
その後、目的を達成した二人は下山し、カドゥ村へ向かっていた。日も落ちかけており、空気がオレンジ色に染まっている。
「チェルニー山脈に洞窟が……商人は知っていましたか?」
イヴァンカはルーディにそう訊いた。
「いや、あれは俺も初めて見た。あんな場所に洞窟があるなんて聞いたことも無かったしな?」
ルーディはそう答える。
「ともかく、これでレイジフォックスの巣が特定出来ました。感謝します」
イヴァンカはそう言った。
「なに、気にする事は無い。次のクエストには俺も参加する予定だからな?」
と、ルーディは答える。
「次のクエスト?それは一体どういう事ですか?」
イヴァンカはそう訊いた。
「ああ、巣穴の特定が出来たのなら、次は女王の討伐だ」
「そう、ですね……まさかそのクエストに?」
ルーディの言葉にイヴァンカはそう返した。
「ああ、恐らくイヴァンカだけでは無理だろう?だから、村長は俺に依頼するはずだ」
と、ルーディは答える。
「なるほど、それを引き受けるのですか?」
「勿論だ。クイーンフォックスの討伐は高く付きそうだからな?」
イヴァンカの言葉にルーディはニヤリと悪い笑みを浮かべてそう言った。
「……では、翔太や栞も……?」
「ああ、その予定だ。……と言っても、ショータは怪我が治るか分からないし、シオリは精神状態を鑑みる必要があるがな?」
と、ルーディは言った。
「ふふ……感謝します」
イヴァンカは安心するような笑みを浮かべてそう言った。
「ああ、その時になったら、よろしくな?」
「はい」
言いながら、二人は帰路へと着いた。
続く……
TIPS!
レイジフォックス②:意外にも鼻は鈍感で、匂いによる気配に気付かれにくい。




