part.10-7 狐の寝床
翌日、イヴァンカはルーディの元を訪れていた。
「イヴァンカ、準備は良いか?」
「大丈夫です」
ルーディの言葉にイヴァンカはそう答える。
「目的地はチェルニー山脈だったな?連絡通り2週間の野営を想定した準備だ。だが、何らかのトラブルが発生する事を考慮して探索期間は長くても10日までとする」
「分かりました」
「食料はある程度ここから持っていくが、2週間分も持って行けない為、それ以外は基本的に現地調達だ。主に狩りや山菜の採取で食料の大部分を確保する。その為、食料の管理には気をつけろ」
「はい」
「よし、では行こう!」
言って、イヴァンカ達はチェルニー山脈を目指して村を出た。
◉ ◉ ◉
「そう言えばまだ聞いていなかったが、何故チェルニーにクイーンフォックスがいると思ったんだ?」
道中、不意にルーディはイヴァンカにそう尋ねた。
「……クイーンフォックスと対峙した時に、翔太はクイーンフォックスに一撃与えて撃退することが出来ました」
「そんな話だったな」
イヴァンカの言葉にルーディはそう返す。
「その時の方角がチェルニー山脈への方角だったのです」
「……それだけか?」
「ええ、それだけです」
「ふむ……まあ、無いよりはマシな『勘』と言った所か?」
ルーディの言葉にイヴァンカは「その通りです」と、苦笑しながら答えた。
「……それなら、向こうに手掛かりが無かったら一週間と言わず二日程で切り上げてしまっても良いかもしれないな?」
「それもそうですね」
イヴァンカはそう答えた。
◉ ◉ ◉
そうこうしている内に二人はチェルニー山脈まで到着した。
「ここから先は平原よりも強力なモンスターが多い、準備は良いか?」
「大丈夫です」
身構えながらもイヴァンカはそう答えた。未だカドゥ平原よりも先に出たことの無いイヴァンカにとってチェルニー山脈は未知が多いのだ。
「……その様子だと少し不安だが、まあ良い」
言ってルーディはイヴァンカの一歩先を歩き出す。イヴァンカはそれに付いていく形となった。
「この辺りで特に厄介なモンスターは『スライムファージ』だな。奴の粘液に触れると皮膚が溶けちまう。一応対策はとってあるが、どうせ用事も無いだろうしなるべく近寄らないようにしよう」
「そうですね」
イヴァンカ達は険しい道を進んでいった。
◉ ◉ ◉
チェルニー山脈内はカドゥ平原と違って緑は少なく、土の色が目立つ。その原因となっているのが有害なスライム系モンスターとなる『スライムファージ』である。食性は雑食で地面に生える雑草から肉食性のモンスターに至るまで様々な生物を選り好みせず捕食するが、その際に自身の体液を獲物にぶちまける習性がある。スライムファージの体液は強い酸性で、物質を腐食させる性質があり、これがチェルニー山脈の植物を枯れさせる原因となっているのだ。しかしながら、スライムファージの体液と混ざったチェルニー山脈の土壌は酸性の性質となり、ブルーベリー等の酸性土壌で育つ植物などがちらほらと自生していた。
「こんな場所にレイジフォックスの巣があるとは思えんな……」
ルーディは吐き捨てる様にそう言った。確かに周囲にはレイジフォックスの姿も無く、急な坂道が続くだけである。
「……やはり、見当違いだったのでしょうか?」
「かもしれんな?まあ、二日ほど様子を見るとしようか。ある程度回りながら野営できそうな場所も同時に探していこう」
と、ルーディは言った。
◉ ◉ ◉
その後、夕刻までチェルニー山脈を探索したが、やはり目的となるレイジフォックスの巣は見つからない。イヴァンカ達は安全な場所を見つけてテントを張った。
「……それどころか、ワーカーの姿も見えない」
ルーディは途中で拾ったブルーベリーをつまみながらそう言った。『ワーカー』というのはレイジフォックスの通称のことだ。
「ええ、ここじゃなかったらまた捜索が振り出しに戻ります」
イヴァンカは苦笑しながらそう言った。
「焦るな、捜索クエストは根気が必要だ。……ところで、この辺りのブルーベリーは中々美味いな!」
ここでルーディは話を変える。
「ええ、カドゥ村の特産品の一つです。昔は取りに行った人も多かったんですが、護衛の冒険者もいなくなって今では……」
「そうか……」
暗い雰囲気を作りたくないと思い、話を変えたルーディだったが、結局イヴァンカは暗い表情となり、ルーディの思惑は失敗に終わった。
「……ああ、すいません。気を遣わせたみたいで」
ルーディの考えを察したイヴァンカは、彼にそう言った。
「いや、良いんだ。……交代で休憩にしよう、まずは俺が見回りに行くよ」
「……ありがとうございます」
イヴァンカはそう言った。
◉ ◉ ◉
翌日、テントを片したイヴァンカ達は再びレイジフォックスの巣を探して周回する。
「……足場が悪いな、落ちないように気を付けろよ」
「はい」
ルーディの言葉の通り、先の道は崖沿いの道となっているため狭くなっており、狭い道から足を外せば最後、命の保証は無い。
「俺が先に行く、付いてきてくれ」
言ってルーディは崖沿いに伝いながら慎重に道を進んでいった。イヴァンカもそれに続く。下を見ると今自分のいる場所の高度がいかに高いかが分かる。一瞬の後にイヴァンカは目を逸らした。
(……下を見るな!)
恐怖に押しつぶされそうになり、今度は上を見上げる。太陽の光がぎらぎらと輝いており、イヴァンカの目に入りきるものでも無く、直ぐに目を逸らしたが、その中に光を反射させる何かがあった。
「……ん?」
その『何か』はイヴァンカ達のいる道の元へ落ちて行き、やがてルーディとイヴァンカの間に挟まるように落ちてきた。ゲル状、無色透明の物体でイヴァンカの膝くらいの大きさがある。
「……スライムファージ!!」
「っ!?しまった!」
イヴァンカ達は崖沿いの狭い道の中でスライムファージと遭遇してしまう。
続く……
TIPS!
ワーカー:レイジフォックスの通称のこと、レイジフォックス系の中でも働き手である事からそう呼ばれている




