part.10-4 狐の寝床
「ああ、ただし頼みがあるんだが……」
言ってルーディは更に続ける。
「山脈の探索は最低でも1週間は必要だ。その為、準備に二日は掛けたい」
「……分かりました」
「で、その間シオリを鍛えて欲しいんだ」
「栞を、ですか?」
「ああ、シオリを山脈に連れて行くのはまだ早い。だが、今のうちに実戦経験を積ませたいんだ」
「……私は大丈夫ですが、栞のほうは大丈夫なのか?」
言ってイヴァンカは栞の方を向いた。
「私は大丈夫だよ、早く強くなりたい」
栞はそう言った。
「……そうか、なら大丈夫です」
イヴァンカはルーディにそう言った。
「決まりだな、明日は俺も付いていきたい。野営の準備はその後でも良いか?」
「問題ありません」
イヴァンカはそう答えた。
◉ ◉ ◉
翌日、イヴァンカは30分以上早く栞達との待ち合わせ場所に着いていた。
「……早く来すぎただろうか?」
イヴァンカは言いながら自分の髪に手ぐしをする。慣れない待ち合わせにそわそわしていた。
「姉さん!」
そんな中、栞もまたかなり早い時間に待ち合わせ場所に到着する。
「早いね、もしかして待った?」
「いや、今来た所だ!」
「どのみち早いじゃん、あまり意味ないよ?その言葉」
「うっ……」
栞の言葉にイヴァンカは顔を染めた。
◉ ◉ ◉
それからルーディと合流すると、ヘンシェルから妖精『チャイ』を借り受け、カドゥ村を後にする。
「シオリ、これは実戦だが気楽にやっていい。いざという時は俺もイヴァンカも居るんだ、どちらもこの辺りのモンスターなら楽にやれる」
ルーディは栞にそう言う。
「はい」
そう返事をする栞だったが、やはり彼女の表情には緊張の色が見える。ルーディはその表情に不安を覚えながらも前を歩いていると、
「ルーディ商人、前の方にアルミラージが居ます!」
先行して歩いていたイヴァンカから報告を受ける。
「取り敢えず向かおう、今のシオリなら一人で対応出来るはずだ」
ルーディは更に続ける。
「シオリ、聞こえたな?準備は良いか?」
「はい!」
栞はその言葉と共に前進する。拳は震えるほど固く握られており、緊張の色がより一層増している。
「あれがアルミラージだ。やれるか?」
ルーディがそう言った。物陰から見ると、普通よりも大きな兎が徘徊していた。
「ここから魔法を当ててくれ、出来るか?」
「……やってみます!」
言って栞は拳を開き、小さな火球を作り出す。
「ファイア・シェル!」
その瞬間、火球はアルミラージめがけて飛んでいったが、上手く当てることが出来ずに火球は地面に着弾する。これに気付いたアルミラージがこちらへ勢いよく向かってくる。
「落ち着け、アルミラージが近くまで来たら俺達が対応する。シオリは魔法を当てることを意識するんだ!」
「は、はい!」
言って栞は二発目の火球を放った。しかし、先程よりも勢いよく走るアルミラージに当てることが出来ない。
「も、もう無理……!」
遂に至近まで近づいてきたアルミラージに栞は目を逸らすが、その瞬間、ルーディがアルミラージを斬り伏せた。
「大丈夫か?」
斧をしまったルーディが栞に手を差し伸べる。
「あ、ありがとうございます」
「無理することは無いさ、少しずつ慣れていけば良い」
ルーディは栞にそう言った。
◉ ◉ ◉
それから休憩なしに次の獲物を探す。そんな中、ルーディは思案顔になる。先日、ルーディがヘンシェルに話していた『足かせ』の事だ。
(どうやらシオリは戦いに対する恐怖は意外と少ないらしい。だが、レイジフォックスはどうだろうか?)
ルーディはそう考えてイヴァンカに話しかける。
「イヴァンカ、レイジフォックスを探して欲しい」
「……分かりました」
それから適当な方角に見切りを付けて歩き出した。
◉ ◉ ◉
「居ました」
イヴァンカから報告を受け、栞達は戦闘態勢に入る。
「シオリ、次はレイジフォックスだ。お前が記憶を無くす前に襲われたモンスターだ」
ルーディは栞にそう話しかける。栞は無言でそれに頷いた。
「出来そうか?」
「……大丈夫、です」
そう言う栞の手は震えている。ルーディは一瞬迷ったが戦闘を行うことを決意した。
「よし、やってくれ」
「……はい!」
栞はレイジフォックスを見る。黄色の体毛、通常の狐よりも大きな体格に赤い瞳、そのどれもがあの時栞と出会ったレイジフォックスの見た目である。栞は恐怖で後ずさる。それを見たルーディはこれ以上は厳しいと判断し、引き上げようと声を掛ける。
「シオリ、やっぱり今日はこの位に……」
「いやああああああああああああ!!」
その時栞は前に居るレイジフォックスめがけて突進する。レイジフォックスはこれに気付いて栞を躱した。
「……コイツは不味い、追うぞイヴァンカ!」
「はい!」
言って二人は武器を抜いた。
TOPIC!!
ファイア・シェル
小さな火球を前方へ飛ばす攻撃魔法の基礎となる炎魔法。
一撃の威力は基礎魔法らしく低いものの、
素直な弾道であることや、速い弾速、慣れれば連射が利くことから
継続火力や命中率に優れており、上級魔道士でも使うことが多い重要な魔法となる。
また、消費魔力が低いことから、射程が短い上に目標との距離による威力減衰率が高く、
長距離での使用には向かない。
用途としては、前線を張る味方の背後から援護射撃を行う他、
けん制や小型モンスターの掃討等に用いられる。




