part.10-3 狐の寝床
その帰り道、
「ん?あれは栞か?」
イヴァンカは遠目で栞達一行が帰るところを見つけた。
「おーい!」
イヴァンカの声に反応して栞達はこちらを向き、イヴァンカの方へ近づいてきた。
「姉さん、奇遇だね」
「ああ……って、どうしたんだ?その顔?」
イヴァンカは栞の頬に付いた黒い煤を見てそう言った。
「これは、ヘンシェルさんに教わって魔法の練習をしていたの」
「魔法、か……頑張ってるんだな」
「うん、少しでも兄さんの役に立ちたくて……」
栞はそう言った。
「……出来るようになったのか?」
イヴァンカがそう聞くと、栞は首を横に振る。
「全然、でもいつか出来るようになりたい」
「そうか、頑張れよ!」
イヴァンカはまるで本当の姉のように栞にそう言った。
◉ ◉ ◉
翌日、
「今日もよろしくお願いします!」
「うん、よろしく!」
栞はヘンシェルにそう言った。同時にチャイが栞の肩に乗る。
「昨日やったことは覚えてるよね?今日は復習からやってみよう!」
「はい!」
言って栞は「ファイア・シェル!」と勢いよく叫んだ。
◉ ◉ ◉
その頃、イヴァンカは昨日最後に調べた場所へ着いた。
「私の考えが正しいならクイーンフォックスの巣はここから南東の方角にある」
言いながらイヴァンカは南東の方角を向く。
「ここから南東に向かうと、『チェルニー山脈』があるな……」
イヴァンカは地図を見ながらそう言った。
◉ ◉ ◉
その頃、
「シオリの様子はどうだ?」
ルーディはヘンシェルにそう尋ねる。
「仕上がってきてますよ、ほら!」
言ってヘンシェルは栞に目を向けた。この間も栞は訓練を続けており、「ファイア・シェル!」と、繰り返し唱え続けている。その度に火球が生まれているが、前日と違いその場で暴発は起きていない。『前に飛ばす』という動作こそまだ出来ていないものの、栞は確実に魔法取得への一歩を進んでいた。
「んん……確かに、これなら今日中には取得出来そうだ」
そう言うルーディの表情は暗い。
「どうかしたのですか?」
ルーディの表情を察したヘンシェルは、ルーディにそう尋ねた。
「いや、魔法の問題では無いのだ。ただ、シオリが冒険者として生きていくためには問題となる足かせが一つある」
「『足かせ』……ですか?」
「ああ、シオリは一度、レイジフォックスに蹂躙されそうになっている。そのせいで記憶を失っているんだ、足かせにもなるだろう」
「なるほど、『モンスターに襲われた』……この事実がトラウマになっていると?」
「……可能性の話だ、まだそうと決まったわけじゃ無い。だが、普通ならトラウマになってもおかしくは無いはずだ」
「なるほど、それはそうですね」
ヘンシェルはルーディの考えに賛同する。
「……まあ、これは後で俺が何とか考えるよ。取り乱してしまったな」
「いえ、大丈夫ですよ、何かあったら僕も微力ながら力になりますので!」
「ああ、助かるよ」
言ってルーディの表情はようやく晴れる。
「シオリさん、この辺りで休憩にしましょう!」
「はい!」
ヘンシェルの言葉に反応して栞はヘンシェルの元へ近づいていった。
◉ ◉ ◉
その頃、イヴァンカはチェルニー山脈までの道のりを探っていた。しかし、遭遇するのはレイジフォックスばかりで目的となるクイーンフォックスは未だ見つからない。
「うーん、やはり山脈内に入る必要があるのだろうか?」
イヴァンカはそのように考えるが、チェルニー山脈は広大である上に道のりも非常に険しい為、探索には1週間以上の長い時間を要する。その為、一週間の探索どころか野営の準備すら出来ていないイヴァンカにチェルニー山脈の探索は断念せざるを得なかった。
「そもそもクイーンフォックスの巣がチェルニー山脈に存在すると決まったわけでも無いし、どうしたものかな……」
イヴァンカはそう呟きながらも周囲を見渡してクイーンフォックスを探している。そう、探索クエストは基本的に根気が必要なのだ。
「もう少し探して見つからなかったら早めに引き上げよう、まだチェルニー山脈に行くと決まった訳では無いが、どうやら野営の準備は必要らしいな」
◉ ◉ ◉
その頃、
「ファイア・シェル!」
休憩を終えた栞は魔法の取得に向けて訓練していた。栞は既に火球を暴発させること無く、またその手を火傷させること無く発生させる事が出来ていた。後はその火球を前に飛ばすのみである。
「はぁ……はぁ……」
そんな栞は息を切らしていた。魔法は見た目以上に思考の瞬発力が必要であるため、脳に送られる酸素が足りずに、息が切れたり眠気に襲われることがある。ファイア・シェルは消費する魔力が少ない為、普段ならこの症状は発生しないが、魔法取得の訓練中は実戦よりも魔法を連発する為、この状態に陥りやすいのだ。
「……大丈夫、ゆっくり深呼吸して?」
不意に隣からヘンシェルの声が聞こえ、栞は指示に従う。そして自分の頬をぺちぺちと叩いて再び前を向いた。意識を魔法に集中し、前方の地平線を睨む。
(生み出した火球を前に飛ばす!)
そうして栞は「ファイア・シェル!」と叫んだ。
「……あ、」
その時生み出された火球は宙を舞い、勢いよく前へと進んだ。そのまま地面に着弾して破裂音を鳴らす。成功だった。
「やった……」
「おめでとう、たった二日でファイア・シェルを取得出来たね、君はどうやら魔法の才能があるらしい!」
ヘンシェルはそう言うが、既に栞は声を聞く余裕が無く、その場に力無く座り込んだ。
「……うん、少し休憩しようか」
ヘンシェルは栞にそう囁いた。
◉ ◉ ◉
栞の体力が回復した後、少しだけ魔法の訓練を継続していた。その後はファイア・シェルを難なく撃つ事が出来るようになっていた。
「お見事!こんな風に魔法は一度コツを掴めば簡単に扱えるようになるんだ。後は連射が出来るようになれば完璧だけど、それはまた今度にしよう。今日の所はそろそろ引き上げてしまおうか」
「はい!」
言って栞達は帰路へと着いた。
◉ ◉ ◉
その道中、
「……あれは、姉さん?」
栞はイヴァンカが帰路に着いている所を見つけた。
「おーーい、姉さん!」
「ん?ああ、栞か!」
イヴァンカは栞の声に反応してこちらへ向かってきた。
「魔法は上手くいきそうか?」
イヴァンカは栞にそう尋ねる。
「うん、今日はファイア・シェルが撃てるようになった」
「凄いな、二日で魔法を取得するなんて!」
「そ、そうかな……?」
そう言う栞の表情はまんざらでも無いと言った様子だ。
「……姉さんは何をしていたの?」
今度は栞がイヴァンカに尋ねる。
「私は、クイーンフォックスの捜索だ。今日も見つからなかったけどな?」
イヴァンカは少し困ったような表情でそう言った。
「クイーンフォックス!?大丈夫なの?」
「別に戦う訳じゃないから大丈夫だよ、ただ捜索するだけ」
「そ、そうなんだ」
言って栞はほっとした様な表情を見せた。
「まあそれで、明日からは野営する必要がある、村長に申し出て野営用具を借りないといけないな」
イヴァンカは背伸びをしながらそう言った。
「……大変なんだね」
栞が言った所でルーディが会話に割り込む。
「野営用具が必要なのか?それなら俺が貸しても良いが?」
「本当ですか!?それは助かります!」
ルーディの言葉にイヴァンカはそう答えた。
「何処まで行くんだ?」
「まだ確定ではないんですが、チェルニー山脈の探索を行いたいと思っています」
「チェルニー?あそこに一人で行くのか!?」
「……はい」
「……うーん、あの辺りは一人だと厳しいぞ?なんなら俺も付いていくが?」
「良いのですか!?」
「ああ、ただし頼みがあるんだが……」
言ってルーディは更に続ける。
続く……
TIPS!
スミノフ・イヴァンカ①:以外にも可愛い物が好き




