part.10-1 狐の寝床
翔太が療養中の頃の事である。カドゥ村の村長の家にて、イヴァンカと村長の二人が話し合っていた。
「やはり、クイーンフォックスがいたか……」
村長は厳格な表情でそう言った。
「ええ、今のクイーンフォックスは完全に活動期の真っ只中でした」
イヴァンカはそう答える。
「……翔太のことは気の毒だが、今動かなければならないらしい」
「……どういうことでしょうか?」
「この村はどうやらクイーンフォックスの討伐なしに再建は出来ない、それは分かるな?」
「ええ……」
村長の言葉にイヴァンカは答える。クイーンフォックスがレイジフォックスを生み出している以上、大元であるクイーンフォックスを討伐しないと、レイジフォックスの被害は拡大し続けると言うことだ。
「次の繁殖期でクイーンフォックスの討伐を行いたい、だが現状、奴らの巣穴が分からないのだ」
村長は更に続ける。
「だから、活動期である今のうちにクイーンフォックスを追跡して奴らの巣穴を探す必要がある」
村長はそう答えた。
「なるほど、しかしそれなら、適当なレイジフォックスを追跡した方が簡単なのでは?」
「……レイジフォックスが巣穴に戻る頻度はかなり少ないのだ。その個体の役割にもよるが、遅い時は半月以上も巣穴に戻らないものもいる。だが、クイーンフォックスは日暮れの時間帯に必ず巣穴に戻る習性があるのだ。だからクイーンフォックスを追跡した方が確実というわけだ」
イヴァンカの疑問に村長はそう答える。それを聞いたイヴァンカも納得の表情を見せた。
「と、言うわけで君にクイーンフォックスの捜索と追跡を頼みたい。奴が繁殖期に入る前になんとしても巣穴を見つけ出して欲しいのだ」
「……分かりました」
村長の言葉にイヴァンカはそう答える。
「良いか?相手はクイーンフォックス、その辺のモンスターとは訳が違う。くれぐれも交戦は避けろ」
「はい」
「では頼んだぞ?行ってきてくれ」
「……行ってきます」
言って、イヴァンカは村長の家を後にした。
◉ ◉ ◉
一方その頃、ルーディの泊まっている宿にて、
「……まさか君がショータの妹だとは思わなかった。はっきり言ってショータの口からそれを聞くまで君の事を疑っていたよ」
翔太の見舞いを終えたルーディは冗談っぽく栞にそう言った。
「兄さんはどんな具合でしたか?」
「酷い怪我だったが、体調に問題は無いらしい。随分と落ち着いていたから俺もひとまずは安心したよ」
栞の言葉にルーディはそう答えた。
「そっか……良かったです」
ルーディの声を聞いて栞は笑顔を見せる。
「ところで、君たち兄妹は一体何処からやって来たんだ?ショータから聞く限りだと、この場所に飛ばされたとか摩訶不思議な事を言っていたが……」
ルーディは首をかしげてそう言った。
「あはは……私も信じられないのですが、本当にそんな感じなんです」
「んー、良く分からないな……家は何処にあるんだ?」
「とても遠い場所にあります。多分、もう帰れないでしょう……」
栞は遠い目をしてそう言った。その表情には僅かに哀しみの色が移る。
(そう言えば『シオリは過去に辛い記憶を持つ』と、ショータが言っていたな。これは地雷を踏んだか?)
ルーディはそう思ってわざとらしく咳払いをする。
「……話しを変えよう、これから君はどうするんだ?」
ルーディは栞にそう聞いた。
「私、ですか?」
「ああ」
「……兄さんはどうすると言ってましたか?」
栞はルーディに聞き返す。
「……あいつは俺に付いてくると言っていた。戦う覚悟も出来ている」
と、ルーディは答えた。
(兄さん、やっぱり戦ってるんだ……)
と、栞は思った。現に栞は翔太がクイーンフォックスと戦う瞬間を見ている。
「……それなら私も戦います!兄さんと一緒に……!」
「ほ、本当か!?」
ルーディはたじろぎながらそう答える。栞が翔太と共に来ると読んでおり、仲間にしたいと考えていたルーディだったが、まさかか弱い見た目の彼女が戦いたいとまで言い出すとは思っていなかった。
「本当に大丈夫か?無理をする必要は……」
「……大丈夫です、私はまだ戦えませんけど、それは兄さんも同じだったはずです」
「ふむ、君は見た目に反して強い心を持っているんだな……」
栞の言葉に気圧されたルーディはそう答えた。
「分かった、だがこれはショータにも話しておけよ?きっと君を心配しているだろう……」
「ええ、分かってます」
「じゃあ、行ってくると良い」
ルーディがそう言うと、栞は一瞥してルーディの部屋を後にした。
「『強い心を持っている』……か……」
ルーディの部屋を出て一人になった栞はそう呟く。
「そんなこと無いんだけどな……だって私は……」
栞はそう言いかけて翔太のいる部屋へと歩き出した。
◉ ◉ ◉
翌日、栞はルーディに連れられてヘンシェルの元を訪れていた。
「……魔法、ですか?」
ルーディの後を付いて行く栞はルーディにそう言う。
「ああ、俺の勘だが、シオリは……というか君たち兄妹は魔法の才能があると見た」
ルーディは「ショータには内緒だが……」と、前置きして更に続ける。
「ショータは強力な魔法『シュバルツ・アウゲン』を何の訓練もなしに一度発動させている、今はその力は無いが、その才能はすさまじいものだ。」
ルーディは更に続ける。
「で、その才能を持つ妹さんなら同じような物を持っているはずだという単純な考えだ」
ルーディは言って栞の方を向く。
「……繰り返しになるが、コイツはショータには内緒だぞ?言えば調子に乗ってしまうからな、これでまた怪我でもされたらたまらん……」
「……分かりました」
ルーディの言葉に栞はそう答えた。
◉ ◉ ◉
その後、栞達一行はヘンシェルの元へ付いた。
「すまないな、ショータの治療もあるのにこんな面倒事を頼んじまって」
「治療と言っても付きっきりと言うほどでは無いので大丈夫ですよ」
ヘンシェルは笑顔でそう答えた。
「ではシオリさん、早速始めましょう」
「は、はい!」
栞は言ってヘンシェルの前に立った。
◉ ◉ ◉
魔法を生み出すためには、そのエネルギーとなる『魔力』が必要である。人間には『先天性』と『後天性』の2種類の魔力がある。
『先天性』の魔力とは『人間が産まれながらにして持っている魔力』の事で、この魔力は持てる者と持てない者がいる。主に先天性の魔力は魔法使いの血筋や魔法を生活の糧としている種族など、特別な境遇にある者だけが持ち得る魔力であり、それ以外の人間は一生先天性の魔力を得ることは無い。
対して『後天性』の魔力は『妖精』と呼ばれる魔力を持った生物の力を借りて得られる魔力の事で、こちらは何らかの妖精と『契約』しなければ得られないが、逆に言えば妖精と契約することで誰でも魔力を得ることが出来る。契約の内容はその妖精によって様々で、時にはその契約が破棄されて魔力を失ってしまう者もいる。
「……と、ここまでが魔法と魔力に関する基礎知識かな?」
と、ヘンシェルは言った。
「何となく理解出来ました。私は魔力を持っているのですか?」
「うーん、妖精と契約していないとなると持ち得るのは先天性の魔力だけなんだけど、家元が魔法使いとかそんな話しは?」
「……ありません」
と、栞は答える。当然だ、栞が居た世界には魔法など存在しないのだから。
「じゃあ、魔力はまだ持っていないね、でも心配しないで」
言ってヘンシェルは指を鳴らした。途端にヘンシェルの肩に白い毛並みの狐のような生物が浮かび上がる。
「紹介しよう、この子は『チャイ』僕と契約を結んでいる妖精の一つだ」
ヘンシェルが言うと、チャイは栞の肩へ移る。肩に飛び乗る瞬間にふわりとした柔らかな風と匂いを感じたが、質量が無いのか肩に乗った感覚が無い。
「わっ!?」
「暫く君にこの子を貸してあげるよ、これで魔法の練習をしてみると良い」
ヘンシェルの言葉と共に栞は感じたことの無い不思議な感覚が湧き上がった。
続く……
TIPS!
佐伯栞①:兄がぼやいている時はつまらなそうな相槌を打つ




