part.9-3 閉所より見る空は……
ルーディさんが去って一人になる。今は怪我の治療中である為、動くことさえ出来ないと言うことは現実世界だろうが異世界だろうが変わらない。
「……」
やはりこの傷は本物だ。今までこの異世界を夢だと思っていた。でも、少なくともそれだけでは無いらしい。現実世界に引き継がれた傷、明らかにこの世界について書かれていた小説……もう夢と言う言葉では片付けられない。色々な説が浮かび上がるが、それらの証明には未だ証拠不足だ。それよりも……、
「……ルーディさんに叱られてしまったな」
言って僕は窓の外を見上げる。空は雲で覆われており繊維質の白で塗り尽くされていた。雲の下は閉塞感で満ちており、ただでさえ身動きの出来ない僕に追い打ちを掛ける。
「……」
雲から目を離した所で『コンコン』とドアをノックする音が聞こえてきた。
「どうぞ」
僕の声に反応してドアが開く。やって来たのはイヴァンカだった。
「具合はどうだい?」
「今はこの通り、身動きが出来ない。でも体調は大丈夫だ」
言って僕はイヴァンカにギブスで固定された左腕を見せる。
「クイーンフォックスの撃退は見事だったよ、あれが無かったら全滅していた所だ」
「あれは偶然だよ、栞の身体で僕の剣が隠せた。お陰でクイーンフォックスへ一撃をお見舞い出来ただけだ」
イヴァンカの言葉に僕はそう答えた。
「ははは……その判断が出来たのは君の実力だ。少しは誇っても良いんじゃ無いか?」
「まあ、そうだな……」
と、僕は答えた。
「うん、それでいい。ところで話しは変わるんだが……」
言ってイヴァンカは一拍置いた。
「栞の事なんだが、君は彼女の兄なんだってな?」
「ああ……黙ってて悪かった」
イヴァンカの言葉を先回りして僕は彼女に謝った。
「別に、私は謝って欲しいなんて思ってないさ。それに、あの様子だと既にルーディ商人に咎められているだろうからな、私から言う事は無い」
言ってイヴァンカは続ける。
「まあ、君たちは兄妹の割にあまり似てないな?」
「ああ、良く言われる」
イヴァンカの言葉に僕は笑ってそう返した。
「まあ、妹さんとよく話しておくと良い、でないと私が栞のお姉ちゃんになっちゃうぞ?」
言ってイヴァンカは席を立った。それは……困る。と言うか、栞は記憶が戻った後も『お姉ちゃん』なんて呼んでいるんだろうか?いや、栞の事だし『姉さん』って呼んでるかもな?いや、どっちでもいいわ!
「それじゃあ私はそろそろお暇するよ」
「ああ、また来てくれ」
言ってイヴァンカは僕の部屋を去って行った。
◉ ◉ ◉
イヴァンカが去って暫くすると、今度は本命の栞が入ってきた。
「兄さん、怪我の具合はどう?」
「……見ての通りだ、身動きが取れなくて困ってるよ」
栞の言葉に僕は冗談っぽく返答した。
「大変そうだね」
栞は僕の姿を見てそう言う。
「ああ、ところで栞……」
言って僕は一拍置いた。
「悪かったよ、記憶喪失のこと……」
「ううん、謝らなくても大丈夫だよ」
「いや、でもあれは……」
「兄さん」
栞の言葉が僕の声を遮る。
「私なら大丈夫だよ、兄さんの事も分かってるから……」
「栞……」
言って僕は俯いてしまった。栞は僕を許してくれた。それなら良いんじゃ無いか?そう思った途端、心の奥底にもやもやする気持ちが湧き上がった。
「……いや、ダメだ。ちゃんと謝らせて欲しい」
言って僕は栞の方を向き直す。
「悪かった、僕の考えが浅はかだったよ」
「兄さん、分かったよ」
僕の言葉に栞はそう言った。
◉ ◉ ◉
それから僕らは異世界についての情報を交換した。僕が異世界と現実世界を交互に行き来していること、例の小説のこと、栞の方からはルーディさんのペット『シェリー』やイヴァンカとの出会いについてを聞くことが出来た。栞には記憶喪失の件がある分、どうやら僕の方が多くの情報を持っていたらしい。
「そっか、そんなことがあったんだ……」
僕の話を一通り聞いた栞はそう言った。
「……初めは夢だと思っていたんだけどな、でもこの傷を受けてからは少なくともそうじゃないんだって……」
「不思議だね、兄妹で異世界転生なんて……」
栞は微笑みながらそう言った。
「そうだな……」
僕は遠い目をしてそう言う。
「うん……ねえ兄さん!」
「ん?」
再び僕は栞の方を見る。
「……私も、兄さんの手伝いをしたいと思ってるの」
「つまり……」
「私も戦いたい……」
栞は更に続ける。
「兄さんと一緒に異世界で戦って、生活していきたいと思ってるの!ルーディさんにはもう話してある。後は兄さんだけ……」
栞は言った。……凄いな、栞はこれまででモンスターに蹂躙される経験をしてきたはずだ、にもかかわらず戦いたいと言っている。
「……分かったよ、でも一つだけ」
言って僕は一拍置いた。栞は言い出すと中々折れない、だけど……、
「……クイーンフォックスとの戦いで僕を庇った時、『私なら死ぬことが出来る』って言ってたよな?」
「うん」
僕の言葉に栞はそう言った。この時の栞の考えは恐らく『一度自殺した自分はもう必要ない』という事だ。
「その考えは止めてくれ、僕は栞が死ぬところをもう見たくない」
僕は俯いてそう言った。そう、栞が自殺したあの日、僕は酷いショックを受けた。それだけじゃ無い、その後も僕の、いや僕達の環境が大きく変わってしまった。きっと栞は自分の命の重さを理解していない。
「頼むから自分は死んでも良いなんて思わないでくれ……お前が良くても、僕が許さない」
「……分かった。そうするよ」
暫くの間が開いて、栞はそう答えた。
◉ ◉ ◉
それから栞は村長の家に帰り、僕はまた一人となった。
「栞、大丈夫かな?」
ベッドの上で仰向きになりながら、僕は栞の事を考えている。僕は栞との会話の中で一つの内容を極力避けていた。それは栞の自殺の事についてだ。
「栞、どうして……」
僕は栞が自殺した理由を未だに知らない。いや、恐らくこうだろうという予想は付いている。でもまだ確信が無い。正直栞に聞いてみようかとも考えた。
「でも、それはあまりにも無粋だよな……」
この件は時間を掛けよう。そう思った僕だった。
「それくらいは良いよね?」
言いながら僕は静にその目を閉じた。
続く……
TOPIC!!
作中登場小説『涙まみれのこの異世界転生に救いはないんですか!?』1〜10話まで
ある時、とある場所で生活していた会社員が突然、通りかかったトラックに轢かれて死亡してしまう。
その後、会社員は当時の記憶を持ったまま、異世界『アレンガルド』に存在する『カドゥ村』に『レオ』という人間としてその生を受ける。
冒険者に囲まれて日々の生活を送っていたレオは、その活躍を度々聞いて冒険者に憧れ、
15歳という若さで剣を取ることになる。
彼の初のクエストは『アルミラージ』の掃討、単独で動くことが多いアルミラージの掃討は
元々訓練を積んでいたレオにとっては容易い内容だった。
調子に乗ったレオは村民の反対を押し切って『レイジフォックス』の討伐クエストを受ける。
流石にそれを心配して別の冒険者が同行、レオを見守る形で付いて行った。
レイジフォックスの討伐にてまどう内にレイジフォックスは次々に仲間を呼び、遂にレオは囲まれる形となり、同行していた冒険者に助けられる事になる。
傷心したレオは暫く簡単なクエストを受けながらアルミラージとの戦いで経験を積み、
レイジフォックスの討伐クエストを一人で完遂出来る事を目標に訓練を積んでいた。