part.9-2 閉所より見る空は……
それから僕はその小説から目を離す事が出来なくなった。何度も読み返した。何度読んでも止まらない。別に面白かったとかそんな訳では無い。物語の内容はとある会社員が突然事故死して『レオ』という名前で異世界転生する、というここまではごく普通の内容だ。問題はここからだ。転生先は異世界『アレンガルド』そして『レオ』という少年は『カドゥ村』という場所でその生を受ける。そう、僕や栞の転生先と全く同じ名前だ。登場するモンスターも『レイジフォックス』『アルミラージ』と言ったモンスターでこれも僕らの転生先で登場するモンスターばかりだった。これを偶然とは言えない。
「……どういうことだ?」
言いながら僕はようやく携帯の画面から目を離す。空はすっかり暗くなり、ぽつぽつと星の光が僅かに灯るだけだった。街灯よりも弱いその光は大いなる空を灯すにはあまりにも力不足で、奥底の見えないその暗闇には一種の恐怖さえも感じてしまう。
「僕以外に異世界に転生している者がいると言うことなのか?」
そう考えて、また携帯に目を向ける。丁度20話程公開されており、僕が今開いているページはその最新話の部分だ。画面を下の方へスワイプさせるとコメント欄へ繋がった。
「……」
コメントの数は4〜5個程度、アクセス数自体がそこまで多くない為、コメントもそれに比例して少ない状態だ。僕は何かコメントを残そうとチャット欄を立ち上げた。内容は勿論、作者自身が異世界転生しているのか?と言うことだ。取り敢えず色々と書いてみる。『これは作者の経験談ですか?』——いやダメだ、ストレート過ぎる。『あなたは一体何者ですか?』——個人情報聞いてどうするんだよ!?『僕もその異世界に転生しているんです!』——いや、頭おかしい奴と思われそうだ。
「うーん……」
結局悩んだ末に『また読みに来ます!』とだけ残して携帯の画面電源を切った。
「まあ良いか、寝よ……」
言って僕は携帯を右側にある机に放って明かりを消した。
◉ ◉ ◉
僕が再び目を開くと、やはりそこには異世界が広がっていた。カドゥ村の宿屋だ。もう何日も泊まっているから少なくとも病院の天井よりも既視感がある。
「おお、起きたか!?」
ルーディさんが歓喜の声でそう言った。
「……ええ、ここはカドゥ村?」
「そうだ、イヴァンカ達がお前をここまで運んでくれたよ」
「そうですか……良かった」
言って僕は真上を向いた。木組みの建物であるせいか、うっすらとヒノキのような香りがする。
「……随分落ち着いているようだな、少し安心したよ」
ルーディさんはそう言った。そして彼は少しだけ顔を強ばらせる。
「だったら、お前に一つ聞きたいことがあるんだ」
言ってルーディさんは姿勢を正してこちらを向き直す。
「……例の記憶喪失の少女だが、記憶が戻ったらしい」
「はい……」
ルーディさんは更に続ける。
「名前はシオリと言うらしい」
「はい……」
「お前の事を『兄』だと言っていた。これは本当なのか?」
「……間違いありません」
と、僕は答えた。
「……つまり、お前はあの少女を知っていたが、俺たちにはその事実を隠していたと言うことか?」
「……はい」
と、僕は答えた。ルーディさんは一瞬「んん……」と、うねってから続ける。
「何か様子がおかしい訳だ……どうしてそんなことを?」
と、ルーディさんは問いただす。
「……栞は、過去に辛い記憶を持っているんです。だから変に記憶を戻そうとするよりは今のままで良いんじゃ無いかって……いや、というより『記憶を戻すかどうか』って言う事を僕が決める事じゃないんじゃないか?って思って……それで何も言えなかったんです、ごめんなさい」
僕はそう言った。
「ふむ、なるほどな……」
ルーディさんはそう言って煙管を取り出した。丸められた煙草の葉を雁首に詰めて火を付ける。
「……俺も冒険者として戦うことがあるんだが、本業は商人だ。冒険者向けの商品を取り扱っている」
言ってルーディさんは吸い込んだ煙草の煙を吐き出す。白い煙は広く拡散し、やがてその姿を消す。
「だから冒険者との交流も広くてな……中には居るんだよ、記憶喪失になる奴が」
ルーディさんは明後日の方向を向いて話しを続ける。
「シオリの様に過去の記憶を丸ごと無くすようなケースは希だが、モンスターとの戦闘時の状況みたいに断片的な記憶喪失はたまに見かけるんだ。そいつらは口を揃えてこう言うんだよ」
言って、ルーディさんは煙管の灰を捨てた。再び新しい煙草の葉を摘めて火を付ける。
「『記憶を無くした事が恐ろしい』ってな?人間、記憶を無くすと、開いちまった記憶の穴をのぞき込んで、その穴の深さと暗さに恐怖するんだ」
ルーディさんは部屋の窓を向く、空を見ながら何か懐かしむように語っていた。
「……つまり、記憶喪失ってのは、それだけで恐怖を覚える。お前の言う『過去の記憶』ってのが何かは知らねぇが、それでもお前の行いは愚行だったと思う」
言ってルーディさんはこちらを向いた。煙草の匂いが急に強くなる。
「お前、さっき言ったな?『ごめんなさい』って……それは言う相手が違うんじゃ無いか?」
「そう……ですね」
ルーディさんの言葉に僕はそう答えた。
「今のうちに妹さんと話しておくと良い」
「そうします……」
ルーディさんの方を向いて僕はそう答えた。
「ああ、じゃあ俺はこの辺でお暇するよ。早く治ると良いな」
「ええ、ありがとうございます」
言って、ルーディさんは部屋を去って行った。
続く……
TIPS!
ルーディ イェーガー①:髭を剃る男は全員女々しい奴だと思っている