part.21-2 Panjan is ...
僕の合図で放たれたパンジャンドラムはまっすぐヘルベチカに向かっていた。
「……何ィ!?後ろからだと!?」
気づく間もなくパンジャンドラム・レプリカントはヘルベチカへ急接近する。飛び立とうとしてももう遅い。最早回避不能なまでにレプリカントはそこまで迫っていた。
「……」
回避できない事を確認し、僕はヘルベチカの元へ走り出す。その間、遂にレプリカントはヘルベチカに直撃し、爆発と共に周囲に白い煙を巻き起こした。そう、これは普通のパンジャンではない。
「……まさか、スモークパンジャンだと言うのか!?」
その通り、これは僕が特別に発注し、炸薬の代わりに広範囲かつ長時間に渡り視界を遮るスモークを散布する特殊なパンジャンドラムだ。
「ええい小癪な!……だが、スモークを搭載できる特殊なパンジャンを作れる者など一人しかおらん!そうだろう、ショータァ!!」
「うおおおおおおおおおおおおおお!!」
スモークをかき分けて飛び立とうとするヘルベチカを追う。僕は遂にヘルベチカへたどり着き、コクピットのドアへ張り付いた。
「遂に姿を現したな!ここまで来た事は褒めてやる。だが、もうヘルベチカは飛び始めているのだ!このままでは降りられなくなるぞ?」
エルヴィンの言葉も耳に入ることなく僕はコクピットのガラス窓を盾で殴りつける。
「くっ!貴様何を……!?」
「ここまでだエルヴィン!!ヘルベチカを地上に降ろして投降しろ!!」
ガラス窓を叩き割り、そのままシールドボウを突きつけた。割れたガラスの破片で左手は傷だらけだが、そんな事を気にしている余裕なんか無い。
「誰が貴様の命令など!!粉砕してくれるわァ!!」
「……何!?」
ヘルベチカの車輪が外れ、音を立てて回り始める。
「死ねぇショータ!!」
「まさか……やめろおおおお!!!!」
僕の声を聞かずエルヴィンはその刃をむき出しにした車輪をヘルベチカのコクピットにぶつける。どうにか避けきれたが当然ヘルベチカに張り付くことが出来ず、そのまま落ちて地面に叩きつけられた。
「……ぐはあ!!!」
激しい衝撃を受けるがなんとか受け身を取る。お陰で頭を打つこともどこかの骨が折れる事も無く立ち上がる事が出来た。
「はぁ……はぁ……」
すぐに物陰に隠れて息を整える。見るとシールドボウに矢が装填されていなかった。どうやらヘルベチカに振り落とされた際に暴発してしまったらしい。矢を込めている間にグレンがやって来た。
「……グレンか、無事で良かった」
「派手に落ちていたようだが大丈夫なのか?」
「幸いどこも痛めていない。まだ体は動くさ」
話している間に矢を込め終わり、安全装置を掛ける。
「なあ、グレン」
「……なんだ?」
「今の僕に、シュバルツ・アウゲンが使えると思うか?」
息も整わないままそうグレンに訊いた。
「……使えると思っているのか?」
「別に?ただ、今僕達はエルヴィン派に囲まれている。今の状況を打開するにはそれしかない。そう思った」
そう言い切った瞬間、ヘルベチカの車輪が僕達を隠していた物陰を粉砕した。
「逃げられるとでも思ったかァ!?残念だったなァ!ヘルベチカは全知全能だあ!!」
エルヴィンの下衆な声が平原を渡る。
「くっ!どうすれば……!!」
「どうすることも出来まい!貴様は全知全能たる神に傷を付けたのだ!その罪の重さを!神の怒りを受けるがいい!!」
エルヴィンの凶悪な声はなおも続く。見るとヘルベチカのコクピットは壊れており、パイロットの体が露出していた。
「……!」
ヘルベチカが命を刈ろうと上昇し始めたその瞬間、後方から巨大な影が急速に迫る。ロイヤルアーミーのパンジャンドラムだ。
「何ィ!?」
そのパンジャンはヘルベチカに直撃こそしなかったものの胴体左側のソリを掠り、破壊した。その僅かな衝撃で空中にいるヘルベチカは体制を崩し、墜落の危機に陥った。
「小癪な真似をおおおおお!!!」
どうにか車輪をドッキングさせ、地上に着陸出来たヘルベチカ。その隙に僕は逃げ出し、ロイヤルアーミーの待つ陣地まで走り出していた。
「こっちだショータ!!」
不意に手を引かれて僕は連れていかれる。この声は……、
「ルーディさん!?」
「よぉ、見てたぜ、大活躍じゃないか!」
「……みんなは?」
「今のところ無事だ。全員ロイヤルアーミーに紛れて戦ってるよ」
「良かった……でも、作戦は失敗しました。ひとまず合流させて下さい」
「そのつもりだ。行くぞ!」
ルーディさんが手を離した瞬間、敵陣に入り、バトルアックスを振り回した。
「うおおおおおおおおおお!!!」
負けじと僕もエルヴィン派の歩兵との戦闘に入る。
「無理に倒さなくていい、30秒で次のパンジャンドラムが放たれる。そいつには巻き込まれるなよ!」
「はい!」
ルーディさんの言葉を聞いたエルヴィン派の兵士はたちまちその恐怖に怯んだ。その隙に剣を刺し、ルーディさんを見る。彼は既に敵を薙ぎ払い、向こう側へ逃げていた。僕もそれに続く。
「ルーディさん、そろそろパンジャンが……!」
「なぁにブラフさ。貴重なパンジャンをそんな簡単に撃てる訳ないだろう?」
なるほど、どうやら敵を混乱させる為の罠だったらしい。そうこうしている内にロイヤルアーミーの陣地側まで逃げ込む事に成功した。
「……兄さん、無事で良かった!」
仮設テント内で栞が待機していた。どうやらソフィーの魔力切れにつき待機中らしい。話によればイヴァンカはまだ戦っているのだとか……。
「……なるほど、それなら僕も加勢に――!」
「いや待て、ロイヤルアーミーの上層部から報告を求められている。まずはそっちに行ってくれ」
「……分かりました」
「よし、本陣へ向かってくれ。ここから北のテントだ」
「はい」
テントを後にして僕は本陣へ向かった。
◉ ◉ ◉
「……そうか、ご苦労だった」
本陣のテントに入り、僕を待っていたというロイヤルアーミーの軍師へこれまでの顛末を報告した。
「……ヘルベチカを仕留めきれませんでした。申し訳ありません」
「いや、構わぬ。……それよりもヘルベチカと対面してどう感じた?」
「どう……と言われても、単純に恐怖でした。物凄い殺気を感じましたね」
おぼつかない日本語でそう答える。
「ふむ……他にないか?」
「他……ですか。そうですね……」
息を整えながら思考を巡らせる。未だに冷めない戦いの熱、その中で感じたものと言えば……、
「そういえば、ヘルベチカのパイロットについてですが……」
「エルヴィンの事か……」
「どうも酷く発狂しているようでした。まるで猛獣にでもなったかのように僕に執着し、妬みや怒りだけでパンジャンドラムを操縦しているような、そんな印象があります」
「そうか、あのエルヴィンがそこまで……」
「知っているのですか?彼の事を……」
「ヘルベチカ計画に携わる彼は冷静沈着な男だった。君の言葉がまるで信じられない程に」
「そうですか……」
「しかしどうしたものかな。どうやら兵士の質は我が軍の方が上手のようだが、如何せんパンジャンドラムの力量がありすぎる。何か知らないか?何でもいい、あのパンジャンドラムの弱点を見いだせれば……」
どうやら軍師も頭を抱えているらしい。
「……あるいは」
戦いの中の記憶を巡らせ、一つの結論に辿り着いた。
「何かあるのか?もったいぶるな」
「ヘルベチカは視界が狭いと聞きます」
「ああ、見える範囲と言えばあのコクピットのガラス周りのみだ。だが、それが……?」
「エルヴィンはその事を警戒し、護衛の兵士まで付けていました。恐らく奇襲を恐れていたのでしょう」
「……そうだろうな」
「そして、恐れていた事が起きた。スモークパンジャンの突撃です。結果は失敗に終わりましたが、奴は僕に執着する余り、敵に背を向けるという行動を取ったのです」
「聞いたぞ、その時我が軍のパンジャンドラムがヘルベチカに損傷を与えたのだな?」
「ええ、恐らくこれでエルヴィンはかなり気が動転しているはずです。近いうちに必ず何か仕掛けてくるかと……その時が勝負です」
「……失礼します!!」
僕と軍師が話し合っている最中、一人の兵士がその中に入り込んできた。
「……何事だ!?」
「……エルヴィンが、パンジャンドラム・ヘルベチカが、サイキ・ショータに決闘を申し込むと……!」
「なんだと!?」
続く……
<今日のパンジャン!!>
西暦1944年、ある日世界は変わった。
それまでの世界にパンジャンは無かった。
そう、その日、世界にパンジャンが生まれたのだ。




