part.19-8 ヘルベチカの全容
その夜、23時30分に用意していたアラームが鳴り、僕は目を覚ます。30分の間に軽食を済ませ、異世界に行く準備をする。
「……」
そうしている内にドアがノックされた。
「……茜か?」
「うん」
ドアが開かれ、茜が部屋に入って来た。
「ねえしょーた、行くの?」
「ああ、どのみちやるしかない。午前0時になったら強制的に異世界に飛ばされるんだ」
「そっか……そうだね」
そう言うと、茜はそっと僕の手を握った。
「……なんだ、茜らしくないんじゃないか?」
「そうかも、だけど……しょーたは死んでほしくないから」
「そうだね。ごめん、意地悪な事を言ってしまったよ」
「ううん、大丈夫」
そう言って茜は僕の手を離した。
「行っておいで?朝になったら血まみれになってるなんて嫌だよ?」
「ああ、行ってきます」
そう言った瞬間、僕の視界は大きく変わった。ここはパンジャンドラム・ヘルベチカの中だ。
「……エルヴィン伯爵?」
返事が無い、どうやら眠っているらしい。
「今がチャンスだ。グレン、針金を」
「分かった」
そう言ってグレンから針金を貰う。
「ありがとう、伯爵が起きないか見張っててくれ」
「構わないが、本当に出来るのか?」
「問題ない、今出来るようになった」
そう言いながら僕は針金をピッキングが出来るように加工する。南京錠の場所を手探りで探し、鍵穴に針金を突っ込んだ。
「……くっ!」
手錠されているせいで思うように動かせない。しかしここで焦って針金を鍵の中で折ってしまえば取返しが付かなくなる可能性もある。
「……取り敢えず、奥まで差し込めたか」
神経を使う作業と緊張感で冷や汗が出る。問題はここからだ。
「グレン、魔法を使いたい。シュリュッセルだ」
「……シュリュッセル?」
グレンが聞き返す。
「ああ、これで鍵の内部構造を把握できる。力を貸してくれ」
「分かった」
こうして僕はシュリュッセルの魔法を放った。幸い化学室で苦戦していた鍵よりも構造は単純らしい。それにしても役に立たないと言われていたシュリュッセルを実戦で使う日が来ようとは……、
「……よし!」
何とか試行錯誤しながらピッキング作業を進めて行く。あと少し……、
「やった……!」
確かな手ごたえと共に南京錠が外れる。僕は物音がしないように手錠を外し、起き上がった。
「……本当にやったのか!?」
「シー、まだ油断するんじゃない」
グレンにそう言って僕は眠っているエルヴィン伯爵の前に立つ。ゆっくりと彼の腰に手を伸ばし、サーベルの柄を握った。
「……なんだ!?」
その違和感に気付いたのだろう。直ぐにエルヴィン伯爵が飛び起きる。だが、もう遅い。僕はサーベルを勢いよく引き抜いて奪い取った。
「おはようございます、エルヴィン伯爵。こんな夜中に起こしてしまい、申し訳ありません」
「どういう事だ!お前どうやって……!」
「グレートパンジャンシティに急用が出来たのです。ご同行願えませんでしょうか」
困惑するエルヴィン伯爵の喉元にサーベルを突きつけ、そう言った。
「くっ……!私がそんな事をするわけがないだろう!」
「そうですか……仕方ありません」
そう言って僕はサーベルを大きく振りかぶった。
「……分かった!頼むから殺さないでくれ!」
「最初からそう言えば良いのですよ」
僕は顎で指示を出し、パンジャンドラムの操縦席に座らせた。
「僕は後ろからあなたの操縦を見守っています。どうか妙な気を起こさぬよう……」
「……」
操縦席に座るエルヴィン伯爵の肩が震えている。どうやらご立腹の様子だ。
「エルヴィン伯爵、僕はパンジャンドラムを手にすれば神になれるなどと思ってはいない。ですが、ヘルメピアの人たちがそれを信じているのなら、それも事実なのでしょう。僕はその考えを尊重します」
「フン、お前にパンジャンの何が分かる……!」
エルヴィン伯爵の言葉を無視して僕は続ける。
「でも、人を蹴落とす事でしかのし上がれないような人間が、神の名を名乗る事が出来ると本気で考えているのなら、それは神に対する冒涜だ」
「……」
それを聞き入れたのかは分からないが、ヘルベチカのエンジンが始動する。グレートパンジャンシティに向かい、パンジャンドラムは動き出した。
◉ ◉ ◉
明朝、グレートパンジャンシティにて、
「お、おい!なんだあれは!!」
「パンジャンだ……!パンジャンドラムが炎を灯して走っているぞ!」
グレートパンジャンシティの民衆達が大騒ぎで集まっている。その声には困惑、恐怖、そして僅かな歓喜の声が上がっていた。当然だ。彼らが信仰するパンジャンドラムが目の前にあるのだから。
「……止まれ!」
僕の命令でヘルベチカが停車する。既に通報を受け、駆けつけて来たロイヤルアーミーがヘルベチカの周囲を取り囲んだ。
「何者だ!姿を見せろ!」
ロイヤルアーミーの一人がそう叫んだ。
「コクピットを開けろ」
僕の指示でエルヴィン伯爵がヘルベチカのコクピットを開け、その前に立つ。
「あなたは……エルヴィン伯爵!?」
その場に居たロイヤルアーミーの兵士達は困惑した。
「これは……どいう事でしょう?」
伯爵はロイヤルアーミーの問いに答えない。
「階段を降りろ、ゆっくりだ」
僕の指示に従い、エルヴィン伯爵はゆっくりとヘルベチカに備え付けられた階段を降りて行く。
「……まあいいでしょう。エルヴィン伯爵、国王がお呼びです。ご同行願えますか?」
ロイヤルアーミーの兵士がそう言いかけたその時、不意にパンジャンドラムが動き出した。誰もが予想しなかった動きに僕を含めその場に居合わせた全員がうろたえてしまう。
「うおおおおお!!!」
「ぐっ!!」
その瞬間、エルヴィン伯爵が懐に隠していたナイフを僕に付きつける。瞬時にサーベルで受け、鍔迫り合いとなったが、体制を崩した僕は大きくよろけ、パンジャンドラムから突き飛ばされてしまった。
「おのれ……!よくも、よくも!!」
そう叫びながらエルヴィン伯爵はコクピットを閉じる。
「弓兵、応戦しろ!……大丈夫か?」
ロイヤルアーミーの兵士が僕に手を差し伸べる。起き上がる頃には弓兵達が攻撃を仕掛けていた。
「無駄だ!弓矢程度でパンジャンドラムの装甲を抜けるはずもあるまい!」
エルヴィン伯爵の言う通り、パンジャンドラムはびくともしない。
「くっ!どうすれば……!」
「フハハハハハハハ!!ヘルベチカの力はこの程度ではないわ!!」
その高笑いと共にパンジャンドラムの胴体に備え付けられたロケットが起動し、パンジャンドラムは空を飛ぶ。
「パンジャンドラムが、飛んだ!?」
それだけに留まらない、パンジャンドラム・ヘルベチカは車輪を胴体から切り離し、車輪内に仕組まれていた刃を展開した。
「不味い、ヘルベチカが何か仕掛けてくる!みんな逃げろ!!」
いつの間にか僕は我を忘れてそう叫んだ。直後、ロイヤルアーミーは散り散りに退散する。
「そこだあああああああああ!!!」
分離したパンジャンドラムの車輪が地面に目掛けて勢いよく叩きつけられる。これに巻き込まれた人間は、恐らく何者であろうと骨も残らないだろう。
「……これが、パンジャン……パンジャンドラム・ヘルベチカ!!」
「そうだ、これが神の力だ!ショータ、貴様は私が神にはなれないと言ったが、これを見てもまだそんな事が言えるか?」
高笑いと共にエルヴィン伯爵はそう言った。
「こんなの……!」
「まだ姿を見せる訳にはいかなかったが……まあいいだろう。ショータ、お前は神の力を持つ私を侮蔑したのだ。これは万死に値する!」
エルヴィン伯爵は続ける。
「今はまだその時ではない。しかし、貴様らは必ずこのパンジャンドラム・ヘルベチカが葬って見せる!貴様らはヘルベチカへの生贄だ!いいかショータ!俺は!お前を!」
「……」
少しずつヘルベチカは高度を上げていく。弓矢の射程から離れた所でエルヴィン伯爵は言い放った。
「死 ぬ ま で 殺 す ! !」
そう言い残し、ヘルベチカはグレートパンジャンシティを去って行った。
続く……
TOPIC!!
パンジャンドラム・ヘルベチカ 危険度 ★★★★
イラスト:招布
『ヘルベチカ計画』の集大成としてヘルメピア連合王国が開発した新型のパンジャンドラム。
『方向転換可能でかつ有人型の自爆しないパンジャンドラム』という従来のパンジャンドラムとは全く異なる設計思想の元、本パンジャンは開発された。方向転換を可能とする為、左右の車輪を胴体から独立させ、ロケットエンジンを推力変更可能な『R-4463A コンパイラー』ロケットエンジンを装備させた事で自由自在に方向転換できるようになった。
更に胴体右側にコクピットを設けてあり、パイロットはここに収容される事になる。コクピット内部は比較的広く、操作機器や計器類もさほど多くはない為、人があと2人程度入れる程の広さが備わっている。
また、パンジャンドラム・ヘルベチカは胴体側面に4基、下部に3基のR-4463Aロケットエンジンを備えており、このロケットを使用する事によって滞空する事が可能となっている。あくまで目的はホバリングのみの為、機動性は皆無であり、長距離の移動では陸上で車輪を用いた移動を使用する。また、何らかの原因で滞空中に車輪が使用不能になった場合の為に胴体には緊急着陸用のソリが装備されている。
車輪は胴体から切り離しての運用が可能となっている。主に滞空中に切り離しての運用が想定されており、胴体から切り離された後、情報処理魔法による遠隔操作を用いて軌道がコントロールされる。武装は車輪内にブレードユニットが格納されており、攻撃する際は車輪切り離し時にブレードユニットを展開し、丸鋸状になった車輪を高速回転させながら攻撃目標に突撃させる。その為、陸上を移動中は攻撃が行えず、主な攻撃行動は滞空中にのみ行われる。
ヘルベチカ計画の発足はヘルメピア独立歴58年(西暦2003年)となっているが、初めは研究/技術実証目的でパンジャンドラム・レプリカントが開発されていた為、パンジャンドラム・ヘルベチカの本格的な制作開始はヘルメピア独立歴68年(西暦2013年)となる。翌年にはモックアップが完成し、ヘルメピア独立歴73年(西暦2018年)にパンジャンドラム・ヘルベチカのプロトタイプが完成した。試験運用でも良好な走破性や攻撃性能を発揮し、この時代に作られたあらゆる兵器の性能を凌駕しているだろうとされた。しかし、パンジャンドラム・レプリカント試作4号機の3倍以上という膨大な魔法資源を使用する為、ヘルメピアの国力を以てしても本格的な運用は絶望的であり、魔法資源の省力化も不可能との判断からヘルメピア独立歴74年(西暦2019年)に計画は凍結、パンジャンドラム・ヘルベチカのプロトタイプも王国が保管処理する形となった。
今回掲載しているイラストは招布 さんに描いて頂きました!
素敵なイラストをありがとうございます!!




