part.19-5 ヘルベチカの全容
学校へ着いた僕たちは岡田先生を呼んでしばし休憩する。数分の後に岡田先生が化学室へやって来た。
「翔太、よく来てくれた。あれからどうなった?」
「それが、ますます訳が分からなくなって……」
「……詳しく聞かせてもらおうか」
僕は今まで起きた内容をなるべく詳細に話した。
「これは予想外だな、黒幕はエルヴィンだったか……」
「いえ、まだそうと決まったわけでは……」
「しかし、エルヴィンの手下は君を強引に連れ去ったのだろう?話を聞いた限りだが、少なくともエルヴィンの行動はヘルメピア本国の意思に背いているとしか考えられない」
「それはそうですが……」
「とにかく、今はエルヴィンを刺激しない方が得策だろう。大人しく彼の研究を……」
「いや、どうやら牢屋の警備は手薄なようです。逃げるなら今のうちに……」
「逃げる?そんな事が……」
「わかりません。ですが、僕がいる場所は旧クレヌル帝国城跡——見た目は廃城ですがどうやらその中で極秘裏にヘルベチカ計画を進行させていたのだとか……」
「そんな場所に連れていかれたのか?」
「ええ。カムフラージュされた施設とはいえ廃城である事に変わりはない。必ず何処かに穴があると僕は考えています」
「むぅ……そこまで言うなら止めはしないが、くれぐれも下手な事はするなよ?」
「ええ、分かっています」
と、僕は答えた。
◉ ◉ ◉
翌日、エルヴィン伯爵から言われた研究をこなしつつ脱出ルートを探る。グレンにはこの部屋を開けられる鍵を探して欲しいと頼んでおいた。僕は看守の目を盗みつつ何とかドアを使わずに脱出出来ないかを探す。
「やはり、簡単には見つからないか……」
そう呟いた瞬間、足音に気付く。どうやら看守が見回りに来たらしい。急いで席に着き、作業しているフリをする。
「よぉ、調子はどうだ?」
「上々ですね、悪くはない出来ですよ」
「そうか、そりゃあ良かった」
そう言って看守は部屋から離れて行った。捕らわれの身とはいえ一応今のところ僕は彼らにとって味方だ。手荒な真似をする事は無いだろうが、こうして世間話をされるのは脱獄を企てる僕にとって少し鬱陶しい。暇つぶしのつもりか、中には30分以上話しかけられる事だってある。看守が離れて暫く、今度はグレンが戻って来た。
「グレンか、どうだった?」
「調べられる範囲で調べたけどそれらしいものは見つからなかったよ」
「そうか……」
「そっちはどうだ?」
「ダメだ。脱出できそうなものは置いていない。この辺は流石に考えてあるんだろう」
「まあ、敵もバカじゃないという事か……」
吐き捨てるようにグレンはそう言った。残念ながら今日の所は手詰まりと言った所か……。
「どうせここで考えても何も始まらないだろうしボクはもう一度見回りに……」
「いや、やめておこう。さっき看守が通って来たんだ。暫くは見回りも続くだろう。今日はもう隠れていてくれ」
部屋から出て行こうとするグレンを僕が制止する。
「そうか、分かったよ」
そう言ってグレンは素直に僕の服の中に隠れた。
◉ ◉ ◉
それから翌日、現実世界にて、
『今日、岡田先生が呼んでたよ』
『そっか、茜も行くのか?』
『そうしたいんだけどお父さんから呼び出し食らっちゃってさー、用事が終わり次第顔は出すつもりでいるよ』
『そっか、分かった』
そんな茜とのやり取りを経て、僕は学校へ向かう。ここ最近試験勉強もロクに出来ていない。まあ今は僕にとって緊急事態だ。仕方ないと言えばその通りなのだが色々な理由が重なって焦りも増えていく。だからこそ目的を見失う前に片付けて行かなければいけないのだ。
「……」
化学室に到着したが岡田先生の姿が無い。急用でも入ったのだろうか?
「まあ、仕方ないか」
そう言いながら僕は適当な机に座り、勉強道具を広げた。理数系はひとまず問題ない水準まで来ている。英語は茜に教えてもらえばいい。……で、今地味に問題なのが国語(特に古文)や地理といった茜でも教えられないような教科だ。志望学科は工学系なのに何故文系科目までやらなければならないのかというありふれた不満を抱きながらセンター試験の過去問を漁っている間に岡田先生がやって来た。
「すまない、緊急の職員会議が入っていたんだ。待たせてしまったな」
「やっと来ましたか、危うく古文の偏差値が上がる所でしたよ」
「良い事じゃないか……まあいい、本題に入ろうか」
「今日はどういう話で?」
僕が尋ねると、岡田先生は徐に白衣のポケットに手を入れた。
「お前、脱獄を目論んでいるという話だったな」
「ええ」
「なら、コイツを使えるようにしておけ。損はないはずだ」
そう言って岡田先生はポケットから何やら針状の工具が入ったケースと南京錠を取り出した。
「……これは?」
「ピッキングツールとその練習用の南京錠だ。練習用という事で中身が見やすいように透明になっている」
「なるほど」
そう言いながら僕は南京錠を観察する。確かに中身が透けており、鍵の構造が分かりやすくなっている。
「無論、異世界にピッキングツールなんて存在しないだろうが、やり方さえ知っていれば針金でも同じ事が出来るという話じゃないか。身に着けておくべきなんじゃないか?」
「……そうですね、分かりました。やってみます!」
そう言って僕はピッキングツールを手に取った。
「やり方はネットに上がっているから適当に見ながら進めてくれ。ちなみに俺はピッキングのやり方なんて知らん」
「まあ、そうでしょうね」
「ああ、それともう一つ、このツールは化学室以外への持ち出し禁止だ」
と、岡田は言った。
「え、そうなんですか?」
「ああ、ピッキングツールの所持は法に触れる恐れだってあるんだ。窃盗にでも使われちゃたまらんだろ?」
「へえ、所持自体がダメなんですね……あれ、じゃあ何でこれ入手できたんですか?」
「え?まあ、気にするな」
「いや、その誤魔化しは怖いんですけど……」
疑心暗鬼で僕は答える。
「大丈夫、問題はない。ツールは使い終わったらそこの金庫にしまって施錠しておいてくれ」
そう言って岡田先生は金庫の鍵を手渡した。
「……分かりました」
「くれぐれも法に触れるような使い方はするなよ?」
「分かってますよそんな事」
と、僕は答えた。
続く……
TIPS!
グレン①:カローラの契約妖精、小さなドラゴンのような見た目をしている
 




