part.19-3 ヘルベチカの全容
グレンと交渉後、看守がいないかを改めて確認する。
「誰もいないな……はぁ……」
ため息を吐いた後、僕はグレンの方を向く。
「なぁグレン、ここが何処だか分かるか?」
「……恐らくクレヌル帝国城跡だな。ヘルメピアの城下町から西に位置する場所だ」
「クレヌル帝国城?」
「ヘルメピア独立戦争の話は知っているだろう?クレヌル帝国は、その時ヘルメピアと戦った敵国さ」
「……なるほど、廃城という事か。しかしなんでこんな場所にこんな部屋が……?」
と、僕は辺りを見渡した。部屋の中は綺麗に掃除、整頓がなされておりとても廃墟の場所とは思えない。
「ああ、きっと表向きにはただの廃城に見せかけてこの中で『何か』を行っていたんだろう。他の人間には見せられない何かを……」
「……ヘルベチカ計画か」
「だろうな、恐らくここでボクやカローラ様でさえ知らなかったヘルベチカ計画の核心とも言える研究を極秘裏に行っていたんだろう」
グレンは淡々とそう言った。
「なるほどな……大体の状況は把握できたよ。ありがとう」
「キミに感謝される覚えなどない」
と、グレンは鼻を鳴らしながらそっぽを向く。
「さて、僕は適当にレポートでもまとめておくよ。グレンはドアの向こうを確認してくれないか?」
「構わないが、どうせ向こうには見張りがいるだろう。あまり情報は得られないぞ?」
「ああ、そのつもりだ」
僕がそう言うと、グレンは無言のまま扉の隙間を抜けて行った。
「……さて、何かしら書かなければ殺されるな」
独り言を呟きながら僕はエルヴィン伯爵に渡された資料に目を通す。どうやら僕に要求されている研究は新たなロケットの開発という事だ。
「コンパイラー・ロケット……?」
聞きなれないロケットの名称だ。どうやらこれはカローラさんが作ったロケットブースターである「R-4463 レディ・ロケット」の発展型らしい。なんでも最高出力をレディ・ロケットと同等に保ったまま推力を変更できるように改良されたものなのだとか。
「これは恐らくカローラさんが関与していなかった研究みたいだな。後でグレンに聞いてみるか」
そう呟きながら今度はロケットの要求スペックに目を通した。詳細な内容は『レイシェント』のコードネームを持つロケット開発計画のものに近しい。というか、恐らくそれを基にこの要求スペックを作り出しているのだろう。違う点と言えば『推力変更を可能にする』という事だけだ。
「つまり、『推力変更が可能なレイシェントを作れ』という事か……」
要求された内容はさほど難しい事ではない。レイシェントのデータを基に推力を絞る機構を作れば良い。なんとなく構造のイメージも出来ている。
「……だけど、何で推力変更が可能なロケットが必要なんだ?」
『パンジャンドラムに搭載するロケット』と考えれば余計な機構と言わざるを得ない。パンジャンドラムは元々『敵陣に単独で突撃させて自爆させる』という至極単純な目的で作られた兵器だ。その為、一度起動させれば停止させる事は疎か軌道を自由に変える事でさえ困難なものである。そんな兵器に推力変更可能なロケットを搭載させた所で何かが変わるとは到底思えないのだ。
「まあいい、どうせ答えは出ないんだ。今は大人しく作るしかない」
答えが見えているのなら簡単だ。手早くプロットを完成させてしまおう。そう思い、僕は羽ペンを手に取った。
◉ ◉ ◉
「コンパイラー?」
見回りを終え、戻って来たグレンに例のロケットについて尋ねてみた。しかし予想通りグレンは首を傾げて聞き返している。
「ああ、なんでもレディ・ロケットをベースに推力を自由に変更出来る機構を設けたのだとか……グレンやカローラさんはこの存在を知っていたのか?」
「いや、初めて知った。カローラ様が関わっていたロケットの研究はレディ・ロケットだけだ。コンパイラーなんてロケットは知らない」
「そうか……」
「だが、出来るのか?レイシェントをベースに推力の変更を可能にするロケットなんて」
「案外難しくはない。多少はコンパイラーの機構を組み込めそうだし燃焼エネルギーを絞る為に空気の流入量を抑える機構さえ出来れば問題はないはずだ」
「なるほど……」
「まあ、こっちの話はここまでだ。グレンのほうはどうだった?」
「この辺りを少しだけ見て回ったんだが、どうやら近くに看守の待機所らしい場所はなさそうだ。看守が見回る頻度もあまり高くはない。ここの鍵もその場しのぎで作ったかのような、扉に南京錠を掛けているだけのものだ。元々ここを牢獄にするつもりは無かったんだろうな。お陰で思ったよりも穴が多かったよ」
「悪くない知らせだな。恐らくエルヴィン伯爵は僕が抵抗すると考えていなかったのだろう。僕を監禁するという事は想定外だったみたいだな」
「ああ、だが脱出するなら早い方が良い。今はキミを監禁する準備が整っていないだけだ。時間が経つほど警備も強化されていくだろう」
「そのようだな、レポートはこの位で良いだろう。カムフラージュされていたとはいえここは元々廃城だ。何か絶対に穴があるはず……それを探すとしよう。グレン、ドアを見張っててくれ」
「分かった」
と、グレンは言った。
◉ ◉ ◉
あれから結局脱出ルートに繋がるようなものは見つからなかった。その場しのぎとはいえやはり簡単に見つかるようなものではないらしい。結局1日が過ぎ、今は現実世界で朝食を摂っている。
「ふぅ……ごちそうさま」
そう言って僕は食器を片付ける。これに続くように茜もパンを平らげる。茜が食器を片付け終えると、二人で僕の自室に戻った。
「ねえしょーた、あれからどうなったの?」
「ああ、余計に訳が分からなくなったよ」
「どういうこと?」
「ああ、実はな……」
僕はこれまで起きた事を話した。
「……え?エルヴィン伯爵の手下に監禁されている?エルヴィン伯爵って、ヘルベチカ計画の主導者の人だよね?」
「ああ、正直今何が起きているのか僕でさえ分からない」
「うーん、なんで計画の最高責任者がしょーたを襲うのか……訳が分からないよ」
「ああ、どうせ今から『部活』に行くんだ。続きはそこで話そう」
「そう、だね……」
そう答えると、茜は僕の部屋を後にした。
◉ ◉ ◉
それから僕たちは学校へ向かう。その間、伝えきれていなかった異世界での話を茜に話す。
「うーん、謎が多いなぁ……エルヴィン伯爵の目的といいヘルメピア本国の関係性といい……何かひどい事はされてないの?」
「一度エルヴィン伯爵の意思に逆らった事もあって、その時は拷問されたよ。でも、指示に従っている限りなら彼も僕に何かをする意思はないらしい。もっとも、僕はロケットの研究を行っている人間だ。僕が死んだらエルヴィン伯爵も困るはず……」
「それもそっか……」
そう言いながら茜は僕の腕に抱き着いた。
「あ、茜!?」
「私、しょーたの事応援してるから……!」
そう言いながら茜は僕の腕に顔を埋める。
「……からかってるのか?」
「そう見える?」
そう言いながら茜はにやにやと顔を上げた。これは完全にからかっている顔だ。
「……なあ、くっつかないでくれよ暑いんだけど」
「……顔が?」
「いや、体が」
「え、身体が熱い!?もう、こんな所で興奮されても……」
「そうじゃねえよ!えっと、その……気温が暑いって事で……!」
僕の必死な弁明をからかうように茜は笑って受け流していた。
続く……
TIPS!
シールドボウ③:誤って引き金を引いてしまいやすいトリガーの構造となっている為、兵士には矢を装填した後、必ず安全装置を掛けるように徹底されている




