part.19-2 ヘルベチカの全容
……、
…………、
「ぅ……」
気が付くと目の前は牢獄の中だった。しかし、前まで僕が居た牢獄ではない。ベッドの配置や廊下の構造がいつもと違う。
「ここは……」
「……気が付いたか?」
「誰だ!」
見ると目の前で一人の男が陰湿な笑みを浮かべて僕の前に立っていた。ヘルベチカ計画の最高責任者、マーク・エルヴィンだ。
「これは驚かせてしまったね、ミスター・サイキ」
「エルヴィン伯爵……」
「指示に従っていれば手荒な真似をせずに済んだものを……もうこうするしかなくなったよ」
「これは……一体どういう事ですか?」
「君が抵抗してくれたせいで部下の正体もロイヤルアーミーにバレてしまった。計画も一から練り直しだ」
僕の言葉を無視してエルヴィン伯爵はため息を吐く。
「答えて下さい伯爵……!」
「黙れ!!」
エルヴィン伯爵が急に声を荒げる。
「君が私に質問する権利など無い。私が応じる義務も……君に出来る事はただ一つ、私の命令に従う事だけだ」
「随分な物言いですね」
エルヴィンの言葉に僕はため息を吐く。
「フン、まあいい。では早速働いてもらうとしよう」
「お断りさせて頂きます」
「そうか……それは困ったな」
エルヴィンがわざとらしく首を傾げると、牢屋の中に入り、サーベルを抜き、僕の首元へ突きつけた。
「何をする気です?」
「出来ないのなら、死んでもらうしかない」
「っ……!」
一瞬だけ僕は突きつけられたサーベルに恐怖する。しかし、
「あなたは僕を殺せないはずだ」
「何故、そんな事が言える?」
「僕はレイシェント開発計画の実行者だ。もしあなたが僕を殺そうものなら、その情報を知り得る者が居なくなってしまう」
「なるほど、よく分かっているじゃないか」
そう言うとエルヴィンは僕の横腹に勢いよくサーベルを突き刺した。
「ぐっ……!うああああああああ!!!」
「よく分かっているじゃないか。確かに、私は君を殺せない。だがこんな事も出来るのだ」
そう言うと、エルヴィンは「おい!」と、声を掛ける。すぐさま黒装束をまとった魔術師が現れた。
「うぅ……くっ!」
「そこの魔術師は大陸に二人といない魔法を持つ存在でな?回復魔法なんだが、『痛みを残したまま致命傷だけを治療する』——いわば、拷問用の回復魔法を扱える存在なのだ」
エルヴィンを横目にその魔術師が僕に回復魔法をかける。
「つまり、君が音を上げるまで私はいくらでも君を痛めつけるという事ができるという訳だ」
「ぐっ……うぅ……」
傷の痛みで目の前が歪む。それでもエルヴィンの歪んだ笑みが見て取れた。
「まだまだ元気そうだな」
そう言ってエルヴィンはサーベルを振りかぶった。
「くっ……!分かった!何をすればいい!?」
サーベルが振り下ろされる瞬間、僕は恐怖に負けてそう言ってしまった。
「最初からそう言えばいいのだ。おい、治療しろ」
エルヴィンが魔術師に命令する。
「……」
完全に傷が癒えた僕はエルヴィンに導かれ、一つの部屋に入れられた。
「今日からここが君の仕事場だ。必要なものは一通り揃えてある」
「……」
僕は黙って一人、部屋に置かれた椅子に座る。
「君は『レイシェント』のコードネームを持つロケットを開発していたな?今からやってもらうのはその発展型だ」
「発展型?」
「ああ、要求するスペックをまとめた資料はそこに置いてある。必ず作り出せ、良いな?」
「……一つ、質問よろしいですか?」
「君が質問をする権利は無いと言ったはずだ」
「僕はあなたに協力すると言ったはずです。お時間は取らせません」
僕がそう言うと、エルヴィン伯爵は踵を返し、僕に背中を向けた。
「3日以内に何か報告しろ。では、期待している」
「お待ちください。カローラさんの殺害事件、何かご存じではないのですか?」
僕の言葉を無視し、エルヴィン伯爵は扉を閉めた。
「……クソ!」
僕は力なく席につく。窓の外を見ると、既に日は落ちていた。
「もう夜か、ここは何処なんだ……?」
そう呟きながら今度は扉の外を見る。警備の巡回は無さそうだが、やはり扉には鍵が掛かっている。
「……グレン」
警備が居ない事を確認すると、安心したかのようにため息を吐きながら僕はそう呟いた。
「……なんだ」
ふと、僕の服の中に隠れていたグレンが顔を出してそう呟く。そう、僕がさらわれる瞬間、グレンは僕の中に隠れていたという訳だ。
「この状況、どう思う?」
「さあ?ボクにも分からないな」
グレンはそう言った。
「しかしどうすればいいのか……なあグレン、お前なら扉をすり抜けられるだろう?外の様子を……」
「待て、なんでボクが君に協力しなければいけないんだ?」
僕の言葉を遮ってグレンはそう言った。
「仕方ないだろう!?こんな状況なんだ、協力しなければ二人ともどうなるか……!」
「どうなったって知った事じゃないんだよ!!」
僕の言葉を遮ってグレンはそう言った。
「ボクにはカローラ様しかいなかった。カローラ様の傍にいる事がボクにとっての生きがいだったんだ……!」
「グレン……」
「そんなカローラ様も居なくなってしまった。もう何を信じればいいのか分からない。生きる意味すらも……だからもういい。君に協力するくらいならボクは死ぬ事を選ぶよ」
「だったら……なんで僕なんかについてきたんだ?」
と、僕は言った。
「それは……」
「グレン、確かにお前は僕が憎いかもしれない。でも、僕についてくるならカローラさんの死に関する真相が分かるはずだ」
「……」
「やはり、ダメか……分かった」
そう言って僕はグレンに向き直る。
「じゃあ殺せよ」
「……え?」
「僕はカローラさんを殺していない。その事に嘘は無い。でも、お前はヘルベチカ計画そのものを恨んでいる、そうだろう?」
「当然だ。ヘルベチカ計画さえなければカローラ様が殺されるなんて事にならなかったはずだ」
「それなら、ここで僕を殺せばいい。今、ヘルベチカ計画を動かせる人間は僕以外にいないのだから」
「……ほう?」
「今、この世界中で最もパンジャンドラムを知っている人間は僕だ。だからこそ、僕を殺せばヘルベチカ計画は息の根を止める」
僕がそう言うと、グレンは自らの爪を喉元に立てた。
「……随分な度胸だな。それとも、ボクを舐めているのか?」
「……舐めてなんかいないさ。僕を殺した後は、そこにおいてある書類を全て燃やせ。それでヘルベチカ計画は終わりだ」
「言われなくても分かってるさ」
そう言ってグレンはその腕を大きく振りかぶった。その動作に思わず目を瞑り、指先に力が入る。
「……!」
ゆっくりと目を開くと、グレンは喉元の直前で爪を立てていた。
「……どうしたグレン、殺すんじゃなかったのか?」
「キミこそ怯えて目を瞑っていたじゃないか」
そう言ってグレンは僕から腕を離した。
「キミを殺すのはカローラ様を殺した犯人を突き止めてからだ。それが終わったら、ヘルベチカ計画をキミごと葬ってやる」
「……そうか」
ほっと溜息を付きながら僕はそう呟いた。
続く……
TIPS!
ソフィー②:大雑把な性格で細かい事を嫌う。




