part.19-1 ヘルベチカの全容
「なに!?それは本当か?」
激しく机を叩く音と共に岡田先生の怒号が響く。お久しぶりです。僕です、佐伯翔太です。ここは現実世界、いつもの化学室だ。
「しょーた、なんで今まで黙ってたの?」
茜が不安そうな声を上げる。そう、僕は今日、初めて異世界で監禁状態にある事を二人に告げたのだ。
「あまり心配を掛けたくなかったんだ。それと、僕自身も異世界で起きたことが受け入れられなくて、どうしたらいいか分からなくなっていた」
と、僕は答える。
「罪状は殺し、か……勿論お前はやってないんだろう?」
「当たり前です!そもそも、動機が無い」
と、岡田先生に僕は答えた。
「ふむ、何事も無く済めばいいが……翔太、君はヘルメピアの権力に触れ過ぎたのかもしれんな?」
「ハハハ……ヘルベチカ計画のスタッフという立ち位置が、誰かの反感を買った?」
「ああ、特にお前はまだ18の大人にすらなっていない若者だ。そんな人間が国の最重要機密に関わっている。そうもなるだろう」
「で、でも……!」
「あくまで仮の話だ。あまり真に受けないでくれ」
「は、はい……」
と、僕は答えた。
「だが、そうだな……住屋」
「はい」
「今日は……いや、今日から暫く翔太の家に泊まれ。君は彼の恋人なのだろう?」
「勿論そのつもりですよ」
と、茜は至極当然のように答えた。
「茜……」
「いいか翔太、くれぐれも一人で判断して行動を起こすんじゃないぞ。何が起きるか分かったもんじゃない」
「ええ、分かってます」
と、岡田先生に僕は答えた。
「よろしい、異世界での君の行動は現実世界にも関わってくるだろうからな?」
「先生、どうしてそんな事……?」
と、僕が疑問を投げると、岡田先生は一枚の書類を見せた。
「君はここ最近、1か月程入院していた時期があったな?」
先生の話を聞きながら書類を受け取る。どうやらその書類は僕が入院していた時の診察書のようだ。
「君の怪我は背中に激しい裂傷と左腕の骨折、おまけに頭を殴打していたようだな。熊か何かと素手で戦いでもしない限りこんな事にはなり得ない」
「……」
「だが君は事故当時、寝ていたそうじゃないか。という事は、君が寝ている間に熊が君の寝室にこっそり侵入して君を襲ったという事になる。熊にしては随分計画的な犯行だな?」
と、岡田先生は冗談交じりの声で言った。
「……で、本当は何があったんだ?」
と、岡田先生は尋ねる。僕はその時のクイーンフォックスとの闘いについて話した。
「なるほど、熊じゃなくて狐だったか……まあいい、とにかく異世界での君の動きは現実世界にも少なからず影響されるという事だ。それは君が一番よく分かっているんじゃないか?」
「ええ、勿論です」
「なら、どうにかして今の状況を打開しなければいけないな。翔太、これからはなるべく密に情報をくれ。住屋を通してもいい」
「はい、ありがとうございます」
「では、今日の所は解散としよう。いいか翔太、くれぐれも英国面の心を忘れるなよ?」
「岡田先生……」
と、僕は呟く。
「……それは嫌です」
◉ ◉ ◉
その後、僕は茜と共に下校する。今日は……というか、今日から暫く茜が家に泊まる事になる。
「しょーた、本当に大丈夫なの?」
「大丈夫……ではないかもしれない。でも今は異世界にいる仲間を信じるしかない」
「それはそうかもだけど……」
「……それなら、栞からお願いされた事があったんだ」
「しおりちゃんから……?」
「ああ、指紋の取り方を知りたいんだとか」
「そっか、犯人の指紋さえ分かれば……!」
「ああ、帰ったら調べてみよう」
「……うん!」
と、茜は言った。
◉ ◉ ◉
それから数日、異世界では栞が度々捜査の報告に来ていた。主に指紋の取り方やその捜査結果だったが、少しずつ僕が無罪である事の証拠がそろってきたとの事だ。
「……これで少しは安心できるのだろうか?」
僕は一人虚空に問うた。
「何が安心出来るんだって?」
「その声は……!?」
牢獄の向こう側でグレンが僕を見ていた。
「随分呑気なものだな。君の死刑宣告が待ち遠しいよ」
「グレン……だから僕はやってないって……!」
「うるさい!!」
「っ!」
グレンが罵声を放つ。
「ボクはこの目で見たんだ!間違いなくお前だった、お前がカローラ様を刺しているところを見たんだよ!」
「……」
「何故黙る?何とか言ったらどうだ!?」
グレンは僕を問いただす。
「グレン……何度聞いても同じだ。僕はカローラさんを殺していない」
「あくまで白を切るつもりか?」
「今日に限ってはそうじゃない。なあグレン、事件当日、何かしらの魔法が使われたらしい」
「はあ?魔法だと?」
「そうだ。事件を目撃したグレンなら、何か知っているんじゃないか?」
「いや、魔法を使う様子なんて無かった。嘘を吐くのもいい加減に……!」
「嘘だと思うのなら捜査員に聞いてみろ。これは事実だ」
「でも魔法を使ったのならボクが見ているはずだ!」
「……さておかしい話だな。事件を目撃していたはずのグレンがその『魔法』を見ていない」
「お前……まさかボクを疑っているのか?」
「そうじゃない。だが、魔法が使われたのは事実だ。これをお前が知らなかったという事は、何かしらの間違いがあるんじゃないか?」
「……まさか」
と、グレンはここまでの話を一蹴する。
「まあ、これに関しては続報を待つとしよう。話はこれで終わりか?」
「終わりな訳ないだろう。いい加減認めろよ」
「グレン、ここでいくらそんな事を言われても平行線に終わるだけだ。用が無いならおとなしく帰ってくれないか?」
「チッ!」
グレンは舌打ちをする。それを無視して僕はひと眠りしようとした、その時だ。
「……誰か来る!」
と、グレンは呟いた。
「……看守じゃないのか?」
「……にしては何か変だ。おい、少し協力しろ!」
そう言ってグレンは鉄格子をすり抜け、僕の陰に隠れた。
「……おい、一体なんだって!?」
そう言いながら鉄格子から外を覗く。何やら全身黒い衣装を身に着けた人物がこちらに近づいてきた。外見からして明らかに看守の類には見えない。
「何者なんだ?」
そう呟いていると、その男は僕が居る独房の前に立つ。そして何処で入手したのやら、男は独房の鍵を取り出し、扉を開けた。
「……何者だ?」
僕が尋ねると、男は僕に手を差し出した。
「怖がらなくてもいい。私たちは君の無実を知っている」
「なんだと?」
「さあ、私たちの元へ来い。大丈夫だ、悪いようにはしない」
なおも手を差し伸べる男に僕はゆっくりと自分の手を伸ばす。
「……」
「急いで!早くしなければ……!」
「……ごめん」
そう呟いて僕はその男の手を取った瞬間、一気に引き寄せる。体制を崩した男の両腕を取り、羽交い絞めにした。
「悪いが信用出来ない。僕の仲間はルーディさんのパーティだけだ」
抵抗する男に僕はそう囁く。
「な、何を……!」
「誰か!侵入者だ!!コイツ独房の鍵を盗んでいたぞ!」
僕の叫び声に何事かと看守達がやって来た。
「き、貴様……!」
「お前、何者だ!?どうやってここを……!」
看守の声に応じない謎の男は何かをぶつぶつと呟いている。
「これは、まさか魔法……!」
そう気づいた瞬間、辺りは真っ白に包まれた。
続く……
<今日のパンジャン!!>
私は日本で生を受けた。私の身体の故郷は日本である。その事に間違いは無いだろう。
しかし、私の心は英国にて育まれたのだ。
岡田 克典




