part.18-5 パンジャンに溺れた者たち
翌日、3人総出で昨日採取した指紋を照らし合わせる。
「カローラ伯爵本人に立ち入った捜査員、その他ヘルベチカ計画研究者や貴族……なんだ、翔太までいるのか?」
と、イヴァンカは声を上げる。
「翔太は研究成果の連絡の為、絶えずカローラ伯爵の部屋まで入っている。ショータの指紋が残るのは当然だろう」
と、ルーディが答えた。
「それはそうですが……あまり良くない事実ですね」
「ああ、ショータの指紋が見つかったって事は、それを証拠に仕立て上げる捜査員もいるだろうしな」
ルーディはため息を吐いた。
「……とにかく、もういいだろう。俺は現場の捜査に再度向かう」
「あ、それなら私も……」
「いや、イヴァンカはここで引き続き指紋の整合作業を続けてくれ。まだ精査が終わっていない指紋が山ほどあるんだ」
「ルーディ商人……それは自分がやりたくないだけなのでは?」
イヴァンカは白い目でルーディを見る。
「……適材適所というやつだ。とにかく俺は現場に向かう」
「あ、それなら私もここで指紋整合は適材ではないです」
「ぐ……!」
なんとかイヴァンカに仕事を押し付けようと何か言い訳を考えていたルーディ。そんな中、一人黙々と作業を続けていた栞が声を上げた。
「姉さん、これ……!」
「……?この指紋は?」
「分からない。リストにあった指紋と比較したけど、どれも一致しないの」
「何?事件に関係のありそうな人物の指紋は一通り貰って来たはずなんだが?」
「ええ、となるとこの指紋の持ち主は私達がまだ把握しきれていない人物」
不可解な表情のルーディに栞はそう答えた。
「何かしら事件に関与している可能性だってあるって事か……」
「ええ……なので、事件現場の捜査も良いですけど今日はもう少し頑張ってみませんか?」
と、栞は二人に問いかける。二人とも『仕方ない』といった表情で指紋整合の作業に戻った。
◉ ◉ ◉
指紋照合の作業は3日掛かった。結局のところ不可解な点といえば謎の人物の指紋のみである。
「ふむ、こんなものか」
煙草を吹かしながらルーディは呟いた。
「はい、お疲れ様でした」
と、仲間をねぎらいながら栞は二人に紅茶を配る。
「ああ、ありがとう」
言いながら、イヴァンカとルーディは紅茶を受け取った。
「さて、と。これからどうするかな?」
「そうですね、事件現場に新しい情報はなさそうですし、指紋にあった例の謎の人物を探しますか?」
「それがいい」
イヴァンカの言葉にルーディが同意した。
「とはいえ手がかりなしじゃあ動きようが無いな……まあ、暫くは当てずっぽうだな」
「ええ……」
と、イヴァンカが呟いた所でドアがノックされた。
「はい」
栞がドアを開けると、レイソンが現れた。
「やあルーディ、最近顔を見せていなかったがご無沙汰かい?」
「まあな、指紋の整合作業は一通り終わった。後で報告書類を出しとくよ」
「それはありがたい……さて、君たちに一つ報告だ。それも良い知らせだぞ?」
「何?」
不敵に笑うレイソンに3人は怪訝そうな表情を浮かべる。
「事件現場で使われた例の魔法……解析が完了した」
「本当か!?」
「ああ、使われたのは幻想魔法。相手に幻覚を与えるかなり特殊な魔法だな」
レイソンは淡々と説明を行う。
「どうやら犯人は目撃者全員にこの幻想魔法を使用していたらしい。この事件の犯人が君達の仲間であるショータに仕立て上げる為に、ね?」
「それは間違いないのか?」
「ああ、幻想魔法の内容まで完璧に解析出来たらしい。真犯人の顔まで特定できたよ」
「それでは……!」
「ショータは無実という事だ。彼は今日中に釈放させておく」
「良かった……ちなみに、犯人はどんな奴なんだ?」
「ああ、犯人はどうやらエルヴィン伯爵の手下らしい」
「エルヴィン?」
「ヘルベチカ計画の第一人者さ。今証拠をまとめて逮捕までの準備を進めているところさ」
「そうか……」
と、言いながらルーディは腰を下ろした。
「という事だ。これであんた達の仕事も終わりって事だな?」
「ああ、世話になったよ」
「気にするな。それよりも早くお仲間さんに会いに行ったらどうだ?」
「そうするよ、二人もいいな?」
「「はい!」」
そう言って3人は部屋を後にした。
◉ ◉ ◉
その後、ルーディ達は我を忘れたように走りながら、翔太が収容されている地下牢までやって来た。中に入る手続きを取ろうとしたものの、
「……だれもいないな?」
「きっと、釈放の手続きで忙しいんですよ。外で待っておきましょう?」
ルーディの言葉にイヴァンカはそう答えた。
「そうか、じゃあそうしよう」
と、ルーディは煙草に火を付けた。
それから10分程度まったものの、一行に兵士の姿が見えない。
「うーん、遅いな。少し様子を見に行ってみるか」
と、ルーディは中に入る。
「あ、では私も……」
と、イヴァンカと栞も続いて中に入っていった。どうやら地下牢では何かトラブルがあったらしい、先ほどから何か兵士達の業務連絡と思われる叫び声が聞こえてくる。
「おい、何があったんだ」
「誰だ!!」
ルーディは近くにいた兵士に後ろから声を掛けた瞬間、その兵士はルーディに剣を向けた。
「うおっ!どうしたんだ!?俺たちは面会に来ただけで……!」
「……どうやら怪しい者ではなさそうだな。失礼、だが今大変な状況になっているんだ。悪いが日を改めてくれるか?」
「一体、何があったって言うんだ?」
ルーディが尋ねると、兵士はしばし思案顔になった後、こう言った。
「拘留者が拉致されたんだ」
「なんだと!?それってまさか……!」
「拉致されたのはサイキ・ショータとかいう少年だ。まったく、何が起きているのやら……」
「ショータが拉致されただと!?」
「まさか……!」
「兄さん……」
兵士の言葉に3人は絶句する。
「知っているのか?例の面会とやらはまさか……」
「ああ、ショータの事だ」
と、ルーディは力なく呟いた。
続く……
TOPIC!!
パンジャンドラム・レプリカント試作3号機 危険度???
3番目に作られたパンジャンドラム・レプリカント
2号機の優秀な胴体設計を基にロケットを「R-4463 レディ・ロケット」から
「R-4463A コンパイラー」に変更したものである。
R-4463AはR-4463を改良したモデルであり、
出力は変わらないものの、推力を自由に変更出来るように設定したものである。
パンジャンドラム・レプリカント試作3号機に本ロケットが搭載された目的としては
『推力を変更する事で前進/停止や方向転換を自在に出来る』というパンジャンドラムらしからぬ機能を目指して搭載された。
この為、本パンジャンドラムにはロケットの推力を遠隔操作できるよう、
胴体内に爆薬の他、無線誘導装置も搭載されており、爆装量は2号機よりも劣っている。
しかしながら、胴体や車輪に大きな改造は無く、
推力変更のみで方向転換は無理があり、
僅かな操作ミスでバランスを崩し、パンジャンドラムが横転する原因となっている。
この失敗を基に、車輪部分が可動出来るよう、改造しようという動きがあったが、
予算面の問題で開発中止となった。