表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Reverse Terra 第一章『揺蕩のレジナテリス』   作者: 吉水 愁月
第一章  揺蕩のレジナテリス
8/20

7. 白亜

「あれが……王都」


遠目に見える円形の石壁を初めて見て思った。

 

 これで本当に良かったのかな――

 

 鞭で後ろ手を縛られ、暴れないように気絶させられたリアーナを、明朝にはカイルが担ぎ、

なだらかな坂を数刻下り続け、やっとここまでたどり着いた。

 抵抗を諦めたのか、肩の上で物言わぬ積荷となっている姿を見ていると、右足を貫いた時の

例えようのない痛みが、胸の奥底で心の臓を突きさす気がした。


 見るのは初めてだったけど、あれが父の言う《女性》という者で、《レディーファースト》とか

言う、よく解らない教えを破ったことになるんじゃないのか?

 そんな後ろめたい気持ちを抱えたままでは、森を出て一面に草原が広がった時も、

奥に長く続く城壁を見つけた時も素直に喜べなかった。



 王都――エリアスがそう呼んだ大きな石壁で出来た建物も向かって、更に道なりに進むと、

大きな橋が目の前に現れた。

橋の向こうに入り口が見えたが扉は無く、どうやら左右に伸びた支柱から垂れ下がる鎖で釣り下げられた橋が引き上げられ門になるのだろう。

実物を見るのは初めてだったが、多分これが《釣り橋》と言われる物のようだ。


 橋の手前まで来ると、エリアスが門下に居た兵士に何かしらの合図をする。

 前を行く二人と担がれる一人の後ろを歩きながら、周囲を見渡して門をくぐると、

広大な町並みと、沢山の行き交う人々が、視界から溢れんばかりに拡がる――



 外の世界にはやはり沢山の人が存在したのだ! と、本の中の物語が現実になったように

声が上がりそうになったが、沸き立つ鍋に水を打つように、自ら興奮を鎮めているのが解る。

 その分という訳ではないけれど、二人と一人の後ろに回り、周囲を観察しながら大きな一本道を

付いて歩くことにした。

大通りと呼ばれるらしい道の両脇には、様々なものを並べている軒が並んでいて、色んな人が

中の人に何かを手渡し、代わりに並べられた物を受け取っている。

多分あれが《お金》で、見せて貰ったことはあるが森での生活では使うことはなかった。

 丸い金属の両面に、大きな木と女性の顔が刻まれていて、いくつかの種類があったように思う。

あのような小さな物が、どうして食べ物や着る物と交換できるのかは分からないが、《商店》での

受け渡しは平和的に行われているようだ。


 布張り屋根の通りの裏には、樹木の隙間に木組みの建物が大小並んでいる。

見た感じ住居のようで、樹の傘を超えない程度の幹に渡し橋がかかっており、見上げると足場の上

にも幾つかの商店が見え、人が行き交う姿が自然と馴染んでいるようで、とても美しく見えた。


 ただ、この通りを歩いて気になったのは、通りすがる町の人々が先頭を行くエリアスを避けたかと思うと、後ろを歩く自分たちに妙な視線を向けていることだった。

エリアスが足早に先を歩いていくので小走りに付いて行かなければならず、長く観察する事は出来ないが、同じような反応を何度か見かけたので勘違いではないと思う。



 そうして騒がしい道を歩き続け、街の中央まで来ると大きな広場に出た。

先ほどの大通り?とやらのように、人が行き交うというよりは、大きな噴水の前で立ち止まって

話している人や物売りをしている人が一杯で、どこを見れば良いのか思わず目がフラフラする。


 視線を遠くに逸らすと、真っ先に目に入ったのは目の前の大きな噴水だった。

自分の背丈よりもずっと上にあったのですぐには気づかなかったが、噴水の上の台座には、

大きな像が所狭しと立ち並んでいる。


 その像の足元から綺麗な水が噴き出しており、水は小さな盆に流れ落ちて、更に盆から溢れ出した水が下の段に、更にもう一段下に、と順に盆を満たしては外縁を滴っている。

盆は少しずつ幅が広くなっているので外に零れる事はないようだが、見た限りは三段続いていて、

今は上から二段までしか水は流れ落ちていないようだ。


「これなに?」

 広場に入るなり発せられたエリアスの舌打ちに、気づかないフリをして声をかけた。

丁度像の横側から眺める形になっていたので、全体が確認出来るように正面側に回り込む。

一見した感じで分かるのは、後ろに立つ4つの像と、前に立つ少し小さな3つの像。


「セプティムヘリオス像だ」

「せ、ぷ……なに?」

「七英雄だ。どうでもいい、大したもんじゃない」


 七……英雄? あれ……けどなんだか。

 後ろの列真ん中左側の像が何となく見た事がある気がしたが、全体にひび割れて所々が崩れ落ち、容姿や表情は見て取れない。その右隣の像は大きな長い剣を掲げ、陽の光を浴びて輝いて見える。


 興味なさげながらも近くまで来たエリアスは、前列真ん中の長髪の女性らしき像を眺めていたかと思うと、溜息一つ吐いて像の裏へ向かって歩き始めた。

無言で行くぞと言われた気がしたので、後を追おうとしたが、振り向くとカイルも立ち止まって

像を見つめている。


「どうしたの?」

「何で、もな、い」



 カイルの視線を追うと、像が掲げた切っ先が光を受けて輝く。

眩しさに目を背けると噴水から伸びる一筋の影に行き当たり、指差す広場の奥、エリアスが歩いて

いるすぐ背後の床に描かれている何かしらの絵――遠目には解らないが――を見つける事が出来た。


「なんだろあれ?」

 カイルのいつも通りの返事を置き去りにして像の裏側まで走る。


 剣の影が指し示していたのは《角が生えた馬》の絵だった。

よく見ると左右に円を描くように同じ間隔で違う絵が並んでおり、先ほど真上を踏んで来た時には

全く気づかなかったが、広場と大通りの境には《羽の生えた人間》が、馬と人の間には

《二本の角の羊》が描かれている。

 カイルも注意深く、それでいて関心は無さそうに絵を順番に眺めて、そうしてから、をヨッと担ぎ直して、随分先に進んだエリアスの後ろ姿を無言で追った。


 広場から見て《馬》の方角の大通りへ進むと、細くなった一本道は急な登り坂になっている。

両側には少し大きめの白い家が立ち並び、大通りや広場に集っていた人々とは違った姿の人々が

混じり始める。

 何人かの人がエリアスと似たような、白っぽい銀色の薄い金属のような板を胸に着けていて、

重くはなさそうだが矢くらいなら弾きそうに見える。

恐らく身を守る為の物で肩や腕、足にも小さな金属板をつけて歩いていた。

 エリアスは胸当てしか着けていないが、何か理由があるのだろうか?

 そんな事を考えながら坂道の先を見上げると、小高い丘の上に周囲を山々に囲まれた大きな城が

見える。ようやく沈んでいた心が、石畳を踏みしめる足と共に軽く弾み始めた気がした。




「うわ~ 凄いね、何これ? 全部石で出来てるんだ」


 遠目に見るよりも大きな城の門を通って、城の中に入ると迫力に圧倒させられた。

 キーンと響く自分の声の中で周囲を見渡す。壁は同じ大きさの長い石を交互に綺麗に積み上げられた物のようで、街の建物に使われているものよりも白くて綺麗に見える。床は滑りそうなくらいに

ツルツルした大きな石が敷き詰められていて、まるで湖の水面を思わせる。


 見るもの全てが真新し……くはない。どことなく見たことがあるような気がするが、そんなはず

はないのできっと気のせいだろう。石造りの城内は外より少し冷えるくらいに涼しく感じられた。

「ねぇ、なんでこんなに寒いの?」

 エリアスは答えずに、カイルの背のリアーナに向かって面倒臭そうに話しかけた。


「起きてんだろ? いい加減自分で歩け」

何も言わずに言われるがまま、床に足を付け背を向けるリアーナの手元の鞭の枝をしっかり掴んで、

城の兵士?らしき二人に声をかけたエリアスは降り向きもせずに通路を右に一歩進んだ。


「俺はコイツを牢に連れて行く。お前達は先に謁見して来い。中央階段の上だ」

「え? 良いの?」

「お前何しにここに来たんだ?」


 呆れ顔で振り向くと、すぐに背けて、足を引きずって歩くリアーナを両側で腕を取って支える兵士達と共に右奥の階段を下りていった。



 エリアスの言っていた入り口から真っ直ぐ繋がる広い階段を登ると、中腹辺りの左側の壁に、

色の無い綺麗な人物が描かれた絵が掛かっている。優しげな瞳を見つめていると、まるで絵が語り

かけてくるように、何となく懐かしさを感じた。

先ほどの石像もだが、王都に入ってから城まで、色んな所でひょっこり顔を覗かせる不思議な感覚におかしなな気分になる。違和感に気づいてくれたのか、前を行くカイルが立ち止まり振り返る。


「ごめん、何でもない。 いこ」

 後ろ髪引かれる思いで2階へ上がると、立派な扉の前に出た。

カイルと二人並んで立つと、扉の両側に立つ兵士が、手に持つ先が二枝に分かれた棒を倒し、

目の前で交差させる。


「何者だ!」

「何者だ!」


「え、えーっと……エリアスって人から女王に会うように言われたんだけ……あれ? 会うように言ったのは父さんだったっけ?」

 顔を見合わせた兵士の一人が、少し待ってろと言って中に入り、少し経ってから戻ってきた。

ゆっくりと開かれた扉を前に、カイルと顔を合わせて、小さく頷いて一歩踏み出した。



 早朝の森の中のような、ピンッと張り詰めた空気と、窓から差し込む日の光が視界を覆う。

一瞬目が眩んだが、それが収まると室内の一番奥に腰をかけている髪の長い美しい女性の姿が、

まず真っ先に目に入った。隣に太い男が一人、通路の中ほどの左右に兵士が二人並んでいる。


「こちらへ」

 透き通る声に吸い寄せられるように歩き出すが、どこを見て良いのか、やり場に困りながら静かな部屋に足音だけを鳴らして進む。兵士の横を通り過ぎた辺りでカイルが膝をつき、頭を下げるのを

見て同じように繰り返して、次の動きを待った。


「おもてを上げなさい」

 意味は分からなかったが、引き寄せられるように顔を上げて、声の主を見る。

栗色の流れるような髪に、湖に映る空を思い出すような青い瞳、そして柔らかそうな笑顔、ハッと

するような姿に次の言葉を忘れた。



「……え!」

 突如立ち上がり見つめる女王の視線に気恥ずかしさを感じ、つい後ろを振り向いてしまう。

「こ、こんにちは女王様。リコです。こっちはカイル」

「ええ……知って――」

 女王は周囲を見渡して、咳払いをして再び椅子に腰かけ、カイルを見て手を差し出した。

「そちらの貴方も、表を上げなさい」


「――!」

無言で頭を上げて女王を見たカイルは、急に動きを止めた。も光の無い目が少しだけ輝いているように見える。

「どうしたの?」

「……」


 少しの静けさの後、女王が優しく口を開いた。


「ノルドランド王国、女王フローラ・ノルドランドです。本日はどのような御用でお出向きに

なられましたか?」

「父さんに会うように言われたから……それと、これを」

 懐から例の金属板を出そうとしたのをカイルが手で止めた。

目をやると小さく首を振る彼の視線が女王の横に立つ男を意識しているのが分かった。


「えーっと……女王様以外には見せるなって言われて……るんだけど――」

 そこまでいうと、その横幅の大きめな男がかぶせるように声を張り上げる。

「何と! 見せれぬと申すか! 怪しいやつ!」


「良いのです。貴方たち、しばし下がりなさい」

「で、ですが陛下……」

 女王の無言の視線に押されたのか、幅広な大男は真横を通り過ぎ――睨み付けられたが―― 

二人の兵士も後をついていくように扉の外へ出て行った。


「な、なんか……ごめんなさい」

「良いのです、さぁお見せなさい」

 もう一度懐に手を入れて、それを胸元から引き出して目の前にぶら下げた。薄い青の金属板が眼前に揺れながら窓の光を受けて辺りに散らす。カイルも同じように黒いそれを掲げた。


「やはり……それでしたか……貴方たちそれをどこで」

「僕達の父さん?」

 あれ? カイルもだっけ……? はっきりそう聞いたかどうか覚えていない。

「そうですか……あの方が貴方にそれを……それでお父様は今どこに?」

「さぁ? カイルのお父さんに会いに行ったって話だったと……思う……よね?」

 そう言いながらカイルの反応をうかがうと、大男は小さく頷いた。


 女王はどうやら父さんの事を知っているらしい。行き先を聞きたかったが、居場所を尋ねたという事は知らないのだろう。とりあえず目的は果たしたので鍵を懐にしまい直した。

「そうですか……」

 僅かに表情が曇ったような気がしたが、風に揺れる水面が収まるように、すぐその静けさを取り

戻した。

「……よく来てくれましたね。ところでリコ、貴方は――」


「姉上! これは何事ですか!」

 バァンと、女王の語尾をかき消すように開け放たれた扉の音とエリアスの声が四方に跳ね返る。

荒い靴音がせわしなく近づいて来ると同時に大きくなっていく。


「警護の兵まで引かせるとは、無防備にも程があるでしょう!」


 膝を付く二人の間を通り過ぎて前に出ようとするエリアスを、女王が右手を出し静止した。

「良いのです。彼らに悪意が無い事くらい、貴方にも解っているでしょう」


「それは……しかし、いくらなんでも無用心すぎます! 少しは自覚を――」

「危険があるかないかくらい、私にも解ります」

 表情を消して、それでいて少し言葉に力を含めたような女王の言葉に、奥歯を噛み潰すように

エリアスが勢いよく膝をついた。


「……報告します。 レインフォールに現れたのは火を噴く翼獣でした」

「翼獣……どういうものですかそれは」

「それは……この二人と共に処理しました。その後現れた不審人物を捕らえました。その者が翼獣を使役して森を焼いていたようです」


 先ほどのエリアスの呼び方から考えると二人は姉弟ということになる。それにしては話し方が変によそよそしいのは気のせいだろうか。自分には良くわからない謎の緊張感が場を包む静けさの中で、

女王がゆっくりと口を開いた。

「それで……不審人物というのは?」

「牢に入れてあります。本人の言葉を信じるなら……帝国の第三皇女です」


「なんですって!」

 弾けるように再び立ち上がった女王は、何かを考えるかのように細い指先で柔らかそうな唇を

撫でながら、膝をついてから一度も顔を上げないエリアスを見つめる。

「このことは他の者には……」


 そんなフローラの瞳を初めて、エリアスははっきりと力強く見返した。

「まだ我々しか知りません」

 話しを聞く限り二人は家族のようだが、姉弟にしては変な空気に包まれていて、居たたまれない

気持ちにさせられる。余り仲が良くないのかもしれない。


「分かりました……この件は内密にお願いします。リコとカイルもお願いしますね」

 答えようと口を開こうとしたその瞬間、真横の少し上のほうから、エリアスの声がうるさいくらいに頭に響いた。


「お待ち下さい!! 帝国兵がレインフォールに侵入して森を焼いているのです! 明らかな協定

違反でしょう! 正式に抗議すべきでは!?」


「それは……慎重に考えなくてはなりません。ひとまずイサーク侯に橋渡しをお願いして帝国側の

事情を――」

「何を! 奴こそが帝国との国境を押さえて不審な行動を起こしている張本人でしょう!」

「エリアス! 同じ国の臣民を、仲間を疑うようなことは許しません!」


 口早に言い争う二人を見ていると不思議で仕方がなかったが、それ以上に隣で膝をついたまま一点を見つめている――と、いうより女王を凝視しているカイルに対しての興味の方がわずかに勝った。

 これは……自分が何かを言うべきだろうか?


「お話にならない! 失礼します!」

「エリアス!」

 足早に部屋を出て行くエリアスの後ろ姿を見ると、行き場のない彼の怒りが見えた。

 迷っている間に機会を逃してしまい、行方を失った視線が、うつむく女王に戻る。

 

「ごめんなさい……みっともない所を見せてしまって」


 立ち上がって、背を向けて一歩、二歩とゆっくり歩き出す女王の長い髪に向かって、いつもの表情に戻ったカイルが、何かを含んだように初めて口を開いた。

「構わ、ない、が……彼の、言葉、は、正し、い」

 目の奥に僅かに見え隠れする暗い物を、瞬きで隠しながら、続けた。

「失う、時は、一瞬、だ」


 闇に落ちる滝の奥底を覗くように怖くなって、カイルから視線を逃がす。

 振り向いた女王は作ったように優しく微笑んだ。

「……部屋を用意させますから泊まって行って下さいね」

 そう言うと、一度長く目をつむってから、衛兵を呼び入れた。


 人と話したり、関わるのは楽しかったり嬉しかったりする反面、しんどいことも多いのだと思いながらも、笑顔で気づかってくれる女王が何となく気になって仕方なかった。


 何も考えずにすごしてきた日々が、少しだけ懐かしく思えた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ