明日
私はあの日に戻った。
なぜ?
いや、予想できたはずだ。
私が死んで中央から来たシスターが祈りの言葉を元に戻したか、変更した祈りの言葉が継承されなくなった。
ただそれだけのことだ。
寿命で死んでもダメなのか・・・
私はしばらく暗い部屋の中で天井を眺めながら考える。
よく考えればこれはチャンスかもしれない。
もしかしたら、あの人と共に生き、永遠に眠りにつく事が出来る。
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一ヶ月後、私は王都の神殿を預かるアトラル大司教を訪ねた。
「これは・・・」
大司教は驚愕しながらも私が用意した資料を見ている。
今世では初めてだが彼には総大司教の息子に報復した際に何度も顔を合わせており信頼できる人物である事は知っている。
資料には総大司教が行った寄付金の着服、人身売買などの概要が記載されている。
「アトラル大司教、わたくしとの取り引きに応じていただけるなら詳細な資料や証拠物件もおつけすることが出来ますわ」
大司教の澄んだ瞳が私を見据える。
「条件をお伺いしましょう」
私はその問いに笑顔で答えた。
私は大司教と共に国王陛下との交渉に臨む。
「アトラル大司教よ、内密の話があるとのことであったが、なにゆえコージット侯爵の娘が同席しておるのか?」
もっともな疑問だ。
それは話があるのはアトラル大司教ではなく私だからだよ。
伊達に百年以上生きてはいない、この交渉は必ず成功させる。
私は微笑みながら国王陛下を見つめ口を開いた。
交渉は概ね成功だ。
二ヶ月が経ち国王陛下は私との取り引き通りに事を進めてくれた。
私は一つ事が進むたびに対価の情報を国王陛下に届けている。
常識的に考えてこれだけの情報を私一人で集めたとは国王陛下も思っていないだろう。
しかも、自分の家と敵対するような情報も含まれている。
当然外部に協力者がいると考えているはずだ。
だがそんな者はいない。
私とアトラル大司教の周囲を探らせたところでなにも出てくるわけが無い。
何せいくつかの証拠以外は昔の記憶を思い出しながら書いただけだから、実際には私が行ったことが無い場所の情報が含まれている。
王家の情報網ですら分からない謎の組織とでも思っていることだろう。
さあ、後は最大の難関をクリアすれば私の望みは叶う。
私は淑女の武装をして学園に向かう。
すれ違う者たちは殿下との婚約を解消された私に奇異の目を向けてくる。
今の国内は色々な噂話であふれている。
しかし、学園内では殿下を初めとする噂の対象が休学又は退学しており、現在は私しか学園に通ってはいない。
そのせいで噂好きの学生たちは勝手なことを囁いている。
「コージット公爵とご子息が事故で身罷ったばかりですのに」
関係ない、葬儀は済んでいるし遠縁から養子にとった男児が成人するまでは母が一時的に爵位を継承している。
「トロイアス殿下に婚約破棄されたのに、よく学園に顔を出せるわね。修道院にでも行かれればよろしいのに」
殿下に破棄されたのでは無くて、殿下の不義で私が破棄させたのよ。
「王都のアトラル大司教様とずいぶんと親密なご関係なんですって」
大司教では無い、今の彼は世界のすべての神殿を統べる総大司教だよ。
それに経典の祈りの言葉を変更する初令の発布は行ってもらったので、もう会うことも無いだろう。
私はこそこそと話す連中を無視して彼の元へと急いだ。
「始めてお目にかかります。わたくしコージット侯爵が長女、ユリアと申します」
私は微笑みながら練習通りの完璧な淑女の礼をとった。
「私はクリストバル・メルセスです」
よし、ここからが勝負よ、頑張れ私
「もしよろしければお茶をごいっちょ・・・」
かんだ・・・
なんでよ、何回も練習したのに!
いいえ、嘆いている場合では無いわ。
「もしよろしければお茶をご一緒しませんか」
言えた。今度はかまなかったし練習通りだ!
「ええ、是非ご一緒させてください。しかし、ユリア嬢は神秘的な才女と聞いていたのですが、とても可愛らしい方だったのですね」
クリストバル様は笑いをこらえながら私に微笑んだ。
笑われた・・・でも良いわ、お茶のお誘いには応じて貰えたのだし、か、可愛いって言ってもらえたもの。
私はクリストバル様と一緒に事前に準備しておいた部屋へと向かう。
部屋には侍女を二人配置し、お茶の準備をさせている。
この二人は私が厳選に厳選を重ねた。
重要な点はただ一つ、私と同様に見目がそこそこの女性
だって私より可愛かったら・・・
取り敢えず今はそのことはおいておこう。
準備した部屋に到着した私たちはテラス側に用意された椅子に腰をかけた。
対面に座ったのだから当然私の前にはクリストバル様がいる。
心臓は早鐘を打ち顔が熱い。
落ち着けといくら心の中で唱えても私の体は一向にいうことを聞いてくれない。
ところで、私は死の恐怖すら克服しているというのに、彼の前ではなぜこんなに動揺してしまうのだろうか。
今口を開いたら先ほどみたいに噛む自信がある。
私は無言のまま国王陛下からの手紙を差し出した。
クリストバル様は笑いをこらえながら国王陛下からの手紙を読んでいる。
おい国王陛下、おまえ一体なにを書いた。
トロイアス殿下との婚約破棄について私に非が一切無いことを書いてくれとお願いしたはずである。
それのどこに笑いの要素があるのだ。
きっといらぬ事を書いたに違いない。
後でおまえの秘密を王妃様に告げ口してやる。
しばらくして手紙を読み終えたクリストバル様がその青い瞳で私を見つめる。
ああこの瞳、その内面を映し出すような澄んだ青、優しさを湛える輝く宝石、あなたがほしい、たとえ世界を敵にしてもただ一人あなたと共に歩みたい・・・
そこまで考えたところで私は周囲の異常に気がついた。
侍女やクリストバル様の護衛が驚愕の視線を私に向けている。
「女性にそこまで熱烈に求められたのは初めてですね」
私の想いは口から勝手にあふれ出ていたようだ。
これでは私が求婚しているようでは無いか。
まあ最終的にはそのつもりだったけれど、ものには順序というものがある。
王位継承権は低いとはいっても、相手は隣国の第三王子なのだ。
今日は私を婚約者候補として売り込むことが目的だったが、今やその計画は崩壊している。
「クリストバル様、わたくしを婚約者候補にお加えください」
方針変更直球勝負だ。
私はクリストバル様を見つめて返事を待つ。
「分かりました。国元とも相談をせねばならないので即答はできませんが、私個人としては貴女とお話をしたいと思っておりました」
その後、クリストバル様とどんなことをお話ししたのかを語ることは出来ない。
何せ私自身がなにを話したのかを覚えていないのだから。
侍女は大変良い雰囲気であったと言っていたが、私がその後に話した内容については聞いたら恥ずかしくてもだえ死にそうな気がしたので聞かないでおいた。
あれからクリストバル様とは色々な席でご一緒する機会に恵まれ、かなり良い雰囲気だ。
未だ正式な回答はいただけていないが、今日もお茶の約束をしている。
「ごきげんよう、ユリア嬢」
「ごきげんよう、クリストバル様」
柔らかな日差しの中、私たちはたわいも無い話をしてお互いに微笑む。
なんて楽しい時間でしょうか、このまま時が止まってしまえば良いのに。
ん!
まて、今の無しです。
祈れば世界がつづくくらいだから、みんなが止まってと願えば止まってしまうかもしれない。
いや大丈夫か、時の女神様も今のが楽しい時間が永遠に続いてほしいと言う意味だと分かってくれるでしょう。
でも万が一って事も・・・
「ユリア嬢、貴女の色々なお顔が見られて嬉しいのですが、そろそろ戻ってきてはいただけませんか」
しまった、考え込んでいる間に百面相をしていたようだ。
私はうなだれるて謝罪の言葉を述べる。
「申し訳ございません」
あまり考えすぎてもダメね。
私は気持ちを切り替えて前を向きクリストバル様を見る。
「ユリア嬢」
クリストバル様は急に真剣なお顔で私の名前を呼んだ。
これは、今から何か重要なお話があるのだろう。
私は雰囲気の変化を感じ取り気を引き締めてクリストバル様を見つめ返す。
「ユリア嬢、すべてを知る神秘の才女、時の女神と同じ美しい銀の髪、すべてを見通す神秘の瞳、その瞳で私だけを見てほしい。どうか私と結婚してはいただけませんか」
私は驚きと嬉しさで気持ちが一杯になり、口を半開きにしたまま固まってしまった。
彼は真剣な表情のまま私を見つめている。
答えなど決まっているというのに私は何をしているのだ。
動け動け動け!
私は身を乗り出して彼の両手をつかむ。
「よろしくお願いいたします。旦那様!」
彼は少し驚いた後に優しく私に微笑んだ。
「ありがとう、王位の継承の可能性も無い退屈な第三王子だと思っていましたが、貴女と共にあればとても楽しそうです。私は祖国で空位になった領地を拝領する予定ですので一旦国に帰って準備を整えてからお迎えに上がるべきとは思いますが、其方にも色々ご事情があるようですし、よろしければこのまま我が国に一緒に来てはいただけませんか?」
ん?こちらの事情とは一体何だ?
もしかしてあの時の国王陛下の手紙に何か書いてあったのだろうか?
だがこれは願ってもないことだ。
私の私物は少ないし、国王陛下から情報料をせしめたので持参金には不自由していない。
必要な物は全部現地でそろえれば良い。
「はい、よろしくお願いします」




