想い
馬鹿は死んでも治らないと言うが事実らしい。
今回も相変わらずあの女と殿下が馬鹿みたいに中庭で談笑している。
まあ、彼らは死んだ訳では無く世界が巻き戻っただけだが。
「またあの男爵令嬢ごときがトロイアス殿下につきまとっていますわ。ユリア様よいのですか」
「あら、そちらにどなたかいらっしゃるのかしら?」
そんなことはどうでも良い。
私は歩みを止めること無く目的地に急ぐ。
今日も恐らく食堂にいらっしゃるはずだ。
私は食堂の隅でお茶を飲む。
視線の先にはご友人たちと談笑しているクリストバル様の後ろ姿が見える。
この視線を彼に気づかれてはいけない。
ただ食堂全体を見ている風に装いながら彼の朽葉色の髪を見つめる。
彼の笑っているお顔が見たいけれどそれは出来ない。
あの青い瞳を見てしまったら、きっと私は涙を抑えきれない。
お茶を飲み終えると私はいつもの場所へと向かった。
「ユリバル・・・」
私は学園の片隅にある石を積んだだけのお墓に祈りを捧げる。
あれから時が巻き戻るたびに息子のお墓を作った。
時が巻き戻ったことでユリバルは消えてしまった。
息子の事は私以外に誰も覚えていない。
でも、確かにあの子はあの日まで確かにこの世界に生きていた。
それだけは否定されたくない。
「よほど貴女にとって大切な方だったのですね?」
突然後ろから声をかけられて驚くと同時に動揺した。
私はこの声を知っている。
いや忘れたことなど一度も無い。
私は気持ちを抑えて前を向いたまま彼に答える。
「幸せな時間でした」
もう遠い昔の話ではあるけれど、あの時の想いは色あせずにこの胸の中にある。
「私もお祈りさせてもらってもよろしいですか?」
その問いに私は静かに頷く。
クリストバル様はユリバルの事を覚えていないはずだが、それでもあの子のために彼が祈ってくれることがうれしかった。
滝のような涙を流す私の隣で彼はお墓に手を合わせている。
「貴女が食堂で私を見ていたのには気づいていました。この方は私と似ていたのですか」
どうやら食堂での私の視線に気づいていたようだ。
彼が今世では面識の無いはずの私に話しかけてきたのはその理由を確かめるため。
「はっい、とでも・・・」
貴方と同じ朽葉色の髪に青い瞳、私にはちっとも似てくれなくてよく愚痴をこぼしたものです。
しばらくして彼はハンカチを私に渡して去って行った。
「良かったねユリバル、お父様が来てくださったのよ」
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もうじき時が巻き戻る。
彼らと争うのは嫌だったので卒業パーティーをすっぽかして森の中を歩いている。
さすがに山狩りしてまで追っては来るまい。
少し開けた場所に出た私は草の上に寝転がる。
来世は市井に降りて暮らそう。
これ以上旦那様の近くにいると失うと分かっていても手に入れたくなる。
そして彼との間に子供が出来る。
そしてユリバルと同じように失う。
それにはとても耐えられそうに無い。
私は暖かな日差しの中でゆっくりと瞳を閉じた。