選ばれし勇者(バカ)と巻き込まれた勇者(バカ)9
気がついたら日が傾き始めて周囲の景色が朱へと変わっていた。目の前で崩壊してしまった城を呆けた状態で眺めていたら自然と時間が過ぎてしまっていた。
あの城の中、僕はあの女騎士との戦いにまた敗れてから死の淵に沈み、そしてまた甦った。あのゲンさんとかいう(言っていない)謎の存在にまた蘇生してもらったのだ。
うろ覚えだけど名言で確か『人は何度でも死ぬけど勇者は一度しか死なない』みたいな言葉があったっけな。……あれ? うろ覚えのせいで言葉を間違えているのか、勇者の勇ましさを表す名言のはずなのに、勇者よりも普通の人のほうが強い感がある言葉になってしまっているな。……ま、いいっか。
えーと、つまり何を言いたいのかというと、その説で考えると一日で二度も死ぬ羽目になった僕はやはり勇者ではない、と証明されたことになったわけで、同時に勇者の孫である雨崎君が正統後継者というである判明されることにもなる。
だが二度目の蘇生だったせいなのか、傷は治っても体力は限界で体はガタつき、魔力もほとんど残っていない状態で目覚めた。
それに立ちふさがるのはまたも女騎士。目覚めたばかりの僕に対して容赦なく斬りかかってくる。体力の限界で動けない僕。三度目の死を迎えるのか、そう覚悟すると横槍が飛んできた。文字通りに横から槍が飛んできたのだ。
投擲したのは女盗賊が殺した、と言っていたはずの人物、瀕死状態のコールさんだった。その後、コールさんは女騎士を抑えつけて危機を脱出。
コールさんは僕に近づくと、何らかの魔法の呪文を唱えて、僕が居た場所は城の中から城の外の平原へと場所に移り変わっていた。コールさんの移動魔法かなにかで逃してくれたようだ。
そのことに安心してほっと息を吐いたけど、すぐに城の中の忘れ物を思い出す。ホームレスちゃんと雨崎君、そして僕を救ってくれたコールさんの三人だ。彼らの姿はなく、城の中にまだ居ると悟った。
が、数分すると僕と同じく転移された気を失った状態のホームレスちゃん。そして時間差がつけて、ズタボロの血がついた衣服となった、だけど外傷らしきものは見つからず歯だけがなぜか欠けた状態の雨崎君も現れた。
まるで三人がここに現れたことを待っていたかのように城は崩れていく。中にいたときそれなりに綺麗だったから気づかなかったけど、城は古城というに相応しいほど古く荒れて、瓦解している城だった。そんな中で散々と暴れまわったせいもあり、壊れるのも当然。
高さ三〇メートル近くあった城はボロボロと沈むように果てていく。その光景はまるで顔を歪めて酷い顔で大泣きするかのような、悲惨な崩壊の仕方で僕と雨崎は全壊していく城の姿、瞬きもせず目に焼き付けていた。
そして、僕らの逃してくれたコールさんはついぞ城の崩壊後も僕らの元へと現れなかった。
「…………行こうぜ」
そう、雨崎君が小さく呟いた。僕も「うん」とだけ頷いて立ち上がる。
呆けていた間に少しだけ体力は回復したが、それも微々たるものだったけど無理矢理動くには十分我慢できる範囲だった。雨崎君は眠ったままのホームレスちゃん背負う。
ロリコンである彼が彼女を背負うということは大変不安を覚えたが、だが体力的に僕は背負うほどの体力はなかった。まぁ、ここは日本ではないので法律も警察も存在しないだろう。友人がその道に進む時に止めるための処置が存在しない以上、僕ができることはない。残念ながらホームレスちゃんは女の子として大切なものを失うかもしれないが、ここが日本でない以上止められる術はないんだ!……いや、普通にあるか。
「……なぁ、夜名津。これからどうする?」
「とりあえずどこか休める場所を見つけるしかないと思うよ。ホームレスちゃんもだけど、僕らも相当ヤバイ。この先は森の中っぽいけど、人道としてちゃんとしているみたいだし日は傾いているけど……まぁなんとなるんじゃあない?」
「……お前のこういうときだけ淡々と意見出して前向きに考えられるのはいつもスゲーと思うよ」
「言うほどは何も考えてないな。基本的に適当なこと並べているだけ」
「わーってるよ! ただの皮肉だ。自分から上げて落とすなよ」
呆れた顔をしながらツッコミを入れ、おぶっている彼女の位置を持ち上げてから一度整える。そのまま息を大きく吐き、歩みを進める。
正直、ろくな装備もなし、体力もほとんど無い状態しかも一人は眠ったままの状態で、このまま森の中で一夜明けることになることは、それはそれで大変非常に危険であり、自殺行為でしかないのだが、けれど立ち止まっていても何かが好転するわけでもない。他にアイディアもなく、なし崩し的に僕の方針に定まることになった。
考えているようで何も考えていない、考えてないようで何かは考えているのが僕のスタイル……言葉の癖みたいなもので、時々的を射ていることがあったりする。……そのせいでよく周りから迷惑がられている。
何でもいいから意見を出してくれて言うから、適当なやつ出すのにどういうわけか「適当なことばっか言ってんじゃあねぇ!」とキレられることがしばしば。
なら、最初から僕に聞かないでくれと言いたい。
人間ができている雨崎君はそのような連中とは違っており、文句も言わずに僕に合わせてくれる。
「でも、こういう時でも冷静になって即座に方針決めてくれんのは正直助かる」
「ときどき自分がいやになるわ」
「そう言うなって。お前はそういう性格だからクラスとかに上手く馴染めないのは仕方ないと思うけど………あ、もしかして今のなんかネタか?」
「うん」
頷くと、雨崎君は目を瞑った。まるで馬鹿なやつを相手している時に頭抱えているような姿だった。
おかしい、ちゃんと千羽矢ルートはちゃんとみせたはずなのに。
怪物化した千羽矢を追い掛けようとする主人公に対して、その場に居合わせて主人公以上に困惑しているはずの冴花が、いざという時のための対処の手段を冷静に下しては、主人公がそのことに礼を言うと、自虐する時に吐く台詞だ。冴花ルート以外でみせる自虐する重要なシーンだ。
そのシーンが存在したからこそ、冴花が自虐すると主人公とは結ばれない道へ自ら選ぶ、バッドエンドになるというと暗示されていると冴花ルートのことも考えれば、彼女の強さと弱さが解る重要シーンなのに。……あ、冴花ルートはまだ見せたことはなかったか。
やはりここは「パワポケのシアン曰く最強の能力は『正しい判断ができる』能力らしいからね」と流す程度で返しておけば良かったか。
少しの間、互いに黙って前を歩く。
夕日で朱くなった木々や草花が風に撫でる程度に揺れる。
やがて、もう一度彼が言ったこと同じで、全く違う意味のことを僕は訊ねる。
「これからどうするつもりだい?」
「…………」
いや違うか。彼が僕に訊いてきたことも本当は同じことで、僕はそれを意図的にわざと逸した。そして、言い方を変えて彼の一存の意見に訊き返したのだ。彼としては『僕と二人でこれから何をやろう』の考えであっても、僕は『彼がこれから何をやるのか』の言い回しに。
卑怯なやり方だった。人として最低なことだった。友人として恥じる行為だった。
だけどそれ以上に僕の中にある、それを、何よりも優先的に護りたい、それがあるが故に僕はこの言い回しは訂正しないし、反省もしない。
沈黙。雨崎君は伸び切った自分の影を追うように視線を前へと向けたままだった。僕の言い回しに気づいて考えているのか、それとも気づかずに考えているのかは理解らない。
僕は待った。彼の言葉を。彼の答えを。
「…………夜名津……俺さ、キルを護るよ」
「そう」
「転生主人公だか救世主だか、なんたら亮介だか誰だか知らねえけど、何をやったのかわかんねえけど、キルの味方でいることにした」
「それは戦うってこと? 転生主人公と」
「ああ」
「……女騎士には僕は一方的に弄ばれた。二度死んで生き返ったくらいだ。力の差は歴然だし、しかもハーレムだからそんな相手が何人も存在すると考えた方がいい。あとここじゃあ災厄の魔獣とかを倒したから英雄扱い、世界の殆どの人間が彼の味方にすることがあっても敵になる人間はまずいない。戦力的にみて勝ち筋は絶望的だよ。それでもかい?」
「わかってる……けど、コールさんに託されたんだ。キルのことを頼むって、護ってやってくれって! それに夜名津、お前だって見ただろ? コイツの泣いている顔を、思い悩んで苦しんだ顔を、そんなやつをほっとくなんてことは俺にはできない」
「…………この間、阿尾松君がufoキャッチャーで見事爆散してもう小遣いがない、って嘆いていたけど君無視したよね?」
「それとこれとは話が別だろうが」
「名前忘れたけどクラスの人が先輩のタバコか何か問題を起こしたことを告発して、それでぶっ千切れた先輩が教室まで報復に来た時見てみぬふりしたよね?」
「………………」
物凄く苦虫を噛み砕いたような嫌な顔して僕は睨んでくる。仕方なく僕は黙って揚げ足取りをやめることにする。
口は災いのもとで、死人に口無し。どちらにせよ、末路は最悪を辿ってしまう板挟み言葉の完成だ。まるで僕の人生そのものだ。
嫌われることの多い僕だけど、流石に数少ない友人にまで嫌われることはあまり、良し、としない。
「異世界の風に当てられるよ。少し考え直したほうがいいよ」
揚げ足取りせずにそれだけ言い僕は黙る。彼は悩んだ難しい顔してもう一度考え直す。クールダウンしろというのに、先に考えてしまうのは人間だよな、と心の中で思いながら静かに道を歩んでいく。
「お前は強いな、夜名津。…………俺は弱いよ」
彼はそう呟いた。彼の頬に熱いものが零れるのを僕は気づかないふりをしながら、何を考えて出てきた言葉なのか、僕は彼の言葉を否定する。
「僕も弱いよ」
僕は強くはなかった、弱いのは僕だって同じことだった。いや、僕は君以上に弱い自信がある。戦うことも逃げることも話し合うことも、全て失敗に終わったんだ。僕は今日何一つとしてやり遂げることは出来なかったんだ……。
だから、多くの人間を犠牲にさせてしまった。
だから、一人の少女の心をえぐることになってしまった。
だから、一人の男性に助けてもらうことになった。
これが弱さと言わずしてなんという。世界の人を救けるために召喚されたというのに、僕たちは逆に救けられることになって、誰かを犠牲にしておいて生き延びたんだ。
僕らは弱かった。
「強くなりてぇ…………強く、強く!」
悔しみながら戒めるように己を呪うように、そして心から決意するように。
「今度はキルを護れるくらいに、コールさんを助けられるくらいに強く、……強くなりてぇー」
彼は言う。強くなりたい、と。
「難しいよ、それ」
「ああ……でも、強くなりたいんだ」
涙をこぼしながらも彼は言い続ける。強くなりたい、と。
中学の頃、サッカー部にいた頃に集団合宿に参加したことがあった。
合宿中に指導してくれるコーチから「負けた時に涙を流すな。負けた悔しさを一緒に流れるから絶対に流すな! 堪えてそれを血肉にしろ、力に変えろ!」と別れ際にアドバイスのようなもの頂いたことがあったけど、当時、田舎の学校ために基本的にどこかの部活に所属を余儀なくされ、入りたくはなかったが部活は体育会系しかなく、それで仕方無しにサイコロ鉛筆を転がす程度決めて、入部した僕としては負けたことは大して悔しくもなく、勝利しても楽しいとは思えなかったけど。それでも僕の身からしたら、その言葉は一切の共感は出来なかった。
涙を流すのは傷を負うからだ。傷を負うのは心に刻んだからだ。だからそれだけで充分、力へと変わっている。少なくとも僕はそう信じていて、今でもそう思い続けている。
そう、刻みつつも失敗することのほうが多いが……。
彼の場合はどっちだろうか。涙をともに流して忘れるのか、それとも刻んで思い続けるのか。その涙の真意は今の僕には理解らない。でも決意はあるのは事実だろう。
「………そうかい。頑張りなよ、選ばれし勇者の孫よ」
「ああ、夜名津悪いな」
からかい半分で話を終わらせようとしたのに、なぜか謝られた。ん、なんだろうそれは。僕にも戦うことに参加しろという意味なのだろうか。
そんなことを考えていたけど、違っていたようだ。
「お前は巻き込まれた形になってしまって……」
「ん? ああ、そういうこと。別に巻き込まれるのは僕としては日常的なものだし。ほら、僕は昔友達が誘拐されたことがあって、それに僕も巻き込まれたことがあってからそれ以来色々と結構巻き込まれやすいというか、状況に流されやすい体質っぽくなったって話しただろ?」
「…………いやその話は今初めて聴いた。え、お前誘拐されたって………もしかして、あの大事になった誘拐事件か!?」
「うん。そうだよ」
どうやら雨崎君は知らなかったようだ。あれ、話してなかったっけ? ……話してないな。有名というか、結構大きな事件だったから周辺の地域まで広く知れ渡っているし、高校でもどうやってリークしてきたか分からないけど、全く知らない人から事件について話を聞かれることもあったから、高校の中でも大半知っている人が多かったから、てっきり知っているものばかりだと思って話してない……。当事者からすれば変に広める話題でもなかったし。
僕という人間が、人格が、性格が、性質が、完結した呪われた日。
そして、彼と彼女の悪夢の日なのだから。
「悪りぃ……って謝っていいのかどうかわかんないけど、全然知らなかった」
難しい顔をして謝ってくる雨崎君。特に謝られる理由も怒る理由もなかったから肩をすくめるように返す。
「別に。あ、そうだ」
話を変にこじれさせるのも嫌だったのでわざと何か思いついた調子で声を上げて話題を変える。これからのことだ。僕のことだ。
「雨崎君、最初に断っておくけど僕は僕のやりたいようにするよ。いや、たぶん特に目的とかないから基本的に君と行動することになるけど、でも僕が決めたことは自分の方針でやらせてもらう。もちろん君の邪魔にならない範囲でね」
集団行動は苦手だけど、少数精鋭ならギリで我慢できる僕だ。我慢できなくなったら即一人なれる環境が欲しいと思っての自分なりの譲渡だった。それについては、雨崎君は特に強く言えないようで、
「ああ、わかった。それでいい。お前はお前の判断でやってくれ」
OKを貰った。先ほども言っていたように「巻き込まれた」と、僕がここにいるということに彼は相当引きずっているらしい。そんなことを気にしなくていいのにと思いつつも、自由してもらった身としてはそうも言えない。
どんどん森の奥へと進むとともに、連れ沈んでいく夕日が照らしてくれなくなり、暗くなっていく。
森は暗夜の森へと変わっていく。
これは一つの世界を救う物語だ。
これは最強の敵と戦う物語だ。
だけど、ここに勇者はたぶんいない。いるのはただの愚直な馬鹿共だけだ。
たった一人の少女を護るために奮闘する馬鹿がいて、
自分のことしか考えきれない自己破綻の馬鹿がいる、
そんな馬鹿共が描く愚作の物語だ。
最強の能力はなく。最強の武器もなく。最強の仲間もいない。あるのは敗北を刻まれたという今日という忘れられない日の思い。
どこまでも滑稽で、どこまでも情けなく、どこまでも失敗だらけで、どこまでも不格好で、どこまでも無様に、どこまでも夢見がちで、どこまでどこまでも馬鹿馬鹿しいことが綴られていくだろう。
そんな勇者ども物語だ。
愚者である僕には、今はそうとしか言えなかった。
次章、『夢見る戦士と受け継ぐ勇者』