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選ばれし勇者(バカ)と巻き込まれた勇者(バカ)8

 天井が崩れ落ちて夜名津と分かれる形になった俺はひとまず夜名津の言葉を信じてキルの元へと駆ける。あいつのことだから大抵のことは何があろうとそう簡単に死ぬタマじゃないことはここ数ヶ月の付き合いで十分知っているし、実際に今日死にかけていたはずなのに目を離している間にピンピンしていた。


 あいつは大丈夫だ。むしろ心配なのは俺の方だ。


 チュートリアルをクリアした、魔力操作ができるようになった、と状況が状況なだけに詳しく話は訊けなかったけど明らかに漫画とかの主人公みたく強くなっているし、こっちの世界のルールみたいなのを理解している。


 それに比べて俺は勇者の孫だというのに全くそれらしき力は目覚めてない。もし敵なんかに出会(でくわ)した時に、対抗する術といえるほどに喧嘩馴れとかしてねぇし、腰にかけている短剣だってちゃんと扱って戦える自信なんてねぇ。夜名津みたく堂々としている自信もない。


 その、もしものことを考えると不安で圧し潰されそうだ。


 苦虫を噛み砕いたような気持ちになりながらも、すぐそこにはボロボロになって倒れた一人の少女がいた。自身の弱さに嘆き、自暴自棄なまでに無様な姿を晒してでもそれでも健気にも戦い続けた少女が。


 チッと心の中で強く舌打ちをする。


 関係ない、不安なんか今は知るか。目の前に傷ついて泣いた女の子を助けるのが、今の俺がやることだろう。


 クソ、いざとなったら目覚めろ俺の勇者の血として何か!


 そう決意を決めると同時にうつ伏せに倒れたキルのところについて、手を伸ばして呼びかける。


「おい大丈夫か!? キル……キルレアル!!おい!」


 体を揺すって近くで呼びかけてもキルは返答はない。顔は横であるけどうつ伏せの体制じゃあ辛いと判断して体を抱き寄せるように持ち上げ、少し乱暴に揺すってみるけど、キルは目を覚まさない。


 息はちゃんとしているのかと思い、口元に手を寄せて呼吸を確認するけど衰弱しているせいなのか、呼吸が酷く小さくしているようにも、していないようにもどちらとも取れる。


 心臓もちゃんと機能しているのかどうか確かめようと、一旦腕の中からキルを下ろして壊れかかった胴体プレートを無理矢理外す。そして、胸に耳を当てる。


 ハッ、ある(・・)……!


 ……いや、これは心臓の高鳴りがちゃんとあるという意味であって、決して切羽詰まった状況であり、気が動転して彼女の状態を心配して紳士的な誠意からの純粋な気持ちであり、一切の下心は存在しなかったけど、耳を当てた際の感触に柔らかさと暖かさ、そして確かな膨らみが! 申し訳程度のようでいて、実際問題今の肉体と年齢から考えてみるとまさに果実が実った時には、良い(・・)感じのまさに黄金比率の法則の可能性……将来に期待ができる! などといった下世話ないやらしいことに気づいたことに対するある(・・)では決してない。


 そんなことは心臓音を確認した後、全身をなめま……よく見ることで普通に気づいた。よくある着痩せで解らない、というよりも純粋に胸元のプレートが邪魔だったから分からなかったに近いものだ。それに巨乳ではなく、程よく張りと弾力があり、大きすぎに小さすぎに美しく形を留めながら成長とともに、よく実らせていく黄金果樹のよう。つまりは、


『キルレアル・ホームレス・ロード美乳説』!!


 うん。………うん!


 ……しばらくの間は耳に伝わった暖かい感触が忘れられそうにない。


 ロリコンロリコン、と夜名津や阿尾松(あおまつ)から散々呼ばれる俺ではあるが決してロリコンではないのだ!それについては事実無根のガセだ。


 俺はただ、少女が女性へと成長していく神秘的な現象が好きという、所謂いつも隣にいてくれる同年代の幼馴染が好きなんだけど、現実じゃあ可愛い幼馴染がいないから、夜名津の妹や阿尾松の親戚の子みたいな子から「お兄ちゃん」と言って懐いてくれるような可愛い年下の子の成長を近くから暖かく見守って、時には見えないところで支え、手助けをしたいという気持ちが強いだけだ!


 だから決してロリコンではない!! 青い果実からちゃんと成熟したものになるまでの過程を親しむタイプのいわば父性的な何かが強いだけ。で、それが時々、我慢ができなくなって摘み食いするように手が伸びそうになるだけ。


 あと、「お兄ちゃん!」と甘えられることに弱いだけだ!


 と、俺の性癖(こと)は隣に置いといて。


 今は急を要する状況だ。


 キルはひとまず生きている。心臓も動いているから、手で抑えた時によくわからなかった息も辛うじてしているんだろう。素人目じゃあこれくらいしか判断がつかない。


 それに何度揺すっても目覚めないのは気になるし、城の崩壊も、音が心なしか大きくなってきている気がする。なんにしろ、このままにはしておけねえ。早くここから脱出して、医者のところにでも連れて行かねえと!


 目覚めないキルを上体だけを起こして、上手く俺の体にしがみつかせるように背中に抱きつかせる。お? お、おおおおおおぉぉぉぉぉぉ!!!


 ………うむ、なるほどなるほど。……うん!


 今のは予想以上に軽かったというか、ちゃんと食べているのか不安を抱いたものであって、けして背中越しに感じる少女の体温の暖かさ、少女から女性への発展途中として期待の膨らみ。そして、細くとも柔らかくてすべすべした白い太ももが手で触れた瞬間の弾力性のあまりに感動に感じて(・・・)盛れた感想ではない。……断じてない!!


 あと、手を充てた時にはよく分からなかったけど、もたれ掛かれるように首に顔を当ててスースー、とかかってはちゃんと息をしていると分かる。


 不規則にスースー、とかかる息はなぜか俺の胸をざわつかせるものがあり、感染したように俺の鼻息も少しだけ荒くなる。……自分が首元に弱いと始めて知った。


 もし、今の状況でキルは目を覚めていて、そして、キルは実は吸血鬼であり、無防備晒している俺の首筋に対して、長い舌を扱い、上下へと加虐的に攻めるように舐められて、そのままかぷり、と牙を突き立ててきたら……ゴクリ。


 本当にもう、どうなってしまうか分からない!!!


 いや、むしろ吸血鬼じゃなくても、強引に舐めまわした後に、がぶりと痕が残るほど強く噛まれて「えへへ、キスマークの代わりだよ」と言われ………っと、危ない危ない。最近、そんな同人音声を聴いたせいか、この非常時でありながらそんな妄想が湧いてきた。しかも、妙に想像がリアルなものだったので、ざわざわと胸が騒ぎ立てて気分が高揚してしまう。


 これはあれだろうか、緊急時には生物の本能として性の高まりが強くなるという。つまり、神は今ここでこの未熟な青き果実に手を………ええい、鎮まれ我が煩悩よ!


 今はまだその時ではない! もう少し先に未来がある!! だから待ち給えよ、我が息子よ!!


 スーハー、スーハー。と荒ぶる息を収めるために大きく深呼吸しながら、そう自分に言い聞かせ自制する。


 呼吸が整うと、ようやく俺はここから脱出のため走り出した。出口まで約数十メートル。


 足場は悪く天井から落ちた瓦礫に焼けた後の黒い地面。亀裂の入った天井からはゴボゴボ、欠片と砂が零れて落ちてはいつ土砂崩れのように流れ落ちてもおかしくはない。


 背中に感じる確かな体温と重さをしっかりと感じ、俺は駆ける。眠っている彼女にとってはさも不憫なベッドに感じるだろうがそれでも彼女は目を覚まさない。


 本当に、大丈夫かこの子は!?


 もし、この背中に伝わってくる暖かさが徐々に冷えたものに変わっていく……。そんな嫌な想像を踏み潰すように大地を蹴った。


 思えば、こっちの世界に来てからずっと嫌な考えが頭に浮かんばなかったことはなかった。


 最初、転生主人公を倒してくれと懇願された時に倒せる明白なイメージをなんてなかったし、その後、ディーネリスが現れてコールさんが俺たちを逃げる時間を稼いでくれて、コールさんも無事だと無理矢理頭の中で納得させても最悪な想定は頭の中で消えてくれず、それは現実になった。


 夜名津の時もそうだ。騎士から命がけで俺とキルを助けようとして傷き、命からがらの死闘を繰り広げた。


 ずっと最悪な想定が常に頭の中にこびりついていて、一時も離れやしない。死との隣り合わせの感覚。


 夜名津………。そうだ夜名津だ、あいつはどうした?


 キルばかりを気にしてあいつの事を忘れてしまっていた。瓦礫に防がれ別れてしばらくたつけど、あいつは一向に姿を現さない。体力面やキルを背負っている分身軽さはあいつのほうが上のはずなのにまだ俺に追いついてない。それが不思議に思い、出口まで半分くらい距離に届いた時、俺は振り返る。


 振り返った瞬間、目に入ってきたのは二つの火の球。真っ直ぐとこちらへ迫っていた。


「―――なっ!?」


 気づいた時にはもう遅い。向かってくるそれはもう既に目の前まで接近していて反射的に身体を逸して避けようとするが背中にはキルがいた事を思い出し、動きかけた身体ギリギリで制止させた。


 そのせいか思考も一緒に停止してしまい、他に回避手段も思いつかず結果、回避はできずに俺はそれに直撃し、殴り飛ばされたような強い衝撃によって飛ばされた。


 背負っていた重みは消え、二転三転と地面に叩つけられるように転がっていき、瓦礫の山でてきたような壁に激突する。


 身体を地面に打ったことによる痛みが全身に奔るが、それ以上にダメージが来たのは胴体で受けた火球による火傷をしたような熱さ。服は焼けて炎が肌へと浸透していくのは感じ、反射的に手で強く早く、パンパンと火を払うように叩く。


 火は消すことはできたが、身が悶えるような焼ける痛みが襲ってくる。


 みず…………水だ! 水、水、水、水!! 水が欲しい!!!


 刹那に祈るように水を求めた。痛む身体に鞭打つ思いで四つん這いの体制になりながら起こして手を伸ばす。もちろん伸ばした手の先には水なんてなく、伸ばした手はただ虚空を掴むだけで終わる。


 水はどこだ、と血眼になって辺りを探るけど俺が求めるものはここには存在しなかったが、別のものが視界に映った。


「…っキル!」


 俺の背中から離れたキルの近くに獣の影が指していた。あの、炎狼だった。


 あの炎狼が逃げる俺に対して火球を放ったと、瞬時に理解することができた。


 炎狼はキルの傍へと。


 近寄った炎狼の肉体から炎が離れていき、肉体が地を這う四足の獣から、元の人の姿に戻っていき、茶髪に散り散りと赤の入った髪の毛と、左目の下にあるホクロが特徴の女盗賊こと、ディーネリスの姿へと変わっていく。


 が、ディーネリスの体は変身前と違って、全身に傷を負っている姿だった。炎狼の時に受けたダメージが反映されているようだ。額から血を流しているがそれに気にしたようはなく、倒れているキルに合わせて自身もしゃがみ込んで、腰のダガーナイフを引き抜き、天へと掲げ上げる。


 ―――おい、待て……それは。


 火傷の痛みなど忘れ、目の前の光景に目が大きく開く。光に反射して輝く鋼の光沢。


 ―――待てて! お前、何をする気だ。


 そう、口に出したかったが上手くその一言が言葉に出てなかった。……そうじゃない。本当は理解っていた。奴が何をやるかを理解っているからこそ、それが恐ろしくて口に出なかった。


 身体を支える両手にガタガタと震え、額から顎下まで流れ、肌から離れて落ちるまで感覚を、ハッキリとした時間を生まれて初めて体現した。目に映る光景も全てスローモーション。崩壊の音とすら消えた。だけど、喉に呑み込む生唾のゴクリだけは耳に残るほどハッキリとしたものだった。


 やめろやめろやめろやめろ、やめろ!!


 心臓が大きく、早く、高鳴りを上げる。その音のせいで俺の思いが掻き消されるようだった。


 ガラッと、手元に石が転がってきた。それが合図。


 スローだった時間は呪縛から解き放たれようにして、動き出す。


 ディーネリスが頂点までナイフを掲げると、照らしていた光を切るように強く握り直して、勢いよくそれをキル目掛けて振り下ろす。気を失っているキルは迫りくる危機に気づかず、また起き上がる様子もない。絶体絶命。


 そして、それを阻止すべく俺の体は反射的に動く。手元に転がった石を掴み、ディーネリス目掛けて全力で投げる。距離はほんの五メートル強。この距離で外すことはまずない。が、キルの肉体に刃物が到達するのが先か、それとも先に石が直撃するのかはまさに運否天賦。


 が、ギリギリで俺が投げた石のほうが、ナイフが肉体に到達するよりも速く、ディーネリスの後頭部に鈍い音が響き、その衝撃で手元から刃物を落とす。そのまま両手で頭を抱えてキルにのしかかるようにその場でうずくまる。その時に尻がこちらに向けられる形になり、大変素晴らしき光景が広がったけど、そんな不埒な考えは「ショートパンツの突き出しは良い文明」というキャッチコピーが一瞬チラつくことくらいしか思いつかなかった。


 火球を食らった部分が火傷を思い出したような痛みが襲い、また四つん這いの体制に戻る。


 っ痛! ちょっと待ってろ。あとでちゃんと冷やすから今はもう少しだけ待ってくれ! そう、体に言い聞かせながら体をもう一度起こして、立ち上がろうとすると。


 ナイフが飛んでくる。飛んできたナイフは俺の右肩に刺さり、後ろの壁に激突する。血と鉄の匂いが飛びかう。


 驚き、叫ぼうとするのも束の間、第二撃の衝撃が来た。


 刺された箇所に、ナイフに目掛けて露出された長い脚が伸びてくる。右肩に衝撃が入り、その勢いのまま後ろの壁へと激突する。


 深く突き刺すことを目的とした繰り出された蹴りは遂行され、肉に食い込み、骨に達したのでないかと思われるほどの激痛が俺を襲ってくる。


 う、、、、、、、


「うぎゃああああああああぁぁぁぁぁぁぁーーーーー!!!!」


 痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い、痛い!!!


 喉が引き裂けるほどに大声で叫ぶ。激痛で意識が飛びそうになる。


「うっるさいよ」


 叫ぶ俺を黙らせるように胴体に一発蹴りが入り、たまらず血を吐き出す。少し間咳き込んで唾と血が混じったものが吐き出す。嘔吐感を無理矢理抑えて、正面に顔を上げる。そこに立っていたのはもちろんディーネリスだった。


 頭から血を流して、髪が血なのか赤に染めているのか解らないものになっており、最初にあった天真爛漫な笑みではなく、人を人とも思わないような冷えた笑みを浮かべていた。その笑みに戦慄を覚える。


「リョースケは痛みで叫んだことも泣いたこともない。無様な姿も晒さない。勇者で、リョースケと同じところに生まれた人間ならこのくーらーいーは、我慢しなちゃ、ね☆」


 グイグイ、と脚に回転を加えて刺さったナイフを押して、刃がさらに肉へと食い込んで呻き声を上げる。傷口も広がり、血がダボダボと溢れて地面を赤い水溜りへと変わっていく。


 抵抗しようと左手で脚を掴もうとするが足で払われ、もう片方の足で踏み潰される。


「非道いと思ってる? 理不尽だと思ってる? 不条理だと思ってる? 最低だと思ってる? なら良いこと教えて上げる。これはまだマシ。アタシ、アタシたちはそれ以上の地獄をみたよ。これくらいはまだ我慢できるは・ん・い」


「ああァァァ!!!」


 片方の足でナイフを押し、もう片方の足は左手を踏み潰す。そのせいで、股を大きく開いて実は大変ヘヴンな光景なんだがそれを愉しむ余裕などない。


 身体は悲鳴をあげる。白黒と点滅するように目の前がクラついて飛びかける意識。痛みのせいで抵抗する力どころか、動かそうとする意思さえ入らない。


 歯を噛み締めて、片目でありながらも強くディーネリスを睨みつける。すると、ディーネリスは睨みつける俺に対して、冷えた目のまま俺を見詰めて、そっと顔を近づけ耳元に蠱惑的な声で囁く。


「ねぇ、これは誰のせいかちゃんとわかってる?」


 顔を離して俺の瞳を眺め、挑発的で悪戯を愉しむ悪魔のようなネッタリとした目で微笑むディーネリス。


 誰のせい? 何を言ってるんだコイツは。誰のせいも何も、お前たちがいきなり襲いかかってきたんだじゃあねえかよ! だからこんな屈強な状況に追い込まれているんじゃあねえか!!


 抑えられていなければ、今にでも殴りかかりたい衝動の火を目に宿して強く訴える。


「それは筋違いだよ」


 しかし、ディーネリスは嘲けて捨てた。


「アタシたちが君たちを痛めつけるのに恨むのは普通だけど、それは問題を擦り違えている。目に入る情報だから、傍から見ても分かりやすい状況だから、そう見えるだけで違う。これは現在であっても元凶じゃないよ」


 ディーネリスはゆっくりと手を伸ばして、俺の喉の一番下のところを人差し指と中指の二本で沿うように這って喉仏(のどぼとけ)に到達した瞬間。パッと開いて喉を掴んで壁へと叩きつける。


 後頭部が激痛と潰されるような喉の痛みがくる。


「よく思い返してみてよ。この世界に呼ばれた元凶は何? キルちゃんの一族が禁忌を犯してまでリョースケを呼んだから? ならキルちゃんや一族のせい? 違う。予言だか遺言だかあったのも無視してそれでも実行したのはキルちゃん自身もそこに救いがあると考えたから。なら召喚されたリョースケが悪い? 違う。リョースケはこの世界を紛れもない救った英雄だ。それを害悪だとふざけたことを吐かす奴こそ悪だ! 」


 感情のままに口に出し、俺の首を掴む握力を強くするディーネリス。無理矢理引き離して自由になった左手とナイフで刺された肩の激痛から痺れる右手の痛みを堪えながらディーネリスの手を振り解こうとするがビクともしない。単純にディーネリスの力が強いということもあるだろうけど、こちらもこちらで力が入ってない。痛みのせいで力が入っていない。


 血液は首元に溜まって上手く血と酸素の循環できていない。このままじゃあいつ窒息してもおかしくない。


 クソ、どうすれば!


 思考が回らない。血が回らない。呼吸ができない。力が入らない。意識も遠のく。


 このままじゃあ死ぬ、と思っていたときだった。


 ディーネリスは答える。


「なら、誰のせいか。それは―――お前だ。お前の存在がそもそもの間違えだ、勇者!!」


 とどめと言わんばかりに喉を握られる。


 途端に頭の中のサイレンけたたましいほどに音が響きわたる。口からくる痙攣が全身に渡っていき、目から何かが出てくるような熱い感覚を覚える。頭が壊れるほどの痛みが奔る。目の前の光景は白と黒に移り変わって正しい色を認識できていない。声にならない悲鳴を上げ続ける。


 飛ぶ飛ぶ飛ぶ飛ぶ飛ぶ飛ぶ飛ぶ飛ぶ飛ぶ、飛ぶ!!


 意識が飛ぶ、のではなく、大切な何かが飛ぶような気がした。それが飛んでしまえば全てが壊れてしまうようなそんな大事なものが。


 もう終わりだ、と諦めた瞬間。何を思ったのか、首を握っていたディーネリスの手は開かれた。途端に空気が入ってきて (むせ)ながらも大きく、多く、呼吸を何度も繰り返す。ぜぇ……ぜぇ……。スー……スー……。


「無様だね。そのうえ弱い。けど、アタシが言ったのはそれも含まれているよ」


「…………」


「お前の存在があったせいで全部歪ませたんだ。予言にはリョースケの方が悪と危惧されたのはお前がいたからだ。お前がここに来ると解していたからこその悪だ、必要悪ってやつなんだ。リョースケが悪なわけがないんだ。アタシたちを救ったリョースケに、この世界の多くを幸せにしたリョースケに、そんなふざけた理屈がまかり通るか! お前が勇者の存在として扱われるからキルちゃんが変な気を起こしたんだ。リョースケを、アタシたちを裏切るわけがない!! 全部お前がいたからだ!」


「…………」


「瞬殺に近い形で簡単に死にかける奴と、行く手数多の修羅場乗り越えてきたリョースケとじゃあ強さも覚悟も違う。弱い分際のくせに周囲を引っ掻きだしたお前の方こそ悪だ」


「…………う」


「? 何か言った?」


「……………違………う………、違う!!」


 あれやこれやと好き勝手にぶち撒け続けるディーネリスに対して、俺はとうとうキレた。


 アドレナリンが暴発するように溢れて出る。ついでに傷口と口から血反吐も出てくる。咽て、左手で口元を拭いさって正面に顔を上げる。


 あー、もう。ホントムカつくなおい。


「俺が……悪なわけないだろ!! ふざけてんのはどっちだ!……黙って聞いていればお前の言い分は全部自分の都合の良いところを切り取っただけのご都合主義の意見じゃねーか! 俺の存在が悪いとか、俺が弱いとかって勝手なことばっか言ってんじゃねえよ!! 異世界に飛ばされたばかりで何にも分かってない状態なんだぞコラ、勇者だの子孫だの他の転生者だの救世主だのって、要所要所の説明と自分たちの思想やら結論やらの意見ばかりで、話の全容なんて何一つ伝わってねえんだよ。少しは一から十まで説明しろよ。こっちとらゆとり世代だぞ!!あぁん!」


 俺が言い分に苛ついたのか、冷ややかでありながらも笑みを浮かべていたディーネリスの表情が侮蔑を含んだものへと変わる。それでも構わず俺は続ける。言いたいことはこれだけじゃない。俺のことと、もう一つある。


「それにキルはおかしくないだろ。アイツは本気で悩んで本気で苦しんでいるんだろうが。失敗を取り戻そうとしてんだろうが。自分の、自分たちのやったことの尻拭こうと必死に足掻いてるんだろうが!」


 キルのことを口に出すと、たまらずにディーネリスは反論してくる。


「キルちゃんがそれをする理由が分かんないって言ってんだ! リョースケが何を間違えたんだ。魔獣から世界を救って、みんなを幸せにしているリョースケに、なんでいつも隣で偉業を観ていたキルちゃんがリョースケに対して嫌悪感を抱くんだ!!」


「俺だって知るか! 俺はキルじゃあねえーし、そいつがやってきたことを隣で見てきたわけじゃない。キルのことはキルにしか分からない」


 夜名津は言っていた。心は、思いは、感情は、自分自身にしか分からないし、誰にも伝わらないと。他人と共感することは一瞬のまやかしでしかなく、似ていても決して同じではないと。


 確かに人の感情の起伏は様々で、趣味や趣向だって十人十色、人間は一人ひとり違う生き物だ。全く同じなんてない。大きく分けても似たりよったりでしかない。


 ちょっとした微細な変化で関係が崩れることだってある。


 ちょっと踏み入れたことで信頼が失うことだってある。


 ちょっと誤ったことで終わることだってある。


 人間関係なんてただただ面倒臭くてものでしかない。他人の腹の中で何を抱えてこんでいるのか、それがどんなスイッチで爆発してしまうのか、互いに認識しあって起爆させないように接して生きていくのが人付き合いなんだ。


 それが上手くいかなくて、一人を選ぶやつもいる。


 罪悪感に苛まれながらもそれでも他人に頼るやつもいる。


 本当に人間は難しい生き物なんだ。


「ハッキリ言って、この世界に召喚された亮介とかいうやつを倒す、なんてことを俺が引き受ける必要はない。いくら、おじいちゃんが勇者で、この世界を救ったことがあるからってそれと同じことを孫である俺がやるってふざけた理屈あってたまるか!」


 おじいちゃんはおじいちゃんで、俺は俺でしかない。同じく夜名津もこの世界を救うことなんてやる必要ないんだ。


 確かに、異世界に召喚されたことに心が踊ったし、ワクワクして舞い上がっていた。けど、話を聞いていたらディーネリスの言うとおりに自分たちの失敗を俺たちに押し付けて後始末させる、ふざけたもんだった。


 当然、頭にくるに決まっているし、そのまま流れるように命懸けのピンチに追い込まれて、現在進行形で命の危機に追い詰められている。


 そんな目にあって世界を救おうなんてお気楽な神経を持つほど俺はお人好しのつもりはない。


 けど、だけど。


 数メートル先には倒れている少女を見る。彼女は涙を流していた。だが、目を冷め覚ましている様子はない。全く動くことも、起き上がる気配などなく彼女は目を瞑ったまま静かに涙を流していた。


「でも、でもな! アイツは俺たちに助けを求めたんだ。何を観てきたのかは知らない。何を思ったのか知らない。でも、アイツは本気で涙を流して、小さな身体を恐怖で震わせながら、心に傷を、罪悪感を負ってんだ! それでもなんとかしようと救いを求めて、立ち向かおうとしているんだ。キルが助けて欲しいと思っているなら、望んでいるなら俺は助けるし、手を貸す!!」


 それでも誰かが隣にいて、良かったと言えることだってあるんだ。苦しみや辛さを救えることが多いんだ。泣いているなら駆け寄る。下を向いているなら支える。困っているなら手を伸ばす。そうやって助け合っていくのも人間なんだ。


 壊れてしまいそうな弱々しいやつを、見捨てることは俺にはできない。そいつを一人っきりにしてやることはできないんだ。


「俺は心の底からキルを助けたい!!」


 この世界を救うんじゃない。たった一人の少女を俺は助けたいんだ!


 感情任せに、ドーパミンが流れるままに、支離滅裂な言葉のまま想いを口に出す。


 対面する奴は黙ったまま俺を見据えていた。その表情は笑みも呆れも侮蔑もない、ただ怒りを込められたもの。あと何か一言でも言えばそれを引き金となって襲ってくるかもしれない。


 それでも構わず俺は告げる。彼女、ディーネリスにとって最大の引き金となるかもしれない、一言をハッキリと言うのだ。


「お前だってキル助けたい。そうなんだろう?」


 それを聞いた瞬間、ディーネリスの表情が初めて凍った。怒りが消えてなくなったわけじゃない。ただ、面を食らい困惑してそれを忘れたのだ。


「な、なに言ってんの、お前」


 少しだけ上ずった声で聞き返す。平静だけは取り繕っていた。


「…………キルから聞いたよ。お前がキルの一番の友達なんだろ? それを聞いたら今までのお前の言動もどこかおかしかったんだよ。キルに対しては挑発的だったけど、でもそれはどこか仲の良い奴に対する接し方……からかっているように思えたんだ。仲間として決別したとか言う割にそんな態度がおかしい。もちろんお前がそんなタイプの、飄々したやつだっただけかもしれない。けど、お前は言ったよな? 俺の存在があったからキルが変な気を起こしたとか、なんで亮介に対して嫌悪感を抱くとかなんとか。挑発的な口調とは違って、俺に対しては明白なまでに敵対意思の強いものだった。それって結局、お前の中でまだキルのことを友達と思っているから出てきた言葉じゃあなかったのか? そう思っているから丁度いい、当てつけ相手として俺を攻めたんじゃあないのか?」


 友達だったから理解してあげることができなかったことが悲しかった。


 友達だったから離れていくことがつらかった。


 友達だったから意見の食い違いが許せなかった。


 友達だったからまたやり直せると期待した。


 でも、それは結果としてはそんなことはなく、擦れ違ったまま敵対することになったんじゃないのか、それがキルとディーネリス二人の間にできた最大の仲違いの理由じゃないのか、と俺はそう考えていた。


 いつの間にか視線を逸していたディーネリスは顔を上げて俺を見ると。



「………………わかったようなこと言ってんじゃーねーよ。クソガキ」



 結果として、俺は彼女の逆鱗に触れた。


 ディーネリスは俺の服の襟を掴んで、投げ飛ばすように地面へと叩きつける。受け身は取れずモロに衝撃が身体中に響く。その際に肩に突き刺さっていたダガーナイフは抜けてどこかへと飛んでいった。


 無防備のまま仰向けに転がった俺のマウントポジションを取って、そのまま顔を目掛けて怒りのまま繰り出す右ストレートを顔に直撃する。口の中が切れた。血反吐を吐いたので口の中はもう既に血の味をしめていたが、切れた感触だけが伝わってきた。


 抵抗できない俺をひたすらに殴打殴打殴打殴打殴打殴打殴打殴打殴打殴打殴打殴打殴打、殴打を繰り返される。


「勝手なことばっか抜かすな、分かったようなことばかり言ってお前に何がわかるんだ! アタシが、アタシたちの関係をなーなーで仲良しこよしの安い関係みたいに簡単に言ってんじゃあねー! 雨が濡れた日に寒い思いしたアタシと雨が降っても暖かい部屋にいたキルちゃんが、血のつながりない同士が寄せ集まったゴミ溜めで育ったアタシとちゃんと家族と一緒に過ごして遺志を受け継ぐキルちゃん、アタシたちがどんな気持ちで出逢って冒険して仲が出来上がったと思ってんだ!!」


 親友だから憎くて堪んないだろうが!


 親友だから話が平行線のまま動かないんだろうが!


 親友だからムカついて殺したいんだろうが!!


「どいつもこいつもキルちゃんを甘やかすのをやめろ、付け上がらせるな! 罪悪感とか心に傷があるとか過酷な運命とかそういうもんで悲劇のヒロインぶるんだよ!! 一緒にリョースケの側で笑って幸せを噛みしめればいいじゃーん! 美味しいもん食べて、楽しく遊んで、面白いものを見て、気持ちよく寝て、あったかいとこにいたくせに! 勝手に落ちぶれたくせに、今が辛いのは自業自得だってちゃんと認識しろよ!」


 激情に駆られたディーネリスの拳の雨は止まらない。素手であるはずなのにまるでハンマーか何かで殴られ続けられるような威力だ。ラッシュが始まった途端に両手を盾にして防御するのだが、それを無視したように拳の威力はそのまま伝わってくる。


「アタシはアタシは、アタシはあぁぁ!!」


 腕が軋む。目が腫れる。歯が折れる。鼻が潰れる。血が出る。意識が飛びかける。


 途中から血の味、血の臭い、血の景色、血の音、血の感触、血、血、血、血血血血血血血血血血血、血しかわからなくなるほど沈んでいくのがわかる。


 そんな中俺は二人のことを、考えていた。


 キルとディーネリスの間にあった垣根は俺が想像していた以上に深いものだった。友達と言葉の括りで足らず、親友といえるものの仲だったことに。


 友達だから傷付き合いたくないのではなく、親友だから殺したい。


 友達だから分かり合いたいのではなく、親友だから分かり合えない。


 友達だから仲を修復したいのではなく、親友だから修復する必要がない。


 その理屈は理解らないようで、どこか理解ってしまうものがあった。


 傍からみえればヒステリーを起こしたディーネリスの異常さの部分としかみえない、激情任せの言動でしかない。が、その言葉には嘘偽りのなく。あるのはたぶん、愛。


 友愛で親愛で情愛からくるもの。


 誰よりも認めるからこそ、誰よりも知っているからこそ、誰よりも想いあったからこその信頼。


 ひとえに深く歩んだ友情の一線が彼女、ディーネリスの中にあったんだ。それをパッとでのどこの誰だが理解らない()に説教じみたことを言われて頭にきた。


 誰よりも彼女は苦しんで怒っていたのに分かったようなことを口にしてしまった。キルのこと誰よりも理解して思っていたからこそ。


 それについてはたぶん俺は悪だったんだろう。自分の友情間(・・・)と彼女の友情感(・・・)では全く違うのだ。それでも俺は言わずにいられなかった。


 そんな友情は悲しすぎるから。その人を思っているからこそ、許せないことからこそ、壊す道しかないなんて悲痛の友情は悲しすぎる。


 傷つけても大事にするなんて、そういうのはSMプレイだけ十分だろうに。


 どれくらい時間が過ぎたのだろうか、拳の雨が止んだ。


 目が腫れ上がって目が開けられない。薄目でようやく見える姿は、ぜぇー、ぜぇーと肩で息をしているディーネリスの姿だった。殴った疲労と叫び続けたせいでただでさえボロボロだった身体も体力が限界だったようだ。


「もういい…………もう終わらせる」


 息を整えると起き上がってフラフラとどこかへと歩んでいき、フラフラと戻ってきた。彼女の右手に握られていたのは何処かに飛んでいったダガーナイフが握られていた。それを拾ってきたようだ。


「お前を殺して、キルちゃんも殺して、それで終わり。……これで本当に……何もかもが終わりなんだ」


 彼女の双眼は据わっていて、それは俺に言っているのでなく自分に言い聞かせているようにも思えた。


 友情を終える。親友を殺す。そのことで頭の中がいっぱい。疲労のせいで思考回路が単純化されてしまっている。


 そんなことをさせない、と思うけど起き上がろうとするけど、身体が言うことをきいてくれない。一方的に殴られ続けられたせいでこっちもダメージが大きい。もう指を一本動かすことすら困難だ。


 どうする、どうすればいい。このままじゃあ俺もキルも死ぬぞ。終わるぞ! 動け俺、キルを連れて逃げるんだ!


 そう必死で自分に言い聞かせるけど身体は動かない。影は近づく。頭の上に位置を取って両手でナイフを祈るように握っていた。


 狙い定め下を向いているときに俺と視線が合う。表情に笑みも怒りもない。現実をみるように目を細めて冷めた顔していた。


「じゃあーね。キルちゃんもすぐにそこへ行くよ」


 ディーネリスはその言葉を、最後にナイフを振り下ろした。


 終わった。


 そう悟って反射的に目を閉じた。


 雨崎千寿。齢十六歳。異世界召喚された後、殺害され死亡。誰も助けられず、誰も護れず、祖父の意志も継げず、後悔ばかり残して、死んだ。


 そう、自分の最後を詠んで全てを諦めた。


「……………」


 けれど、いつまで経っても刃が身体に届いた気配はなく、恐る恐る、腫れ上がって薄目しか開けられない瞼を開けると。


 ディーネリスの刃が止まっていた。止められていた。振り下ろした腕を何者かが伸ばされた手に掴まれて、止められていた。


 伸ばされた手を辿ってその姿を追うと、掴んでいたのはあの茶髪の髪をした全身がボロボロで、傷と血だらけの男性。この世界で初めて話した人物で俺たちを逃すために身を呈して犠牲になったはずの男性、コールさんだった。


「……お前、なんで……生きてんの?」


 驚愕したのは俺だけじゃなく、ディーネリスも同じ。いや、俺以上に驚いていた。それはそうだディーネリス自身「殺した」証言していたじゃないか。


 だが、今のコールさんの状態を生きているとはあまりにも言えない。生きていること事態が不思議なほどに全身が血だらけで、傷だらけの瀕死の状態だ。


 一番大きい傷は左目だった。掛けていた眼鏡を消え、左目はダガーナイフで穿かれたのか潰されており、できた穴からだらだらと血が流れ続けている。肉の皮……瞼は無くなっていて、赤黒い空洞から眼球は完全に破壊されていることがハッキリとわかる負傷している。


 目の前の状況に驚いて言葉を失っている俺たちを他所に、コールさんは唱える。


「“ノル ユホーク コレラ マシューズ”」


「おまっ……!!」


 コールさんが呪文を唱えた途端、声を上げるディーネリスの身体は石にでもなったかのように金縛りにあったかのように硬直する。固まったディーネリスを無視して、コールさんはそのまま何も言わずキルの元へと歩いていく。


 未だ眠り続ける彼女。頬には先ほど流した涙のあとが残っている。コールさんはそっと手を伸ばして優しくそれを拭き取ると、そのまま手を少し上へと移動させて、頭を撫でた。


 まるで悪夢をみる娘に、安心しろ、自分がここにいると、言うように暖かい見守り、傍で不安を取り除いて上げるような父のような姿だった。


 心なしかキルの顔も少しだけ不安が消えたような顔になる。それをみるとフッと安堵した小さな息を吐いて、彼は呟く。


「“ディンド”」


 地面に魔法陣が広がり、そこから黄色い光がキルの身体を包んでいく。その後、キルはそこから消えた。それが転移魔法とかいうやつだと、俺は悟った。


 キルが転移された後、どこか遠くみるような目になるコールさん。それは別れを告げている姿にみえた。そして、何かを思い出したようにこちらへと振り返り戻ってくる。


「“ヒアリー トムクリン”」


 近寄ると呪文唱える。すると、途端に俺の身体にキルとは違う暖かい光に包まれて火傷、肩の傷、ボッコボコにされた顔の傷が癒えていく。それは回復魔法だった。


 傷が治ると起き上がって傷の具合を確認する。怪我は全て消えて、身体も全快している。流石に欠けた歯まで治ってなかった。


 どうやら傷を癒やすのと歯を再生させることは違うようだ。


「あ、ありがとうございます。キルはどこにやったんですか?」


 礼を告げると同時にキルの行方を訊ねると、それに答えようとコールさんは口を開くと、コールさんは血を吹き出して四つん這いの体制になる。ああぁ……、ああぁ……と苦しいそうな唸り声を上げる。


「コールさん!?」


 不味いと思って彼に手を伸ばすが、その手は彼の手で弾かれる。顔を上げて、強い眼差しで俺を睨む。必要ない、大丈夫だと強い拒絶心と意志に、俺は怯む。


「もう……俺は長くない………キル様は城の外に転移させた。もう……ここも長く保たない。……ヨナツガノイチもすでに送った。あとは………お前だけだ」


「俺だけ、ってアンタは、アンタはどうすんだ!?」


 もう長くはないってどういうことだよ。俺にもかけたように自分にも回復させろよ。そう続けて言おうとするがそれを被せるように名前を呼んで遮られる。


「アメザキチヒロ………後のことは頼んだぞ」


 瀕死状態の片目だけの男は遮った、手を伸ばして俺の肩に置いて言う。


 命乞いでも、懺悔でも、悲痛の叫びでも、救いを求めるのでもなく、ただの純粋な想い。


 だけどそれは、世界を救済の、岡之原亮介を倒してくれ、と戦士としての悲願なものではない。


「勝手な願いだがあの娘を護ってやってくれ。弱くて脆い……自虐的で、色々なものに強がって我慢してばかりの………泣き虫。自分が一番悪いと悩んで抱え込んでいるが、キルレアル様は……キルは本当はどこにでもいる……普通の優しい女の子なんだ」



 ―――だから護ってあげて欲しい。



 ただ、一人の男として大切な人を想っての言葉だった。


 その言葉を聴いて、胸からこみ上げてくるものがあった。歯が砕けるほど噛みしめる。拳は掌に爪が食い込むほど強く握しめる。そして、目から熱いものがじわじわと溜まってくるものを必死で抑えつける。


 泣くな、涙をみせるな! 今はそれやるな!


 最後を前にする男が託す願いなんだ! 泣くなんて無礼行為だ。今、大切なものを託されるんだ!


 本当ならこの人はもう動けないんだ。回復魔法でも癒やすのに追いつかないほどの傷を負い、もう死んでいてもおかしくないはずなんだ! だけど、キルのことを心配で、ボロボロの状態でも最後の力を振り絞って俺たちを助けにきてくれたんだ!


 なら、人として、同じ男として、応える一言は決まっているだろ! 雨崎千寿。


 俺はコールさんと目を合わせて、強い瞳で、心の底から想いを告げる

「………ああ、分かった。……安心してくれ。キルは………俺が護る」


 それを聴くと憑き物取れたような安堵しきった安らいだ顔になる、コールさん。



 ―――俺のもう一人の娘も頼んだぞ。



「“ディンド”」


阿尾松(あおまつ)孔時(こうじ)

千尋と我一と同じ高校に通う友人。三次元(フィギュア)を愛する変態。フィギュアがいつか付喪神が宿ることを信じている。また、時と場合によっては千尋らとともに異世界に召喚されたかもしれない人。召喚される日「急用」と断って、その日届いたばかりのフィギュアで一日愉しんでいたらしい……。

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