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選ばれし勇者(バカ)と巻き込まれた勇者(バカ)5

 剣戟が飛び交い、大剣と木刀の激しい攻防が続く。


 女騎士さんが繰り出す一撃を僕は避けて、背後から一撃を入れようとするもそれを受け止められる。けれど、二撃、三撃と繰り出すと剣を掻い潜り鎧に掠る。


 彼女がカウンターのような動きを見せると、僕は一旦距離を取りサイドステップするように回り込んで視界から一撃を放つ。それは躱される。


 真横から斬りかかってくる女騎士さんに対し、僕は肘を曲げ木刀で盾にするような構えでそれを上手く止める。重い一撃に両手に痺れが走る。受け止めた剣をそのまま木刀で上へと釣り上げるようにして剣を弾く。


 振り上がった木刀は、半月を描くように上から後ろへと流れるような速さで移動させ、両手で握り締めて、体をひねって野球のフルスイングの要領で、全力で殴る。防がれる。


 同時に木刀をラインにして滑るようにジューン、と木刀を削る音を立てながら接近し、剣を持っていない方の手を伸ばしてきて僕の左肩を掴まえる。


 とても女性とは思えないほどの強い握力であり、大剣を持つのもの頷ける握力。


 掴まれた瞬間に握り潰されるのではないのかと思った僕は反射的に左手の甲を使って叩く。けれどそれだけじゃビクリともしない鋼の小手。僕の手の方が硬さでビクッとしたくらいだ。


 すぐに握っていた木刀から手を離して、彼女の二の腕に向かって掌底を放つ。


 今度は効いたのか、握力が少しだけ弱まりそこから振り払って脱出。一旦距離を取る。


 握られた箇所は少し痛むが、先程までの負傷に比べると何でもなく、気にしていられない。


 女騎士もすぐに僕を追って迫ってくる。手元に木刀がなく、近くに武器になりそうなものもない。素手でやりあうかどうか一瞬迷うけど、僕は彼女のほうが速く、すぐに射程圏内に入って斬り込んでくる。僕は死ぬ気で躱す。


 剣が躍る。上段から斬りかかり、下半身を狙った右薙ぎ、心臓目掛けて突き、首を撥ね飛ばすように斬り上げ……僕の剣術(チャンバラ)なんかと違い、巧みな様々な剣術を繰り広げて追い詰めてくる。まるで荒ぶる波であり、渦のような剣技。僕はそれを全身全霊の集中力をフルにハッキリさせ命がけで躱し続ける。


 汗が飛ぶ。髪の毛が切れる。服が切れる。薄く肌が斬れる。けれど、致命傷は一切受けない。


 よし、視えているし、回避も辛うじて出来ている!


 ちゃんと戦えていることと身体が理解していることが物凄く心強く感じる。ちゃんと流れが理解できてついてイケてる。


 彼女の動きについていけることに自信を持ち、やり方も少しずつ身体が馴染み始めたので勝負に出る。


 袈裟斬りの一撃を紙一重のギリギリのタイミングで避けて、深く踏み込み、ふところへと入り込んで彼女の胴体へと掌底を叩き込む。


 彼女に身に纏っているのは甲冑で当然硬くて普通にやったら下手すると僕の手が痺れるだけで終わり、グーだったら逆に拳が壊れる可能性すらある。


 けれど受けた女騎士はグフォ、と息を吹き出して顔を少し歪める。もう一発かましてやろうと、横腹へと裏拳を繰り出そうとするが咄嗟に肘を曲げて肩で受け止める。


 閃光が奔るのが視えた。首から背中を切り分けさせるような斜めからの一閃。


 右手の拳を強く押し出して、その勢いに乗って少し変わったサイドステップみたく剣から逃れる。


 そのまま走り出して落ちていた木刀まで行き、拾い上げてから追ってくる一撃を受け止め、激しい鍔迫り合いを繰り広げる。


 一撃、一撃が重く、鋭い剣技を魅せる女騎士さんとは違い、基本的な防ぐので精一杯の僕。時々、肩や脚、首を狙ってみるが躱し、捌かれる。だが、前のときみたく一方的に遊ばれるようなことはない。打ち込める瞬間見つけては攻めに転じる。


 女騎士さんは僕を憐れむような可哀想なものを見るようなことはなく、敵として僕を捉えているようにしっかりと睨みつけてくる。


「今度はちゃんと魔力操作をしているようだな。身体能力が段違いだ」


「正確にはやれるようになった、だけど」


 激しい攻防も一旦止め、互いに距離を取ったとき言葉を交わし合う。


 魔力操作。先までとは違い、今までの攻防が戦いに何とか形としてなっているのは、ゲンさん曰く『魂に定着』させてもらったおかげで身体が戦闘するように動けて女騎士についていけている。


 無論、完全にコントロールできている訳じゃない。


 ハッキリと説明するのは難しいけど、ただ身体が理解できている。僕の場合はコツそのものを無理矢理植え付けられてあとは言われたとおりに“何とかしている”状態。……簡単に説明すれば自転車の乗り方や水の中を泳げているのと似たような原理といえばいいのか。


 スピードとかバランスとか浮力とか専門的な説明はあるけど、ぶっちゃけそういうのを意識しなくてもコツを掴めば身体が馴れて自然できるもの。


 戦闘における身体の動かし方と魔力の使い方が、コツみたいなのがあの時に教えてくれた(?)おかげでなんとなく使えている。


 身体と木刀に魔力を纏わせて強化されている、というべきか五感が鋭く研ぎ澄ませられて身体が思った以上に速く、強く、動かすことができている。


 今はまだ『何とか』の段階なので努力すれば、もう少し上へとさらに強化できるような気がするけど。……このままやって僕は彼女を倒せるのか?


 首元に流れ落ちる汗を感じる。ゴクリと唾を飲み込む。


 女騎士は構えていた剣を下ろしから言う。


「その話が本当ならやはり貴様は危険な存在だな。リョウスケ殿と同じ世界からやってきてだけでも十分に脅威の存在であるのに魔力操作を当たり前のように扱う、その成長の速さに恐怖を感じる」


「なら見逃してくれないかな? あなたとこれ以上戦い続ければあなた自身が僕の成長を促進させて、後々で苦しんでバカを見る羽目になると思うよ」


 後者はともかく前者は挑発や軽口などでなく本音からだ。


 できればもう見逃してほしい。彼女は僕が戦いの中で成長しているタイプと漫画主人公みたいに思われているようだけど、まだ馴れていない魔力操作に一杯いっぱいで扱いきれていない。集中している分には大丈夫だけど集中力を切らしたらすぐに失敗してしまう、『トントンベジタブる〜ん』ではパニックて最後らへんからのスコアが伸びないタイプ。


 ちなみに『トントンベジタブる〜ん』とは、パワポケ十四におけ野球(・・)以外のミニゲームで、流れてくる野菜を斬り込んでいくというシンプルなリズムゲームだ。同様に初代パワポケに『ドレミファ・ポン!』というレトロな音ゲーもあるらしいがゲームボーイなアドバンス世代の作品なので、八以降のDS世代しかプレイできない僕では残念ながらやったことがない。バーチャルコンソールを強く希望!!


 たぶんそろそろボロが出るだろうな、と内心は不安を覚え始めたときにこうして話してくれたことに喜びを覚える。何とかこのチャンスを活かしたい。


 問題はなんと言って説得するかだが……。


「……提案がある。僕は君たちのボス、オカノハラリョウスケ君に対して手を出さない。足も出さない。首も出さない。口を出さない。ありとあらゆることをしない。だから僕を見逃してくれないかな?」


「駄目だな。そんな安い口約束など信じるに値しない。見逃せば力をつけて我々の、リョウスケ殿の脅威になることは目に見えている」


「僕が嘘をつくような人間に見えるかい?」


「……貴様、私と出会ったときに騙そうとしただろう」


「……剣を交わしあった仲だ。僕の剣からに嘘や偽りがあるような人間に感じるかい?」


「少し間だけ剣を交わし合って見極めるなど所詮は自身が作り出しまやかしの人間性だ。ろくに言葉を交わしもせず、ただ一方的に他人を分かった気でいる者なぞ信用に値せん」


「僕を信じてくれ」


「信じられない」


 取る島もないというほど強固に彼女は僕に言葉を信じようとしない。言葉を並べれば並べるだけ否定する燃料にしている、まるで胡散臭いセールスマン相手にどうやったって首を縦に振るもんか、と意固地になった頭の硬い人のようだ。


 しかし、逆にこういった頭の硬い人ほど意固地を強いらせている時こそ、バレないようにしてしっかり手綱を握って言葉巧みに誘導してつけ込めれば、疑心暗鬼の心理に陥りさせて、落とすことができれば次からはコロッとした態度を取る。つまり一種のツンデレ効果が期待できる。


 最初の頃はどれだけ気難しい人であっても馴れれば簡単に契約を結んでくれ次々にいらない在庫処分の買い取り頂く上きゃ、ゴホン、ゴホン、……取りあえずいい人なんだ。


 まるで僕が悪党商法の商人みたいだがそんなことはなく、これは中学の頃に自由研究で『人の心理とは』と堂々たるタイトルを題に、読書感想文の本をどうするかと、図書館の検索にて行き当たりばったりの検索した結果、出てきたのが何やら心理学の本で、読んでみたら「この本って本当にその通りなのか? 嘘くさいな」と疑問に覚えた、大変不名誉ながら僕の数少ない友人にして共に(ある意味で)学校のツートップとして青春を駆けた“奇人”との二つ名で畏れられた、太在井君の自由研究を思い出しただけだ。


 しかも、読書感想文から応用して自由研究に取り組んでくるだけでは飽き足らず、毎日つけるのがしんどい。だいたいは小学生のうちだけの宿題である夏休みの日記すらそれだけで書ききるという、偉業を成し遂げた彼の凄さには実に驚かせる。一つで三つの宿題をまとめてやるという常人ではあまり思いつかない豪快さと夏休みの大半宿題に費やす忍耐力。やっていることは一つなのに内容が全く異なった視線を持って一つ一つに独特の癖を魅せてくるという常人では有り得ないことやってのけたのだ。


 内容は岡崎先生という、簡単に言って学校に一人か二人はいる堅物の生徒指導や進路相談を受け持った先生。三十代後半の独身男性。その人をターゲットに太在井君は夏休みの大半を使って口説き落としたり、誘導したり、笑いあり涙ありの心理テストで、ちょっとしたであり青春ストーリーっぽい研究。


 まず太在井君が丘崎先生に相談持ちかけることから始まる。いつも厳しく生徒から邪険にされがちであるが、生徒から相談を持ち込むとそれなりに親身になって話しを聞いてくれる、いい先生である。太在井君は小さな悩みから相談、具体的には上手く奇麗な字が書けないから、昔書道を習っていた先生に教えて欲しい(ここで習字の宿題もあったらそれすらも消化させただろうが残念ながらそれはない。冬休みはあったけど)と話し持ち込み、夏休みで三年生の進学について色々と忙しいはずなのだが、結果として一日、一時間ほど時間を貰えることに成功した太在井君。


 そのあと時間を掛けて親密を深めていく。時に丘崎先生の厳しさについていけなくなったり、時に上手い字を書いて褒めてくれたり、時に丘崎先生が受け持つバレーボールの部のちょっとした日常事件に巻き込まれたり、時に親が明らかにヤバイ宗教にハマってしまった徳永さんの悩みを熟年のコンビの如く解決したりなど、明らかに生徒と先生の一昔の青春ドラマのような展開の殆どをことごとくやってきた二人。


 そして、夏休みという長いようで短い期間。けれど誰しものが夢を見て憧れる充実した、青春や冒険、友情、信頼、全てを勝ち取った彼ら。


 彼、太在井君は最後の週に先生に思いを告げるのだ。それは最初から断れると解っていながらも、それでもやってきたことの全てのことに後悔をしないよう、本音で彼は先生に告げる。


『先生、オレ、今年の夏は先生と過ごせて良かったんだ。先生と過ごせたから充実した日々を送ることができて、色々なことを学ぶことができた。ありがとうございます』


『よせ、お前は生徒で俺は教師だ。困ったことがあるなら相談も受ける…………それに今年は俺も学ぶことが多かった。礼を言うのは俺の方だ』


 笑い合う二人に赤く染まり傾き始めた空と教室。静かなひと夏の二人の空間。そして、彼は真剣な顔となり切り出すのだ。


『先生、最後にお願いがあります。聞いてください』


『なんだ?』


 いつにもなく真剣な顔で頬が赤く染まるのは夕日からか高揚からは分からない。そんな太在井君に真摯に向き合う丘崎先生。


 彼らの間に流れる時が少しだけ停止したようにゆっくりなっていく。首筋に落ちる汗がじんわりと地面に流れていくほど長いほどの時間をかけて、意を決したように彼は口を開く。


『宿題全然やってないんで手伝ってください!!!』


『自分でやれ、バカヤロー』


 と、心理学の本にあった『人間には過酷な状況を切り抜けた人間の友情は壊れない』を実験した結果、人の心はそう簡単には動かせないということを見事に証明した彼だ。


 やはり彼は恐ろしい。心理学の本で使い操ろうという企てる発想力と狡猾さ、絶対に無理だと分かっておきながらそれでも挑戦しようとする意志の強さ、三つ以外の宿題に全く手につけない覚悟、そして手伝わせる相手が一番の堅物で難問の丘崎先生を選ぶセンスと挑戦心は尊敬に値する。成功したらある意味時代に名を残したであろう人物だ。


 少なくとも発表した段階でクラスの思い出の深く刻み込むことに成功し、その後で宿題忘れたことと自由研究の対象として勝手に自分を研究対象にされた丘崎先生からお叱りを受け、一ヶ月の間罰則として学校のボランティア活動に強制参加された、彼の後ろ姿は多くの人間に目に焼き付いているので、僕らの世代の人間には名を残した彼だ。


 この計画を立てていた時の、あの素晴らしいほどに自信が溢れた表情はいつまでも僕の中で『滑稽』の言葉が出て来る度に思い出すことになるだろう。


 ……えーと、なんの話を知ってたっけ? あー、そうそう人間の努力ってやつは結局実らないって話であり、心理学の本も結構当てにならないってことだ。


 なぜこんな状況であの失敗談を回想してしまったんだろう。せめて太在井君が成功してくれたらもう少し説得力のある回想だったというのに。


 視線を下げてふぅー、深く息を吐く。


「……どうしてもかい?」


「ああ、お前はここでもう一度殺す。お前たちがこの世界に来ると決まったときからの決定事項だ」


 上段に構え直すように剣を天へとかざす。すると彼女の体から青白い魔力の光が溢れ出して剣へと収縮させていく。


 かの有名なエクスカリバーか何かでも放つのかと、僕も木刀を構え直し、どんな技が来ても瞬時に動き回避できるように腰を少し下げ、下半身を中心に魔力を溜めて彼女の動作を一切見逃さないように観察していると、あることに気付く。彼女から出てくる魔力以外に周囲から何が別のエネルギーも集まってきている。


 いや、まだ魔力について詳しくない僕が勘違いしていて、彼女へと集まる周囲の魔力……例えばよくある龍脈や土地の力とかの恩恵なのかもしれないけど……なんだ、この何とも言えない、違うという否定が真っ先に頭に過るのは。魂から訴えかけてくるアレは別の力だと思えるこの、確信は。


 毛肌が立つほどの嫌な感じが僕を襲う。


「戦闘の中で実力が上がっていくタイプと長期戦は面倒だ。ならば純粋に成長についていけないほどの圧倒的な力の差を以て、排除する。これが一番だ」


 不敵な笑みを浮かべながら告げてくる。


 不味い、と思って、僕の中で再び二つの選択が頭の中に過る。


 逃げるか、溜めている今を落とすか、の二択。今度の決断は早かった。


 僕は地面を蹴り飛ばして彼女へと駆けていく。狙うは頭、一撃を入れて気絶させるのを狙う。当たりどころが悪ければ木刀でも死ぬ可能性があるかもしれないが、そこらへんは上手く防御してくれることを願う。防御されたら気絶そのものしない可能性が高いがそれはそれでも構わない。


 今やるべきことは彼女に必殺の一撃を繰り出すことをさせないことが第一だ。


 直感のままで特攻するが、けれど彼女のそれは僕の予想をはるかに上回る早さでチャージが終える。


「“ガルシアム・ジーク・クラウン”」


 呪紋を唱えると、彼女を中心に神々しく神秘的な輝きが弾ける。視界が眩い光のせいで白くなり、何も見えずに動きが止まってしまう。瞬きを繰り返して何とか視界を見えるほどにクリアになったとき、既に女騎士の姿は消―――


 頬から右横から来る強風を敏感に察して、反射的に木刀を盾にして防御を取るが、まるでトラックがブレーキを踏まずにアクセル全開で激突したかのような強力な一撃を食らい、左方向へと飛ばさせる。


「―――ッ、ガハ!?」


 ぶっ飛ばされて本日二度目の壁に激突する。先程違っていたのは壁にクレーターができるほどの威力であり、同時にそれだけの衝撃を受けても、魔力を身体に纏ったことでなんとか軽減でき、また肩などを大負傷することはなかったくらいだ。


 それでも痛いものは痛い。あまりの痛みに泣きたくなるくらいで、実際に涙が少し溢れた。


「ゴボッ、ゴボッ!! 痛っ……」


 痛みに対して歯を食いしばって堪え、四つん這いの体制のまま飛ばされた正面のほうを見る。しかし、そこには誰もいない。


 一体どこにいったんだ?


「どこを探している?」


「!?」


 上からくぐもった声が聞こえた。見上げる間もなく横へと飛ぶ。


 彼女は振りかざしていた剣を地へ振り落とすと地鳴りが起きる砂煙が舞い、地面にもクレーターが出来上がっていた。


 立っていたのは騎士。顔をむき出しての女騎士ではなく、顔までヘルムを被り、先ほどとは少しデザインが変わった全甲冑(フルプレート)姿、大剣もまるで動脈のような細い魔力の流れを見せるようなラインが入り、心なしか巨大化したように見える。


 明らかにスーパーモードとかのパワーアップバージョン。正直、僕もあれくらいの覚醒が欲しかったです。だけど、僕のはパワーアップとかじゃないんだっけ? 少なくとも魔力については分かるようになったけど。くそ! ゲンさんもう少し分かりやすい力を与えてくれてもいいじゃないか。


 そんな文句と不満を募らせるも、どうするべきか考えていると途端に騎士の姿は消えて、


 ―――気づいた時には剣がすぐそこまで迫っていた。


 剣が目に入ると『何故』や『どうして』などの疑問など一切なく、ただ目の前に迫る豪風に対して、『直撃する』と。


 ただ、それだけを悟った。


 ズヴゥゥゥーーーンンン!!!


 岩を砕くかのような衝撃が奔る。後ろにあった柱は壊れて、さらにその先の壁すらもその一振りによってグシャーン、と崩壊する。


 まともに食らったら四肢はもげて肉体は粉々に、意識は飛んで呼吸すらままならずに五体は無事では済まない、確実に紙くずのようにグチャグチャになっていただろう一撃。


「ハァ……、ハァ……」


 その一撃をなんとか回避できた僕。その一撃をどうやって逃れたのかは自分でも理解できない。反射的に避けたのか、また防御をとって衝撃で飛んだのか、それとも別の何かで回避を取れたのか。


 完全に意識が飛んでいる。あの一振りとともに記憶まで飛んでしまった。


 全身びっしょりと溢れ出す汗が止まらない。呼吸もまるで長距離でも完走仕切ったかのようにハァハァ、乱れている。これは戦いの疲労というよりも今の一撃からみた恐怖による呼吸の乱れ。


 もしも食らった時の想像と、胴体を斬られて死んだときのことを思い出す。


 また、死を繰り返す……いや次はない。あの一撃食らったら僕は蘇生してもらえない。復活させてもらったゲンさんが言っていたじゃないか、原形を粉々にされない限り回復は無理だ、と。


 なら今の一撃は駄目だ、絶対に食らったらいけない。再生なんてできるほどの原形なんて留めているはずなどない。ぺしゃんこになるのが目に見えている、それほど強力な一撃。


 スピードとパワーが段違いすぎる。


 握っている木刀には血が流れており、よく見ればいつの間にか右手に傷ができていたがそんなことは些細なことでしかない。


 ゴクリ、唾を呑み込む。喉ほどけが大きく動いたのが鮮明に分かる。それは気づけたのは恐怖で別のことに意識が向けているということなのだろうか?


 そして、もう一度来る。


 上からの僕を左右対称に綺麗に真っ二つにせんばかりの真っ直ぐに切り下げてくる。ギリギリで直前になってそれに気付いて、僕は心臓を縮むのを実感しながら大きく横に飛ぶ。


 そうだ、こんな感じで死ぬ気で避けたんだ、と別に思い出せなくてもいいことを思い出せた。


 大地が裂ける。高級な赤い絨毯も裂けて赤い毛が散り散りになり宙に舞う。舞い落ちる小さな毛の一つ一つを時間が止まったくらいに鮮明に数えられるくらいにハッキリと視える。


 そして意識が戻った時、奴はまた僕に接近しており、一撃を構えている。


 ズゥゥゥーーーンンン!!!


 呼吸がまともにできない。

 全く眼では追えてないからこそ瞬き一つが許せない。

 逃げた先にはもう既に奴がいて構えている。

 それに反応して逃げるだけで反撃などできない。

 思考に回す時間すら惜しい。

 回避に集中するあまりにこちらが剣を振るうことなどできない。


 完全に狩るものと狩られるものの一方的な関係性(ワンサイドゲーム)


 一撃一撃が必殺の強力さに、精神と体力が今まで以上にガンガンもっていかれる。


 そして、すぐに限界が来た。


 避けた瞬間着地の際に足がもたついてしまい、身体のバランスを崩れて地へと手をついてしまう。それを狙ったかのように騎士は僕の左手を雷でも落ちるかのような速さで踏みつけてくる。


「〜〜〜ッ!!?」


 指がミサイルでも飛び出すかのようにピーンと伸び上がり、声にもならない悲鳴のような唸り声が上がる。無理矢理引き離そうとするが、鉄の足はしっかりと僕を捕えた。


 睨みつけるように目を上げるが、顔を覆い隠すヘルムを纏った騎士に表情は何を思っているのか分からない。


 剣が迫り、同時に小さな影が動く。


「“ライ エリシュ アウル ゴードン”」


 影から早口で鈴が鳴り吹くような綺麗な声が聴き、雷が見えて、ガギィーーーン!!! と、続きに甲高い金属が弾き合う音が響き火花が飛ぶ。


 僕の瞳に映ったのは、銀色に青が入り混じった髪に軽装の鎧をまとった少女がビリビリと電気を帯びたレイピアで騎士の大剣を受け止めていた。


「貴様、キルレアル!!」


「ッ、ホレンさん!」


 二人の目が合う。その瞬間、隙きができる。


 僕は動ける方の右手に握られた木刀を目一杯力を込める。屈んでいる少しだけ悪い体制であったが、その状態でできるだけ身体を捻って踏みつけている足へ目掛けて最速の渾身の一撃を繰り出す。


 しかし鉄脚から甲高い音が響くだけで騎士は微動だにしていない。ダメージはない。まさに鉄壁の壁といってもいい頑丈さで、逆に反動で僕の手が痺れたくらいだ。


 おのれ、弁慶の泣き所を知らない異世界人め! 元は大日本帝国という名だった日本の言葉をなんだと思っていやがる。帝国様だぞ、帝国! 心の中で悪態を吐きつつ、防御力も上がっていることを実感する。


「ッ! “セイ アシュール ノト ドレット”」


 銀髪の少女が詠唱を唱えると電気を帯びたレイピアの発電は止み、変わりに尖端に魔力が収束し始めて、尖端から水の塊みたいなものが溢れては、それが一気に放射される。まるでレーザーのような発射。


 これには騎士も堪らずに避けて僕の手は解放される。立ち上がり、ピリピリとする手をブラブラと振りながら痛みを和らげようとするが全然変わらない。手の甲から血が出てきて、しびれて握力が入らない。


 どういうことだ、今日の僕の左手は厄日過ぎる。


 すると、左手は柔らかい小さな手に握られる。


「“ヒアリー コロン”」


 少女がそう唱えると、 暖かい光に手は包まれて手の甲の傷は癒えていく。


「回復魔法、ってやつ?」


「ハイ、そうですけど…………あの、肩の傷は?」


「そんなことよりもロリ、雨崎君は?」


「おい、今なんって言おうとしていた?」


 後ろから聴き覚えのある声が聴こえて振り返ると不満そうな顔をした雨崎君が階段から降りて、僕らの近くまでやってきた。


「ロリコン!!」


「驚きに合わせて言い切るな!!」


 ああ、この事実を否定する突っ込みかたは彼だ。間違えなく、僕の知る雨崎千寿君だ。雨崎君は少しムカついた顔をしていたが、近づいて僕の顔を見ると安堵のようなため息を吐いてから言う。


「というか大丈夫なのか? 肩の傷はどうしたんだよ」


「えーと、負けイベントのチュートリアルを終えたから全回復してもらった」


「……突っ込みたいんだけど、その説明でなんとなく分かってしまうのは、何だろう? 俺達の世界の業の深さを知るというかって痛って!?」


 悟ったような顔をする彼に対してハイキックをかます。喰らって倒れる彼に畳み掛けるように踏みつけるように蹴りを入れまくる。


「というかなんで逃げてないんだよ、人がせっかく命がけで時間稼いでやったのに。敗残兵が殿を務めていることちゃんと理解してくれよ、裸の大将君。無能の上司じゃあ会社はすぐに潰れるよ、新人がついていけないよ、辞めていちゃうよ、現実社会について知っているでしょ」


「おいやめろ色々と嫌な現実突きつけんな! 蹴るのやめろ、踏むな!」


「お、そのツッコミは雨崎君だ。モシャスじゃないな」


「そのネタまだ引っ張るか! というか蹴るのをやめてくださいお願いします!!」


「あ、あのヨナツ様そのへんでおやめください。チヒロ様は貴方様が心配で来たんです」


 仲介に入るように少女に止められて一先ず蹴るのをやめる。蹴られた箇所を擦りながら起き上がって、倒れたときについた埃を払う彼を見つめる。


「心配して助けに来たってホント?」


「……まあー、お前のことだからあの手この手を使って逃げるだろうから大丈夫とは思ったけど、キレたときのお前って何やるか分かんねーから色々と心配になってな」


 目だけそらして少しぶっきらぼうに返答する。そんな彼の様子を見て僕は胸に抱いたことをそのまま口にする。


「それってさ、友人を犠牲にしたという恐怖感と罪悪感のあまりに逃げるための時間稼ぎの意図に気付いていながらも、一緒になることで少しでも自身が持った悪性の緩和をはかろうとしたってこと?」


「…………お前はそういうやつだよな。……それでいいよ」


 どこか呆れたような、あるいは可愛そうなものを見る目になった彼は少し投げやりに言い、隣の少女は目を大きく開いて驚愕したような、耳に入った言葉を疑うような顔をしていた。


 二人の表情を見て、しまったと内心で焦る。


 クソ、油断した。戦いの興奮のせいか、助かった感動からか、再会の喜びか、つい本音が出してしまった。


 失敗と失敗を、敗北と敗北に、弱さと弱さが、逃げと逃げで、劣等と劣等を以てようやく実を結んで覚え始めた数少ないズレの修正方法を手に入れたというのに。


 また僕は間違えてしまった、油断して“気を許した”。


 三人の間に流れる変な空気を感じ始めたとき、話題を変えるように雨崎君は言う。


「で、どうすんだ? どうやって逃げる?」


「……彼女が逃してくれるならね」


 僕は視線を移しつつ彼の言葉は答える。騎士は剣を下ろしてこちらを見ていた。


「騎士の情けだ。最後のひとときくらいくれてやるさ」


「なら見逃して」「駄目だ」


 食い気味で拒否してくる。どうしても逃してくれる気はないようだ。


「キアトはどうした?」


「あの子は気絶したから縄で縛ってきた」


 雨崎君が女の子を縛った。……なぜだろう? 言葉にすると途轍もなく犯罪っ気を感じさせる文面だ。彼のことを知っている僕だからさらに恐ろしいと思わせる。


 ここは友人として彼のイメージを払拭させるために言い回しを変えてみることにしよう。


「……気を失って何もできないロリをごにょごにょと拘束してきた」


「犯罪を臭わせる、ごにょごにょって意味深なこと言うな!!」


「貴様、なんて卑劣なことを!」


「アンタも信じるなよ!!」


 よし、狙い通り彼のイメージ固まった。変質者からより高度な変態へと。別にイメージアップさせるつもりなんて誰も言っていない。ある意味変質者から高度な変態へのアップではあるが。


 …………。


「彼は紳士だからキツくは縛っていないと思うよ。キツく、はね。紳士として嗜みらしい」


「だから何故そんな誤解を招く言い方をする!」


 僕の中では雨崎千寿+少女=ネタ、あるいは雨崎千寿×少女=犯罪、と方程式ができているため隙あらばどんな状況でもからかいたくなるのは僕の性格の悪さが際立つ。


 この状況で冗談を言える僕と、それに突っ込みを入れられる彼の肝の据わりようといったらなかなかのもの。伊達に異世界に転移された上にいきなり死にかける嵌めになったわけじゃない。


 本当は恐怖で少しハイになっているだけかもしれないけど。


 この調子でこの危機的状況でも打破をしたいのだけど、騎士はそれを許してくれそうにない。一歩でも動けば彼女はまた動き出すだろう。圧倒的な実力差に翻弄されて蹂躙される。


 さっきまでのワンサイドゲームを思い出していると、神妙な顔になって雨崎君は小声で訊ねてくる。


「なあ、あの女騎士に勝てる見込みはあるのか」


「いや、全然全く。初期グラまでならなんとか互角とは言わないけど、それなりにやりあえていたから、ひょっとしたら居をついて逃げられたかもしれないけど、調子乗ってたらパワーアップされて手も足もでない、いやホントマジでどうしよう?」


「マジで大馬鹿野郎だなお前は」


 返す言葉もないけど僕を心配してやってきた君も大概だと思うよ。もし、僕が彼女の隙を見つけて上手く引き上げていたら連れ違いになったということも考えてほしい。


 それとも彼は血族系勇者として何か力でも目覚めたのだろうか。


「雨崎君はなんか覚醒した?」


「……ヒーローは遅れるものっていうか、覚醒のためのバック背景担当のおじいちゃんがなかなか焦らすのが好き、うんごめんなさい」


「分かった。とりあえず一発斬られてきたら? 僕はそれでゲンさんから全回復と魔力操作を無理矢理教えてもらった」


「マジで巻き込まれ系主人公の覚醒回(チュートリアル)じゃないか! 嫌だぞ、そんな危なげな確信のないテンプレ用意されている理由から死にかける目に合うの!!」


「……ちょっと前に現実に疲れたから異世界に転生しようとして『異世界に生きます』手紙を書いて自殺した人がいるってネットか何かでみたな。……あ、なんでもないよ。気にしないでどうぞ」


「気にしないでなに? 行けと? 逝けと? イケと言うのかお前は!? 何が『あ』だよ! 台詞の言い回しの悪意が怖すぎるんだけど」


「すいません、お二人ともおふざけはそのへんでお願いします!」


 レイピアを構える騎士から一切目を離さなかった少女は僕らを窘められて僕らは黙る。彼女を見ると緊張し強張った横顔からうっすらと汗が落ちているのを見えた。それは目の前に立ちはばかる騎士の脅威を十分知っているからこその反応だった。今まで立ち合っていた僕にも少女の気持ちは痛いほど伝わる。


 けれど、彼とのやり取りにだって僕にとってはある意味必要なものだ。


 間違いだらけで他人とズレの多い僕に必要な基準点への修正作業であり、自分の“型”の再認識であり、厚生で更生で公正で更正である、己の戒めだからだ。


 喋るのは嫌だけど、会話できる時はできるだけしておくのが僕だ。


 僕は僕自身の存在が恐いから。他人が恐いから。だからこその必要なライン確認。


 ……自己修正は一旦終了。


 雨崎君が話してくる。


「三人で突っ込むのは?」

「……無理です敵いません」

「突っ込んでいるときに高速の速さで後ろに回り込まれて斬り殺される」

「なら三人別方向に逃げる」

「無理です順番に殺されます」

「雨崎君が一番最初に殺されて次に僕、最後に君の順番だと思うね」

「……ならなんとか土下座でもなんでもして見逃してもらうのは」

「無理です話しになりません」

「さっき僕やったけど聴く耳すら持ってもらえなかった」

「お前ら仲いいな!」


 雨崎君の意見に僕らが二人して現実を突きつけると何もかも投げ出すかのような声で言ってくる。そう言いたくなる気持ちは僕らだって同じだ。


 現状僕らは詰んでいるのだ。


 本当は僕一人の犠牲にすれば二人は助かる可能性がまだあったはずだったのに……クソ!


 心の底で舌打ちをする。


 何か手はないのかと、思案を巡らせるけど僕のちっぽけな頭は何も思いつかない。


 いや違うのか。これは考えようとしてももう既に頭が、諦めてしまっているせいで思考を回そうとしてないのだ。完全な思考放棄状態。ここから先の盤上をひっくり返すなんてことはできないと、告げている。


 諦めたらそこで終わり、その言葉が頭の中に思い浮かんだ。耳心地が良くて綺麗な台詞の割に僕の人生において数々の諦めをしてきたはずなのに、終わりなど一度たりとも訪れなかったが悪魔の言葉が蘇る。


 他の二人も似たような心理なのか、苦虫を噛み潰したような険しい顔をしている。


 もがき足掻くどころかもがき苦しんでいる。そんな出来の悪い頭を叱咤しながら考えるけど。


「もうお開きでいいんじゃない?」


 天から声が聴こえてきた。 見上げると、赤毛を入り混ぜたボサボサとした茶髪の髪をした、僕らと同じぐらいか一つ上くらいの盗賊の格好した女性が鉄棒に座るかのように二階の手すりにプラプラと足を遊ばせて座っていた。


 その彼女の存在が目に入った時、ただでさえどうしようもない状況の中にいる僕らの脳裏にさらに最悪の現実を突きつけられた気分であり、それでもその現実を信じられなかった彼女が叫ぶ。


「コールは……コールはどうしたんですか!」


「え? 殺したに決まってんじゃん」


 何ともないといった調子で悪魔は告げる。その一言を耳にした時、少女の瞳に困惑の色が映し出される。


・コール・ファースト

死亡者。救世主よって起こされたとある戦いで妻と子を失い、本来仇と呼べる存在のキルレアルに怒りの感情を抱くが、自身の子と重ねてキルレアルとともに組織(チーム)を作る。が、陣営(ハーレムメンバー)に壊滅させられ、勇者である雨崎と夜名津、そしてキルレアルを逃がすために命を落とす。


太在井(だざいい)

夜名津の中学時代の友人。類友。奇人かつ鬼神。中学卒業後、地方の高校を受けてそのまま音信不通。

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