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選ばれし勇者(バカ)と巻き込まれた勇者(バカ)4

「はぁー………、はぁー………」


 全身に走る痛みを堪えながら生き絶え絶えに歩きを進めていく。


 背中なのか左肩なのか、壁に激突した時に変に打ってしまったせいで激痛が奔っていた。折れたのか、はたまた砕けたのかよくわからないがそれでも左手の指先までの神経は繋がってはいるらしく少しは曲げられる。


 だが肘は曲げると痛み、肩を上げようとするとさらに感じたことがない痛みが猛烈に走ってしまい、そのせいで上げられず、溢れ出てくる熱いものが下へと滴り落ちる。左肩、背中を中心として怪我を負っていた。


 涙が出るほどの苦痛だけど叫んだり喚いたりはしないのは僕が男の子だとか、高校生で大人だから我慢できる、などの理由でなくて、本当は今すぐにそれをやりたくてもそれができない。


 痛いときや怖いとき、僕は叫ぶことはできない。これは子供の頃の誘拐事件のトラウマで表情とともにそれらの行動を心が禁止化してしまい、反射的な叫びすら歯を噛み締めて強制的に止めさせてしまうのだ。


 そのおかげで身を潜めてから近くにあったボウガンを拾い上げて、気づかれずにセットしでき、不意討ちに成功(?)したのだからある意味儲けというもの。


 少しでも痛みを和らげようと乱れる呼吸を必死で正しい呼吸へと正そうとして、鎮静させようとする。


 有名な漫画ジョジョ奇妙な冒険の波紋呼吸法というわけでないが、実際に呼吸法というのは苦痛を和らげる働きがあるらしく、体の活性化や傷の治りを速くする、自然治癒力を上げる効果があるのだという。


 あと口ではなくて鼻で呼吸するほうが、効果が高いそうだ。そもそも口で呼吸するという生物は人間しかおらず、それ以外の生物は鼻からでないと呼吸することができないらし、あ、いや、魚類は別か。あれはエラ呼吸だ。


 頭の中の知識を、テレビや本、ネットでかき集めたものを次々と思い出し、あやふやな部分は僕の得意なデタラメをでっち上げてからそれっぽい内容を思いついて、プラシーボ効果に期待する。


 僕が今できる回復の手段が呼吸法という原始的な方法でしか、治療で使えない以上、気合や根性といった嫌いな体育会系の精神論すら縋りついて、己の体の回復に期待しつつも、広くて長い廊下をひたすらに歩んでいく。


 進むも進むも薄暗い長い廊下は続いていく。城の中で見取り図なんて知らないので、ただ当てずっぽうに進んでいっている。少しでも……少しでも奥へ、奥へ……そして広い場所を求めて僕は城の中を彷徨っていく。


 多くは望まない。


 ただとりあえず時間を稼ぐ。


 あとはどうとでもなる。


 切れた額から血が流れ、時々目の前の景色が赤く見える。歩くのをやめて壁に寄りかかり、土やバイキンやらが傷口に入ってくるなんてことは考えることなく、汚れた手でゴシゴシと力強く血を拭く。……そうしたら傷口が少し広がり、痛みが増す。


 クソっ、 痛い!! なに、馬鹿なことやってんだ!


 少し考えれば気をつけられることを!


 痛みと自分の馬鹿さ加減に涙が溢れる。今度は加減を考えてから傷口に触れないよう、血も涙もまとめて拭い去り、もう一度歩き出す。


 ぽったり……、ぽったり……、血が地面に落ちる音はまるで死神の足音のように聞こえてきた。


 思考が、策略が、知能が、……頭が考えるのが億劫になっている。考え出そうとすれば、


 痛い。辛い。怖い。面倒くさい。嫌だ。汚い。重い。足が痛い。手が痛い。肩が痛い。額が痛い。お腹減った。血が辛い。ジュクジュクする。クラクラする。ジトジトする。ピリピリする。ヒリヒリする。焼けるように熱い。口が血の味がする。呼吸が面倒くさい。鉄の味が匂う。背中が痛い。後ろが痛い。鼻汗がきもい。熱い。立つのが嫌だ。邪魔だ。歩くと傷が開く。走ることをしたくない。木刀が血で滑る。左がいらない。やめたい。やりたくない。楽になりたい。泣きたい。喚きたい。帰りたい。寝たい。痛みを消したい。消えたい。無くなりたい。亡くなりたい。死にたい。死に体。助けて。助けて助けて。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさいごめんなさい。ごめんなさいごめんなさいごめんなさい。ごめんなさいごめんなさいごめんなさい。許してください許してください許してください。許してください許してください許してください許してください許してください。もうしませんもうしませんもうしませんまうしませんもうしません。ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい!!


 心の底から弱気が次々と溢れてくる。底がしれない深い暗闇に呑まれそうになるのを必至で堪えて、歩き続ける。


 数分か、数時間か、痛みのせいで神経がおかしくなった僕の体感時間ではわからないが、ようやく深い闇の中を抜け出したように広い場所へと出る。


 そこは出入り口のロビーらしき場所。


 天井に吊るされているシャンデリアは、ホームレスちゃんと話した時の部屋とは比べられないほど大きなシャンデリア。長くて大きい赤いカーペットを敷かれた階段。扉のない大きな出入り口から流れてくる新鮮な空気は僕の心と傷を癒やしてくれる風の精霊がいるかのように気持ちいい。


 僕は、階段へと向かって下へと降ろうとするも、ぐらり、と足がもたついてしまい、そのまま階段から転んで一気にかけ落ちてしまった。その際に木刀も手放してしまい、コロンコロンと僕と別に転がり、階段の途中で止まっていた。


「……痛ッ! 痛って……。痛い……よぉー。チクショー……」


 傷の場所が増えたのか、それとも純粋に痛いだけなのかよく分からずに、体を丸めてあちらこちらを優しく撫でるように擦る。


 チャッポ、チャッポ、顔を下に向けた際に額から溢れる血が赤いカーペットへと滴り落ちて、さらに赤へと染めていく。


「ぅぁ……、ぅぁ……、……ッ!!」


 喘ぎ、乱れる呼吸。痛んで痺れる体を鞭打つように堪えて、両手をグーにしてバンバンと床を何度も強く叩く。痛みを床に移すみたいな馬鹿なことをやっている訳じゃない。


 一種の気合いの闘魂だ。きつけ、として胸や顔を叩いて気合い込めるのを今の僕の体に負担をかけたくない、傷口に響かせてやりたくないから変わりに床を叩いて気合を入れる。


 恐怖は出ていけ! 弱気は消えろ! 痛みは邪魔をするな!


 強く強く、強く、何度も叩きつける。


「ハァ………ハァ………よし!」


 僕は立ち上がる。明らかにこちらの方が身体に障るが、今の僕は色々と麻痺しているので関係ない。


 転がり落ちた階段から離れた木刀へと手を伸ばして、しっかりと強く握る。ちゃんと握られることに安堵する。


 右手の握力は大丈夫、利き手は無事。左手は肩が痛くて上がらない。肘は我慢すれば曲げられるが、それでも胸もと辺りまで上げれば痺れる痛みが走り駄目だ。握力もあるようでないようなもの。左の肩から左背中のあたりは痛くてたまらない。壊れている。いっそのこと、左の部分はいらないすら感じる。


 両足は所々に擦り傷や切り傷などがあるのか熱いものが流れるのを感じる。右膝に痛みも感じる。歯を食いしばれはちゃんと立ち、ふらつくけど歩くことはできる。走ることは……少し難しい。出来たとしても左肩の部分の痛みに響き、走った際の衝撃や負担で右膝そのものが崩れ落ちるのではないのかと思えて、走ることはできそうにない。


 下手くそな受け身……いや、左肩を犠牲にした受けを取ったおかげで頭はぶつけてしまったが、タンコブのようなものはできて鈍痛と、額部分が少し切れて流れてくる血、肩から首もとへと走る痺れる痛みだけで済んだ。頭が潰れたらもうどうしようもない。だが、首もできるだけ曲げたくない。痛くてしょうがない。口には血の味が広がり、時々、唇にしょっぱいものと同じ鉄の味が味わうときがある。涙と額の血だ。


 涙と血を拭う。


 あと少し……あと少しだけ! 保ってくれよ、僕の身体。


「……決闘の場所はここでいいのか?」


 上から声が聴こえた。


 声の主は誰だと分かっていたが、確認のためそちらへと痛む首を無理して上げる。


 見下げる鋭い眼、口元は少しだけ吊り上がって怒りを堪えたような表情をした女騎士ホレンさんがいた。着ている鎧は少しだけ砂煙をあびたかのように汚れていたが、外傷などなく無傷と言っていいだろう。そのことに僕は心の中で舌打ちをする。


 爆弾を使ったのに、ノーダメージかよ。防御魔法か何かでも付属でもあるのかな? 爆弾半減スキルとか。


 ホームレスちゃんの渡されたナップサックの中に手りゅう弾っぽい、爆弾みたいなものがあったので部屋を出る際に仕掛けて爆発させたんだけど……やっぱり生きているよな、ハーレムメンバー。


「決闘の場所は……貴様の死に場所は、ここでいいのかと訊いている」


 そう、もう一度問うてくる騎士。


 死に場所。その言葉が僕の胸の中に深く、重く、ずっしりとそして締め付けられるような刹那な感情が訪れる。


 遠い幻想のような言葉であり。


 すぐに実現される残酷な現実。


 けれど、白昼夢を見ているようで感情が定まらない。


 そんな中で一つ思い出したことがあった。


 昔、近所で剣道を習っている二つか三つか年上の少女と喧嘩して、徹底的に泣かせた記憶がある。子供の頃は結構ヤンチャで暴れん坊でガキ大将の立ち位置だった僕と、真面目で正義感の強い学級委員長タイプの彼女との甘く、そしてほろ苦い思い出とまでは言わないけど、一種のライバル関係だった、懐かしきあの頃を思い出す。


 懐かしさのあまりに理解できた。これは走馬灯だと。


 死に場所。たった一言で忘れていたものを思い出せた。


 ああ、謝りたかったな……。


 子供時の出来事とはいえ、


 彼女のことは好きでもなんでもないけど、


 顔とかあんまり覚えてないけど、


 それでも、


 思い出したら謝りたいという感情が湧いてしまう。


 僕は顔を上げ、灰色の髪をした女騎士を見上げる。


「…………その眼……肯定ととらえるぞ」


「……好きにしたら」


 投げやりに答えて、僕はまた彼女に背を向けてふらつく足取りでロビーの中心まで移動する。彼女も理解したように階段を降りて続く。


 雨崎君とホームレスちゃんはちゃんと逃げ切れたかな?


 ここまで騎士を引きつれたんだから、ちゃんと逃げ切ってほしい。あの魔法使いは少し鈍臭そうだったし、転んだ後も起き上がる様子はなかったから気絶でもしたんだと思うんだけど。勇者の血を引く彼は僕なんかより優先的に生き残らくちゃいけないんだし、ホームレスちゃんだって同じ。ロリコンである彼のサポートとモチベーションを上げられるのは彼女だけだ。


 コールさんは無事かな?


 あの人にも生きていて欲しい。無事にあの女盗賊から逃げるなり、倒すなりして雨崎君と合流してほしい。


 僕の家族は今頃どうしているかな?


 異世界転生された時の家族って一体どんな状態なのかな? やっぱり突然いなくなったことで心配しているかな。また僕が誘拐されたと思っていたりして。まぁ、実際に似たようなもんか。ごめんなさい、あの日以来感情が欠けたような人間育ってしまって。


 パワポケはリメイクしたりしないのかな?


 あるいはバーチャルコンソール移植とか、スマホアプリのパワサカをSwitchで姉妹版の『パワサカクンポケット』として発売されないかな。あー、それはかなり気になるな。略称は何になるんだろう。


 他に湧いて出ることがいくつかあった。これもまた走馬灯なんだろう。意外なくらいに詳細に思い出すことができ、忘れていた細かいことや小さいことも思い出せることがあって驚いた。


 昔のことを思い出していると、久しぶりに笑えない顔が笑えた気がした。


 そんなこと考えていたらいつの間にか、中央部あたりまで移動して僕は立ち止まる。振り返るとあちらはとっくに位置取り、僕のことを待っていた。ゆっくりとホレンさんも剣を抜いて中段の構えを取る。


 僕もまた杖のように使っていた木刀をゆっくりと持ち上げて彼女へと向ける。


「王下四剣騎士の一人《聖剣道》にして、救世主オカノハラリョウスケの剣。ホレン=バードエンドロール」


「…………」


「名乗れ、神聖な決闘には必要だぞ、勇者」


「…………巻き込まれた勇者こと………夜名津…我一」


 互いに名乗り合い僕らの間にピリつく緊張感が訪れる。


 真剣な命のやり取り。子供の頃のチャンバラなんて本当に子供の遊びしかない。残りの命をかけて全集中力を発揮させ、そして邪魔なものは全て省く。


 周囲の景色は霞むけれど、相手だけはハッキリとした姿を捉える視覚。


 自分の呼吸と心臓の鼓動音しか聴こえない聴覚。

 血と涙、汗の味しかしない味覚。

 肉と血の匂いしかない嗅覚。

 痛い以外に、普段は当たり前過ぎてあまり意識があるようでなかった、立っていると握っているという触感。


 五感は生きている。


 僕は生きている。


 そして、終わる。


 今日終わる。


 もう終わる。


 僕の生が。


 彼女によって。


 死へと変えられる。


 怖い。


 だから。



 ―――僕は、走った。



 地面を力の限り、振り絞ぼり蹴って駆け出す。無鉄砲に無様なまでに走る。肩の痛み、背中の痛み、膝の痛み、そのものは置いて忘れて無視しての全力疾走。


 特攻。速攻。 突進。衝突。体当たり。なんでもいい。


 左肩が泣き、背中が悲鳴を上げ、右膝が嗤った、目の前が赤くなる、バランスが崩れそうになるのに堪えて走る。


 握っていた木刀を力強く握りしめて、そのまま彼女目掛けて振り切る!


 ホレンさんは大剣で僕の渾身の一撃を受け止める。


「どうした? この程度かぁ!!」


 怒声を放ちながら挑発をして、押し返えされる。一歩下がり、体制を崩さないように後ろ足で無理矢理勢いを殺してもう一度前へと出る。


 剣技なんてもんはない。特定の部位に狙いなどつけていない。ただ純粋に勢いをつけて乱暴に振り回すだけのチャンバラ。子供のとき剣術。


 乱雑な剣術を受け、流し、払い、そらし、いなしていくホレンさんは実につまらなさそうな顔をしていた。構わず僕は乱打を続けるもやはり軽やかに捌かれる。突風が走れば柳のようにしなやかに流し、暴風が吹けば岩石になって受け止める。僕との差は明らかだ。


 それでも構わず僕は木刀を振り続けて彼女へと攻める。


 片手じゃ足りない、けれど左は使えないから邪魔だ。足に踏ん張りが利かない、嗤うな、しっかり堪えろ。赤くなる視界、前が見えなくなるから邪魔するな!


 言うことを聞かないわがままな身体()に叱りつける。


「……本当にこの程度か。伝説の勇者の実力は」


 そう言って息を吐く瞬間、僕は彼女の顔を目掛けて木刀を渾身の力で振り抜く、―――ここだ!


 一閃を奔らせる。


「貴様の眼には期待したのにな」


 そして、僕の体は斬り裂かれて、血が勢いよく噴き出た。


 左肩から右横腹下を斬った。袈裟斬り。その太刀筋は全く見えず、気がついたらホレンさんは通り過ぎて僕の背後にいた。


「己を呪え。自身に力がツイっていなかったことにな」


 頭に入っているようで入っていない。けれど、状況は理解できたのでホレンさんの一言に耳にしながら僕はひとまずこう思っていた。


 十分時間は稼いだ。僕にしては上出来だ。


 安心して地面へと倒れていった。


 ああ、終わった。


 これで僕はもうトラウマに悩まなくていいんだ。


 あの悪夢に僕はもう苛まれなくていいんだ。


 血がダラダラと溢れて出来て、もうハッキリとしない目と意識の中。あの日からのことを思い出す。


 四人の男。暗い場所。体に巻き付かれた縄。恐怖して泣く彼と彼女。僕。銃を口の中に突っ込まれる。独特な鉄の味。痛み。キレる男の一人。死。消失。恐怖で感情が壊れる。欠ける。表情を失う。感情が割れる。血。硝煙。怒鳴る男たち。警官らしき人。正義。悪。終了。


 時が変わる。


 今まで感じていたことが、考えていたことが、一変していた。周囲と何かが違った。ズレてしまった。周りとの接し方が不明。普通の定義。曖昧。間違い。異端。変人。家族。友達。先生。成長。すれ違い。罪悪感。殺意と悪意。善意。自分。他人。心。感情。続く。


 あの日のことを恐れないでいいんだ。

 あの日からの変質に悩まなくていいんだ。

 苦しんで苛まれなくていいんだ。

 周りに気を使うことをしなくていいんだ。

 自分を守ることをしなくていいんだ。

 もう終わるから。

 生まれ変わったらちゃんと笑おう。

 転生したら笑おう。

 記憶が失って、人以外になったとしても、笑おう。

 感情が欠けて、表情の失った僕はもういないのだから。


 なんだ、最初からこうすれば良かったんじゃないか。

 生の開放。死の受け入れ。無の世界。

 そこは僕にとって優しい世界な気がした。

 だから。

 死の訪れを受け入れた。




 ………………。




『……………お前がここで死ぬことは許さない』


 幻聴が聞こえた。


 冷たい深い闇の中へと沈んでいく中で、手足のいや身体の感覚が亡くなっていた時だった。黒い死神あるいは閻魔大王なのかもしれない、そんなことを連想させるほどのドス黒い幻聴が聞こえてきた。


『この世界で肉体の再生が可能な限り、お前たち《勇者》は《俺様の世界》へと来ることは拒絶する。来たる魂は俺様の権限(チカラ)で門の前で止めておく』


 死にたいなら自分の世界で勝手に死ね。


 傲慢にも幻聴はそう吐き捨てる。


(再生? 僕は生き還るのか?)


『生き還る? 死んじゃあいねぇよ、生者(ガキ)。気を失っているだけだ。俺様の権限でテメェの体の再生も始まっている。感謝しろ』


(僕の声が聞こえるの?)


 僕は内心の呟きに幻聴は反応して答えてきたことに驚いた。幻聴はニヤついた感じの得意気な調子で、ああ、返答する。


 魂ってことは幽体離脱ってやつだろうか。それなら身体の感触がなく、ふわふわした気持ちになっているのもわかる。魂だけの存在ということは幽霊に近いもの。


 となればこの幻聴もどんな存在か大方の予想はできそうだ。


『小僧とあの女をぶち殺したいか?』


 幻聴は訊ねてくる。あの女というと僕を斬った女騎士ことホレンさんのことだろうか? 灰色の髪をした彼女。


 もしかして。


(力を貸してくれるの?)


『先走るな間抜け。笑わせるな、俺様が質問をしている。力云々なんてアイツ等じゃああるまいし、そう都合よく貸すか! あっちでは俺様の権限(チカラ)は殆ど使えねーしな』


 黙って質問に答えろ! と乱暴に罵るように言ってくる。


 なんだ、くれないのか。体を治してくるって言うからてっきり復活してパワーアップする展開か何かとだと思ったのに。


 幻聴の言葉に僕は考える。


 僕は彼女を殺したい? 僕を殺ったことを恨んでる? 僕を斬ったのを許せない? 僕の生を奪ったのを憎んでる?


 深く深く、僕はそのことに対し自問してから。


(いや、別に全然全く)


 長く感じるほど熟考した後に僕は答える。その答えに対して幻聴は訊ねる。


『なぜだ?』


(なんでだろう? ……殺意がないから?)


『俺が助けなきゃ死ぬ嵌めになったのにもか?』


(うん、まぁそうだね)


 だって、そういう感情は抱けない。抱くことができない。抱きたくない。僕はあの日に一度失敗してしまったから。そして失ったから。


『魔法を使った娘もか?』


(うん)


『兵士たちを殺した盗賊も?』


(うん)


『世界を犯した、元凶となった一族の血を引く小娘も?』


(もちろん)


 そんな感情を起きない。起こせない。起こさせやしない。


(ほら、僕は人間だからさ。誰かを恨んだりして生きていくなんて息苦しいから。前を向いて生きていこうって)


 忘れられずに引きずりながら生きていこうって、前を進みながら死ぬまでトラウマのしがらみに囚われながら歩もうって、決めたから。

 人と人は上手くいかないことのほうが多い。


 だから、すれ違いに、間違いに、失敗に、罪に、偽りに、過ちに、危険に、都合に、敵意に、不条理に、不真面目に、不幸に、理不尽に、敵対に、寛容にならなければならない。それが大きな間違いだと理解していても。


(僕は彼女たちを殺したいとは思えない。思いたくない)


 でなきゃ、罪悪感で自分自身を絞め殺したくなる。


 傷は自分にしか分からない。他人に話して知ってもらっても、それは完全には理解してもらえないから。


『…………オカノハラリョウスケとかいうやつとの一戦になったとしても殺さないのか?』


(殺せないよ。そもそも勝てないだろうし)


『対等の条件……それ以上にお前が有利な状態で、殺せる立場にいてもか?』


(殺さないと思う。雨崎君とホームレスちゃんはどうか分からないけど)


 正直、転生主人公と戦うことになったとして負ける想像しかできなかったから適当にそう答えたが、同時に僕は彼らを思い出していた。


 勇者の血を引く彼と罪の背負った少女。


 彼もそれなりに戦う覚悟は出来ているみたいだし、場合によってその転生主人公を殺すかもしれない。少なくとも彼女を、ホームレスちゃんを助けようとする意志はあることは確かだ。なんせ、彼はロリコンなんだから。


 少なくともホームレスちゃん、自身はその転生主人公を殺すことを前提に話している節があるように感じた。


 それらについて僕がとやかく言う術はないし道理もない。


『付き合う必要も、助ける価値も、な』


(いや、それはあるよ。知り合いである彼らを見捨てたら僕に罪悪感が産まれるもん)


 だから僕は自身を囮にして、彼らが逃げられるようにしたんだから。その後のことまでの面倒は知らない。見ていられない。関係ない。


『…………お前、自分しか大事にできないんだな』


(……そうだよ)


 自分しか大切にできない。


 自分だけにしか大切に扱えないものが自分の心。心の傷は自分しか分からない。自分自身を救うのも護るのも自分自身。だから自分が大事。


 どれだけ願っても、祈っても、誰かが僕を助けてなんかはくれないんだから。


『それは………嫌いじゃね。いいだろう、ギリギリで合格ってことにしといてやる』


(?)


 クックック、愉快そうに笑い声を上げる幻聴。


『アイツはもう一人の餓鬼につくだろう。なんせ自身のお気に入りの血を引き、わざわざ自らご指名したからな。いいだろう、俺様はお前に賭けてやる。感謝しろ生者(ガキ)


 真っ暗で何も見えないはずの目の前に何かが近付く気配がする。とても大きな獣のような威圧感に圧されて、僕は何もできずにただその場で佇むことしかできなかった。


 額あたりに大木のように大きく、けれど柔らかくて少しだけ冷たいものに優しく触れられた。


『力を貸すが(ルール)上、俺の権限はあっちの世界じゃあ殆ど使えない。だからコツだけを魂を定着させる。後は自分で何とかしろ』


 額に触れているものから何かが流れてくるのを感じる。


 記憶のような力のような知識のような理のような、色々なものが頭に直接通して身体が覚えさせていく。


 ある騎士の剣術。ある魔法使いの魔法。ある村人の愛。ある商人の交渉術。ある海賊の勇気。ある王の傲慢。ある賢者の怠惰。ある奴隷の幸せ。ある子供の甘え。ある男の病。ある女の嘘。ある老人の生涯。ある馬の走り方。ある鳥の飛び方。ある精霊の恋。ある怪物の孤独。ある魔物の暴力。ある悪魔の快楽。ある魔人の夢。ある神霊の退屈。ある人間の成功。あるもの……。


 様々なものが駆け巡っていき、そして額から離れていく。


 離れていくと同時に僕は肉体があるはずでもないのに、全身にびっしょりと汗をかいた奇妙な感覚が訪れる。


 まるで本を一気読みでもしかのような爽快感と脱力感を同時に味う。大筋の内容は覚えているのに、一気読みしたせいで記憶の許容範囲が大幅に超えてしまい、要所要所の部分が抜け落ち、欠けた記憶の曖昧さが、少し酔ったように気持ち悪い。


 クハハハハ、と満足げに高笑いが頭に響く。


『あっちも終わったようだぞ、生者』


 混濁して気力が起きない、疲れ切った僕に対して幻聴はいう。


『あと言っておくがオカノハラリョウスケってやつは殺すな。お前と同じでこちらの来られても《俺様の世界》へと入れることはできねーし、魂だけの幽体……中途半端な状態で止めたら何をされたかわかったんもんじゃねー。どうしても我慢ならないジュカイのところ(餓鬼)や小娘が殺す、というなら助言としては、身も魂も完全に消せ。塵一つ、一切の痕跡を無くしてな』


 でなきゃ完全に世界は終わる。


 そんなぶっそうなことを口走る。


 それもホームレスちゃんの言っていた禁忌に触れた、世界を犯した、とやらに一つなのだろうか。一体、ホームレスちゃんの一族や最悪人類の救世主の彼はどんなことをやったんだろうか?


 僕の内心の呟きを聴き、幻聴は答えてくれる。


『少なくとも俺様のところの被害は死者達に対する冒涜だな。人間、亜人、魔物、魔獣関係なく不死者の兵士の軍を創り出していやがる』


 おぅ、オーバーロード……。


 人はどこまでも業が深い。そして、彼に勝てる要素は見つからない。死者の軍団ってどう相手取ればいい? やはりここは作者に対して酷評を流しては、精神的に追い詰めて、無理矢理物語を終わらせることくらいしか思いつかない。


 えーと、検索のためのタイトルタイトル、と。


『いいか、殺せないお前だから俺様はお前に賭ける。自分の心を大切にでき、それを守るからこそのお前に、だ。そのことを魂に切り刻むほど心にしておけ。あっちに返すぞ、生を謳歌でもして死を待ちな。死ぬときは、もちろん自分の世界で勝手に死ね』


 大きい黒い影が離れていく、暗い闇が僕から遠退いていき、晴れていくのを感じる。眩しい暖かい光がすぐそこにある。


 僕は振り返って闇があるところへと叫ぶ。


(あ、ありがとう? ……名前は?)


 お礼が言おうとしたところで、まだ名前を訊いてなかったことを今更ながら気づき、そのせいで「ありがとう」の最後の部分がつられて疑問系になってしまった。


 それに対して今頃かよ、と呆れられ、笑われたように幻聴は答えてくれる。


『俺様は《神獣》の一匹、冥楽界の支配者こと死屍え―――』


 最後まで聴こえず、僕はそこで目を覚ます。



× × ×



 頭も運もない、けれど剣の腕だけならば岡之原の陣営の中で一位二位を争う女性ホレンは落胆を隠せずにいた。


 自らの王たる存在、最悪人類の救世主こと岡之原亮介の命を狙う存在にして、伝説の勇者が、まさかここまで弱いとは信じられなかった。


 誰かがいるわけでもないのに、周囲に気遣いをするように自分にしか分からない程度の小さな嘆息を吐く。


 出会った時、一切動揺せずに自身を騙そうとした機転の速さ、仲間を逃がすために自身を囮(さっき彼が咄嗟に囮なったのだと、気付いた)にし、決闘を申し込んできた勇敢にして人として度量、また、シアト共々攻撃を仕掛けてきた、不意打ちの一発の応用力には自身の主人に通じるものがあった。やはり異世界人は侮れん、と。


 そして、何よりもあの瞳。野生の獣のように鋭く、歴戦の戦士であるかのような、夥しいほど人を殺してきたのでないのかと、業の深さを思い込ませるあの瞳はホレン自身を少し身震いさせるほど。強者の片鱗を魅せるほどの強い瞳に睨まれた時、勇者という存在は十分脅威とし、対処するべき相手だと理解できた。


 しかし、実際に剣を交えてみると実力はない。負傷しているとはいえ動きにキレはない。剣筋は力任せで滅茶苦茶のデタラメ、木剣はそのまま、魔力に宿して強化されていない。明らかに戦闘の素人でしかない。

 口先だけの弱者でしかなかった。


(ならばあの瞳も、私が過剰に期待してしまったための、幻影でしなかったのか)


 あの時、決闘を申し込まれた時に自分に身震いを感じさせた、あの眼には本物を感じたはずだった。


 ホレンは別に戦闘狂というわけでない。けれど、あのような覚悟をした強き眼には、騎士としては闘いにおいて、真摯な思いや自らの実力を高める向上心、相手への敬意を持ち合わせており、強者に挑む騎士としての誇りに火を焚かせられたのだ。


 また相手が伝説の勇者であり、自身の主を危機として排除するべき対象、その二つの意味持っているがゆえに過剰な期待してしまったのだ。


 結果は本当に呆気なかったが。


 ホレンは剣を鞘へと収めて、消化不良に似た気持ちを捨てて切り替える。


 ホレン達三人がここに来た理由は三つ。キルレアルが集めた岡之原対抗すべき勢力組織の壊滅と、その主力格にされるのであろう召喚された勇者とされる人物の殺害、そしてキルレアル本人の回収だ。


 本来なら岡之原自身が自ら来る予定だったのだが、岡之原自身は別件で忙しく、またホレンたちも自らの王を敵対組織にして害悪たる危険人物のもとへと行かせるのは、気が気でなかったために自ら志願してやってきたのだ。


 一人は殺害したため、残りもう一人の勇者。そして、キルレアル本人に岡之原の元へと連れ戻す。


 もしかするともうシアトがもう一人を倒しているかもしれない。そういえば出てくる時にシアトは倒れたままだったような気がするが……まあ大丈夫だろう。逃げられたとしてもシアトの魔法にディーネリスのやつもいる。追うのはそう難しくはない。


 そう考え、早速二人と合流し、残りの勇者を仕留め、キルレアルを回収をしようとキビ返しその場を後にしようとした時だった。


 奇妙な魔力の流れを感じた。


 空気は震えて、心なしか地面すらも少し揺れているのではないかと感じさせるほどの大地から溢れ出る大きな魔力の動きを察知した。


 何事だと、驚き、敏感に流れを見極めたホレンはそれに目を見やる。地面から漏れるように出てくる魔力の流れていく先にあったのは、倒したはずの勇者こと夜名津へと黒い魔力が集まっていた。


 魔力はそのまま負傷した夜名津の傷を癒やし始めたのだ。


 自分がつけた胴体への傷を、左肩の負傷を、額の傷を、まるで潜り込むように入っては再生させていく。


「黒い魔力、闇魔法……いや、闇魔法の治癒魔法だと!?」


 魔法剣士などとは違い、純粋な騎士であるホレンは魔法については専門的ではなく詳しくない。純粋に魔力を自身の武器などに強化させたり、自身の属性を纏わせるぐらい、あとはオカノハラの力を持って手に入れた、特別な力ぐらいしか魔法については知らない。ゆえに彼女にとって破壊や隠密などといったものが得意とする闇魔法の中に傷を癒やすものがあったことに驚かされた。


(コイツ、やはり只者ではないのか!?)


 勇者ジュカイも魔法を扱える魔法剣士だった聞く、ならば同じく勇者である奴も魔法を使えるのも頷けるが、けれど今まで見たことのない魔法を目の当たりに驚きを隠せない。


 いや、前提が違う。


 ヤツの魔力からの魔法でなく、別のところから流れてきた魔力からの治療だ。ヤツが発動しているとは限らない。と考えて、周囲を見回して魔法使いがいないか探し出そうとするが辺りに人影も、人間の気配すらない。ホレンますます混乱する。


 そして、ある一つの仮説ができる。


(そもそもこれは魔法なのか? リョウスケ殿と同じ、全く別の力ではないのか?)


 あの神秘の力を思い出す。魔法の応用、と岡之原自身は言っていたが、魔法に詳しくない自分でもあの力は魔法よりも次元が上だと理解している。


 フッ、鼻で笑えた。何を恐れる、あの力のほうが不可思で絶対と呼べるものだ。己が知らなかっただけで闇魔法の中に治癒魔法が存在しただけ焦ることなぞ何一つとしてない。


 そう思い、彼女は剣へと手を伸ばして、いつでも抜けるように構えを取る。


 こい、勇者よ。貴様が回復魔法を使えるならば何度でも斬り伏せて、魔力をカラカラに渇かすのみだ。



 そして、感情が欠けた勇者は目を醒ます。



× × ×



 目の前に見知らぬ天井とシャンデリアが目に入った。ムクリと起き上がる。


 ボケー、と目が醒めたばかりで、まだはっきりとしない頭をポリポリと掻き、周囲の景色を見る。


 さっきは肩の負傷のせいで死にかけてその上、女騎士さんに集中しなくてはならなかったのであまり周囲に意識をむけてなかったけど、よく見るとここにも何人ものの兵士たちの死体があったことに今更気付いた。


 そうだよな、玄関って普通一番の関門だもんな。こっそり入り込んだと言った女盗賊さんに、兵士を押し付けられたと言った女騎士さん。


 僕に騙されそうになったり、安い挑発に乗ったりするところから頭は弱いとは思ったけど、この様子と言動を見るともしかしたら彼女は馬鹿みたいにわざわざ正々堂々正面突破で突入してきたんじゃあないのかな?


 その間に女盗賊が別口から内部に潜入して、他の兵士たちを潰して僕らのもとまでやってきた。


 うん、性格状十分に考えられるな。


 まだ会っても間のない相手を、頭の中で勝手な想像を膨らませながらコキコキ、と首を鳴らしてから立ち上がって伸びをする。さらに身体を左右に反らしてみたり、膝を回して、アキレス腱を伸ばして、肩を軽く回して……、とそんな体操がてらに状態を確認する。


 うむ、回復回復。肩も背中も足も額も胴体も何もかもが元通りだった。


 ついでに服に染み付いた血や斬りつけた後とかも修復してくれたらありがたかったけど、うん、そこまでの贅沢は言わない。えーと、幻聴さんには感謝するべきだな。名前はなんていっていたか忘れたけど、死して出遭うことになったのだから冥界だか地獄だかの存在っぽい存在だったからな。なら今年のお盆にでもまた会えることができるだろう。そのときにでもお礼を言えばいいっか。


 ん、と落ちていた木刀を拾い、軽く振って最後の調子を確かめる。


 ブン、ブン、と二、三度上下に振ってから僕は彼女、女騎士さんへ向き直る。彼女は柄を握りしめて、何時でも抜刀して斬りかかれるような警戒態勢でいた。


「剣の腕はからきっしかと思ったが、本職は魔法使いだったんだな、舐められたものだ」


「…………」


 彼女は一体何を言っているのだろう? いや、言っていることは分かるけど……、えーと、意味が分からない。


 僕が魔法使い? 彼女の目には僕の姿が中年にでも見えるのだろうか? まだ三十は過ぎてない十六歳なんだけど、とそれは僕らの世界の《魔法使い》だった。彼女はこちらの世界の、ファンタジーの方の魔法使いだ。


 僕は一度として彼女に魔法と使っていると思わせる場面なんてない。あるとしたら扉ごと爆発させて一発ダメージを食らわせようした時だが、この場面でアレを言うには不適切。他にあるとするならば……あ、もしかして僕の身体の傷を癒えたことを指しているのか。


 気を失っていたので僕自身よく知らないけど、確かに幻聴さんに治してもらったから、傍から見たら僕が自身に魔法を使っているようにしか見えないのかもしれない。誤解にしておくのも僕の良心が痛むので一応そこらへんの弁明もしておこう。


「違うよ。僕は勇者に巻き込まれた人だから、魔法使いでも勇者でもないよ」


「今更何をいうか、お前自身が自ら勇者といったじゃないか!」


 そんなこと言ってな……あ、それは言ったか。あの挑発したときに。いい加減なことをカッコつけてテキトーなことを吐くもんじゃあないな。


 腰に収めていた剣を抜刀して、中段で構えを取る女騎士さん。


「まあいい、勇者だろうと魔法使いだろうと騎士であろうとペテン師であろうと関係ない。傷を癒やす魔法を使えるなら魔力が口渇するまで削り、いや二度と回復できないよう細かく刻んでやる」


 口を吊り上げて不敵に笑いながら宣言してくる。


 流石にそれは困る。せっかく生き還った(?)し、自殺志願者っ気が強い僕でも何度も死ぬ羽目にあいたいわけじゃない。それにゲンさん(幻聴さんのこと)話じゃあ、肉体まで粉々にされたら回復できないみたいな、そんなことを言っていた。ルールがどうのうと。


 それにまた死んだとしても身体を回復して生き返らせてもらえる保障はどこにもない。永遠に幽体の体になって、一生を過ごすことはごめんだ。


 よし、思考もちゃんと回る。


 さっきは瀕死の激痛で弱気になって、思考があまり回らなかったけど、今は大丈夫。身体も思考もどちらも正常に働く。


 あとは。


「どうした? さっきみたく勢い任せでかかってこないのか。来ないならこっちから行かせてもらう!!」


 女騎士は駆ける。僕なんかと段違いに速い動きで、瞬きすれば一瞬で姿を失うほどの疾風如き速さで移動し、瞬時に僕の後ろを取った。


「もう一度言う。運も力もツイっていない自身を呪え」


 耳元で囁くように呟いて、死神が首を刈り取るような自然の動作で僕の胴体を真っ二つにしようと斬りかかってきた。


 ガキィ!!


「―――ッ!?」


 金属と木製の剣がぶつかり合う鈍い音が部屋に響く。僕は背後にから襲い掛かってきた彼女の一撃を木刀で受け止めたのだ。


「貴様、反応できたのか!」


「一応見えてた」


 静かにそう答えると彼女は後ろへと下がり、僕から距離を取ろうとするが、僕は裏拳の要領で身体を捻って、渾身の一撃を繰り出す。ギリギリのリーチで女騎士は大剣で一撃を受け止めて、その衝撃で後方へと。


 使い方はこうか? ……うん、合っているっぽいな。難しくはないし、ちゃんと身体が理解している、反応もできている。


 感覚がかつてないほど研ぎ澄まされている。身体がどう動かせばいいのか、ちゃんと理に適っていると言うべきか。


 僕は木刀を構える。向かい合う彼女は鋭い目は今まで以上にますます薄く細めて僕を睨みつけてくる。今の攻防で一気にこれまで評価を改めたようで、警戒心の高さが跳ね上がったようだ。


「……先ほどは本気ではなかったのか」


「いや、本気だったよ。僕は常に本気で生きるほど本気な人間なんだ」


「戯言を吐かせ」


 戯言じゃないんだけど……。やはり無表情の僕には本気の主張の説得力に欠けるようだ。僕の事を全く知らない初対面の相手にはそれが余計に際立つ。


「ただ」


 別に言わなくてもいいことは分かりつつも変に誤解させておくのは僕の中で罪悪感が生まれてしまう。それは本気で嫌だ、死ぬほどに嫌だ。罪悪感に囚われて生きるなんて僕は絶対にしたくない、死んだほうがマシだ!


 だから僕は告げる。正しく伝わらなくても、ちゃんと理解してもらえなくても、僕はちゃんと努力して相手に対して誠意を示したと、自分に心の底から胸を張れるようになりたくて、僕は告げるのだ。


「こっちの世界のルールが理解できたんだ。使い方が解ったんだ。だからこそちゃんと反応できる」


「……」


 彼女は何も言わない。ただ黙ったままこちらを探り入れるように警戒したままの視線で僕を見ていた。僕もただ黙ってそれを受け止めていた。そして、彼女は何を思ったのか、鼻で笑う。


「フッ、なんでもいい。何にせよ、ここからが貴様の本気というならばそれを切り伏せるのみ。生き還ったことがツイってなかったと後悔するがいい!! 勝負だ勇者!」


 彼女は大地を蹴り出し、僕も駆ける。


 女騎士と巻き込まれた勇者()の本当の激闘が幕を開けた。


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