選ばれし勇者(バカ)と巻き込まれた勇者(バカ)3
「はあああぁぁぁーーー!!!」
気迫と共に槍を巧みに操作しながら、怒涛の乱れ突きを繰り出すコールさん。しかし、ディーネリスさんもそれを冷静に対処し、降りかかる槍の雨に二刀のダガーナイフで捌ききる。
余裕、と言いたげな得意げな顔をするディーネリスさん。
その挑発に乗ったのか、ふん! と力任せに殴るように横腹へと薙ぎの一撃を放つが、ディーネリスさんはその流れにそぐわないように流麗な動きで体を屈めて、そのまま足払いを仕掛けようと左脚を伸ばす。
けれど、それに反応して、コールさんは槍の軌道を無理矢理横断から縦断へと切り替える。槍をディーネリスに叩きつけようとするも、危険を察知しては足払いをすぐに止め、片足だけの脚力を上手く作用させて横へ跳ぶ。
「邪魔くさいな、もぅー」
体制を低くしたまま、笑みをやめ、ディーネリスさんは鬱陶しそうな顔をしていた。右手のダガーナイフをくるっと回転させ、逆手へと持ち直す。
「おい、お前たち。キルレアル様を連れてさっさと逃げろ」
ディーネリスさんがどう動き攻めてくるかを対処できるように目を離さず、コールさんは僕たちに言う。
「お前たちはまだ戦えないんだろう。三人を庇いながらは無」
「「ラジャー!」」
僕たちはコールさんが最後まで言い切る前に了承して扉へと走りだす。
すると、先ほどとショックが立ち直っていなかったのか、あるいは僕たちの決断の速さについていけなかったのか、え? と現実の理解に少し遅れて一人だけ取り残され、出遅れるホームレスちゃん。
おかしい、転生主人公と一緒にいたならこれくらいのこと平気でついてこれそうなものなのに。
ホームレスちゃんを見て、あー、もう! と雨崎君が悪態を吐き、彼女の元へと戻る。
「おい、キル逃げるぞ」
状況の理解に追いついてないキルちゃんの手を握られると、ようやく眠りから目覚めたかのように「あ、はい」と反射的に答えて二人は走り出す。
「逃さないよ!」
二人の動きに察知してディーネリスさんがダガーナイフを一本投擲する。ビューン、と真っ直ぐ雨崎君の頭に目掛けて発射されたナイフ、それを「させるか! 」と咆哮を上げ、槍で叩き落とす。
「コール!!」
「早く連れて行け!!」
ホームレスちゃんの悲痛そうに名を呼ぶが、コールさんは遮るかのように僕らに命令する。雨崎君は強く手を引っ張って連れ去ろうとするが、ホームレスちゃんはそれに拒む。
が、一瞬、コールさんと目が合い、「速く行け」と告げる目に、彼の意思に気付いたのか、ホームレスちゃんも覚悟を決め走りだす。
「逃さないって!!」
追ってこようと飛びかかるがコールさんは阻止する。
「逃がすさ、お前の相手は俺だ!」
その一言を耳にして、僕ら三人は急いでその場を後にし、長くて広い廊下を走っていく。
飛び散った血、惨殺された幾つもの屈強な兵士たちの死体、体の部位の一部。生暖かくて不穏で危険を直感させる、強烈な臭いが鼻へと嫌に香るが僕は気にも止めない。
雨崎君も「うっ」と死体の道に呻きを漏らすけど、決して足を止めることはなく、現実から目を逸らすように走る。
足を止めたら、すぐに僕らも名も知らない彼らと同じに所へと行くことが目に見えている。だからこそ逃げることだけに集中する。
先行していた僕の隣を抜き去っていく陰が視界へと入り、一瞬焦るがその正体はホームレスちゃんだった。
「わ、私が案内します! 付いてきてください!!」
頼りがいのある申し出に僕は喜んで先頭を譲る。
銀色の長い髪を靡かせて先頭を駆ける少女。僕たちに比べて軽装とはいえ、鎧の重みは確かにあり、華奢な体格からしてとても体力があるようにもみえないし、実際にそうなんだろう。咄嗟のダッシュとのこともあり、既に息が切れかかっている。
順番を変わったばかりなのに彼女の遅いペースのせいで僕らの足も遅くなり、いや、それでも中学生と高校生としての体格さや体力的な部分もあって簡単に追い抜きそうになる。
なんて軟弱なんだこの子は!? 素直に置いて行きたい!
ここでよくある、彼女をお姫様抱っこして彼女はナビで僕が車する、という物語の王道ではよくあることをしてやりたかったが、現実的に考えて僕の腕力と体力ではそう長く持ちそうにない。
中学生くらいで女の子+軽装装備の鎧でお姫様抱っこするだけならばできる自信はある。けれどそこからさらに時間不明で長時間ほど走り続けるのは難しい。
……重さを二つの細い腕の中と限定されず、それ以上の広い面積で上手く体重を分配させる運搬法として上げるなら、お姫様抱っこよりも男子的に嬉しい女子と密着できるおんぶなら、まだもう少し考える余興があるかもしれない。
しかし、走りながらおんぶへと切り替えるのは、それはそれで難易度が高……あ、そうだ。僕の隣には彼が、雨崎君がいるじゃないか! 彼ならば、女の子相手なら通常の三倍いや四倍は力を発揮する。それにロリと合法的に密着できるとならば彼の戦闘力は計り知れない。スカウターの上限すら軽く超えるだろう。
そう考えて隣の彼の方を見ると、かつてないほどの真剣な顔となり、前を走る少女の可憐な走り方や、揺れる長い銀髪の動き、そして軽装装備のせいか、腰元あたりには特に金属性の装備されていないため、可愛らしいお尻あたりを恐ろしい形相で目に焼き付けていた。
…………僕は何も見えていない。もし、見ていたらスマホがこの手にないことを悔やんだろう、国家権力に通報できる手段がないことに。
……あったとしてもどっちみち連絡はつけられないか。
あらゆる意味で他に打てる手も思いつかないので、彼女のペースに大人しく従って後をついていく。
「ここを左に曲がります。そして四つ目の扉へ」
別れ道になるとそう指示を出す。ちなみに右に行けば僕たちが最初にいた牢屋の方の道になる。
僕たち左へと曲がって進んでいく。曲がる際ちらりと横目で後方を、走ってきた道を確認して、ディーネリスさんあるいはコールさんのどちらかが後ろにいないかを確かめる。
そのどちらの姿も見当たらない。そのことが何とも言えない不安を覚えてしまう。コールさんは果たして無事なのか、ディーネリスさんから隙きをついて倒すことはともかく、逃げることは可能なのか。
「……ねえ、今更聞くのもなんだけど君って一体何者なの?」
「……」
返答はない。聴こえなかったのか、それとも聴こえていてあえて無視しているのか。
前を走るために彼女の表情は視えない。何を思っているのか、どんな感情を抱いているのか、後ろ姿しか視えていない僕には全く分からない。少なくとも逃げることはちゃんと頭に入っているだろうし、僕の質問は安全確認した場所でまた話を聞けばいいだけの話なのだが……。
けれど、構わず僕は続ける。
「僕らは、というか僕はてっきり君をお姫様か何かだと思っていた。コールさんは側近の従者で、それで兵士がいるのも頷ける」
「それは……少しだけ…………違います」
ちゃんと聞こえていたようで、彼女は迷ったように否定する。
「私は姫など王族や貴族といった身分がある者でありません。立場上、場合によって同じくらいの権限を発動するのは可能かもしれませんが、けど立ち位置としてはひどく曖昧なものです」
「なら直属の近衛兵かい? だから鎧を纏っている」
「それも遠からず近からず、です。……私は、私の一族は、いうならば王族や貴族に付き従う専属顧問の魔術師や錬金術師といったものです」
専属顧問の魔術師や錬金術師。
なるほど、確かにそれなら結構重要なポジショニングではあるが、立ち位置としては曖昧な存在なものにでもなるだろう。実際にどういったものかは、詳しくは知らないけれど、だがおおよその予想くらいは考えつく。
あくまでも僕の想像なのだが、この手の立場の人間は雇い方次第では役割の位置が色々と変わってくるもので、例えば魔術師の家庭教師だったり、魔術や錬金術による研究者として、国家問題などといったものを相談役としての参謀だったり、といった具合に。雇用によって立場や配偶などが変わってくるものだろう。
けれどだからといって、彼らが王族と貴族と並ぶことはあまりない。ただの専門家としての相談役や師範として雇われているから(いや、爵位づけとかがあるのか?)
なるほど、ならばディーネリスさんのあの言葉も頷ける。
「私の一族は古くから王族に付き従えていました。だからガルシアルヨルガが出現した、最初は魔法部隊のとして戦力としてされていましたが、あまりにも強大な力のせいでその対処に悩み、予言の言葉に頼りました。けれど、勇者などいつまで経っても召喚されず、どうすればいいのか分からなかった私の一族はあることを思いついたのです」
―――なら、我々の力で呼べばいい。
「他界への干渉は《神獣》の力で成し遂げられない代物、神秘の力、奇跡の現象で人の力では到底不可能だと思われていました」
「……だけど成功してしまったのか」
雨崎君の言葉に彼女は重く、深く頷いた。
「その時は偉業を成し遂げだと、これで人類は救われると歓喜しました。それが大きな間違いだったとは知らずに」
舌を噛みしめるかのような悔やんだ声で答える。
「気づいたときにはもう遅かったんです! あの人は危険な人物だと、この世界を歪ませて!! 」
「……」
「怖くなった私はあの人のもとを去り、だからコールたちとともに私たちは対抗するべき《組織》を作り出して、本当の予言の勇者である、あなた方を待っていたんです」
「……」
「………勝手な都合だと分かっています。私たち一族の尻拭いをさせるために選ばれた勇者です。汚い部分を押し付けるだけ最低な綺麗なところばかり寄生するで人間です。軽蔑されても当然です」
「……」
「でも! でもでもでもでもでも!!! 私は!!!」
「分かった。今、それで十分だ! 今は逃げることだけに集中してくれ」
己を責め立てるホームレスちゃん。今にも壊れそうなほど抱く強い感情に察知しって、雨崎君は話をそこで無理矢理止める。彼女も何も告げず前を走る。
彼女の小さい背中に背負っているもの大きさについては僕にはわからない。
ついでに隣を走る彼が黙って僕と同じように彼女の背中を見つめては、彼女の気持ちを慮るように思案する顔なのか、それとも時々ちらすかさせて垣間見える白い首筋の部分や、うっすらと服越しから背中から腰辺りまでのボディーラインの新手の焦らしに対して目に焼き付けている顔なのか、わからない。
さっきの自分を責めるホームレスちゃんを止める台詞だけ聴くと前者なんだが、さっきお尻をガン見していたせいで後者のほうが強いんだよな~。
そんなことを考えていると、丁度四つ目の部屋へと到達した僕らはそのまま中へと入っていく。
中は倉庫のようなもので剣や槍、斧に銃といった武器や鎧などの装備品といった道具の数々がある。 ……僕らに何か武器でも持たせるつもりだろうか?
その疑問は正解のようで、ホームレスちゃん中に入るなり、指示を出してくる。
「ここで武器と道具を。とりあえず武器を好きなものを選んでください。できれば銃火器やボウガン、弓といった弾や矢が必要なものよりも短剣系といった携帯しやすくて頑丈そうなもの、使いやすいものでお願いします。その他の道具類は私が準備します」
機動力重視の最低限装備。それはディーネリスさんに対抗する考えというよりも、ここから脱出、……追ってから逃げるための意見だった。それだけ伝えるとホームレスちゃんは機敏に動く。
僕も近く棚や箱、壁がけっていたりする武器らを見る。ナイフ、短剣、サーベル、剣、大剣、槍、斧、槌、その他。と、数々の武器を一瞥して考える。
……果たして僕は人、一人を殺すことに、傷つけることに覚悟を決めることができるだろうか。
握っていた木刀を見る。これも使い方、当たりどころ次第では十分に人を殺めることができるだろうが、この部屋にあるそれ以上に人を殺すことに特化したもの。
…………。
「あー、そういえば、この手のものって、最初の方はモンスターを殺すようにしているのは、最初から人の形をしているものを傷つけるのに抵抗を覚えるからまずは他の生物で殺すことで心を慣らして、殺すことに対する抵抗を薄めていく。それで最終的には人を殺すことに躊躇いを無くすことが目的なんだって、何かに書いてあったな」
「おい、いきなり怖いこと言うな!」
手近なところにあった剣を装備しようとしていた雨崎君が、首だけをこちらに向けて怒鳴る。だけど、僕はそれを無視して吐き捨てる。
「罪悪感の簡略化、かね。苦手だな」
「ッチ……言いたいこと、考えていることは分かるけど……あんまし深く意識させんな。戦えなく……なるだろ」
舌打ちして、握っていた剣の艶を確かめながら、深く瞳の奥底へと沈ませている。それは恐怖と不安、そして強い覚悟か。
チキンな僕とは違い、雨崎君はそれなりに精神的な葛藤に苛まれながらも、それでも覚悟と決意を固め、決してこれから戦うこと自体を否定しない。
先ほどのホームレスちゃんの話は確かに自分たちばかりの都合の良い話でしかない。それに対して僕らが命賭けることも、危険に身を投げることなんて筋違いでしかない。
けど、女の子は泣いている。いや、涙を堪えて必死に足掻き、苦しみ、痛々しく、我慢し、なりふり構わずに戦っている姿を見て見ぬふりなんて人として彼にはできないのだろう。
弱きを助け、強きを挫く。困っている人はほっとけない。
祖父が英雄といわれ、同じく勇者として召喚された彼。責任感や使命感は僕や最悪人類の救世主とはまた別のものがあるのだろう。ゆえ、武器を取ることを、戦うことに、覚悟が存在するんだろう。
英雄の血を引くもの勇気、……勇者の片鱗とでも言うべきか。やるときはやるのが彼という男だと、短い付き合いの僕でも十分に知っている。
……そう、彼はロリコンだから!
ロリコンだから!!
…………大切なことだと思って二回言いました。たぶん、彼が彼女に味方する七割の理由はこれに当て嵌まると僕は睨んでいる。残りの三割は緊急時だからだ。
そんな僕たちのやりとりは耳に入っていないのか、ホームレスちゃんはテキパキとした様子で部屋にあった武器の一つ、レイピアを選んで自分の腰元へと装備すると、ベージュ色のナップサックへ使えそうなものを入れていく。雨崎君もまた物色に集中する。
僕も二人に見習い、武器はともかくとして、靴下だったんじゃあこれからの移動に支障が出ると考え、とりあえず靴だけを拝借する。
「準備はできましたか?」
履き終えると、後ろから声をかけられて「うん」短く返答する。
「俺もだ」
雨崎君をみると、彼が選んだ武器は厚さのある短剣だ。ショルダーベルトを腰に巻きつけてその短剣を装備していた。
「これをお願いします。逃げましょう」
近くのテーブルに置かれたナップサックをそれぞれ渡してくれる。しっかりとした重みがあるも、これくらいならあまり気にせずに走ることくらいはできるだろう。ナップサックを背負う。
「コールさんは大丈夫なのか?」
「コールは……きっと大丈夫です。たとえ、ディーネリスさん相手でも上手く逃げ切ってくれます」
今はそれを信じるしかない、と僕たちよりも自分に言い聞かせているような言い方だった。雨崎くんもそうか、と小さく呟いて応答する。
こちらへ、とホームレスちゃんは部屋の隅の方へといき、部屋全体に敷かれていたマットをはがすと、そこに隠し穴が現れた。ホームレスちゃんは蓋を上げると階段があり、下の様子まで全く見えない暗黒の闇、奈落を連想させるような地下へと繋がる通路が存在した。
「ここから進んでいきます。この先の地下水路を通っていけば気付かれずに逃げられることが可能です」
さぁ、急いでください! ホームレスちゃんが言い、すぐにでも階段へと駆け降りようとした瞬間だった。
隣の部屋から何か聞こえた。
「―――そこか」
シュパパパパーーーン!!!
「え?」
一瞬、その声は僕ら三人、誰が発した言葉なのか分からなかったけれど。その答えはすぐに理解することができた。
すぐ左隣にあったはずのブロックの壁がまるでバターでも斬るかのようにいとも容易く切り裂かれて壁は崩れ落ち、隣接する部屋へと繋がる大きな穴が一瞬にして出来上がったのだから。
三人の誰もが信じられないものを見るような目になって驚愕し、唖然とする。するとその穴から誰かが出てくる。
「ふっ、どうやら正解のようだな。実にツイっている」
隣の部屋からこちらへと入ってくるやいなや、僕らの顔を見ると嬉しそうに鼻で笑う女騎士が現れた。
肌の色は褐色で、灰色髪に碧眼。ディーネリスさんと大差ないほどの女性としては高めの身長、自信と強さを表しているかのような鋭いつり目。ヘルムだけ被らず全身を覆う、上級騎士のような気品を感じさせるプレートアーマー。その手に握られているのは大剣。聖騎士のような女性が現れたのだ。
「ホレンさん!」
驚き、目を大きく見開いたホームレスちゃんが言う。この人も知り合いか? なら敵と味方どっちだ?
「お前たちがリョウスケ殿の命を狙う、勇者のようだな!」
その一言で僕たちにも、十分どんな人物なのか理解できた。岡之原亮介の陣営だと。
クソッ、雨崎君ん家でも学習したじゃないか! 敵は一人でない可能性が高い、と、なんでその考えを及ばなかったんだ! 心の中で悪態つく。
焦る僕らを他所に不敵に笑い、余裕の態度になる女騎士。
「ディーネリスのやつが私に兵士たち押し付けられたせいで出遅れてしまったが、なんだ流石は私だ。実にツイっているぞ。フハハハ!!」
「……違いますよ」
「ハハハハ、え?」
僕が否定すると、笑うのをやめる女騎士のホレンさん。ついでに言うなら雨崎君とホームレスちゃんも、お前はなに言い出してんだよ? と疑問符を浮かばせているが、僕は構わない。
何故なら、僕自身も自分でなに言い出してんだ、と一番驚いているんだから。
なんか、こう、高らかに笑うもんだから少しムカついちゃって、適当なことでも言ってやろうとイタズラ心が湧いちゃって……馬鹿か僕は! このタイミングでその神経は明らかに可笑しいだろ!
自分の性格の悪さと間の悪さが本当に恐ろしい。
内心では汗がダラダラと流れる僕だが、そんなことを気付いた様子はない女騎士は、目を細めてからジーっと、疑うような目で僕を観てくる。
「何を言う? 白々しいぞ」
「いえ、本当なんです。僕らは勇者なんてものじゃあないんです。信じてください! 」
一度ついた嘘はバレるまで突き通そうするのが僕だ。
懇願するように叫ぶ。表情の変化が他人よりも薄いので疑いの眼差しを向けられても動揺はあまりない。同時に懇願するときも声の感情だけで表情に変化があまりないので、信憑性が欠けてしまう可能性があるが。まあ、そこらへんについて。
「僕らはその勇者と名乗る連中から“モシャス”とか“メタモン”とかなんとかの変な呪文を唱えられて、そいつらと似た顔と格好に変えられたんです。『お前らが囮にしてその間俺たちは逃げる』と、あくどい顔をして逃げ去ったんです! 信じてください!!」
「な、なんだと!!? ハッ、確かにモシャスについてはリョウスケ殿も一度口にしたことが……おのれなんて卑劣な奴らめぇ!!」
僕の話を簡単に信じ、ホレンさんは怒りに我が身を震わせている。傍の二人からは『よく堂々と嘘を吐けるな』や『信じるのかよ』と僕らのやり取りを終始呆れた目で見ていた。……助かるかもしれないんだからそんな目で見るなよ。
僕はホレンさんが、呆れた様子の二人を意思させないよう、話を早いところで切り上げようとする。
「上です! 空から飛んで逃げると言っていました!!」
「そうか、屋上か! すまない、助かる! 君たちにかけられた魔法はそいつらを退治してすぐに解かせてやるぞ!!」
「……嘘。ホレン。騙されている」
鈴がなるような綺麗な、けれどどこか詰まったような話し方のテンポが悪い、まるで機械音声のような声が聴こえた。声がする方に視線を移すとホレンさんが開けた穴からもう一人、少女が現れる。
ボブカットの水色の髪に寝ぼけ眼のような目に、ボンヤリした雰囲気のある少女。身長はホームレスちゃんより低く小学生ほどの身長。白がメインのラインには明るい緑の入った魔術師のローブを羽織り、右手にはライトグリーンの水晶がある杖を握っていた。
「……魔法。違う。その人たち。本物」
喋るのが苦手なのか、一つ一つ単語だけを区切った特徴的な話し方をするが、内容を伝えるには十分な言葉数で言う。
まずいな、まだ仲間が存在したのか。
面倒くさい状況になったことを頭に抱えていると、仲間の一言にハッとした気づき、怒りを浮かべた顔になってこちらへと振り返ってくる。
「貴様、私を騙したな!!」
「……本当にそう思いますか?」
「な、何を言うか?」
今にも斬りかかって、襲ってきそうな勢いのホレンさんに対して僕は逆に冷静に振る舞いつつ、バレたことなど気にせず、白々しくそれでいて強気にでる。
すると、僕の態度を見てから少しだけたじろぐホレンさん。その様子に、よしまだイケるぞ、と自信が湧いてくる。このまま押し切ってうまくやれば同士討ちも狙えるはず。
そう考えて僕は賭けに出て、続きを話す。
「彼女は僕らにかけた変幻魔法を使ってあなたの仲間さんに化けた勇者かもしれません。今言ったようにあなたを誘導して、僕達を殺した後に疲れたところを……いえ、殺している途中に背後から攻撃してくるかもしれませんよ!!」
「ハッ、そうか!! 貴様よくもシアトの顔を真似してくれたな、成敗してくれる!」
「……ばか」
本当に心の底から馬鹿にしたような顔になる魔法使いの少女は目を瞑り、杖を軽く地面叩く。すると彼女を中心とした周囲に纏うように白い光が輝き出す。
「“ノル フェアル ズゥー ヨンドゥル”!!」
話している時とは比べられないほどの滑らかな口調で謳うようにそう唱えると、シャーン、と光が弾けた。
反射的に僕達は両腕を盾にして防御の構えを取るが、特に何も起こらない。恐る恐る両手のガードを緩めて魔法使いのシアトと呼ばれた少女を見ると、彼女は口調を戻して告げる。
「反魔法。魔法解除。証拠」
短くそう答える。
反魔法? 解除? え、それってつまり……。
「危ない、避けてください!!」
ホームレスちゃんが叫ぶけど、遅かった。
気づいたときにはもう既に、僕の隣には暴風と呼べるようなものが接近しており、回避など間に合いそうになく
ドオォォォーーーン!!
直撃し、そのままぶっ飛ばされて壁へと激突した。
「よ、夜名津ーーー!!?」
× × ×
女騎士は大剣をまるで野球のスイングのように鋭く、力強く、一振りするとまるで暴風でも作り出したかと思えるほどの衝撃が飛んだ。振った大剣は刃の部分でなく腹であり、それが夜名津に接近する。
迫ってくるそれに対して夜名津は気づくのが遅れて回避なんかできずにそのまま直撃し、逆側の壁の方までぶっ飛ばされた。
殴った姿勢のまま怒りを宿したギラギラの鋭い目つき。まるで野生の獣ように獰猛で狂戦士のように猛々しい瞳の女騎士ホレンは言う。
「私を騙そうしたことは褒めてやろう。だが、許さん!」
飛んでいった夜名津に何の反応もない。壁へと激突した際の衝突で一緒に棚が崩れ壊れてしまい、その上砂煙も舞ってしまったせいで様子が分からない。
「っ! 夜名津!」
あんなものを受けて無事でいられるはずがない。すぐに駆け寄ってアイツの安否を確認しようと走り出そうとするも。
「“グラ ユング ノー ヴァンド”」
「!?」
急に全身が何倍ものの重しをつけられたように重くなり、動くどころか立っていられず手と膝が地面について動けなくなってしまった。なんだこれ!? 重力操作か!?
下を見ると茶色の光を帯びた魔法陣が展開されており、直前に魔法使いの少女が唱えた呪文のようなものによって発動とした魔法だと瞬時に理解できた。
俺は魔法使いを睨む。魔法使いはトロン、とした冷めた目で言う。
「動かない。同じになる」
「……ッ!」
それは夜名津と同じ目になるということだと十分に理解できた。同時に、今の光景がフラッシュバックして、俺の身体に怖気が奔り、言葉が喉に詰まる。
「シアトちゃん! ホレンさん!」
キルが二人の名を叫ぶ。魔法使いのシアトはなんの反応も示さないが、女騎士ホレンは強い眼光で、物凄い威圧感を放ちながらこちらへと振り向いて訊ねてくる。先ほど、夜名津に散々騙されていた馬鹿な様子は一切消えていた。
「なんだキルレアル殿……いや、キルレアル。何か文句でもあるのか?」
「なぜこんなことを!」
「『なぜ』、なぜと問うたのか? ハッキリ言って我々の方が『なぜ』と問いたい。魔獣から世界を救い、変革をもたらし、新たな世界へと導くリョウスケ殿を『なぜ』裏切ったんだ! 救世主であるのは、英雄なのは明らかにリョウスケ殿であろう!」
それはまるで、自らの信条する神か何かを讃えあげるかのようにホレンは語る。そして同じ信者であった、いやそれ以上に近い存在であったはずのキルがそれを裏切り、背徳した行為を行ったことに怒りを覚えているような怒りだった。
怒鳴りつけるホレンに対し、怯えているもののけれど譲らない信念を宿した瞳でキルを返す。
「いえ、あの人は英雄なんてものではありません。世界を侵す悪です! 私の一族が犯した業の塊です!!」
ジャッキ!
大剣の刃をキルのすぐ首元へと置くように向け、正面に立つ。一言でも発せばその瞬間容赦なく切り捨てるかのように、そしてその冷酷な判断を下すことに一切の迷いなどないように強い意思が伝わってくる。
シアトも杖を強く握ってより一層の冷たい瞳になり、魔法はいつでも使えるような姿勢でいた。
首に置かれた剣で少し切れたのか、キルの綺麗な白い首筋に薄っすらと赤いものがゆっくりと流れ落ちていく。
「……今すぐにでもその首を切り落としてやりたい。が、残念ながらリョウスケ殿から殺すなと言われている。ツイっていたな」
「…………」
何か言いたげに、だけど何も言えないで悔しそうに顔を歪めるキル。今に泣き出しそうで崩れてしまいそうな瞳。けれど、彼女は勇敢にも目の前の騎士から目を逸らそうとしない。
その顔を見て―――何もできない自分自身が許せず腹が立ってきた。
そんな顔すんじゃあねぇよ。チクショー、なんで俺は動けないんだ!
友達をぶっ飛ばされて、今にも泣きそうで辛そうな顔をしている女の子に何もできないんだよ、俺はぁよ!!
今すぐに目の前の女の子を助けたい。心の闇を救ってやりたい。話の内容はまだ全部を確認したわけじゃないけど、悲しい顔をする女の子をほっとけられない!!
今までないほど強い感情が沸き上がって俺の身体を動かそうとする。
強く拳を握りしめる。ギシギシ、と鳴くひびが入るような音が奏でるが、歯を食いしばり、時間が止まったように動かない体を、ありったけの力限り前へ、前へ、と魔法陣の外へと抜け出そうとする。
動け動け動け動け、動け!!
「うおおおぉぉぉーーー!!!」
雄叫びをあげる。全身を襲う重力に負けそうな心をねじ伏せて、何がなんでも脱出する心の底からの雄叫び。
「ほぅー、足掻くな。流石は伝説の勇者といえる」
魔法陣から抜け出そうとする俺を見て、感心した声を漏らすホレン。構わずに俺はあがき続ける。ジリリ、メキメキ、と体にいやな音がでるが気にしない。
すると俺の左隣に白い陰が立ち、見上げてみると目の前にはシアトがいつの間にか移動していた。
「無駄。リョーの魔法。重力。凄い。あなた。敵わない」
「関係あっか!! 無理を通すんだよ!!」
少しだけ目を広げて驚いた様子になる。けれど、すぐにつまらないもの見るような冷えた目に変わる。
「……同じ。でも。リョー。頭いい。あなたたち。無能」
それは同じ異世界転生者として天秤に計られているような言葉だった。本当に同じ世界からやってきたものなのかと、疑いを覚えているらしい。表情の変化が少ないが同じ誰かさんとは違い、こちらのほうがだいぶ分かり易い。
無能。確かにそうかもな。どういう経緯であれ、キルの主張がなんであれ、あっちは世界を救っていることに変わりはない。実力は本物なのは確かだ。
だけど!
起き上がる力をさらに強くする。ギギギ、と骨なのか、肉なのか、そもそも人の体で出せる音なのか判断つかない音が鳴る。
ぶっちゃけ、岡之原亮介とか言うやつのことを全く知らないけどよ。俺はな、懐いて甘えるヒロインを、面倒くさいから言いつつ明らかに内心じゃあ「俺のこと好きだから平気」って態度が、ゴミのように散々雑に扱って、そして調子よく本当にヤバイ命がけのピンチの時に、やれやれといった感じに自分を好みのご都合主義な展開へと持っていく、自分勝手な転生主人公には怒りを覚えるんだよこちとら!!
主人公なら慢心した態度とってないで羞恥心も覚えても、本気の態度で示せってっつーの!!
魔法使いを見る。
「……お前らはかわいそうな奴らだよ」
「……意味。不明」
だろうな、挑発するような不敵な笑みで返す。それはちょっとした強がりであり、悪足掻きという名のただの虚言でしかない。結局それくらいに出来なかった。
俺の身体は限界がきてしまい、重力に圧されて床に倒れ込む、その時だった。
ズバシャーン!!
強力なゴムを引っ張り上げ、その弾力によって何かが飛ばされた音が唸る。
飛ばされたものは真っ直ぐ、シアトの後頭部目掛けて飛んでいく。
発射されたときの音に振り返って反応したシアトは、とっさに体を逸らそうとして回避を取ろうとするけど、ホレンが部屋を切り開いたときにできた瓦礫に躓いてバランスを崩す。
「あぅ!?」
今まで発した音声の中で一番素っ頓狂であり、けれど聞くのには違和感のない、逆に親密感がわきそうな声を漏らしたシアトは転んで思いっきり頭をぶつけた。
だが、結果はどうであれ、飛んできたものには無事に回避でき、そのまま―――同じ位置で後ろの方に立っていたホレンへと飛んでいく。
ホレンはシアトのように避けることなどせず、飛翔物を迎え撃ちように大剣で一刀両断。真っ二つになった飛翔物はそのまま、ぎりぎり残っていた後ろの壁へと激突する。
飛翔物の正体、それは黒い鉄球だった。
ほぅー、感心した息を漏らすホレン。俺もそれが飛んできた方へと目を移すとそこには。
「! 夜名津!」
倒れた状態でボウガンを握り、頭に血を、目には涙を流しながらもかろうじて生きている、夜名津の姿があった。
棚が倒れて崩れ落ちた際、そこから落ちてきた武器や道具の中にボウガンがあったようでそれを拾って撃ち込んだようだ。
ボウガンを捨て、夜名津はヨレヨレとした幽鬼のような状態。木刀を杖して起き上がる。
左肩辺りの損傷大きいのか、大量に血を流している。その痛みを堪え、呻き声を殺しつつ、ゆっくりと起き上がる。立った時の様子からも体のあちらこちらに怪我を負っていることがわかった。……明らかに既に虫の息の状態。
「生きていたか。流石は勇者とだけでも言っておこう。私の一振りも咄嗟にその木剣で防いだようだしな。実にツイっていたな」
そうだったのか? アイツ、一瞬にして、よくそんな芸当できたな。
「…………」
夜名津は何も答えず、いや、喋ることすら痛みのせいで十分な苦痛なのかもしれない。夜名津はただ黙ってホレンを見据えている。
俺は夜名津のその静寂した姿を見て、寒気が走った。今にも死にそうな様子に対してではなく、今にも飛びかかって女騎士を殺してしまいそうな瞳に。
恐怖を感じた。
その瞳は完全に据わっており、怒りを宿しているような静なる“怒”を感じさせるもの。ポーカーフェイスのアイツがあそこまで感情らしきものを剥き出しにして表しているのは、まだアイツと仲良くなる前に一度だけ見たことがある。
あの眼は、人を殺す眼だ。
人を殺したことのある眼だ。
何を仕出かすか、分からない獣の眼だ。
命を狩りとることを厭わない、鬼の眼だ。
心臓が止まるほど背筋をゾッとさせる。
「雨崎君」と名前を呼ばれて、思わずビクッと背筋の伸び上がるような反応して「うゎふぁい!?」と恐怖のあまり少し裏返った声で返す。
「そっちは任せた……」
弱々しくそういうと、木刀を杖にしたまま歩き出す夜名津。向かう先は部屋の出入り口の方へとゆっくりと歩んでいく。その姿に訝しげに睨むホレンは言う。
「おい、待て貴様。何処に行くつもりだ?」
「……ついて来なよ」
歩んでいた夜名津は足を止めずに、けれど顔を少しだけこちらへと赤く、殺意を秘めた瞳を向けて言うのだ。
「……騎士として誇りは持ってるんだろ? それとも……手袋でも投げなきゃわからないの? ……勇者として決闘してやるよ」
息絶え絶えとした様子、所々途切れた口調で、それだけを告げると部屋から出ていく。
その背中をポカーンとした様子になって見送ると、途端に我に返ったかのように肩を震えさせ、喜びの笑みを浮かばせる女騎士。
「フッ、フハハハ!!! いいぞ、勇者よ! 実にツイっているぞ私は!! 貴様のその度胸を、意志を、勇気を、讃えて騎士としてこの私は正々堂々とその勝負受けてや―――」
そう高らかに宣言しながら歩み出し、夜名津が出ていった扉からでていこうとする女騎士は。
ドカーン!!!
直後爆発が起こった。
× × ×
「もちろん、このくらいのハンデはもらうけどね」
・ディーネリス
盗賊。最悪人類救世主岡之原亮介の陣営。犬族だが耳は隠している。マイペースな性格。約六四才(種族が違うため、人間では年齢十七〜十八)。捨て子。
・ホレン
騎士。最悪人類救世主岡之原亮介の陣営。「ツイている」が口癖の運に見放された哀れな女性。十九歳。元王国の騎士の一人。
・シアト
魔法使い。最悪人類救世主岡之原亮介の陣営。単語、単語で話す。小学生ほどの低身長だが十七才。賢者近い存在。