選ばれし勇者(バカ)と巻き込まれた勇者(バカ)2
「あ、あのー、落ち着きましたか?」
「あーい……」
「……落ち着いているどころか“オチ”がついてます」
絶望に淵へと落ちに堕ちて、乱れに乱れて、荒れるに荒れてまわった後、何とかゾンビのように這い上がってくる、既に死に体の僕ら。
完全に上の空の状態であり、その様子に困惑しているホームレスちゃんと目眩を覚えたように頭を抱えているコールさん。
お気持ちは察しますが、こちらのお気持ちも察して欲しい性分です。
「アメザキ様、ヨナツ様。やはり勇者である貴方がたでも元救世主たる最悪の存在、り、……オカノハラリョウスケは倒すことは……不可能なのでしょうか」
僕らの様子を見てから悲しそうな顔で言ってくるホームレスちゃん。僕らは精魂が抜け落ちたように椅子へともたれ掛かって、死んだ目で天井に吊るされている、ライトこそないがガラスの反射だけでも十分に綺麗な輝きを魅せるシャンデリアを眺めながら答える。
「たぶん無理です。転生者を相手どるとなると、僕にできることはせいぜいその人が主役の作品に対して、感想欄に匿名で心を全力で折りにいくタイプの誹謗中傷、暴言、冷笑、批判とかを叩けるだけ叩いて、ディスりにディスりまくってから二度と書きものをしたくなくなるよう、陰湿に追い込むくらいです」
「なら俺は、本が出ているようならアマゾンレビューの方に『クソだ』『厨二病全開痛すぎ』『キモい』『ゴミみたいな文章だわ』とか読んでないのをいい事にテキトーなことをじゃんじゃん書き込むわ。その後にちゃんと作者がそれを読んでくれることを祈る。『何億人の批判者がいようとたった一人でもの面白いと言ってくれる読者がいるから、俺は頑張る』とか言い出すタイプだったら、プロというよりまだアマチュアの人だから上手く鬱になってくれる可能性は高い。顔の見えない暴言の数で徹底して追い込めば……たぶん大丈夫だぞ。無名だったときよりも作品は有名になりだしてからが本当の苛め時だ。今までサイトに目をつけてなかった初見の人も加わるからな。人の闇の深さがかつてないほど分かるぞ。これが唯一の攻略法だわ」
人として最低な案を出しつつ僕らは、はぁーと完全に魂が出ていくのではないかと思えるほどの深々と溜め息を吐き出す。
そんな屍のような僕達の様子を見て戸惑いつつも、けれどどこか期待するような眼差しでホームレスちゃんは訊いてくる。
「えーと…………詳しく分かりませんが、それは、つまりもしかして。……低い可能性ですけど勝てる見込みが、……あるってことですか!?」
「「いや、全然全く」」
「では今の戦略はなんだったんですか!?」
ホームレスちゃんは突っ込んでくる。
けれど、ある意味この方法は考えられる攻略法としては最強の手段であり最悪の手段である。ただひたすらネットに誹謗中傷を書き込んで、容赦なく敵の心を折りにいく、という悪質な戦い。時間がかかるかもしれないが、たぶん十中八九の確率で勝利を収める事ができるだろう。その分、確実に人として何か大事なものを無くしてしまうことになる。
そんな精神と精神との戦いなのだ。
問題はここにネット環境がないことと、その僕らの先達者の転生主人公……えーと、……岡之原亮介君だっけ? の作品のタイトルが不明なことだ。
……ひょっとすると、もしかしたらの淡い期待ではあるが、この世界は岡之原君の主人公補正や、現世知識無双だったりのせいで、実はネット環境が常備されているタイプの世界なのかもしれない。それならホームレスちゃんの期待を応えられて、ワンチャンあるかもしれない。
そんな小さい可能性を思いつき、僕は腹筋の力を利用して起き上がり、椅子に座り直してからホームレスちゃんと対面し直す。
「……ネット、wi-fi、パソコン、スマホ、タブレット、iPhone、iPod、この中のどれかが存在したり聞き覚えとかあったりしますか?」
「? ……いえ、初めて聞きます。コールあなたは?」
「私もありません。なんだ、またお前たちの奇妙な道具か?」
首を振ってないと答えるホームレスちゃんと、同じく否定したものの後半は人を殺すような鋭い瞳で睨んでくるコールさんに、一瞬内心ではビクつくが自慢のポーカーフェイスで僕は「ええ、そうです」と平静を装いつつ、一切慌てた様子などない調子で返し、逃げるように雨崎君の方に向き返って相談する。
彼はまだ若干背もたれ掛かったままだったが、顔に色を取り戻し、眉間に皺を寄せては片手を後ろに隠した、少し悪ぶった感じのある座り方に直していた。
「ネットない系だね」
「電波塔どうこう、衛生どうこうの問題はドワーフさんとエルフさんの協力でも流石に無理なのか?」
「あるいはまだ作ってないとか、今現在で作っている最中とか」
僕ら顔を見合わせて、はぁー、と先ほど以上にとても深い溜め息を吐き出す。体中にあった空気全てを無くさんばかりの勢いでだ。
まぁ、ネット環境があったところであまり意味がないような気がした。
転生主人公、というか作者自体を精神的に追い詰めるとはこの場合は適用できれば最適な手であることは間違いない。……同時に鬼畜畜生の最低最悪の完全な裏技であるが。
でも実際のその辺の話を詳しく説明やら討論することになると、それは最早ファンタジー系よりもどちらかというSFチックの解釈が必要となってくるし、哲学やら倫理の問題も出てくる。
紙に書かれたリンゴの絵があって、お腹を空かせた子供がその絵を見て『欲しい』と願ったら絵の中に入りこんでリンゴを食べる。
そんなようなもの。
一見、何言ってんのかよく分からないと思うかもしれないが、例えを出して説明している僕もよく分かってない。けれど本質的な実態はまさにそれに近いものだろう。
世界の理とかが、矛盾とか、ロジックエラーとかそのへん禁忌ラインか。世界ルールを曲げ、歪める。世界観そのものを全部壊すのだ。
カッコつけるならば……一種の神殺しとも言える。
……作品の作者を精神的に追い詰めているわけだし。作者が書くのをやめれば強制的に物語は終わる。
勿論、そんなことは出来るはずなんて無いわけで。……結論として根本的な部分の路線を変えよう。いや戻そう。
「魔法、魔術、陰陽術、錬金術……そういうのって僕たちでも使えるの?」
小難しい理屈ではなくて、ファンタジーの醍醐味たる、夢広がる魔法についてなら何らかの糸口があるのでは。
先ほど雨崎君のおじいちゃんの仲間で預言者のカーネルだとかカルロだとかカルナだとかの、真の英雄は目で殺すことができるとかできないとか(だいぶ違う)の魔術師が存在する以上、魔法のある異世界だ。せめてこの辺りくらいで何らかを可能性を見出したい。
よくある詠唱を唱えなくても頭に思い浮かべるだけで簡単に発動するなどといった、よくあるご都合主義の設定が。それならば使い方次第じゃあなんとかできる、お相手さんとイーブンになる可能性がある。そういう何かしらの抜け穴が欲しい僕らとしては縋る気持ちの目で二人に訴える。
ホームレスちゃんはコールさんと一度、目を合わせて少し考え込むような仕草をしてから返答する。
「魔法ですが、文献では勇者ジュカイもこの世界の魔法を使っていた伝承は残っていますし、オカノハラリョウスケも同じく扱えていました。ただ」
「ただ?」
ただ。その単語だけ聴くと、無料の意味を示しており、大変ハッピーになれるのは人の性というものであるが、接続語として使われる時ほど嫌な気分になるのは何故だろう。発音は同じなのに。
大変嫌な予感を感じつつも、覚悟して続きを耳へと誘う。
「あちらの陣営としてはオカノハラリョウスケを初めとする、一部の人間は魔法耐性といいますか、魔法が効かない、魔力を吸収される、魔法を弾くといった反魔法を使うことができます」
「「……うん、知ってた」」
おおよそ予想通りの結果に僕らは口を揃えて返事をしたのだった。
アンチ魔法は最早主流で基本でしかない。もしなかったら勝ち筋に見えたかもしれないが、それを許さないのが転生系主人公である。魔王よりも鬼畜で弱点が少ないって一体どういうことだ? あ、『自分は最弱だから』思考ですね! そりゃあ弱点フォローは欠かせないよね。うん、ふ・ざ・け・ん・な。
いつの間にか、また天井を見上げている雨崎君は言う。
「こう、……チート系主人公って、話にもよるけど俺って基本馬鹿にしてんだけどな。こう『調子良すぎるだろ!?』ってな感じで、だけど敵に回すとなると……普通に厄介だよな。悪魔以上に悪魔だわー」
「……人はね、誰しも心の中に鬼を飼っている生き物なんだよ」
「ここであんま悟った適当なこと言うな。普通に腹立つから」
八つ当たり気味に僕の椅子を蹴ってくる。
そういえば今思い出したけど、僕らって裸足というか靴下だった。転移された際に靴は履いてない状態だったから当然とは言えば当然だが。ああ、道理で足下に変な寂しさがあるはずだ。気のせいだと思い、ズリズリとカーペットの絨毛と靴下に擦れて、摩擦で暖かいなーと思いつつも物足りない、寂しい違和感を覚えたはずだ。
違和感の正体を知ると納得し、同時にその寂しさも忘れさって、話を切り替える。決して靴プリーズという話ではない。現状打破についての可能性の模索についての話だ。
「えーと……ドワーフさんとかエルフさんとかの、あ、あ、あ、あ、あ?」
「亜人?」
「そうそう。この世界って亜人は存在します? リザードマンさんとかの」
これはどちらかというと戦力的な意味合いよりも周辺確認とか世界観の確認、情報収集に近いものである。ホームレスちゃんは答えてくれる。
「ええ、存在します。亜人は全部で九種族。ドワーフ、エルフ、ダークエルフ、ケットシー、クーシー、リザードマン、マーメイド、バードマン、ラピットの九つの種族。それに我々ヒューマンで十種族ですね」
「やっぱいるんだ。……クーシーって何だっけ?」
「犬だよ、犬」
答えてくれる雨崎君。ああ、そうか。猫のケットシーは結構聞くけどクーシーは『犬人族』とかの小説のルビ振りで見たことがあるけど、耳にする機会少ないような気がする。種族が多いと基本的に面倒だから小尺されてケットシーを筆頭に獣人の一つとしてカテゴリーされる気がするな。というか、『獣人』カテゴライズで大半をまとめているからな。
作者にもよるけど大体の作品は猫耳キャラを出した傾向が強いせいか、それでクーシーよりもケットシーが前に出てくる、みたいな偏見が僕の中にある。ちなみに僕は犬を飼っていたからか犬派である。
「うーん、何だろう。妹いるせいで妹萌は薄いのに、犬飼っていると犬の方が好きになるのはどうしてだろう? 」
「……その話今するか?」
「あ、いや別にいい。ごめん、話を戻そうか」
知らないうちに声が出ていたみたいだ。話を戻す。……えーと、何を話すんだっけ? というかあと他に話すべきことはあるんだっけ?
敵は同じ転生者。けれどあちらの方が先に掌握しているため、権謀術数全てにおいて“ぶ”がある格上の存在。能力とかは知らないが知ったところで所詮は最弱最強関係なく、僕らの世界の知識を披露してチート化されているに決まっている。武器や道具だって同じ。コールさんの発言からして、完璧に現世の道具を数々生み出していることがわかる。どの程度のどれほどものかは分からないけど、少なくとも爆弾やらバズーカやらあると想定していい。仲間についてもがどれほど兵力があるかは知らないが、初期から仲間として過ごしてきた連中は幹部クラスに成り上がって、こちらの知識の一部を知っていると考えていい。
反対に僕らは二人組。能力は無し。武器と呼べるものは木刀のみ(現在取り上げられている)。ふわふわした説明をして他力本願の現世知識無双にて道具の生産をしようにも大抵のものは先に出来上がっている可能性が大のため、その効果は半減以下。実践戦闘はもちろん頭脳戦略型タイプとしても力不足。
……どう考えても勝ち筋が見えない。
あとあるとすれば……。
「なあ、夜名津。お前ちなみに今なんの秘密道具持ってる? 俺は封じられた最強のアイテムのスマートフォンさん」
同じ考えに至ったようで雨崎君は自分のポケットの中身を確認すると、『圏外』と画面を表示してある、スマホをテーブルに置く。やはりネット環境系はないか。 まさに封じられた最強アイテムさんだ。
現状の装備品で打破。もしかしたら意外と使えたりするものがあるかもしれないと、僕も何かないかとポットの中を探ってみる。……自転車の鍵しかなかった。
僕はそっとそれをテーブルに置くと、本当に哀しそうな目になって鍵をじー、と見詰める雨崎君。
果たしてこのアイテムは今後のエピソード展開で役に立つシーンは存在するだろうか? 『鍵』だけに何らかの『鍵』として重要場面に救うものとして……なりそうにないな。あー、せめてこれがキーブレードだったら幾らでもチャンスがあるというのに。
ヤバイ、マジで使えないヤツだ。
「……人類の叡智の結晶スマートフォンさんはいずこに?」
「僕ってゲームとかまとめて入れるためにポーチバックで来ただろ? 財布ともどもその中に入れっぱで君の部屋に置いてきたね。……そっちは? 圏外でも電子書籍とか入ってたりする?」
「生憎、データとかの容量を心配してタブレットの方。厨二病を拗らせて漫画ラノベから始まり、サバイバル系、格闘技、武器、神話、歴史、エトセトラエトセトラ、と古今東西色々と使えそうなやつは読み込んでいたが、このスマホにはゲームアプリと音楽ばっかりで使えそうなものはない」
「き、きんでぇりー? きんどぅりーだっけ? あれってアカウントサービスを利用して、同アプリを伝導させて……って、ネットがないのか」
アプリがダウンロードできない。
あの某有名な最強兄妹『』は転生の際に咄嗟に機転を利かせて部屋からちゃんと使えるものを持っていったというのに。僕らときたら……。
「あと、Kindleな」
やけに発音の良い、細かい指摘をしてくる。少し自慢気のある顔からして、これは自分も誰かと似たようなことを指摘されたから、発音を練習したな。
まぁ、それはどうでもいい。それに僕の場合はスマホがあってもアプリそのものを元から入れてない。
僕は読書においては紙の質感を大事にしたい人なので、本自体は多く所有しているが電子書籍は一切持ち合わせていない。どうしても本が読みたい場合は最悪、横読み下スクロールで読みにくい、なろうサイトにアクセスすればたいていものは揃っているし。……ネットのないこの世界では意味がないが。
「…………」
空気は重くなるばかりで一向に変化が訪れない。
そろそろここらへんで何らかのイベントが発生してもいいじゃないのか、と淡い期待すら覚えてしまう。勇者にしか使えない聖剣や魔剣クラスの道具を! あるいは秘密な力に目覚めるような展開が!! と起きるのだが、それは一昔前なのだ。
だけど、現実は非情なものでそんな夢みたいなことは起こらないということは僕らには昨今のなろう系作品を読む僕らは学んでいた。主人公は不遇な待遇から始まり、―――そして一巻の終わりにはなぜかチートクラスになることを。
だけど、僕らはこのタイプに当てはまらないだろう。何度も言うようだが、現代知識無双やら魔法効果の特性やらその辺のところ先達者のせいで殆どやられているのだ。あまり期待できない。
詰んだ主人公以上に詰んでいる状態スタートしている僕ら。これが本当の無理ゲーだ。
……けれど、そんな状態であるからこそ、最後のあがきであり、星のような小さな可能性だが、それに願い縋ってしまうのが僕という人間だ。
「おじいちゃん。えーと、樹海さんだっけ? が、使っていた武器とかあったりします?」
幾多数多の伝説の勇者には戦いがあり、戦いには武器が存在するのは世の常である。魔王を倒した勇者ならば使っていた武器は強力であることは道理。そしてそれは異世界から来たなんちゃって救世主には扱えずに、真の勇者の血を引く雨崎君のために残された、奥の手として相応しきアイテムを。
それならばまだ微かに可能性はある。淡い可能性だが、あると……信じたい。本当にあるといいな……。
本当に最後の望みとして期待に期待をかけた瞳で僕らは、ホームレスちゃんに訴える。ホームレスちゃんは難しい顔をする。
まさか……。
「……チヒロ様のお祖父様、勇者様が使用された魔王を討伐した後、封印された剣は確かに存在します。けれど……」
「やっぱり、最悪人類岡之原君陣営にある……とか?」
ならば終わった。この世界に救いはない。転生者に好き勝手暴れるだけ暴れさせて、蹂躙されるだけ蹂躙させ、寿命を尽きるのを待とう。なに難しいことではない。不老不死でもない限りは百年近く待てば勝手に死ぬだろう。
もし仮に異世界特有の不老不死系だった時は……うん、適当なことばっかりでごめんなさい。
勝手にこの世界の命運を終わらせたが、暗く沈んだ僕らを見て、ホームレスちゃんは慌てて「違います!!」と否定してくる。
「剣は封印された場所は分かっていないんです。百年前ほどの文献であるため所在が不明なんです」
「所在が不明?」
「魔王討伐後は自分の世界に戻ると分かっていた、勇者ジュカイは討伐後、危険が全て去ったのか調べるため仲間たちと手分けてして各地に出向き、数ヶ月の間一人で旅してまわったんだ。最後に王国に戻り、世界の安全を確認した、と報告を終えると同時に自分の成すべしきことを成し遂げ。自分のいた世界に還ったそうだ。王国に戻った際には既に剣は持っておらず、どこにあるのかは本人しか知らない。一応我々の組織で捜索はしているが不明のままだ」
あちら側にあるという情報もない、とホームレスちゃんの話の続きを語る形でコールさんが言う。
……なるほどねー。……うん。
「君のおじいちゃんは格好いいけど、スゲー面倒くさいことしてくれたね」
「……それについては孫の立場として、その、なんだ……うん、物凄くごめんなさい」
僕は冷ややかな目で責めると、立場が悪そうな雰囲気で僕らに頭を深々と下げる雨崎君。「いえ、大丈夫ですから!! 頭を下げないでください」とフォローの言葉をかけるホームレスちゃん。
「でも、その様子からだとチヒロ様の方でもお祖父様から話を訊いているってことはないですね」
「ああ……というかおじいちゃんが勇者だってことを今日初めて知ったくらいだ。世界を救うなんて大それた武勇伝を聞いたことはない」
「まあ、そんな話を聞かされたら聞かされたで反応に困るよね」
ぶっちゃけ、そんな話を聞かされたとしたら若かりし頃にハマったゲームの話か完全に頭が逝っちゃった人のどちらかと思って、前者なら病院コース、後者なら老人ホームに直行コースにしかならない。
雨崎君はそれを言うなよ、と自嘲気味の笑みを浮かべる。
「……ってあり?」
ここで何か気付いたのか、雨崎君は目を瞑って右手の人差し指と中指の二本でこめかみをトントン、と叩いては「んー」と唸り声を上げ、何かを思い出そうしている。なんだろう、と僕ら三人は雨崎君に注目を集めて、言葉を待つ。
そして、雨崎君は少し迷った調子で語り始める。
「龍……なんだけどさ」
「「「龍?」」」
僕らが口を揃えて彼の言葉を繰り返すと、雨崎君は僕の方に向き直り「ほら、転移するきっかけのヤツ」って言ってきて、その存在については理解できた。
龍。僕らを呑み込んで異世界に転移した例のアイツ。どういった経緯でおじいちゃんの押し入れの中にいたんだ?
「あれってさ、この世界の物だったってことになるよな?」
「…………ま、そうなるだろうね」
僕も雨崎君の同じように頭を捻って考え始める。僕ら二人にしか分からない話題だったためか、話しの流れに置いて行かれてことに不満を覚え「おい、ちゃんとわかるように説明しろ」と怒るコールさん。それに対して宥めるような短く、コール! と停止させる声が上がる。
「すみませんお二人とも考えている最中に。……ですが私たちにも解るように説明して貰えませんか?」
ホームレスちゃんは礼儀正しくかつ、今生の願いかのように頭を下げてくるので、僕らもその畏まった態度に慌ててやめてもらい。これまでの話しを、龍から呑み込まれるまでの経緯を話した。
別に隠そうとしていた話題でもないし、すぐに話す予定だったのだが、事が事だけに今ある情報の中でも最重要として上がってきたため、自分たちになりに考えることがあり、話すよりも先に思考を回してしまったのだ。そのせいで二人にはかなりの不安にさせてしまった。
最初の経緯なので、必然とパワポケ云々の話について熱く語らなければならないが、パワポケは人生においてはかなりの重要事項なのだが! 流石に今は必要ないと分かっていたので、そこは仕方無しに! 断腸の思いで! カットした。……勿論、時が来ればちゃんと教えてあげよう。あの作品は道徳がよく学べる。
二人に僕たちの経緯については詳しく述べる。
「……つまりこの武器には特に仕掛けはないんだな? 光線とか」
説明を終えると、コールさんは取り上げた際と同じ調子で木刀を隅々まで見詰めながら問おうてくるので「はい、それに叩いたり突いたりすれば殺傷能力は高いですけど、変にビームとかは出ません」と答えると訝しげに睨んでくる。
どうやら信じてもらえないようだ。その様子からして岡之原君とやらがどれほどの鬼畜アイテムを生産してきたかよく理解できる。ビームサーベルでも作ったのかな?
コールさんは一先ずほっとくとして、もう一人の方へと視線を移す。
ホームレスちゃんは気持ち的に上部分の、ちょうど舌唇が見えるか見えないかほどのところで、右手を軽くグーで抑えて何かを考え込むようにしている。
「……それは恐らく、獄天龍の卵でしょう」
「ごくてんりゅう?」
なんだ、そのモンハンにいそうな敬称は。アレってドラグレッターとかドラグブラッカーの親戚じゃない? 僕はてっきりそう思っていたんだが。
「獄天龍は伝説の龍。《神獣》一匹でして、千年に一度転生するために自分の炎でその身を焼いて尽くして、そこで卵へと戻り、ニ百年の間眠りつくと言い伝えられています」
「…………俺たちの世界では朱雀、というか火の鳥という霊鳥の得意分野だ。えーと、血を飲めば不老不死になるとか?」
「いえ、そんな伝承は存在しません」
「ないのか」
無いんだ。神獣ならそれくらいあっても良かったんじゃないの?
「けれど、《神獣》は別の世界に移動する力は持ち合わせています。だからお祖父様もそれで世界を渡ってきたんだと思われます」
「その言い方だと主人公……いや、最悪人類の方はもしかして別の方法で来たのかい?」
すると指摘されたくない部分だったのか、ホームレスちゃんは暗く、顔を歪める。少しの間だけ沈黙が訪れるが、覚悟したように苦しげに「……はい」と小さく返事を返してくる。
「はい、……そうなります。ガルシアルヨルガは確かに強敵でした。私たちだけの力で倒せない。過去にいた伝説の勇者の力が必要ということだと、そう思わせるほどに強大な魔獣でした」
今にも泣き出しそうに潤んだ瞳を隠すように顔を俯かせて、震える声のホームレスちゃん。わなわなと肩も震えさせ、その小さい体の中に仕舞い込んである、壊れてしまいそうな量の感情を、どう、ぶつけて表していいのか分からないといった具合に、だ。
失敗に責任を感じている。
間違えに恐怖心を抱いている。
己の弱さがどうしようもないことに悔いている。
それでも彼女は震え、怯えながらも言葉を続かせる。
「本当は私たちだけの手で倒さなくちゃいけないはずの相手でした。けれど……その強大さに恐れて、縋ってしまった。大丈夫だと、これで助かると、予言はこれで正しいのだと。実はそれが大きな間違いだとは至らなかったんです。だから、だから私たちは思わず―――」
「世界の理を犯して、禁忌に触れちゃったもんねー!」
この四人中の誰でもない、元気で茶目っ気のある明るい声が聴こえた。誰だ?と思っていると。
「ドーン!! 」
声量と効果音が重なり合いながら後ろの扉が全開にされる。僕ら反射的に椅子から立ち上がって、それが聞こえた方へと振り返り、警戒する。
扉を開けたのは一人の女性だった。女性としては高めと思わせるほどの身長であり、その見た目からして年齢は僕達よりも同じか一つ上くらい。オシャレの一種なのか、幾つかの部分のみをわざとカラーディングされたような赤を混じらせた茶髪。ボサボサとして短髪。左の目尻辺りにある小さな涙ホクロに釣り合った、茶目っ気のある小悪魔のような顔立ち。オレンジ色のマフラーを首に巻きつけた、服装は盗賊のような軽装……上にジャケットを羽織った下はショートパンツのヘソ出しスタイルの恰好。腰には大きめのポーチと、得物であるダガーナイフが二つ下げていた。
誰だろうかこの人は、などと警戒しつつもどこか呑気な調子で頭を捻っている僕と雨崎君とは他所に、酷く顔を強張らせて信じられないものを見る目で彼女を見詰めるホームレスちゃんとコールさんは叫ぶ。
「ディーネリスさん!?」
「貴様、一体どうやってここに!? 門番達は一体何をしている!!」
「……っと、イヤハヤイヤハヤ。おひっさーの、こんちーわ! 元気だった?」
平静を失った二人を気にすることなく、マイペースな笑顔で軽い挨拶をする。その大らかな態度にコールさんは強く睨みを利かせると女性はそれに肩を竦めて「んー、門番ねー」と人差し指を口元軽く当てて可愛い感じの仕草で思い出すように目を瞑ると楽しげな調子で―――。
「バレないようにー、侵入したんだけどー、見つかったからー、逃げたんだけどー」
彼女の背後の扉、外側から二つの何かが倒れ落ちる。そして、落ちたもの中心に床に赤いものが徐々にゆっくりと広がっていくのが目に入る。
「しーつーこーくー、追いかけてきたからー」
それは部屋を守護していたはずの二人の兵隊であり、起き上がる様子は一切なく、ただじわじわと血の湖が広がっていき。
さらにいうならば廊下の先の方、先ほど僕らが辿ってきた道ではところどころに飛び散った血痕や人のような形をしたものが幾つも倒れていた。つまりは。
「みんな、殺しちゃった☆」
―――悪魔は最悪の返答をする。
皆殺ししたと。
僕ら四人は背筋をゾッと凍らせる。相手の圧倒的な強さの前に恐怖を覚えてしまう。
そんな様子をまるで舐めまわすかのように見回してから茶髪女盗賊は僕達二人が目に入ると、面白いものを見つけたように「おっと!」声を漏らして、注目してくる。邪気の無い澄んだ瞳。だけど皆殺しにしたというフレーズのせいか、彼女の空恐ろしさを感じてしまう。
見つめてくる彼女に対して、僕は蛇に睨まれたカエルの気持ちが酷く理解できた気がした。
「君たちが勇者ってやつ? んー……確かにリョースケと同じ感じはするね。……あ、アタシはディーネリス。よろー」
まるで同じ学校のクラスメートのような気安さで、人懐っこい笑みして挨拶をしてくるディーネリスさん。距離があったため握手するように手を伸ばすようなことはしなかったが、もし近づいてきて、手を伸ばされたら握手をしていたかもしれない。
彼女の笑みに邪気を感じさせないため、反射的にそんな反応で返してしまう、僕がいて、それで手を伸ばしてしまう。
手を伸ばして握られた瞬間。離さず、捕まえられて腰にあるダガーナイフで切り落とされたことになっただろう。そんなことされると判っており、その前提に警戒心を抱いて置きながら、それを忘れしまい、気軽に伸ばしてした瞬間、刃が光り僕の腕を失うことになったかもしれない。
そんなことを想像させたのは僕の厨二病からか。あるいは殺意を隠した魔性を含む笑みから、うっすらと覗かせる恐怖を察せられたからかもしれない。
トタっと、いつの間にか移動したのか、ホームレスちゃんとコールさんが僕らを守るような形で前へと立つ。コールさんはその際にさり気なく僕に木刀を返してくれる。さらによく見るとコールさんは木刀渡してきた反対の手にはいつの間にか槍を握られていた。
ディーネリスと名乗った彼女は「べーつーに、そんなに警戒しなくてもいいじゃんー」欠伸をするかのようにのんびりした口調で言う。
「ただ、伝説の勇者とかいうやつさえ殺させてくれれば、私は別に他の人と殺さなくてすんだことなのに。リョースケの敵はアタシの敵。リョースケを苛める人はアタシの敵だし」
「…………」
……メンヘラヒロイン来ちゃったか。
初っ端なからサイコタイプに一体どういう反応すればいいのかわからない。とりあえず、言われたとおりに勇者は僕ではなく、隣の雨崎君だと素直に教えて生き残らせて貰おうかな、とゲスな考えが真っ先に思いつく。
だけど、そんなことをしたら僕に友人を裏切ったという罪悪感が残ってしまうし、そもそも友人を売るなど僕の辞書に乗っていない! 断固としてそんなことは口が裂けても言えるわけがない!
……だからここは彼が自主的に、周囲のことを慮る正義の味方の心が目覚めたように「自分が勇者です」と名乗ってもらうことにしよう。うん、一人は皆の為ってやつだ。彼にアイコンタクトを送ってみるが、彼は気付かない。
気づけバカ!
「だからそこの二人を渡せば、キルちゃんと眼鏡のおっさんの二人は見逃してあげる」
……さり気なく僕もカウントされた。人間悪いことは考えていけないようだ。
「できません! 私は……私は自身で犯した罪を精算しなくてはならないのです。そのためにはこのお二方の力が必要なんです」
おおっと、どうやらこちらにもカウントされていた。……ごめん、ホームレスちゃん、僕らが色々聞いといてなんだけど、まだ協力するなんて一言も言ってないよ。
勝つ可能性があるならまだやぶさかでもないんだが……それにしては現状では見積もりが小さ過ぎるんだ。
ふぅーん、とどうでもよさそうに呟いてから。
「それってさ、調子いいよね。さっきの話も最後のほうだけ聞いていたけど、キルちゃんの話ってまるでこの世界中の皆の罪みたいに言っていたけどさー」
ディーネリスさんは人差し指を上に向けて、クルクルと回し遊びながら言う。すると、対面する二人の顔が変わる。
「ディーネリスさん、やめてください!!」
「口を閉じろ外道! キルレアル様、耳を貸してはいけません!」
ホームレスちゃんは懇願するような顔で叫び、コールさんは怒鳴りつける。しかし、ディーネリスさんは止めない。むしろ愉快に弾ませるように、楽しげな調子で続きを話していく。
真実を、口にする。
「だって本当は、キルちゃんの一族が禁忌に触れてまで呼び寄せて、キルちゃん自身も召喚されたリョースケの隣にずっと立っていたもんね! 共犯とか同罪とかじゃなくて、完全に操っていた主犯だもんね」
その一言に絶望したように顔を歪める。人類最悪を呼び、世界を支配まで追いやったのは張本人こそキルレアル=ホームレス・ロード。禁忌に触れて世界を救うはずが破滅へと誘ってしまった一族。
過ちを犯した一族。
ホームレスちゃんは今にも泣きそうな顔になるが、ディーネリスさんは止まらない。
らんらんと楽しげに。
「でもね、キルちゃん。アタシは感謝してるんだよ。キルちゃんのお陰でリョースケに出逢えたんだから! あの非道くてイカれたふざけた世界を徹底的にぶち壊して変えてアタシたちを救ってくれた、リョースケに出逢えたことを!! だからね、キルちゃん、リョースケを呼んでくれて、世界の理をおかしくしてくれて―――」
さらに明るい調子で、
歌を歌うかのような華やかに、
愛を伝えるような熱意で、
幸せを贈るような幸福を、
言うのだ。
―――ありがとう!
それを聞いた瞬間、感情が弾けたかの如く二つの絶叫が響いた。
一つは、罪の意識に耐えられなかった、ホームレスちゃんの悲鳴。
もう一つは、激怒に駆られて飛び出す、コールさんの怒声。
コールさんは槍を強く握り、ディーネリスさんへと襲いかかる。そんな様子を嘲笑うかのようなディーネリスさんは腰元のダガーナイフを抜きさってそれを受け止める。
「でーもー、リョースケの邪魔をするから、こーろーすー、よ☆」
これ以上ないくらいの満面笑みで告げてくる。
そして、始まる。
彼、選ばれし勇者と僕、巻き込まれた勇者が異世界初の戦闘にして命がけのチュートリアルが、
きっておとされた。
・キルレアル=ホームレス・ロード
岡之原亮介側の元ヒロイン。十四歳。王族の側近たる、とある一族の娘。世界が災厄魔獣によって滅ばされることを予言のことだと勘違いによって、キルレアルの一族は禁忌に触れてまで異世界から救世主を召喚する。一族の闇深さと己の罪を自覚しないまま、亮介と共に災厄魔獣の打倒する。そして、過ちに気づき一族の業を背負い、亮介と決別。新たに勇者として召喚された千寿と我一とともに最悪人類の打倒を目指す。