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夢見る戦士(バカ)と受け継ぐ勇者(バカ)9

 ニートさんは重兵士の元へと駆けていく。


 夜名津は俺と並び、水兵士三体と向かい合う。水兵士は剣持ち二体、槍持ち一体。こいつらにも自分達の相手だと理解しているのか、俺たちの出方を窺っている様子。


「流石はスライム先輩だ。油断できないねえ。……伊達にモンスター界きっての長年の間活躍し、主人公としても活躍の歴史も築いてきたことはあるね。優遇させるのも当然だ。全く、そんなスライム先輩をイノシシ如きと同等に語る、どっかの黒の剣士君に聞かせてあげたい性能だぜ」


「そりゃあお前、強すぎるキリト君にとっては同等なんだろ」


「2Gで育った僕としてはクック先生並みに尊敬すべき相手だと思っているよ。戦いにおいて、基本を覚えたい時はスライム先輩の胸借りて戦い方を覚えて、女の子とのキャッチャキャッチャフフフな触れ合いではスライム先輩が気を使ってくれて、女の子の服を溶かしてくれる。偉大な先輩じゃないか。……あれ? 本気でスライム先輩って人生に置いてかなりの重要な先輩じゃない? 少なくとも現実にいる先輩よりか全然気遣おうと思えてくる」


「なんで冗談から本気になりかけってんだ! こいつら服を溶かすどころの騒ぎじゃないぞ!」


 あれ、とスライムを本当に倒していいのか情が移ったように、少し悩んだ様子の夜名津に突っ込みを入れる。そんな馬鹿なやり取りを交わしつつ、どう倒すか考える。


「どうする? ニートさんみたく誘導して木を切り倒して、倒すか」


「君の剣技でできるならやってくれる? 僕が誘導するからさ」


「ああ、……仕方ない。自信はないが頼む」


 オーライ、と短い返事をして三体の間に突っ込んでいく夜名津。それに反応して三体も動く。


 水兵士は自身の肉体と同じ液体でできた剣を振るい、槍で刺そうとして攻撃してくる。夜名津はそれらの攻撃を全て躱す。


 本当なら手に持っている剣で受け止めたり、切り返したりしたいのだろうけど、相手の体も武器も溶解液で出来ているため、迂闊には接触なんてできない。


 ただ、ひたすらに攻めずに攻撃を躱し続ける夜名津。


 夜名津が敵を引き付けているその間、俺は木を物色して俺でも一刀両断できるものを探す。だが、それもただ細いものじゃあ駄目だ。それじゃあ水兵士を潰し殺しきれない。それに長さもなくては潰した時の近すぎると飛沫がかかってしまう。


 そこそこの太さがあり、長さの木。理想とするものを俺は急いでそれを探しだす。


「! 夜名津こっちだ!」


「……あいよ」


 理想形を発見して、すぐに夜名津を呼び寄せる。


 夜名津は下段の槍の突きを躱すと、俺を探し出してこちらへと走ってくる。水兵士たちもその後を追ってくる。


 後は距離とタイミング、俺の腕前が試される。目を瞑って深く深呼吸をする。


 魔力を回し、肉体強化と武器強化を図る。ここ数日行ってきたひたすらやってきた剣術と強化術。まだ粗削りで全然なっていないことを、実力がないことを自分が一番わかっている。


 騎士のホレン、盗賊のディーネリス、ニートさんはおろか、あの重兵士にも叶わないかもしれない。実力はなく、勇者として力もまだ目覚めていない未熟な俺ではあるが。


 だけど、それでも、今の俺なら、この木くらいは切れることはできるはずだ!


 目を開けて、入ってきた光景を目にする。もう数秒もしない間に夜名津は射程内に入ってくる。そして、その後に続く水兵士三体。


 まだ、まだ遠い。ギリギリまでも引き付けろ。夜名津はチラチラ後ろを気にしながらも真っ直ぐにこちらへと向かってくる。


 体は木に向かって剣を鞘に収めて居合切りの構えで待つ。顔だけをあちらへと向けタイミングを計る。


 準備は万全。後はタイミングを合わせる。


 まだだ。……まだだ。まだ、……………。


 ………………………………。


 ―――今だ!


「うおおおお!!」


 雄叫びを上げながら抜刀する。待ちに待って魔力と気合を練り込めた渾身の一撃を木へと叩きこむ!


 ガッ、と木と鉄のぶつかり合う甲高い音が響き、手に衝撃が奔る。が、それにひるまずに歯を食いしばって耐え、握力にさらに力を込めて剣を握り、勢いを殺さず腕を振り抜いた!


 ピュイィィィゥゥゥーーーーー!


 最中、不思議な感覚が剣から腕に宿ったような気がした。


 メキメキ、と隣に生えた木々に引っかかった枝と枝が離れていくような音を立てながらゆっくりと、そして重力に従って徐々に加速させながら木は倒れていく。


 ズゥーン!!


 地面に叩きつける豪快な音が上げ、大地が震動した。


「―――ッチ、駄目か」


 倒れた木を見て水兵士の様子を確認する。が、倒れてくる時の枝の引っ掛かりで位置が少しずれたのか、水兵士一体しか完全に潰せずに残りの二体は肩腕と頭がそれぞれ負傷していたがまだ大事には至ってはいない。


 それでも一匹だけでも潰せたことを僥倖というべきか。幸い、二体が大きすぎる損傷でまた合体する様子もな―――


「!?」


 モジュモジュ、モグモグ、ジュジュジュ!


 二体は互いに近付き合って、体と体を密着させ、合体が始めた。


 しまった、完全に油断していた。ニートさん時みたく体から溢れんばかりの流れ出る液がほとんどなく、損傷した部分の傷口はすぐに塞いだから合体することはないと、変に期待してしまったが、そんなことはない。


 損傷した部分を補うように身体を一つに、融合させるわけではない。


 こいつらは、元は一つの個体。経験値を積んで強くなり、完成させていく。


 そのことを再認識しながら、コネコネとまるで粘土のように丸くなっては、次はどんな姿になろうかな、と言うように創造させていく。


 徐々にスライムが形成させていくのは呆然と見つめている中、スライムへと木が飛んできた。


 ボブッ! とゼリー状の液体の塊に突っ込んできたことで、飛沫が舞うが大したダメージはない様子。


 いきなり何が起こったと、木が飛んできた方向を確認する。夜名津だった。夜名津が先ほど俺たちを助けるためにニートさんが切り落とした木を使い、それはぶん投げたのだ。


 形取っていくスライムの合体を封じるために。よく悪役がヒーローの変身を邪魔するような要領で、阻止しようとしたのだ。相変わらず、よく咄嗟にそんな悪どい手をすぐに思いついて、実行してくるなと思いながらも、それが合理的な手であること分かる。


 俺もすぐにそれを見習い、スライムの変態を阻止しようとして木をもう一度斬り倒しにかかり、変態の邪魔をしにかかる。


 が、スライムは夜名津が投げつけたものも、俺が二度目に切り倒したものも、両方とも、その何でも溶かすゼリー状の液体を持って溶かしていく。


 人間型の時にはなかった行為だ。溶解型スライムの本領が発揮だといわんばかりの勢いにドロドロと、溶かしていく。


 潰すどころか、逆に吸収されるようにすら見える。


 もっと大きく、あるいは大量に投げ込まないと潰しきれない。


 どうする? もっとデカイ木を、大木を切るべきなのか。だが、そんな都合よいものは近くにない。


 少し離れた距離にそれらしきものが目に入るが、アレじゃあ駄目だ。スライムには届かない。そもそも俺がそれを斬れる自信がない。


 そんな迷いの最中の中でも夜名津は倒れていた木々を次々と投げ込んでいく。数でおす(・・)ように次々に投げる。サイズ的には切り倒したものよりか小さい、投げやすいもの、それでも投擲武器としては十分の大きさ。


 だが、スライムはそれらを受けても痛くも痒くもないような様子で、投げ込まれてくる木々を受け入れるようにして溶かしていく。


 駄目だ。形取らせないということはできても、倒すことまでは至れない。時間稼ぎが精々と言ったところか。


 それに投げていられるのも今のうちそう長くは持たない。限界はくる。切り倒れた木自体のストックはあるが、夜名津自身が投げられるサイズのものは残り少ない。


 その上、ストックがあるというが、それは今まで来た、ニートさんの斬り倒して進んできた道にあるものだ。投げれば投げるほど、使えば使うほど、スライムとの距離は遠ざかっていく。距離が遠ざかればその分だけ体力は使うし、命中精度が下がっていく。


「夜名津、体力の無駄だ。やめろ! 別の方法を考えよう!」


「あい、よ!」


 最後の一投を投げ捨てながら返事をする。最後の一投を貰ったスライムだったが、やはりこれも簡単に受け止められて、吸収、溶解のサイクルにかかる。


 苦い顔しながらそれを見届けて、俺と夜名津は互いの距離を縮め合流し作戦会議を始める。


「どうする? 普通に手強いぞ、スライム先輩」


「真面目に考えれば一番強いモンスターって、ドラゴンや魔王なんかよりスライムじゃあね? って言われるだけのことはあるねえ。流石はスライム先輩だ。液状の肉体だから物理は利かないから、斬れない、突けない、殴れない。液体そのものも酸や毒でできている場合がある。分裂して量産できる。水があれば回復できる。色々な形を彩ることができる。あと、えーとえーと……まあ、他にも色々」


「頼むからテンション落とすような情報を言うなよ」


「情報戦は基本だよ。敵を知り、己を知れば~の精神。有効な手としてパッと思い付いたのが、凍らせるって案だけど君、魔法は? 魔法は使えないの? エターナルフォースブリザード?」


「魔法は教えてもらってません。……お前こそ、なにかないのか? 『ぼくのかんがえたさいきょうののうりょく』こと《本の使い方》は?」


「なくはないよ。うん。一撃で沈めることができる。《読破》がね」


「あんのかよ……。え、使えるなら使ってくれない夜名津さん? もったいぶらないでさ!」


「使えないから使ってないんだろ。前提条件がクリアしないから無理。うん、ごめんなさい」


「おま、マジそういうのやめてくれない? 何、それすぐにはその条件って奴はクリアできないのか?」


「あー、最悪一時間、……いや三十分は欲しいな」


「地味に結構くる時間じゃあねえか。クソ、前もって使えるようにはできないのか?」


「事前準備しとけば可能だったよ。でもそれをする暇がなかったね。はあー、こんなことなら君の話をもう少し信じてとけばよかった。ああ、チクショー。今度から信用するようにするよ。ごめんなさい」


「頼むぞ、ほんと」


 そんな作戦会議を繰り広げている最中も、うねうねと奇妙な動きを見せるスライムの形成は続いている。


 今度は形成を妨害する横やりからの攻撃が止んだ分、素直に進められるため、変態の進捗が捗り。


 モジュモジュ、モグモグ、ジュジュジュ……ジュ、ビーン!!


 こちらの作戦会議が終わる前にそれは完成した。


 初見でのその姿の感想は言うと、雄々しい姿だ、と思った。


 上半身は鍛えに鍛えられたような筋肉質の肉体、腹は八つに割れており、ちょっとやそっとの攻撃ならば撥ね返してしまいそうな固そうな胸筋。腕も太すぎず、細すぎず、それから繰り出す拳は速く、鋭く、重く、強そうであり、ありとあらゆる武器を使いこなすには申し分もない。今新たに作られた武器は左手には弓矢を構えられて、背中には剣を携えている。長さから見て、さっきの剣よりも長い。


 それだけでも十分脅威だと感じているのに、新たな姿を模ったスライムにはまだ驚愕する部分は他にも存在した。


 下半身だ。下半身は馬の躰をしていた。その四本脚が力強く大地を一度蹴りだしたならば、もう何ものに止めることはできない移動力と、突進力が容易に思い浮かべることが出来た。


「ケンタロスか」


「ケンタウロスな。人によっちゃあ発音次第で間違っちゃいないと思うが……。お前のは完全にポケモンだからな、一応突っ込んどく」


「ヘラクレスとヘラクロスをごっちゃになっちゃう僕だからね」


「……それは分かる」


 そんなあるあるの軽口を叩きながら、相手の様子を窺う。形を整い終わったためかすぐには動き出そうとはしないケンタウロス型スライム。


 静かにそこへ佇んでおり、動こうとはしない。折角の強靭な肉体を手に入れたというのに何のアクシデントを起こさないのは不気味に思えてしまう。


 緊迫とした空気を感じながらも、これは好機ではないのかと思いもある。


「夜名津、お前さっき言っていたやつ。できるならとりあえず準備しといてくれ」


「……いいのかい? さっきも言ったけど、結構時間かかるよ」


「ああ、でも、今あっちは何もやってこないんだ。その間にできるならやっておいてくれ。もし動き出しても俺一人でなんとか全力で逃げて時間は稼いでやる。だから急いで仕上げてくれ」


「…………オーライ」


 少しだけ考えてからそれが合理的だと、今の最善の策だと判断したのか、意見に頷いてくる夜名津。そして後ろの森の中へと下がっていく足音が聞こえた。


「少し隠れるよ。しばらく頼むね」


 おう、と短く返答する。


 ……今の会話の中、俺は夜名津の顔を一度も見ずに指示をしていた。それほどまで目の前にいる敵に目を離すにはいられない状況だった。目を離した途端にそれが動き出して攻撃されたら作戦も何もなかった。


 ふうー、と弛緩し始めた空気に息を吐く。


 ケンタウロススライムは少しずつ、動きを開始し始めた。軽く肘を曲げて、手をグー、パーと繰り返して具合を確かめるように。俺にはその姿は、まるで長い間眠っていた人間が自身は何者だったのか、自問自答しているような趣で己の在り方を確かめているようにも見えた。


 そして、具合の確認が終えたのか、顔を上げて俺と向き合い、目と目が合う。肉体が完成した時から俯いて不明瞭だった顔は、見てみるとこれもまた勇ましき男の顔を形取っていた。


 奴は俺の姿を視認すると、途端に先ほどグーパーしていた右手から矢を作り出していく。これも自身の肉体を創生している物質である液体から作り出された矢だ。


 その矢を作り出すと、左手には矢とは違い、肉体と一緒に最初から作られていた弓へと運び、弦を強く引っ張り上げる。


 射る気だ、と即座に判断を下した俺は大地を蹴りだしてその場から全力で疾走する。


 動いている的には当てられないということもあったが、その場に踏みとどまっていて、運よくアレを外した場合、さっきみたくまた隠れていた夜名津に当たるなんてことがありそうだったからだ。


 とりあえずターゲットが俺ならば、迂闊に夜名津が隠れた後方の森があるところには留まるわけにはいかない。


 俺は全速力で走って射られる矢の照準をずらしつつ、夜名津が隠れていそうな辺りにはそれを向けさせない。


「!?」


 が、しかし。矢を構えたケンタウロスは逃げていく俺のことは一切知らぬな様子で、構えたまま照準をこちらへとは向けず、俺が最初いたところへと向けたままそのままの姿勢で―――


 ズバーン!!


 ―――矢を発射させた。


 力強くしなる音を発して打ち出させた矢は、まるでボウガンで打ち込んだものとさほど変わらない速度のまま一直線に突き進み、直撃する木を打ち抜いた。


 それも一本じゃあ飽き足らずに、そのさらに奥にある木も次々と悉く撃ち抜いていく。


 そして、撃ち抜かれた木は大穴を開け、そして元の原料が溶解液でできてあることも主張するようにそれはドロドロと溶かしていく。


 足を止め、奴と奴が攻撃した場所を見比べる。


 どういうことだ!? なぜ、奴は俺を狙わずにそのまま射たんだ? 体の操作がまだ覚束なかったから? 確認のための試し撃ち? それとも俺たちの話を実は聞いていて、それで後方に待機した夜名津の方が脅威だと判断からなのか、分からない。


 人と馬の形を合わさった雄々しき姿の戦士を模った、液体生物の意図は俺には汲み取れない。


 己が破壊したものを見て何を思うのか、ただ静かに見詰めている。


「……………」


 そして、こちらへと振り返ってくる。


 もう一度、俺たちは目と目が合い、奴は矢を創り出しては構えを取る。


 それを見てまた俺も走り出す。


 体がまだ馴染んでいない誤射だったのか、試し打ちだったのか、夜名津が狙ったものだったのか、何にしろあの射た矢の威力は本物であることは違いない。喰らったら只ではすまない。


 射た先の森に隠れた夜名津がどうなったかも気になるが、あまり気にしたままではいられない。


 集中しなければ、立ち止まっていたら恰好の獲物だ。ひたすら走り動いて、相手に狙いを絞らせてはいけない。直撃したら死は免れない一撃の矢だ。


 俺は走り、だけどジグザグに動いたり、急に展開して違う方へと振り向いて緩急をつける。


 今度はちゃんと俺を狙っているようで、ちょこまかと動く俺に狙いを定めている。弦を引いたまま何度も照準を計る。


 そして―――射た。


「―――え?」


 ただし、射られた矢は俺には向かってこなかった。


 矢は放つ直前、奴は俺への狙いを定めていたのをやめ、百八十度を反対の方へと振り返ってから放った。


 また、俺の中で「なんでだ?」と疑問を抱き、足を止めてしまう。が、その答えはすぐ判明した。


 振り返った先には、新たに狙いをつけたのは、重兵士と戦闘を行っていたニートさんの方だった。


 矢はまるで空気を突き破るような勢いで一直線にニートさんの方へ突き進んでいく。


 重騎士と向き合い剣を交わし合っているニートさんはまだそれが向かってきているとは気づいている様子はない。


「ニートさん避けろおおおぉぉぉ!!」


 咄嗟に叫ぶ。襲い掛かってくる重戦士の重い攻撃に対処しているニートさんは俺の声を聞きつけて目だけをこちらへと向ける。


「!?」


 ニートさんがそれは見た時にはもう直前に迫っていた。ニートさんの瞳が驚愕へと変わる。が、それも一瞬。


 流石は傭兵だけのことはあるのか、突然飛んできた攻撃にも慌てずに反射的に左へと避けようとして体を横に逸らそうとして回避を図ろうとする―――少し遅かった。


 飛んできた矢を躱しきれず右腕を掠り……溶かされていく。


「―――ぁ、……ぐ、ぅ!!!」


 顔を歪めて小さく言葉を漏らし、身体のバランスを崩して地面に膝付き、傷口の上あたりを握り潰すように抑えた。傷口を抑えようにも傷口には溶解液があり、迂闊に触れられない。余計に怪我を増やしてしまう。


 急いで手当しないと、ニートさんも同じ考えでいるはずで立ち上がって、その場から下がろうとする。


 ―――その前に重戦士からの無慈悲な横払いの攻撃がニートさんに直撃した。


「ニートさん!!!」


 溶解ハンマーで殴られたニートさんは森の中へと飛ばされる。


 すぐにニートさんの元へと駆け付けようとした時、音を耳にして、それが目に入る。


 ケンタウロスが放った矢が俺に向かってきていたことを。


 ここまでが奴の、奴らの作戦だった。俺に意識していると思わせて本命はニートさんを討ち取ること。討ち取れば、俺が動揺して一度動きを止めて、ニートさんへと足を向けてしまう。そこを狙えば俺も仕留められる。


 しかも動き出した時の速さについては先ほど、矢を向けられて避けようとしてどれくらいのものなのか、見抜かれてしまわれている。だから、動き出し直後だというのに迫ってきていた矢はこのままだとドンピシャのタイミングで当たる。


 いや、あくまでもこれは想像の事で実際はここまで深くは考えてないのかもしれない。見た目は歴戦の戦士のような風格を醸し出すものであっても、相手はあくまでも液体生命体。


 いくら経験を積める学習型といっても、これはあまりにも強すぎる。実際はただ、偶然が重なっただけで、走馬燈の如き速さで思考を回してまった俺の妄想だけなのかもしれない。


 何にせよ、もはやこれは避けられない。


 いつの間にかゆっくりと進んでいた時間が、限界を迎えたように元の時間に切り替わっていく。


 当たる!


 頭の中で危険信号(アラーム)響き、それに従いながら回避を取ろうとするけれど、それでも遅い。間に合わない。喰らう。死ぬ。


 ピュイィィィゥゥゥーーーーー!


「!?」


 矢と俺の間を防ぐように、俺の目の前の景色は真っ白に変わった。


「逃げるよ」



 × × ×



 巫女インドアの眼鏡によって新たな勇者雨崎に同行することとなった、雇われ傭兵ことニート。


 彼は少年期の頃は小さな村に住むどこにでもいる普通の少年だった。家族は父母二人の妹一人の弟の六人家族。


 生活は少し貧しくもあったが、それでも日常のちょっとした小さな幸せが家族とともに笑みを零せる幸福な家庭。


 そして、小さい村だが、村の住民は団結力が非常に強く、村に近くに大猪が目撃されたとき村総勢を上げて、男たちは村を守る塀を作り、武器を手にし、罠を作り、戦いへと出向く。女たちは戦い出る男たちを支えるために飯を炊き、家と子供たちを守る。


 そうした協力と努力があって何日もかけて大猪を退治すること成功した。


 ある時は怪我を負ってしまい食べるものが困る人間がいれば、食糧を恵み。またある時は嵐で家を失ったものが入れば、新しい家が建つまで住まわせて家族のように接する。


 村全体が一つの家族。皆が皆の親で子である。そんな優しく暖かい村で育った。


 しかし、ある時期より災厄魔獣ガルシアルヨルガによって魔獣の活発化して初めて、大きな街などには近衛兵や傭兵の存在があり、街は護られていたが、ニートの住む小さな村にはそんなものを雇う余裕がなく、村総勢を上げて大猪一頭をするどころの騒ぎでもない。


 近隣の森などからモンスター達の影をチラつかせて村は日々脅かされていた。


 そんな頭を悩ませる大人たちや外で遊ぶ自由が無くなってきた子供を見ながら、ニートは少年心ながら、村を守れる人になりたい、と自然に思うようになり、仲の良かった同じ志を持った友とともに強くなって、村を守れるようになるため、傭兵学校に入学する。


 二年間の傭兵学校の訓練期間を過ごしては、数年間の前線での魔物との死闘の日々を繰り広げていく。本来ならすぐに村へと帰って専属の傭兵になろうと考えていたが魔獣との闘いが本格派になり始めていたこともあり、卒業と同時に戦場へと駆り出されることになった。


 子供の頃に誓った村を守る、とは少しかけ離れていたような気がして最初は戸惑いを覚えたが、結果的にはそれが村の平和に繋がると思いを直し、いつか来る平和を願いながら奮闘する。


 負傷によってニートが一時的に前線を離れていた時だった、救世主岡之原亮介によってガルシアルヨルガが打ち倒されたということだ。耳に運ばれてきた。


 その時は素直に喜んだ。数年に渡ってきた脅威が消え去って平和が訪れたのだ。


 その後魔獣との戦いの後始末を終え、ついに故郷へと戻ることになった。


 久しぶり故郷の地へと足を運んだ時、故郷の姿は変わり果ててしまっていた。


 といっても別に荒れ果てた姿をしていた訳ではない。むしろ逆だった。ニートがいた時よりも、村は明るく活気づいていた。村というよりも町といっても遜色のない趣になっていた。


 どういうことだ、と思い、家族や昔の知人たちから村から町へと変わってしまったのかと訳を訊ねると返ってきた答えがこれだ。


「救世主オカノハラ様が来てくださった」


 村に岡之原が現れて、近隣に住みついた凶悪なモンスターの親玉を倒してくれたそうだ。また、岡之原の知によって村に新たな名産品を誕生させ、そこから怒涛の勢いでの村おこしが起こった。


 それが変革の理由だと知り、災厄魔獣を倒しただけではなく、村が窮地になった際救ってくれたことにニートは深く感謝の気持ちを抱いた。


 最初は変わってしまった村の風景に充てられて戸惑いを覚えたニートだったが、村が明るく活気づくことは喜ばしいことだったので受け入れることにした。本当は昔の光景が薄れて、消えていく何とも言えない寂しさはあったが、これも時代の流れだと思い自分の中で整理付けようとした。


 その後ニートは、故郷の村、いや町に腰を落ち着かせて、町の傭兵として前線だった時は比べならない、ゆったりとした日常を送ることにした。


 岡之原の毒が既に進捗済みだとも知らずに。


 町での日々に慣れ始めようとしていたある日、ニートは町を歩いていると痩せこけている少年を倒れているのを発見した。


 すぐに駆け寄って少年を保護する。


 その少年は奴隷だった。いや、より正確にいうなら家族間の中で奴隷のような扱いを受けている、虐待被害にあっていた少年だった。その子は商人で子供であり、朝から晩まで働かせられ、飯も睡眠をろくに与えられていないとのこと。


 そのことを訊き、ニートは信じられない気持ちになった。貧しいながらも子供にはキチンと愛を持って接し、健やかに成長を祈り、村の子は、皆の子供として育っていた村だという。


 幼しき日の思い出を思い出しながら、その子の親の元へと足を運び事情を尋ねることにすると、「今は店としても、町としても忙しい時期だ。人手がいる。自分の子としても手伝ってもらわなくては困る」と、言われては返す言葉もない。


 確かに村の頃よりも活気づいて、皆忙しい日々を送っている。名産品が出来たことによって町へと訪れる観光客も増え、また近々として町へと変わったこと祝しての記念の祭典も近い。忙しいのも頷ける。


 一先ず、ニートの方が折れて子供のことも気にかけて欲しい、とだけ残してその場を立ち去った。胸の中にちょっとしたシコリを残しつつも。


 そのことを一応家族にも話をし、少年を何とかすることはできないか相談を持ち掛けるのだが、その時の妹と弟たちは口にした言葉に耳を疑った。


「面倒ごとに関わることはごめんだ」「自分たちがやることではない」「忙しいのはどこも同じ」と。


 子供が、村の仲間が、家族が一人大変な目に合っているというのに、それについて何も思わないだと。


 難しい問題だとはわかる! 簡単に解決できないことだとは理解できている! 村が忙しくなってきて、手が回らないことも重々承知している。でも最初から何も考えずに「面倒だ」の一言で切り捨ててしまうのは違う! この町の、いや村だった頃の人間ならば絶対にそんなことはしない!


 ニートはそう憤りを覚えずにはいられなかった。


 その頃からか、薄々と自分と周囲との温度差があることを気にし始めたのは。そして、翌日以降からもその疑心は深まっていた。


 ―――過剰に怒るものがいた、理由は聞くと大したことではなかった。―――泣きわめく子供がいた、その子に優しく話しかける人間はいなかった。――卸したての服を汚されたと弁償するように訴えるものがいた、明らかに巨額な額であり実際はボタンがほつれたぐらいだった。―――木の登ったまま降りられなくなって助けを求める声があった、誰一人聞く耳を立てなかった。―――買い物袋に穴が開き、中身をぶちまけてしまった人がいた。拾ってあげる人はおろか、地面を汚すなと罵る者や、落としたことを良いことに拾って盗むのもいた。


 小さな事件だったが、どういうわけだか他人に非があると過剰な反応した者ものがいて、逆に助けを求める声があるのに誰一人として助けようと思うものはいない。


 周囲の冷たさに対して、ニートはますます混乱していった。


 自分が思っているほど、周囲は問題を問題視してはいない。


 自分が考えているほど、周囲は他人への関心がない。


 自分が感じているほど、周囲はそれを当たり前だと思っている。


 それが酷く恐ろしく見えた。


 人は変わる。変わっていく。変えされる。変えられていく。


 周囲が、環境が、文化が、時代が、人を変えさせていく。


 それは人一人が自己改革していくのとは違い、大衆の意思による強力な圧力であり、強大な力。集団の意見が固まればそれが正義となり、法であり、ルールだ。


 最初はただ、自分がいない間に昔の風景から変わってしまったことに対する感傷だと思った。時間の流れによって昔とは違うことに戸惑ったままで、思い出に耽っているだけなのだと。ついつい、いない間の時間が住んでいた頃の思い出を美化させし続けていて、馴染むのが難しかっただけだと思っていた。


 それもいつかは時間が解決してくれる問題だ。村だったことを良い思い出として、新しくなったこの町を自分は好きなっていくだろうと、そう思っていた。


 でも違った。時間が経てば経つほど、元の美しかったあの日々じゃないことに寂しさを感じるようになった。


 元の辛くても楽しかった日々幸せを、大猪を刈り取った日の大人たちへの憧れを、助けて合ってきた絆を、……まるでそんなものは最初からなかったように今の光景が目に映った。


 協力することはなく、他人を出し抜くことの嘘や強かさで。


 譲り合うようなことはなく、他人から奪い合うように。


 誰とでも明るく接するのではなく、親しいものだけで、他の者には冷たい態度で。


 裏表がなかった人たちが、欲という名の海に浮かんでいるような光景が目に映っていた。


 どうしてこんなことになってしまったんだ。俺が護ろうとしたかった、守りたかったものはこんなものじゃなかったはずなのに。


 疑心を抱いたまま、心は迷走してする毎日。心が疲弊しながらもどうしてこうなったのかと答えをそれでも探す。


 その答えに触れたのは祭りの日だった。町の皆が口に零していた。


「この祭りができたのも全て救世主様のために」


「救世主様は本当に素晴らしいお方だ」


「あの方がいなかったらここは終わっていたに違いない、救世主様万歳!」


 救世主様の単語を零す度に、大きく頷いて、笑みを浮かべる人々。その中にはここ数日でいがみ合っていた不仲の連中も隣合わせで言葉を交わし、肩まで組み合っていた。


 村おこしに成功したこと祝っているようで中身、全ては救世主への感謝の言葉だった。まるで神にでも崇めているような信仰っぷりに。


 もちろん、折角の祭りごとのためにいざこいを起こしたくないだけだったかもしれない。村の、そして世界の救った英雄の岡之原を崇めるのも分からなくはない。恩人なのだから。


 しかし、傍から人々の様子を見ていると異常のように見えた。皆が皆、まるで岡之原が中心に世界が動いているような気がして。


 そこでようやく気付いた。もしかして皆がおかしくなってしまったのは救世主と出会ったからではないのか。救世主によって、何か、……何か大事なものを見失ってしまったのではないのかとニートの中に疑惑が生まれてしまった。


 馬鹿馬鹿しい想像だと思ったが、しかし何故かニートの中ではカッチリ、とまるで歯車が合わさったような不思議な感覚があった。


 半信半疑の心が落ち着かないまま祭りに行く末を見守っていくと、決定的な証拠を発見した。


 それは祭りの最中での発表だった。村から町へと変わったこと祝して創られた記念像の発表であり、そこに建てられたのは岡之原亮介の像だった。


 言葉を失うニート。像が建てられたことに対してではない。像が立てられた場所に驚かずにはいられなかった。


 そこは本来ならば、村を象徴である、土地神様を祀っていた像が建てられていた場所に建てていたのだ。元々あった像を壊して。


 これまで村が崇めていた土地神の像を壊して、新たな像として救世主の像を創ったのだ。


 土地神様の神聖さは誰もが知っている、村の者は敬意を払っていたはず。幼き日の頃、像に悪戯した子は飯抜きや反省するまで一晩外に出す、との優しい村の中で、一番厳しい躾を与えられるほどの大切に崇められた。それを破壊するとは愚かで罰当たりなのだと、一人批判したニートだったが、周囲から異端の目を見られた。


 そして、一人冷静に冷ややかな目でニートを見つめて、壊した理由を告げた。


「救世主様のお言葉だ『魔獣から攻撃され、村は危機だというのに、土地神は何してはくれない。なら祈るのはやめろ。神はいない。自分たちの力を信じて、危険を退けろ!』と。我々が神を見捨てたのではない。神が我々を見捨てている。いや、我々は本物神に遭ったのだ」


 その言葉の魅了された人間は、これまでの土地神様への敬意を捨て、救世主岡之原を信じることにしたのだ。


 神への信仰を捨てたニートの町は、まるで神の怒りをかってしまったように翌月に自然災害に遭い―――そしてニートのみがその災害から生き残ったのだ。



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