夢見る戦士(バカ)と受け継ぐ勇者(バカ)8
ニートさんが戦闘しているだろう場所に、俺が先頭に立って走って夜名津がその後を追う陣形(?)で森の中を駆ける。
最初は半信半疑の様子だった夜名津も戦闘音らしきものが聞こえようになってつれ、もしや、と真実味が増しきたのか、木々が倒れるような大きな音が聞こえる度に加速しようする俺を「速いからスピード落として、抜き足差し足忍び足、だけど急ぎ足の精神だ」と宥め、「これはあるかもね」と小さく不安そうに後ろで呟いていた。
それを訊き、とうとう実戦が近づいていると痛感し、俺の中でもますます緊張感が奔る。ほんの少しだけ喉に渇きを覚えて、唇も乾燥したようにピリついて、舌で唇を舐めるが、すぐに風で乾いてしまう。
ニートさん、頼むから無事でいてくれ! もうあんな城みたいなことは嫌なんだから。
先行きが怪しく、不安でいっぱいだというのに空は憎らしいほどの雲一つとしてない晴天なことに何かの皮肉か、と捻くれた人間のようなことを思った。
「? なんだこの臭いは」
突然、森特有の緑と大地の澄んだ香りとは匂いの中に少しだけ、それとは別のものが混ざった臭い。ほんの少しだけ何かを焼くような刺激臭……化学薬品のようなものが風から運ばれてきた。
突如鼻に来た刺激臭に気になりながらも先を進んでいると、
「!? 夜名津、アレ」
前方に気になるもの―――光景が目に入り、ブレーキをかけつつ、後ろの夜名津に指ざしで話かける。
前方の視界に入ったそれは木だった。倒れた木。それも一本や二本なんて数では幾つもの倒れた木が存在する光景が前方に広がっていたのだ。
森林伐採なんかの規則正しく切り倒されたようなものではなく、ランダンでそこにいたからだから斬った、ような切り口で切り倒された木々。それはここらへんで戦いがあったような形跡を残すような傷跡。
明らかにニートさんが誰かと戦っていることが判断できるものだった。
いや、これだけならまだむしゃくしゃして怒り任せで乱伐に刈り取っている夜名津説も捨てきれなくもないが、だが、もう一つだけここで戦っていたと言える証拠が存在した。
俺はそれに近づいていく。
「うっ……夜名津、ここの切り口とか見てくれ」
少しだけ顔を寄せ付け過ぎたせいで臭いに少し鼻がやられ、反射的に手で抑える。顔を顰めつつ確認を取ると、俺は夜名津を呼んで切り株を見せる。
「ん? ……ああ、なんというか、気持ち悪いね。焼けているというよりも……溶けているのかな? これ」
「ああ」
夜名津の感想どおりその切り株は剣や斧で斜めや水平に切り落とされたものとは違う傷跡。三日月を描くようなに近い跡で……何かの液体で溶かされたようにして木は倒されて、切り株部分はドロドロになって年輪なんて分からない散々な形をした散々なもの。また、その下に生えている草花にも飛び散ったのか同様の有様だった。
そして、それはよく見ればこの木だけじゃない。他に切り倒された草木にも似たようなものが存在していた。
シュワワワと焼くような、溶かすような音を出し、化学薬品のような刺激臭を放ち、鼻にくる。
「酸、か? これ。いや、酸に臭いとかないんだっけか?」
「何にしろ、これは触らない方がいいね。まんま溶解液ってやつかも。……これを見ると、ポケスペのだいぶ初期にあったアーボックの溶解液でリザードが溶けるシーンを思い出すよ」
「お前はホント余裕あるよな。よくそんなこと今思い出せるな」
マイペースな感想を抱いている夜名津に対して目を細めて突っ込む。夜名津は視線を動かさずに木の溶解後を見つめている、と思ったがよく見ると視線が少しだけずれているような気がして、何だと思い、体を移動させて夜名津が見ているものを見下ろしていたのはトカゲの死体。
それが目に入ると反射的に目を逸らす。それは小さいながらもあまりにもグロテスクなもの。
上半身だけの、それもトカゲの尻尾斬りの言葉なんて目じゃないくらい、細く小さな赤い贓物らしきもの飛び出ては、溶けているのからなのか引きずったからなのかグツグツ、ブツブツ、としか言いようのないような液体に限りなく近い、赤をしていて。上半身だけでありながら頭も半分以上は溶けてしまっていたトカゲらしき死体。いや、本当にトカゲなのかも少し怪しい。原型なんて言えるものは胴体部分のぐらいしか残っていない。あとは赤と臓らしきものに酸で色ごと溶けた茶色、液体状のものが下半身のように這っていて。
目に入れて置くには、小さいながらも十分拒絶してしまうもの。
視線を変えて隣に立つ夜名津を見る。奴はこの死体は見ても眉一つとして動かさない、いつもの無表情を通していた。まるで夏によく見る道路に転がった蟻が集ったセミの死体を見るのと大差ないように動じない。
セミの死体も人によっては抵抗を覚えるかもしれないが、それでも俺は多少なりとも抵抗はあるがまあ見るだけなら平気だ。トカゲのそれを見るのに比べたら。
でも、夜名津我一は違う。
蟻が集うセミの死体も、トカゲのグロテスクな死体も、城で見た人の死体ですら、それら全て大差のないものようにして見ている。死体を死体としてか見ていないような目。
そういうところがコイツが怖いと想えてしまう部分だ。
コイツの目に映る光景は本当に俺と見ているものなのか? 全く別のものではないのか、疑わずにいられない。
「とりあえず、この先は気を引き締めていこう。もしかすると相手は人じゃなくて蛇なのかもね」
そう、仕切り直してくる夜名津.この切り替え方と冷静さが頼りになるのと同時にまた、これもコイツの神経が狂っているんじゃないか恐ろしく感じてしまう。
死体を見ても何とも思っていない、と様子が、態度が、感性が、すごく不気味で気持ち悪くってたまらない。
「雨崎君? 雨崎君、聞いている?」
「あ、ああ。聞いている。えーと……なんで蛇なんか、少し気になっただけ。なんでだ?」
本当は夜名津に対する嫌悪感について考えていたんだが、流石にそれは口に出す無神経さはない。咄嗟に誤魔化したが、案外いい質問だったかもしれない。
なんでこいつは蛇って判断したんだ? 蛇に繋がる何か証拠でも見つけたのか。
「いや、アーボック繋がりで。あと、なんか酸とか吐きそうなキャラって蛇系じゃない? 大蛇みたいなのって森にいてもおかしくないよね」
…………思ったより発想は安直だった。いつもの迷走思考もない、まんま思ったことを口に出しただけだったようだ。
「そういえば、あの城でも確か、魔法使いみたいな女の子が化け狐になったよね」
「??? …………あ、全然違えよ。盗賊みたいな格好した女の方なそれ。あと狐じゃなくて犬な。せめて狼と間違えろよ」
本気で最初何を言い出したのかマジで分かんなかった。何かのネタかなとスルーしようかと思ったけど、城の単語に引っかかってそこから何とか連想することができた。
ちょっと記憶力ポンコツ過ぎませんかね。むしろ魔法使いちゃんを覚えていたことに褒めてやるべきなのか。気絶した後に縛り上げて放置されていた子なんて後の戦闘のインパクトの方が大き過ぎて皆忘れていたと思うぞ。いや、俺は覚えていたけど。縛った本人だから覚えていたけど。ええ。
「まあ、犬でも狼でも狐でもイヌ科なんだから似たようなもんでしょ」
「分類上ではな」
「うん、大犬になれる奴がいるなら大蛇になれる奴もいるんじゃない」
「あ!」
それはありえない話じゃない。
大犬もとい炎犬に成ることが出来る、ディーネリス。でもそれはディーネリス自体が犬人族という亜人だからできる変態だと、キルは言っていた。まさかあんな化け物みたいな炎犬になるとは思ってなかったが。
亜人の中には蛇人族の種族はないらしいが、ないというだけで可能性は捨てきれない。それに近い存在蜥蜴人がいる。分類上でなら同じ爬虫類として、大蛇なくてもそれに近いものになる可能性はなくもない。
コイツ、……安直な考えだと思わせて、キッチリ迷走思考してものを言ってやがる。
これだからコイツは油断ならねえな。と内心では舌を巻く。
「今回は大蛇か。ナルトの中忍試験を思い出すね」
「まるで自分がやってきたかのような過去の回想に想い耽るように感慨深く言うな。ほら、そろそろ行くぞ準備しとけ」
話をやめ、腰にある剣に手を回して強く握る。奥の方ではドン、ドンと強い音が聞こえてくる。その音とこの場所に人がいない様子からして戦闘はまだ続いている。
戦場ももうすぐそこ。改めて気を引き締める。
「雨崎君、ここからは木の陰を利用して進もう。馬鹿みたいに正面から出て即死なんて嫌だし、隠れていれば様子を疑って、不意打ちできるチャンスあるしね」
「……夜名津先輩、っパないっすわ」
冷静な判断とあくどい考えが絡まって出た案が怖い。いや一応合理的な作戦なんだけど、夜名津が言うとシャレにならん。
色々と思うことはあったが、夜名津の案にとりあえず乗って今まで以上に慎重に進むことにする。
まだ切り倒されていない木々の中へとその身を隠して先を進む俺たち。
サッサと木から木へと素早く移動しつつも、周囲を確認しては後方の夜名津に安全だとハンドシグナルを送る。夜名津は夜名津で後方から周囲を確認し、前へと進んでもう一度確認。オーケーとゴーサインを出して俺はもう一度先へと進む。それの繰り返し。
なんか特命部隊にでもなったかのようにノリノリで突き進む。不謹慎ながらもこれはこれで結構楽しいものだった。別段ふざけてやっているつもりでは決してない。俺も夜名津も大真面目に真剣にやっているのだ。
この先のどんな相手が待ち構えていて、どんな危険が襲ってくるのかは分からない。慎重に慎重を重ねて、神経という神経を研ぎ澄ませてことにあたっているのだ。
いつどんな危険に遭遇するのか不明瞭の中に生まれた、空気が張り詰めるような緊張感。そんな最中でも少しだけ笑みを零さずにはいられない。
それは中二病の妄想でしかない特命部隊のようなシチュエーションを実際に再現していることに対する笑いではなく、何というか、……いわゆるスリルを楽しんでいるというやつか。
そう、心が少しだけ弾んでいる。
いかん、いかん。これから相手取るのは岡之原陣営のあの化け物連中なんだ。こんな浮ついた気持ちじゃあ簡単に殺されてしまう。
自分の中の気持ちを律する。
緊張感を強すぎず、弱すぎず、ほどほどに保ちながら奥へ奥へと慎重に警戒しつつ進んで行く。
「! (夜名津、いたぞ! ニートさんだ)」
ようやくニートさんを発見し、近くの茂みへと体をしゃがみ込ませる。予想通りニートさんは何者かと対峙しているようで剣を抜いて戦闘中だった。
後方にいる夜名津にハンドシグナルと小声で呼ぶ。夜名津も颯爽とこちらへと移動しては俺の隣へと並び、その光景を目にする。
「(ああ、……あれはなんだろう?)」
夜名津が指摘したものはニートさんが対峙していた、七つの影のこと。
それの見た目は人間の形を模してもので、さらに言うなら兵士らしき姿を形取って、武装として剣や槍、防具を身に纏ったのを模倣していた。
武装した兵士模ったそれの全身は液体みたいで、しかし弾力はあるのか、ゼリー状の液体というべきか。
全身薄汚れた青……緑色が少し強い色をしており、だけど時々光の反射で垣間見る虹色の輝きを光らせる。それは港でよく見る海に浮かぶ船の油の汚れを連想させる、濁った輝きだった。
「(漫画とかでよくある水で人の形をした技かな? 水人形、みたいな?)」
「(そうかもな。ということは水属性の魔法使いみたいなポジションの奴か?)」
魔法使いとだけ聞くと、さっきの話で思い出したこともあり、あのシアトというが無表情、単語単語の口調の可愛い童女の事を思い出し、やはりあのまま黙って城で生き埋めにはならなかったか、と伊達に転生主人公のヒロインはやってないか。
周囲を見回してシアトの姿を探すが見当たらない。それどころかあの水人形を操っているような人間の姿も見当たらない。どういうことだ。
もしかして、遠隔操作でもしているのか。なら操っている本人はどこに? 安全地帯に隠れて………まさか俺たちを探しているのか。
ありえなくもない考えだ。邪魔者は眷属に任せて自分は本命を叩く。作業効率だけを考えれば悪くない。
いや、どちらにしろ、ここに岡之原陣営の術者がいないのなら俺たちがその術者を見つけて叩けば―――
これから方針が決まりそうな時だった。ふと、目の前の光景に違和感があった。
「?(ちょっと待て。何か変じゃない?)」
「(そうだね、あの水人形を操っている術者らしき姿はみあたら…)」
「(そっちじゃあねえ、ニートさんの方だ)」
え、と夜名津は言葉を漏らしながら視線をニートさんの方へと切り替える。
水人形がニートさんに向かって握られた水の剣を振るわれる。しかしその太刀筋は水人形のためなのかあまりにもなっていない。俺の方がまだ鋭く振り切れる自信がある。
ニートさんは難なくそれは躱す。
が、避けた瞬間、待ち構えていたように、槍を構えた二体の水人形が狙って突きを放ってくる。タイミングとしては悪くない、ドンピシャなタイミングであり、見事な連携だったかもしれないが、しかしこれもまた威力が、勢いが悪くてニートさんはステップするように軽やかに躱す。
そして剣を中段に構えて直して、七体の人形と向き直る。場面だけ見るとニートさんが追い詰められている光景なんだが、水人形との実力差があり過ぎる。
それなのになぜ?
「(何がおかしいんだい?)」
「(ニートさんが剣を振るっていない)」
「(? そういえば……確かに振るってないね)」
剣を構えているが、その剣を振っていない。振っていないということは攻撃をしていないということなる。何故だ? ニートさんの実力ならあんな奴ら瞬殺できるというのに。
「(遊んでいる? いや、そういう風にも見えないな)」
「(ああ、お前は知らないだろうけどニートさん戦いに置いてふざけとか、弱い相手に対して上から目線での遊びとかはしないんだ。全力でやりにくる)」
それはこの数日散々しごかれた俺だから分かる。ニートさんは多少の手抜きはあるがそれでも、戦いにおいては真剣に取り組んでくるタイプだ。
だから、弱い相手だからと言って舐めてかからず、遊び抜きで容赦なく切り倒す。それがニートさんのスタイル。現に今だって余裕と思わせるような表情一つしないで冷静に七体の動き見極めつつ対処しているようだ。
なんで斬りかからないんだ、と疑問を抱えながら戦闘の行方を見守っていくともう一つ気づいたことがあった。もしかして、攻撃をしないのではなくて、攻撃ができないのでは、と。
「(あの剣自体も何かおかしいな。少し、片刃が壊れているというか)」
「(ああ、アレって壊れているんだ。僕はてっきりそういうデザインの変わった剣だな、って思ってた)」
「(……お前の腰に下げているものなんだよ、おい)」
俺、ニートさん、夜名津が使われているのは全部似た種類の剣だ。コテージにはこれともう三本ほどある。剣は消耗品と宣言しているようなもの。と、そんな豆な事は隣に置いとくとして。
ニートさんが握られている剣は今、上を向いている片刃は少しおかしく、これが刃こぼれだったりならさっきまで切り倒していた木々のせいだと理由つけられたがそんなものじゃない。
剣は刃こぼれというより鉄が少しだけ溶けたように白くなって、その部分だけ刃は駄目なものになっていた。それは剣の刃として切れ味はもちろんの事、下手にそこの部分で斬りかかって直撃したら折れてしまいそうなものだ。
しかし、確かにアレでは迂闊には切れかかれないと思うが、それでもあの水人形の軟体が相手ならば十分斬ってしまえると思えるが……。
何かそうできないこともあるのか? いや、そもそもなんで剣があんな状態になっているんだ。
「!(もしかして)」
「―――そこか!」
俺がそれに察した時だ。後手に回って回避のみを専念していたはずのニートさんが動いたのは。
槍兵の水人形が槍で凪いだ時、それを躱して右手で懐に入り込むように掻い潜って水人形を抜き去り、服の内側からナイフを取り出して一投する。
ピュン、と鋭く風を切るような音を発して、真っ直ぐ一直線に―――こちらへと向かってきた。
「う、うわああ!?」
向かってくるナイフに驚いて隠れていた茂みから飛び出してナイフを回避する。
「ち、チヒロ!? お、お前どうして、ここ…に?」
「あ、えーと」
いきなり飛び出てしまったのが俺だったのが相当驚いているのか、言葉を失った様子のニートさん。しまった、隠れて様子を疑っていたのに、これじゃあ隠密行動の意味がない。しかも見つかったのが敵ならいざ知らず、味方の危機察知で勘違いからで見つかるって……相当恥ずかしいぞ、これ。
なんて言っていいのか、分からずアハハ、と苦笑い浮かべる俺。本当に参っちゃうなって状況は笑って誤魔化すしか選択肢はなかった。
が、なぜかニートさんは言葉を失ったままの、顔は固まったままの状況。ん? おかしいな? 確かに驚かせだろうとは思うけど、そんなフリーズするまでの事態だろうか?
変だなと思っているとよく見ればニートさんの視線は俺よりも横を見ているような気がして、俺も顔を横に向ける。
―――上半身だけ茂みから出て、ナイフが刺さった左肩を抑えて倒れている夜名津の姿が。
「よ、夜名津ううううううぅぅぅぅ!!!!?」
俺は慌てて夜名津の元へと駆け寄って呼びかける。
「おい、夜名津。おい夜名津! おまマジ、いやホント大丈夫かお前ホント、おーい夜名津!!?」
「悪い、まさかお前らだとは思わなかったんだ……」
ニートさんも駆け寄って謝罪の言葉を口に出す。うずくまって「う、う~」唸り声を上げる夜名津。俺はすぐに肩を抱きあげて……いや、今肩を抱きあげたら駄目なのか? 何にしろまずは応急処置が先に―――って、道具がない。えーと、えーと……。ナイフは血が出るから思いっきり抜いていいんだっけ? いや、駄目駄目だ。抜いてはいけないんだこれ。
あー、もう! なんなのお前は本当にもう! 毎回毎回怪我を負ったりピンチになったりして、こんなに俺を混乱させるんだ!? こんなになるなら、俺はお前のことを心配で目が離せなくなるだろ。頼むから俺の近くではこんなことにならないでくれ! 元気な姿のお前であってくれよ! …ってなにこれ、なんか愛の告白みたくなったぞ!? お前は俺のヒロインか! 俺はいつから銀魂の銀さんになったんだ!
あまりにも急な事態に陥ってパニックって全然頭が回らない。一人漫才できていることである意味では回っているが……。
一先ず傷をどうにかしないと思っていると。
「―――あ、っい、痛うー…………あー、大丈夫大丈夫」
「いや大丈夫、じゃないよな? それ」
よろよろとした状態になりながらも体を起こし上げた夜名津は、強がりなのか少しだけ顔を歪めながらも大丈夫と言ってくる。
無理すんなよ、と宥めながら、とりあえず傷の手当てを、と考えてニートさんに助けを求めようとするが。
バッ、とニートさんは勢い良く振り返った。―――これは別に今朝の俺との喧嘩(?)を思い出して拒絶の意で目を逸らしたわけではない(たぶん)―――ニートさんが振り返った先に、あの水人形の兵が迫ってきていたのだ。その数四。
「チッ、―――屈んでいろ!」
そう叫ばれて瞬間、俺は何を言われたのか頭ではついて行けなかったが、身体の方は反応できた。咄嗟に手を伸ばして折角起き上がった夜名津の頭を掴んで無理矢理下げさせて、俺も頭を伏せる。ちらりと、右目だけ周囲を見えるように顔を横にさせる。
ニートさんは剣を振るって、一閃を奔らせる。
しかしそれは迫りくる水兵士を狙ったものではない。剣で切り裂いたのは近くにあった、俺たちが隠れ場所にしていた木の一本を切り裂いたのだ。
斬られた木はそれに沿って前方へと倒れていき、迫ってきていた水兵士は水兵士のために生き物らしき意思がないのか、倒れてくるそれに対して気にした様子はなく、止まらずに真っ直ぐ突っ込んで倒れてくる木に巻き込まれる。
ドピシャアアアーーーンンン!!!
水兵士は木に圧し潰されて原型が留められなくなり、薄汚れた水が散り散りに飛沫を撒って近くの草木に降りかかる。
「ああ、やっぱりそういうことだったのか」
顔を上げてそれを目にすると確信した。俺の予想が合ったっていたことを。
水兵士がばら撒かれた水が草木に掛かった瞬間、シュワワワと音を立ててそれは緑を、そして水兵士を下敷きにした木もまるで火で焼くような、メキメキと音を立てて溶かしていく。
あの水兵士の水こそが先ほど見た、酸の正体であり、ニートさんの剣の片刃が使い物にならなくなっている原因。たぶん、ニートさんはあの水兵を切り裂いたことで溶かされた。
正攻法ではこの敵は切り倒せない、武器が使用できなくなって逆にこちらがやられてしまう、と考えたニートさん今のように木を切り倒して圧し潰すような戦闘を行ってきた。それなら相手に触れて武器が壊されることもなく、その上纏めて一網打尽にできる一石二鳥の策。
また水兵士が襲ってこないかと周囲を警戒し、こちらへと視線を向けてくるにーとさんと目が合う。
「……ニートさん」
「……そいつはいいのか?」
そいつ? どいつ? 頭にはてなマークを浮かべながらも右手あたりの変に盛り上がった大地がプルプル震えるなと思って、視線を下げてみる。
「ああ! 夜名津お前どうしてそんなことに」
「……君のせいだよ」
なんと、そこには先ほど以上にナイフが左肩に深く入って痛ましい様子の夜名津が俺の手の中に! ………いや、マジでごめん! 咄嗟の反応だったからつい勢いで無理矢理抑えたけど、そうだよな、加減とか角度とか考えればさらに深く刺さるよな! 本当にごめんな!
悪い、本当にそんなつもりはなかったんだ、全力で謝罪する俺に「分かったから分かったから」適当に―――痛みでまともな反応をしたくないのか、痛ましい調子で返してくる。
う~、と歯を食いしばった唸り声を上げ、右手をナイフへと伸ばして一気に引き抜いた。
プシューーー!! と、まるで散々振り回してから開けた炭酸飲料水のような勢いでナイフを抜いた先から血が思いきっし吹き出して、すぐにナイフを捨てて空いた手で傷口を抑える。が、勢いよく吹き出したため、近くにいた俺にもそれがかかり。赤が映し出される。
「ちょっおま、何やってるんだ。早く、血、血を止めねえと」
「馬鹿かお前は! いきなり抜くやつがあるか!! 待ってろ今止血してやる」
俺とニートさんの言葉が被り、二人して怒鳴りつけて手当てを施そうとするが本人から傷口から手を放して俺たちに、待った、の手を出してくる。
「うう、……うー…、あー、いいよいいよ。気にしなくて」
血が飛び出して痛ましい様子でいるのにこの態度、これは俺たちの事を慮っての態度なのか。だとしたらそれは違う。今はお前の傷を癒すのが先決だ!
「馬鹿! 気にしないわけ―――」
もう一度怒鳴りつけて言うこと聞かせようとするが、次の夜名津の言葉に俺たちが止まった。
「こんな傷くらい自分で治せますから……《本の使い方》」
待ったをかけていた、手を戻して、手のひらを上にかざして呟く。夜名津の魔導は発動して一冊の黒い本がそこに現れる。出現した本は手のひらから少し上へと離れ、宙に浮かんでおり、本は勝手に開かれる。開かれたページは何も書かれていない真っ白なページ。
「《破れた余白》」
夜名津がもう一度呟きながらそのページを破り捨てる。破かれた紙はそのまま夜名津の傷口に押さえつけては、傷を癒していく。
「夜名津、それって」
「《破れた余白》。その名の通り傷を癒してくる能力ね」
「……そんなことができるなら最初に言っておけ」
苦虫をかみ砕いたように吐き捨てて顔を逸らすニートさん。心配して損したというような態度であり、俺も似たような思いだ。
こいつ、そういうのあるなら能力を披露した時にちゃんと説明しておけってつーの。
悪態吐きながらも安堵の思いでいると。
「ああ、雨崎君さっきの『気にしなくていい』はあくまでも手当てに関して気にしなくていいだから。それ以外の事は含まれていないからね。……アトデオボエテロ」
「ニートさんこいつらは一体何なんですか!」
俺はずっと気になっていた敵の正体をニートさんに訊ねる。その時思わず大声で叫んだためか夜名津が何を言ったような気にするが残念ながら良く聞き取ることが出来なかった。たとえ聞こえていたとしても夜名津が何を指しているのかは全然分からない! うん、一体何のことを言っているんだろう。
「冗談だよ。そんな全力で聞こえなかった振りしなくても」と、後ろで囁いてくる。お前が言うと冗談には聞こえないんだよ。内心そう呟きながら、ニートさんに質問を重ねた。
「さっきの投擲は俺たちを狙ったものじゃなくてアレを操っている術者を狙った攻撃何ですか?」
俺は残った水兵士を見ながら訊ねる。その数は五体。先ほど突っ込んできた四体のうち二体は完全には潰せたが、もう二体は生き残っていた。
だが、それも虫の息状態。身体の半分ほどは削られており、今、人の形が崩れかかっている。そのせいで中の溶解液を吐き出していることになって周囲を溶かしているが。その後方に三体の水兵が伺っているような様子でいる。
ニートさんはそれらを見据えたまま返してくれる。
「術者ってのは少し違げえーな。アレは魔法なんかじゃあねえ。あれはモンスターで、その本体を狙ったというのが正しい」
「モンスター……。岡之原たちからの攻撃じゃないんですか?」
岡之原、とワードを耳にした瞬間、ニートさんの眉間に皺を寄せて苛立った態度を顔に浮かばせる。
しまった、普段の態度と変わらなかったから、ついうっかり口に零していしまった……まだこの人は引きずっていたのか。
俺の中でまた別の緊張が奔る。ニートさんは強い眼光で敵を睨みつけ、口を開く。怒りを抑えつつも、それでも隠し切れず、だけど今朝の我を忘れた状態にはならない歯止めを利かせて言うのだ。
「ああ、そうだな。こいつらはオカノハラが影響によって生まれてしまった存在新種のライムだ」
「ライム? …………って、スライムのこと!?」
驚きの声を上げながら、水兵士は様子を見つめる。水兵士は相変わらずこちらの様子を窺うようにこちらを見たり、損傷した体を直していた。
確かにゼリー状の液体でできた体は人間を形取っていて、だけど魔法で作られた人形にしては戦闘中の動きがあまりにもぎこちない、とは感じてはいた。
そうか、あれはスライムなのか。よく見る奴って団子状だったり、鏡餅風の頭にぴょんとしていて目が合ったり、女の子の服だけ溶かしたり、とそういう型だから最初から形取られると、魔法でできた水兵士なのか分かんないわ。
しかし、溶かすタイプスライムか……。クソッ、もうホント、惜しいなこれ! なんでグロ優先しちゃったのかな。転生主人公ならさ、もうちょっとこれ、サービス精神をさ!
こんな状況なのに沸々と、色々な思いを募らせてしまう。
「何でも溶かすタイプのスライムか。これじゃあ別の方のR18指定になっちゃうね。もうちょっとサービスの需要を考えよう。いくらさっき折角の川で、水着シーンを逃したからって、そのままスライムまでも服どころか、生き物まで溶ける仕様にしなくてもいいのに」
同じことを考えている馬鹿もいた。
「どっちにしろ、こっちは今、ヤローメンバーしかいないからサービスにはならねーぞ」
「ホモと女性サービスにしておこう。ほら、ここ数日で鍛えたとかいう自慢の筋肉みせてきなよ」
「お前ら、わけわかんないこともその辺にしとけ、―――来るぞ!」
ニートさんの説教じみた号令とともに、俺たちは構える。
あの損傷受けて人間体を維持が困難な様子でいた中身の液を放出していた二体のスライム。が、液体が溢れ出たことで少し距離があった二体の液と液が繋がり、混ざりあって、それは一つの体に変わっていく。
先ほどよりも巨大の体躯を持ち、武器も剣や槍からハンマーへと変わり、重量兵士へと成り代わった。
いや、でもどういうことだ、これは?
二体が一体に合体したことで、その外見が大きく変わってくることは分かる、それはいい。武器が変わったのもいい、使用できる原料が増えたから大きなり外見に合わせて調整したと分かる。
だが、何故だ? さっき以上に人間として、戦士として、の風格が出来上がっているように見えてしまうのは? そう感じてしまうのは?
目の前の重兵士となったスライムから発せられる異様な空気。圧迫感のようなすさましい、プレッシャーを肌で感じ取れる。
それはただの見た目が歴戦の戦士の風格だから、ですませられる話ではない。何とも言えない、凄みみたいなのを感じる。
少し肌毛が立つのを感じつつ、剣を抜く。
すると、それを合図と受け取ったのか重戦士は動く。―――速い!
先ほどまでの動きとはうって変わり、高速移動で俺たち三人へと接近して、全力の横払いでハンマーを殴りつけようとする。
ブーン! と豪快に響かせるが誰一人としてそれを食らったものはいない。
接近してした瞬間、三人とも別々の方向へと飛んで、その一撃を躱した。
なんだ、今の、……本当にハンマーでもぶん回したような音だったぞ!?
「いいか、表面は多少の弾力はあって大丈夫だが、中身の液体は何でも溶かしてしまう溶解液だ。加減間違えると即アウトだ。直接攻撃はやめろ。いいか、倒すなら魔法使って攻撃するか、木を切り倒して潰すなり、デカイ石を投げて潰せ。ただし、潰した際に飛び出る中身には注意しろ。溶かされるぞ!」
ああ、それについては良くわかる。このライムの液の特性を。現に今の一撃を避けたのもその特性があると思って避けたのだ。
でも、気にしているのはそこじゃない。
「ニートさん、コイツ、合体する前よりも動きが良くなってませんか?」
「こいつらは多少なりの学習力や、経験値ってやつ身に付けやがる。複数に合体する時、それまでの個体から得た経験値を活かして、掛け合わしたようにより強固な個体へと進化しやがる」
様子を窺っていたはずの水兵士も、重兵士に続くように動き出して襲ってくる。心なしかこちらも動きが良くなったように思える。まるで自軍を指揮してくる指導者の登場で動きが活発になっているようなもの。
それらの攻撃も躱しながらニートさんは説明を続ける。
合体したことで強くなるのか。敵ながらなんて厄介な相手なんだ。
「ライムオーガって奴の特性で、元は一体のライムが肉体を自分の体を分解して数体の個体に分けて、それぞれが鍛え上げながら、もう一度一つになった時に強いライムとなる」
「それってどこのスライム覚醒物語!? なろう産ですか!」
「このスライムも転生主人公なのかね」
説明を受けながら俺たちはそれぞれ突っ込みを入れながら襲ってくる攻撃を避ける。いくら動きが良くなったとはいえ、まだ話ができる余裕はあった。これも訓練の賜物。
「核だ。倒すのは一体だけ核を持った個体がいる。そいつを倒せば分裂して個体した個体は一掃できる。が、ここには核を持った個体がいないから地道に一体一体を潰して殺すしかない」
核を持った個体。
さっき夜名津に放ったナイフの一投は、その個体だと思っての一撃だったのか。
大体の情報を俺たちに伝え終わったのか、ニートさんは告げる。
「このデカイ奴は俺がやる。お前らは残りの奴を相手してろ!」
「分かりました。んじゃあこれを」
水兵士の剣技から逃れた夜名津はニートさんに近づいて自分の腰につけていた剣を渡してくる。
「そっちの剣よりかは使えると思いますよ。代わりに僕がそっち貸してください」
「……ああ、悪いな。確かにこっちの相手は多少斬りかかっても大丈夫そうだからな。助かる」
二人は自分の得物を交換し合い、夜名津は壊れかけた剣を、ニートさんは真剣に取り換えて、二人は離れる。
ニートさんは重兵士の元へと駆けていく。