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夢見る戦士(バカ)と受け継ぐ勇者(バカ)7

 インドアさんとの話を終えた後、俺と夜名津は近くの川までやってきた。


 水がめの水がもうないとインドアさんに話したところ、とりあえず近くにある川の水で補給することになった。


 いくつかの水を入れる器を荷台に乗せて運ぶ。川までの道筋は走り込みのおかげでどこにあるのか分かっていたので問題はなかったが、途中傾斜がきつい場所や道幅の狭さで少し戻って道を変えたり、草に車が絡まって捕まったりと移動には困難面に遭遇したりして、だいぶ時間が喰ってしまった。一人で走る時はともかく、こういったものを運ぶ時の道についても考えなしで移動してはならない。


 稽古の方は今日はあんまりできそう……いや、稽古の時間については気にしなくていいだろう。結局、戻ってこずに、またここまで来た道のりに彼とは出会わなかった。別の方向に進んだろうか。


 ニートさんの行方を少し気になりつつも、俺たちは川の水は持ってきた器を下ろして川へと運んでいく。


 夜名津は川の水を手で掬い上げて、水の濁り具合を確認するように見つめる。


「見た目だけなら綺麗だけど、これって一応飲めるんだよね」


「まあ、俺が走っている時に休憩がてら飲んだけど、一応大丈夫だった。ニートさんも飲んでたし」


 ま、だからといって男共(俺たち)が大丈夫だからと言ってそのまま使う訳ではない。一応、水を持って帰った後は衛生面の事を考えるとそのまま使う訳に行かず、火を焚いて一旦湯へと沸かす、簡単な浄水はする予定だ。


 浄水器なんて高等な代物はこの世界には……まああるらしいけど、それはご存知の通り、岡之原君の現代知識よって作られた代物だ。何がどう影響するか分からないために持ち合わせない。それくらい便利な品使ってもバチは当たらないと思うけどな。


「ちょうど、この間慎愛とボーイフレンドと三人で一緒に『サバイバルファミリー』を見てきたんだよね。その時水がもう無くなったから、お父さんがちょうどそこが川だったから、その水を飲んで大喜びした、次のカットで嵐の中腹下すシーンがあったんだよね」


「予告で見たやつだなそれ」


 小日向文世が「あー! ああーーー!!」とか叫んで嵐の野グソするシーンを言っているんだろう。家族が「だから飲まないほうがいいって言ったのに」という場面のことを言っているんだろう。


「ところでさっきボーイフレンドとか聞こえたけど、誰の? お前の? ボーイフレンド(仮)?」


「ガルフレはやってもボイフレには手を出していないな。慎愛のだよ」


「え、慎愛ちゃんってボイフレやってんの? マジか、じゃあ俺も始めるか」


「いやいや、慎愛はスマホ持ってないし、ボイフレやるほどこっち側に浸透してないから。リアルのボーイフレンド」


「ああ、お前のな。ボーイフレンドな。えーと、確か奇人の大罪とかケモナーの円楽とかの昔の友達?」


「確かに、その二人は僕にとって男友達で『ボーイ』の『フレンド』だけど。違うよ。あと、太在井君と延羅寺君ね。そうじゃなくて慎愛のボーイフレンド」


「え、慎愛ちゃんってボイフレやってんの? マジか、じゃあ俺も始めるか」


「いやさっきも言ったけど、慎愛はスマホ持ってないし、ボイフレやるほどこっち側に浸透してないから。リアルのボーイフレンド」


「ああ、お前のな。ボーイフレンドな。えーと、確か奇人の太在井とかケモナーの延羅寺とかの昔の友達?」


「えーと、その二人は僕にとって男友達で『ボーイ』の『フレンド』だけど。違うよ。慎愛のボーイフレンド(こうだったよな)」


「え、慎愛ちゃんってボイフレやってんの? マジか、じゃあ俺も始めるか」


「えーと、確か……なんだっけな? 『さっきも言ったけど、慎愛はケータイを持ってないから』………あ、あと『ボイフレやるほどオタクにはじゃないから。リアルのボーイフレンドだから』(だっけか?)」


「ああ、お前のな。ボーイフレンドな。えーと、確か奇人の太在井とかケモナーの延羅寺とかの昔の友達?」


「??? ……その二人は僕にとってはただの知り合いだけど? (あれ? 違ったっけ? ま、いいか)違うよ。慎愛のボーイフレンド」


「え、慎愛ちゃん、ってもういいわ!! 永遠ループを繰り返す気か、って突っ込めよ! 途中からお前台詞朧気になって棒読みで自信なさげになってんじゃん! ボロボロ小言で「これで合ってたっけ?」とか不安そうに零してんじゃん! 友達が知り合いになっているし、数少ない友達の扱いそれでいいのかよ! やめたいなら突っ込めよ!」


「えーと、ほら僕はエンターテイナー目指しているから。勇者のボケ担当として突っ込む部分もボケで返しておこうと」


「いつから俺とお前は『勇者』の芸名のお笑いコンビになったよコラ!」


 あと、友達がただ知り合い扱いになっていたぞ。数少ない大切な友人じゃなかったのかおい!


 いっぺんに突っ込みを入れて一気に疲れが出て、呆れた気持ちと同時に大きく息を吐く。


「というか、慎愛ちゃんに彼氏いるのマジか」


「……そんな真面目トーンで返すほど深刻なことかい?」


 ガツ、と夜名津の両肩を捕まえて、真剣な口調で訊ねる。すると、夜名津は引いたような口調で馬鹿を見るような目で返してくる。何故そんな風に見られるのか全く意味分からないが、コイツがおかしいのはいつもの事なので気にしない。今はそれ以上に重要なことがある!


 鬼の形相でどうなんだ、と詰め寄って尋問すると面倒くさそうに答えてくる。


「いるよ。ぜっくんとかいう男の子」


 何……だと。


「おい、お兄ちゃん、なぜそんな大事なことを早く言わない。こんな世界が滅ぶよりか重要な案件じゃねえか!?」


「別に全然、大したことじゃあないなそれ」


「バカおま、慎愛ちゃんはまだ小学生だぞ! 小学生の頃の恋なんてごっこ遊びだぞ、その男もどうせクラスの連中「やーいこいつらつきあってんだせ」とか「キスしろよ、ほらキース、キース!」とか煽られて、その羞恥心のあまりにクソガキは「付き合ってないし、こんなブスなんかとキスなんかしねえよ」とフラグ折るようなことを吐いて、清純で純情な慎愛ちゃんの裏切られたショックでガラスの心が傷つけられて、大粒の涙を流す羽目になるに決まっているだろうが! 今のうちにそのクソガキをシバイとかないと」


「……君は一体慎愛にとってどんな立ち位置の人間だ」


「俺にとっては愛するべき可愛い妹」


「君はいつから夜名津さん家の子になった。雨崎さん家の子でしょうが」


「お兄さん、妹さんを下さい!!」


「妹どころか妻に成り上がっているね、それ。君にやるくらいならぜっくんにあげるよ。彼の方が見所あるし」


「なっ!? 一体、アイツのどこがいいって言うんだ!」


 君はぜっくんについて何も知らないだろう、と、突っ込まれた。ボケ担当に突っ込まれた。「ボケはボケで返すんじゃなかったのか」「ボケはボケで返しても、ガチでヤバそうな話には突っ込むよ」と、ああ言えばこう言う。なんて屁理屈ばかり並べる奴だ。


 慎愛ちゃんに危機が迫っているのに、それが理解しきれてない様子で能天気にぜっくんとやらのクソガキのエピソードを語ってくる。


「映画観に行った時にさ、まだ公開されている君の名とサバイバルファミリーどっちがいいって、訊いた時に慎愛は君の名は、を選ぶのに対して、サバイバルファミリーって答えたのがポイント高かったな。彼、君の名は観てないって言うから誘ったのに、ここで全く違うもの選んだ時、あ、この子の見る目があるな、って感じたね」


「完全にお前寄りの思考持った変人じゃあねえか。変なところでお前の変人センサー働かせてるんじゃあねえよ。慎愛ちゃんかわいそうだろ。慎愛ちゃんの人生狂わせたら殺すぞカス」


「そこまで非難されるのかい。どう考えても出会ったの僕じゃなくて慎愛の方が出会いからだから慎愛の変人センサーだろ」


「いいか、よく聞け。お前の変人センサーは周囲を巻き込むんだ。関節が関節に繋がっていき、絶対に出会うようになっている運命なんだよ」


「否定はしない」


 経験があるのか、ただ単純に自覚があるのか、さらっと目を横へと逃がして否定はしなかった。


「(やはり、コイツの下にいたら慎愛ちゃんの教育上良くない。人生を狂わせてしまう。なんとかしてコイツの監視下を掻い潜って慎愛ちゃんを『チヒロさん大好き、結婚する』というまともな人生を歩ませないと、それにはやはり交流できる機会を増やして……)ぶつぶつ」


「ぶつぶつ、人の妹の人生を狂わせる計画を練らないでくれるかな? いいからさっさと水を汲んで戻ろう」


 俺の人生に関わる大事な案件なのに夜名津は無理矢理話の腰を折り、作業に入っていく。仕方ない、ぜっくん、夜名津さんの二人を抹殺して、慎愛ちゃんとハッピーエンドになることは後でじっくり考えるとするか。


 水を入れる容器、中くらいのサイズ水がめの中に水を入れていく。


 太陽も上へと到達し始めて、日差しも強く気温もだいぶ高くなってきているが、川の傍にいるおかげでほどほどの気温で涼しくて、少し泳ぎたいくらいだ。


 日差しの光が水面に反射してキラキラと輝くのを見てながら水を掬い上げて、汲んでいく俺たち。


 なんだか、夏にキャンプでもしにきたみたいな穏やかな空気だった。


「ここってさ、一歩違えば明らかに水着回になっていただろうね」


「ああ、全くだ」


「こう、視聴者サービスとか読者サービスの(てい)のこと考えて無理矢理でも何かやったほうがいいのかな」


「なんだ、お前は水に濡れると女の子に成れる、みたいなことができるのか?」


「女体化って結局ニューハーフみたいなもんだと思って僕あまりピンとこないんだよね。男の娘も可愛いとは思っても、嫁としてはないなって感じ、友達としていいけど」


「そういえばそんなこと言っていたいな。お前って萌に関しても食わず嫌い多いというか、偏見が強いよな。男の子っぽい女の子はいいんだろう?」


「偏見強いっていうか、純粋に中身が男だってことが変わらないからさ。根本的な部分からしてない、って話なんだけどね。ボーイッシュ系は女の子じゃん」


「そこで現実みるなよ。男の娘には男の娘良さ、女体化は女体化の良さがあるんだから」


「水着回になるとパーカーを外せないという良さか」


「あ、そこに目につけるのか。そこはどっちかというとマイナスだと思うぞ」


「あ、そうだ水着である疑問というかさ、思い出があって。あのワンピース型というか、スクール水着とか競泳水着とかあるんじゃん。一式型の。あれってさ、トイレ行く時に全部脱いでするのか、それとも股間部分のあれをこう、合体するあれ(・・・・・・)やる時みたいにこう、ショイとずらしてやるのかって」


「お前それ、男子が気になる、女子の禁断部分類の話じゃあねえか。後半の表現の仕方気にしろよそれ」


「それで小学生の頃さ、授業、いや夏休みのプール開きだっけか? それでみんなで鬼ごっこか何かで遊んでいた時、隠れていた近くで、一人の女の子が「ちょっとトイレ行ってくるね」って、あ、僕じゃないよ。別の遊びをしていた違う子たちのグループで、それで少し離れて行って、しばらくして戻った時に、ふと思ったんだよ。あれ? 女子ってどうやっているんだ、って」


「あ~、うん……分かる。それはなんか俺も身に覚えあるな」


「それで気になって思わず『女子ってトイレする時って、全部脱ぐの? それともずr「おいバカ、やめろ!」んだよね。うん、泣かれた」


「マジおま、バッカだなー。おい訊くなよ。そりゃあ泣かれるわ」


「うん、泣き声聞きつけた監視の先生が駆けつけて「どうしたの? ハッ、また夜名津君が苛めたのね! ちょっと、こっち来なさい!」って僕を見るや否や怒ってプールからたたき出して理不尽に説教を受けたね全く」


「そんなやれやれみたいな空気の、理不尽さはないと思うぞ。正当な怒りだな」


「いや、理不尽でしょ。僕を見るなり決めつけて、分からないことがあったらちゃんと人に聞くように、と言っておきながら、世の中には聞いていいことと悪いことあるとか注意する。まだそれを判断できない年頃の子供に言う。教え、導き、説く、ならばいざ知らず、ただそれ伝わらないことに対してヒステリーを起こしたように苛立ち、本来ある教育者として伝える努力を怠り、怒鳴り散らして、自分の狭い視野を押し付けて自分も思い通りにならいなら、その独断と偏見を持って己が正義として、言うこと聞かない悪い子と、問題児と、悪となって判断する。あれが教育というのならば性悪説に基づいた、狂奔となる教育足るものだ。と、僕は思っているね」


「そんなぶっ壊れた思考を持った子供は嫌だな」


「いや、今だから言えることだからね。子供の頃はちゃんとわかってなかったんだよ。ただ、その教師の英才教育を持って育ったから僕は、人に対して独断と偏見持って接し、他人のこと悪い部分を一番に見て、例え良い部分があってもそれを認めない器の小さくなっていく。そして未知のことを探求する、純粋な好奇心や意欲を失っていき、同時に他者に対する興味も持てなくなる。……教育の闇を感じられずにはおえないよ」


「俺はお前の闇を感じられずにはいられないわ。業が深いわ。どうしてそんなぶっ飛んだ思考に落ち着くんだお前は。水着回の話からどうしてお前の性格が出来上がった経緯の話に繋がるんだよ」


「え? あ、そうだそうだ。で、水着の話に戻るけど」


「え、まだ続くのそれ? いや、まあ、闇話じゃないならいいけど。闇話じゃあないんだよな?」


「僕がいつもで何でもブラックネタに奔ると思うなよ。で、とりあえず中三の時にお兄ちゃんの勧めでアニゲラとかぶるらじとか聴き始めたんだよ、ほらうちのお兄ちゃん杉田さん大好きだからさ」


「ほらって、俺、お前のお兄ちゃん知らないからな。存在自体初めて知った」


「そうだっけ? まあ、いいや。それでラジオに興味持ってニコ動、ユーチューブとか使って色々と聴きまくってさ。夏のシーズンくらいの時、えーと、もう何の番組で、誰だったか忘れたけど。メール返しの時にリスナーから、今年は来年から受験で遊べるのは最後だから夏をエンジョイします。そんな理由で水着も新調しました。誰々さんたちも海とかプールとか行く予定とかありますか? みたいな内容のやつあるじゃん」


「あー、あるなそんな感じの。……で、え、何? え、まさかそれでトイレ行く時どうするかあったの? え、マジで。で、どっち? あ、いやどっちって仕方の方じゃなくてメールの内容が? それともメールの返答のやり取りで、って意味でな」


「だからやり取りで『私も今年は友達とプール行く予定あるんですよ、はい、ちょうどそんな話しながら水着も買いまして』『へー、どんな奴なの?』『ビキニですよ、紫っぽいやつ超可愛いんですよ。これがまた!』『そうなの? 』『はい、今まで学校のやつを授業でしか着なかったから、だから色々嬉しいんですよね。可愛いですよ、これがホント。あ、あとあとこれでトイレも楽になりますし』『え、あ……』『あ……』『……』『……』『はい、じゃあ次のメール行きましょうね』『行きましょう行きましょう! ……うふふ』って」


「スゲー……。そんな、……暗記するほど、最後の、あれ『うふふ』の、誤魔化したときに出る苦笑まで覚えているのか」


「いや、うろ覚えディドゥーーン的な。ほら、僕忘れっぽいんだけど、面白いことには記憶補完力が強くなるんだよ。強くなりすぎて原型が留められない状態になるほどに。でも流れは大体こんな感じだった」


「ああ、確かにこんな感じのやり取りありそうだったな。今の」


「うん、でその発言を聞いた感じからすると、うん。あ、やっぱり全部脱ぐんだって、ああ~、そうなんだ、ってなったね」


「で、それを聞いてからその後、中学生の夜名津君は、小学生の頃のあの子を思い出して、その子がしている姿をググっと想像して―――ぐふふの案件と、お前こそロリコンじゃないか!」


「アニゲラのノリだね、それ。祁答院さんとマフィアさんが喜ぶ案件だ。で、そのあとに」


「まだ続く? え、これ以上何がある?」


「高校生になって今まで何だかんだ色々成長するじゃん。いやでも、具体的にはパワポケ以外のエロ、ギャルゲーにも手を出したり、お兄ちゃんから入学祝と買い替えるからって理由でお古のノートPC貰ったりしてさ。スマホの保護フォルターガチガチで制限厳しくて、あるようで無いようだったネット環境もWi-fiを繋いでもらったおかげ開放したりさ。で色々知っていくわけよ。ね、それで色々と知っていくうちに。「あれ? こんなずらして合体みたいなことをするんなら、あれ、やっぱりそういう……あれ?」みたいな疑問また返ってくるんだよ。ほんとね。……うん、以上です」


「あ、終わり? 結局戻ってきたというオチ……え、あー、うん最後の展開の流れがさ、思春期のアレの話だから分かるけどさ。何というか……反応に困る終わり方すんなよ」


 と、そんなこと夜名津の話が終わると同時に水の汲み上げ作業も終える。ずっと、喋りながら作業していたからあっという間に終わってしまった。


 あとはこれをもう一度荷台に積みなおして、コテージまで運ぶだけだ。


 んー、と一度伸びをして関節を鳴らしながら一息つきながら、風を感じている。


「締まらないな。もう少しちゃんと締めようぜ」


「作業終わったからもういいや、って。ごめんね、長々と喋った割に落ちがなくて」


「まあ、いいけど。お前の話って過程が凄まじいからさ、自分でもオチどこに持っていけばわかんなくなるんだろう?」


「うん、まあ、そうともいうかな」


 適当に流すように言いながら汲んだ水を持ち上げて、荷台へと二人して運んでいく。積み上げて、運んでいる時に倒れて転ばないように紐で固く結んで固定して、出発の準備を終える。もう一度、一息ついて風を感じていると。


「ん? なんか言ったか」


「? 別に何も言ってないけど」


 何か聞こえたような気がしたが、夜名津は何も言っていないようだ。はて、ただ空耳か。


「あれ? おかしいな。なんか聞こえたような気がしたんだけど」


「ほら、あれでしょう。気のせいっていうか、樹の精なんだ。魔法のある異世界だからいるんでしょ、そういうのたぶん」


「それはラノベあるある表現だな」


『気のせい』を『樹の精』でボケるアレだな。小説だと主人公視点の地の分で書かれるからアニメだとカットされてしまうアレだな。


 夜名津を適当に返答しながら、耳をすこし手のひらで軽く抑えるように、ポンポンと叩いて耳の調子を確かめる。


 なんか、最近耳の調子がおかしい。いや、悪いわけじゃないんだけど、よく聞き取れるというか、音が拾いやすいというか……、今朝もだいぶ離れたところにいたのにも関わらずキルの声が聞こえてきたし。


 なんだろう、もしかしてこれが俺の勇者としての覚醒か何かだろうか。超直感的な。少し強そうだけど火力が弱いな。


「なんだい? 勇者としての覚醒したのかい? 超直感? なら武器はグローブで炎出したり氷だしたりとかするんだな」


「相棒のライオンはガントレットとかマントになったり、な」


「あ、駄目だ、君は雨崎なんだからちゃんと名前に合わせて時雨蒼燕流じゃないと。雨の守護者よ」


「あー、弄られたなそれ。『よし、雨崎、篠突く雨だ』って」


「え、そんなポケモンみたいに? ごめんね。マジでごめんね。いや謝って済むことじゃないと思うけど……ホント、ごめんなさい」


「いや、俺は別にお前みたいに根暗い思い出とかないからな。普通に友達間のやり取りだから、そんなマジ謝らなくていいからな」


 今まで見たことのないほど落ち込んだ調子で本気の謝罪をしてくる。一体コイツは名前弄りにどんな思い出があるんだ?


 訊いてみたいような気もあるが、「ホントにごめんね」と謝罪をして、引きずった調子で沈むようなどんよりとした、負の重い空気を出して、エピソードを話してはこない。相当なタブーの類だったのか。


 いつものように自虐ネタに奔ってくれないから、変な空気になったなと思って気まずくなっているとそれは耳に運ばれてきた。



―――うしゃっらああぁぁぁ!!



「!?」


 気迫を込めた、渾身の一撃を放ったかのような一声。ここ数日の間幾度となく耳にし続けてきたその恫喝は確かにニートさんのそれだった。


「ニート、さん?」


 周囲をよく見まわして声の主を探してみるが、生い茂る木々と緩やかに流れていく川があるだけでニートさんの姿は見当たらない。だが、声はまた聞こえてくる。


「おい、夜名津」


「あ、はい。すいません」


「いや、そんなに恐縮しなくていいからさ。お前、今のどんだけ引きずんってんだよ」


「名前弄りと人を馬鹿にする類の物まね芸って、苛めの中で一番悪質だからさ……うん、ホント、ごめんなさい。調子乗り過ぎましたすいません」


「あ、うんもういいからさ。今、ニートさんの声がさ……たぶんあっちのほうで」


 一先ず、落ち込んでいつもとは違う方向で面倒くさい状態の夜名津を窘めつつ、ニートさんの声が聞こえる方向らしきところへと、指差して伝える。夜名津はいつも以上に無機質な死んだような目をそこへ向ける。


「声? ……………声はともかく……うーん、なんか音っぽいものは確かに聞こえるね。なんか……ダンダンだかドンドンだか叩くような、あと風を切る音も?」


 目を瞑って音が拾いやすいように両手で両耳を支えて、聞き取りながら返答する夜名津。


 それも確かに聞こえる。


 ニートさんの声の他に夜名津のいうような音も聞こえてくる。剣を振り回して何かを切り裂こうとしているような重く鋭い剣音。そしてダンダン、ドンドンの叩くような音と夜名津は言ったが、俺に聞こえる。もう一つ、叩く……叩きつけられるような音の一つ前に、ザプンと言う水音が確かに聞こえる。


 勢いよく水音が弾け飛ぶ。それはつい先日にも聞き、この身を持って体感したものに似ていいた……それは血しぶきの音によく似ていた。


 俺は自然と左肩に手を当てた。胸の鼓動もドクンドクンと速くなってくる。


 ……まさかニートさんは戦っているか? そして、その相手は。


「まさか、岡之原が攻めてきたのか!」


「……だね」


 考えられる最悪の展開が転がってきて動揺した声を上げる。ようやく事態に対して理解し、夜名津もテンションが切り替わる。


「でも、ちょっと待って。ニートさんかはどうかまだ分かんなよ? もしそうだとしても、ただ暴れているだけじゃないの? さっきのことを引きずって八つ当たりがてら自然破壊しているだけで」


「水が吹き出すような音も聞こえないか?」


「水? 川の流れじゃなくて?」


 夜名津はそんな少しだけ希望的観測なことを言ってくるが、俺にはそんな悠長な考えを持てなかった。確かにそれもあり得る予想だったけど、夜名津は聞き取れていない、水音が俺にはハッキリと聞こえている。


 それがどうしても引っかかってしまい、戦いの時に流れる血を連想させてしまう。


「血だ、血しぶきが飛ぶ音だ!」


「血しぶき? え、君大丈夫、疲れて幻聴が聞こえているんじゃない?」


 聞き取れていない夜名津はいまいち俺の言うことが信じられずに、疲労がたまっているのではないのか疑いの目を見てくる。


 クソ、なんで拾えてないんだこいつは。伝わらない苛立ちと、同時にどうしていいのかわからない焦りでさらにテンパる。


 このまま首根っこ捕まえて連れていくべきか。いや、そうした場合夜名津の言う通り、ただ暴れ回っているだけならまだしも、岡之原が来ていた場合は俺たちで太刀打ちができるのか。剣なら何かあった時のためにと思って、一応持ってきたがそれでも今の俺の実力で……いや、戦うために力をつけてきたんだ恐れるな。あ、キルとインドアさん達のほうはどうなっている。岡之原達が集団で来ていて分かれて探している所でニートさんが居合わせていて、別の所にいる連中はもしかしてキル達のいるコテージに向かっているんじゃないか。そう考えると一度戻ったほうが。だけど、戻っている間ニートさんの方に何かあってしまったら。一層の事、夜名津をキル達のいるに向かわせて俺がニートさんの方に行く、二手に分かれることが最善なのか……。


 想像できること色々と考えている時、パンパン、と手を打つ音が響く。


 ハッとして、見ると夜名津が手を叩いた音だった。


「はい、とりあえず落ちついて」


「う、うんああ、大丈夫だ。夜名津、お前はキル達の元へ行ってくれ。俺はニートさんの方に行く」


「いや、なんでさ。僕も一緒に行くよ」


「もし岡之原たちだった場合、手分けして探している可能性もあるからキル達の方にも向かっているかもしれない。心配だから向かってくれ。俺はニートを助けに」


「僕の記憶力で元の道をちゃんと帰れるわけないでしょ」


 一直線ならともかく、所々で道変えたでしょ。と、言われて思いだした。ここまでの道中は荷台のせいで戻ったり、道を曲がったりして戻ってきた。物覚えの悪い夜名津じゃあ帰って迷ってしまい着た時以上に迷ってしまう可能性が高い。このポンコツ記憶と罵りたいが、そうも言えない。


 それに道と言うのは行き道と帰る道とでは見る景色が変わってくるうえ、街中の建物や看板とかを目印にして進むならまだしも森の中ではそういうの目印になるものはあまりない。初日と二日目は俺も迷ったから分かる。


「分かった。なら俺がキル達の方に」


「違うよ」


 散々走ったから土地勘を覚えのいい俺がキル達の元へと戻ったほうがいいと思ったが、しかしそれもまた夜名津に止められる。


「雨崎君、違うんだ。どっちがどっちに行くかどうのじゃなくて、二手に分かれるのが危険なんだ。君が言ったんでしょう。手分けして探しているなら、移動する僕らもバッティングする可能性だって高い。その時一人なら最悪だ。別れるよりも二人でいた方がいい」


「…………」


 少しだけ思考を回して判断する、確かに夜名津の意見は正しい気がする。一人で行動するリスクだってあるんだ。なら二人行動を共にしたほういいような気がした。


「分かった。二手に分かれるのはなしだ」


「一応、ニートさんの方に向かってどういう状況なのかを確かめよう。僕は戦っているじゃなくてただのストレス発散だと思っているけど。もし君の言う通りなら最悪だから慎重に気配を消して隠れながら進もう」


 簡単な方針を定めた俺たちは荷台を置いて、ニートさんの声が聞こえるほうへと走った。




夜名津(よなつ)慎愛(しんあ)

我一の妹。小学生。ボーイフレンドがいる。好きなものぜっくん。家族、友だち。むかなお姉ちゃん。苦手なもの雨崎千寿。虫。女友達が楽そうに人の悪口言い合っている時。学校のうるさい男子。知らない大人。パワポケを語る時の兄。兄たちの友達(むかなお姉ちゃんを除く)。

※好きなもの苦手ものは一番のものから順に書かれています。


背徳(はいとく)絶無(ぜつむ)

慎愛の同級生。ボーイフレンド? 愛称はぜっくん。我一も気に入っている? あったこともない千寿から敵意を向けられている。


延羅寺(えんらじ)宗教(むなかず)

我一の中学時代の友人。中一の頃、高三の年上彼女がいたが、ただ遊ばれ、からかわれていたと知り、そのショックで人間不信に陥りケモナーの道に走ってしまった。

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