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夢見る戦士(バカ)と受け継ぐ勇者(バカ)4

 夜名津が目覚めた翌日のことだ。良いニュースが二つと、悪いニュースが一つある。

 時間軸から説明していくため良いニュース、悪いニュース、良いニュースの順に説明していく。

 まず良いニュースからだ。キルが目を覚ました。

 そして、次の悪いニュースは目覚めたキルは心を閉ざした。



 × × ×



 朝、目を覚ますとこの世界に来て一番目覚めが良かったと思えるほど目覚めが良かった。初日はあれこれ悩んだあげくよく眠れず、翌日からは剣術の修行で全身ボロボロで筋肉痛で体は悲鳴を上げる。四日目となると流石に体が慣れ始めているのか若干の疲労は残るものの体を動かしたい気持ちが芽生えていた。


 というのも昨夜、夜名津が目を覚ましては「ぼくのかんがえたさいきょーののうりょく」を取得した、なんてふざけたことを抜かしてきやがる。寝ていたくせに何、真面目にせっせと修行していた俺より先行ってパワーアップしてんだあいつは。俺が人間できてなかったら「なんであいつばっかり…!」と悔しさ嫉妬の声を漏らして即闇堕ちしているルート入っているからなホント。ま、結局不調のせいかあいつの必殺技を披露することはなかったが。


 少しでも開いてしまっている距離を縮めようと思い、とりあえず走って素振りでもしようかと思い、着替えて部屋を出る。すると廊下から相変わらず食欲を刺激する良い香りが鼻に来て、一階へと降りていく。一階ではニートさんが一人黙々と朝食の準備を進めていた。


「おう、おはよーさん」


「おはようございます」


 料理に集中しているかと思ったら、俺がやってきたことに気づいていたようでこちらを一切向かずに先に挨拶された。それに返す。火力が命、と言わんばかりに料理に集中したままの状態で言う。


「悪いが朝稽古なら一人で勝手にやってくれ。今は忙しいんだ」


「はい、了解です」


 部屋を出た段階でそう言うわれるだろうとは察していたので特に問題もなく、むしろ稽古をつけてもらったり、家事など身の回りのことも全てやっているもらっている身として文句などない。


 行ってきます、と挨拶して家を出ようとすると。


「今日くらいは一本取ってみろよ」


 そんな皮肉を言われて眉を寄せ、苦笑いを浮かべながら逃げるように家を出る。大きく息を吐き、頬を叩いてきつけする。


 ああ、言われなくても一本取ってやるさ。


 軽いストレッチをして体をほぐし、駆ける。森特有の緑と土の香りが混じった、冷えた透き通った空気を肺に入れては吐き出す有酸素運動。地面は整ったものではない獣道であるため踏み込む時に自然由来の地面の固さと草のクッション性を感じつつ、足を弾ませてランニングに勤しむ。


 走り始めた時はまだ薄暗い森だったが時間が進むにつれて日が昇り始めたのか木々の隙間から陽光が射す。


 森の中を帰り道を忘れない程度に走り込み、コテージのある広間まで戻る。額の汗をぬぐい、乱れた呼吸を整わせながらクールダウンがてら歩く。冷えた空気が口の中へすーすー、と歯が浮くような気色悪い感触、走り切った時によくあるあの感触がうずいて、口を閉じて全体を嘗め回すように舌を回して歯を抑えつける。


 少しだけ歯が静まったのを確認すると、家の隅に置いていた木剣を手に取り、木剣を存分に振るえるコテージから少し離れたニートさんに稽古してもらっている場所まで移動して、素振りを始める。


 素振りといっても剣道のような規則正しいものではなく、基本的に素人のものでしかないが、四日目となると流石に板がついてきた感はある。あるだろう。……あったらいいなぁ~。


 そんな弱気を叩きつけるように素振りを続ける。


 一振り、二振り、三つ振り、木剣を振るう。


 ズゥン、ズゥン、ズゥン、空気を裂く鋭い音が響く。


 それなり数をこなして、たぶん百を超えたあたりでやめ、汗を拭いさりながら、喉に渇きを覚える。そろそろ家に戻るかと思ってい始めた。


「そろそろやめるのかい? 水いる」


「うお!? ……って夜名津か、お前いつから」


 急に声をかけられて驚いて振り返ると、夜名津が切り株に座り込んでいた。いまさっきからだよ、と言いながら立ち上がり俺の元まで歩いてきて、水袋を渡してくる。俺はありがたく頂戴して水を飲む。


「なんかこの水筒って異世界っていうか冒険者っぽくっていいよね。衛生面気になるけど」


「あー、分かる。俺も最初貰った時そう思ったな。このきったねぇ土袋みたいな色した袋に水入れるとか正気か、と思いつつもいかにも、なんつーか、荒ものな冒険者感があるような」


「ロードオブザリングだっけ、ホビットだっけ、ナルニアだっけ、確か映画でこれと似たようなやつ飲んでたシーンを思い出した」


「あったあった」


 最近、その手海外系の冒険譚って観てないような気がするな。今は確かキングアーサーとかやっていたんだっけ? 全くあっちもこっちもアーサーだったりアルトリアだったり王様は増えすぎなんだよ。残りの円卓を早く出してくれよ運営さん。俺の垢何気に円卓の引きがいいせいで円卓パーティー組めているだよ。だったら残りも揃えなきゃコレクター魂が叫んでいるんだよ。あ、あとリリィとエックスの復刻もそろそろお願いします。始めた時期が時期だけにやってないんで。でもCCCイベ終わったらすぐアガルタイベらしいし、一先ず不夜城のアサシンちゃんに夜のアサシンされながら復刻を待つか。……ここ異世界でした。


 だからという訳ではないが知らなかったんだ。そう、俺たちはこの時はまだ知らなかったんだ。アガルタが配信される前に羅生門と鬼ヶ島の復刻をされることを! CCCの後半戦でキアラ様がピックアップされることを! CMじゃあネロ出てきておいてシナリオの方で序盤に今年の水着への伏線だけ張って、特に関わってこなかったという衝撃の事実の数々を、この時の俺たちはまだ知らない。(※二〇一七年、五月に異世界に召喚されました)


 ま、それは良いとして。


「っつーかどうしたんだ、その恰好は」


 昨日までシャツ一枚の寝巻の恰好だった夜名津の恰好はどこぞの民族衣装のような服に着替えていた。


「なんか、その恰好も恰好で腰に水袋下げたら違和感なさそうな恰好だな」


「えーと、インドアさんだっけ? が仕立ててくれた」


「え、俺はインナーと短パン姿なのに?」


 なんでお前にはそんな融通が利いているの、俺ももう少し良い恰好したいんだけど。不満と言いたげな俺の顔を見て肩を竦める。


「ほら僕が肌を露出させるの嫌いだろう。それを言ったらこの服をくれたよ。一応君の分の服も用意しているみたいだけど」


「そうなのか? じゃあちょっと霊基再臨してくるわ」


「レベルも素材も足りてないから無理だよ」


「なんだとコノヤロー!」


 某ライオン風にキレかかる。レベルとか今一番気にしていることじゃねーか。


 そんな俺の心情なんて知ったことじゃないというように夜名津は言う。


「まあ、今は忙しいからインドアさんの所には行かないほうがいいよ。僕も追い出されたし」


「忙しい? 追い出された? なんでだ」


 訝しげに眉を寄せて聞き返すと、「ああ、別に大したことじゃあないんだけどね」と本当に大したことでもない風に言う。


「ちょっとホームレスちゃんの体拭くから外に出ていてく」


 そこまで言って「あ」と、何かに気づいたような声を漏らしてこちらを見てくる。目と目が合い、数秒の沈黙。目を向けてきたはずの夜名津が先に目を逸らした。


「……ごめん、今のは何でもないから気にしないで」


「下手な嘘を隠すようなことやめろ。別に覗きとか行かないからな!」


「いや、僕は覗きじゃなくて、君なら拭くのを手伝おうとか言い出すんじゃないのかと思って」


「そんなことするわけないだろう」


 なんて失礼な奴だ。俺を何だと思ってやがる。


 そりゃ、確かに昨夜(ゆうべ)体を拭いてあげようかなと善意(・・)からそんなことを頭に過ったが、しかしそこはちゃんと自制を利かせて、紳士として振舞い、そんなラブコメ展開なんて起きなったんだ。ただちょっとKY野郎が起きただけで。


 ふぅーんと何気ないように言うが、その目はホントかな、と言うような疑う目を向けてくる。それにムッとした表情で返す。


 全く、どれだけ疑っているんだこいつは。人を信用しないとは見下げたクソ野郎だ、もう付き合っていられない。俺は今すぐ部屋に戻らおう。そしてキルの体を綺麗にしているインドアさんの手伝いに行かなければ。と、動こう、


「じゃあ、とりあえず着替え終わるまでテキトーにここで談笑でもしようか」


 とした時に先手を打たれてしまった。この野郎、しっかり予防線張りやがって。顔には出さないが内心では苦虫をかみ砕いたような気持ちに陥る。


 しかし、ここで変に断るわけにも行かない。もし断ってインドアさんの手伝いに行ったなら俺が覗きに行ったなどあらぬ誤解を受けることになるだろう。名誉棄損もいいところだ。ただ純粋に寝たきりの人間の体を拭うのは大変だろうと思ってのことなのに。


 仕方なしにここは夜名津に合わせておくことにしよう。


「で、談笑ってなんだよ。言っとくけどパワポケはなしだぞ、いい加減聞き飽きた」


「え? あ、うん。………………」


「……いや、そこで黙るなよ。ほかに話題はないのかよお前は」


 どんだけ会話の引き出しが少ねえんだよ。


出だしをくじかれた夜名津は無表情のだが、たぶん内心では焦りまくって何かないか考えているんだろう。そして、何か思い付いたのか一旦目を閉じ、こちらを真剣な表情で見つめてから言う。


「じゃあ、君の決め台詞でも決めるとしようか」


「ただしその時にはあんたは八つ裂きになっているだろうけどな、とか言わせたのかお前は」


 絞り出しといてそれかよ。呆れた目になる俺に対して夜名津は続けてくる。


「聞けば君はまだなんか勇者として覚醒回とかきてないんだろう? なら、とりあえず決め台詞だけ決めといてキャラは確立させておこう。そうした後々それに沿った感じの能力とか生まれるかもしれない、ここぞという時にもオチとして使えるし、ああこいつはこんなやつなんだなと分かりやすいだろ」


「いやいいよ、そんな体がでっかい奴が体から刀を出したり変身したりキャラで勝てないからって対抗して無理矢理作らなくても」


「でもほら、元勇者だった君のおじいちゃんだってちゃんと決め台詞はあったんだろ? おじいちゃんは言っていた『俺の罪は数えた、さあお前の罪を数えろ』って」


「お前は俺のおじいちゃんの何を知っているんだ、おじいちゃんはそこまでハードボイルドな人じゃない!」


「ほらおばちゃんの方も、おばあちゃんが言っていた、『自分鍛えてますから、タイマンはらせてもらうぜ! 負けたときの涙はこれで拭いておけ』って」


「おばあちゃんもそんなアグレシッブな人じゃねえ! そして違和感仕事しろ、普通に聞いたらそれ、混ざっているのが気づかないぞ!」


「パーティーメンバーも『俺のことを好きにならない人間は邪魔なんだよ』『もっと俺を楽しませろぉ!』『さぁ、地獄で楽しみな』『私が神だあああ!』という実力派ばかり」


「嫌だわ、そんな最狂(カオス)メンバーで魔王倒しにいくの。逆にそいつらの手によって滅ぼさせるわ!」


「色々分からないことがあったからとりあえず王様も村人も誰に聞いてみても『俺に質問するな!』とまるで一言入力されていないゲームキャラの如く一点張り」


「何も情報くれないって致命的すぎるなおい! 絶対攻略できねえ!」


 クソ、強い。途中から仮面ライダーで縛ってやがるのになんて強さなんだ。パワポケだけの男じゃなかったのかこいつは! 畜生、楽しくなってきたじゃないか。他にどんなことが出来るのかちょっと気になってくる。


 少し胸が躍ってわくわくしている俺に夜名津は言う。


「とりあえず、君はロリコンだから『十二歳になって出直してきな』ってのはどうかな?」


「どうかなって……。ごめん、それガチで言っているのか? それともネタとして続けているのか? あと俺はロリコンじゃない」


 恋愛対象が比較的に年下ってだけで、ロリコンではない。


「それは決め台詞を決めようについて? それとも僕の決め台詞のセンスについて?」


「……両方だ」


「両方ともガチだけど」


「……あ、そう」


 なんだコイツ、馬鹿なのか。何とも言えない表情になる。


 何で刀語のパロのまま、流れで自分の決め台詞を考えようとしてんだ。いや、コイツの事だから本当にただの談笑程度くらいの意味で「ガチ」も「ガチ」の冗談くらいのものであって深い意味とかはないんだろうけど。


 ため息を吐いて肩を竦めていると、目の前の馬鹿は右手を後ろへと回して、首を軽く揉みながら言う。


「あ、そうだな『十二歳になって出直してきな』じゃあ、相手は十二歳以下みたくなっちゃうから『十三歳以上、それがお前の敗因だ』でいこう。うん」


「いかねえよ! ロリコンじゃあねえ、って言ってんだろう」


「妹と姉じゃあどっち派なんだっけ」


「妹!!」


「あ、うん、……そう」


「なんだよその目、何が言いたい。言ってみろよおい」


 目をそっと細めてこちらを向いてくる夜名津だが、特に何も言わず「別になんでもないよ」とだけ返す。へっ、これだからリアル妹持ちは。余裕ですかねえ、その態度は! などとやっかみのチンピラ風で睨みつける。すると夜名津は渋々とした態度で「分かったよ、なら言うよ」と。


「『お前も妹にしてやろうか』か『お前はシスコロってやる』どっちがいい?」


「リクエストじゃあねえ! もう少し捻れや!!」


 妹を基準にしてマジで咄嗟に出てきた感があるものだった。出て来なかったら来なかったで別に無理すんなよ。最初から求めてないから。


『シスコロってやる』シスコンと殺す、とで掛けているんだろうけど、全然意味が伝わってこねえよ。伝わったとしてもそれはただのシスコンぶっ殺しマンでしかねえじゃねえか。


 すると、今の発言は自分でもクオリティが低いと思ったのか、「ごめん今のはなし」と待ったをかけてくる。んー、と唸りながらもう一度手で首元を揉みながら少し考えてから、


「あー、ごめん思いつかなった」


「別に期待はしてねえから」


 ジト目で見つめる俺に、夜名津は首をカコン、カコンと鳴らす。


「いや違うんだよ。こう、……あっちの世界、夢の世界にいた時にさ、なにか決め台詞みたいなものを色々と考えていたんだけど。あー、やっぱり夢の中の記憶のせいかな、記憶が曖昧なんだよね」


 あと僕の記憶力の悪さも影響しているのかもね、と少し投げやりに言う。いや、夢の中のことってお前……。


「お前、それって不死身性とか魔導とかいう能力開発とかやっていた時の夢ってことか」


「そうだよ。時間的には半日程度ぐらいの感覚だけど、その三分の一は聖約についての説明、もう一つが能力の開発。最後に決め台詞を考えていた」


「うん、明らかに最後のいらないよな?」


 やはりコイツはどこかおかしい。


 コイツ、折角強くなれる的なイベントのチャンスだっていうのに、それをみすみす逃しやがったな。俺がその手のイベントを口から手が出るほど欲しいというのに。そのくせ、実際発動させようとしたら発動しなかった、と恥ずかしい奴。


 そう思うと怒りよりもどちらかというと嘲笑じみた感情を抱く。やってられるか、と投げやりに。


 あ、そうだそうだと思い出したのか、言ってくる。


「君の名前、雨崎千寿にかけて『俺の雨の猛攻は千年の長寿の時間すら越える、……お前にこの先はない』っていうのはどうだろう?」


「……なんか、格ゲーの連続攻撃系の必殺技発動時の台詞っぽいけど、冷静に聞いていると、ん?って感じが残る」


 雨崎の『雨』から取って勝手に俺を《水》属性扱いにしやがった。だからさっき、先に決め台詞決めていたらそれに沿った能力うんぬん適当なことほざいたな。


 そして、『崎』を使い処に困って『先』として変換してくれた、という頑張りは伝わってきた。


「そして、君が実際に戦ってみたら特に雨とかの水系統とは全く関係ない力だったら、なおのことよしだ、と思っている僕だ。ミストルティンキックとか超好き。一期のボスキャラも「キックじゃない!?」ってちゃんと驚いていたし」


「確かに魔法少女やらせてもらっているゾンビはそういうキャラだったな」


 キックとか言いながら思いきっしチェーンソウでぶった切る技だったけど。ってそうじゃなくて。


「ってか、台詞考えるよりかその魔導を完成させておけよ」


 言うと、夜名津はため息吐いた。


「僕だってそうしたかったけどそうはいかなかったんだ。ほら、夢の中って結局魂だけの世界みたいなもんだろう。肉体がないから定まりが付かなかっただ」


 ? 夜名津の言っていることはよくわからないが、少し考えてからそれらしい理由を挙げてみる。


「えーとつまりなんだ、能力自体は現実で使うから最初からガチガチに固めておくよりか、いざという時のため、テコ入れしやすいようわざと未完のままってことか?」


「少し違うないや、当たっているのか? とりあえず当たらずとも遠からずということだね」


 俺の考えに微細な違いがあるのか、確認するように少し悩んだ言い方で結論づけてくる。個人的にそこは「いやテコ入れとか言うなよ。応用とかの表現にしてくれ」みたいな突っ込みが欲しかったんだが、うん、まあいいや。


「こう『ぼくの考えたさいきょーののうりょく』っていう、完成形は僕の中では出来上がっている。けど、僕の体と魔力がそれに十二分に発揮できるかは分からないからね。ようするに容量(メモリー)が気になったんだよ」


「ん? やっぱ俺の一緒じゃあないのか?」


「うーん、違うな。何というか君の場合は……えーと、なんだ? あ、スペックだ。機能性(スペック)の方が気になるってこと」


「ああ、なるほどな」


 つまり夜名津が考えていた、気にしていた点は発動させるため、それに必要な魔力が自分には十分備わっているのかであって、発動するかどうかを気にしていた訳だ。逆に俺の場合は発動した後のこと、実際に使用してみて発見した欠点などといったことを気にしていたことになる。


 容量と機能性。


 容量を気にしたってことはコイツの能力はそれだけの威力が備わっている、火力のあるものなのか。


 ………………ん、あれ?


「お前昨日の夜に発動しなかった時点でもう積んでねえかその能力!?」


 指を指してそのことを指摘すると、サッと目を逸らす。っておい。


「おい馬鹿、そこ正座しろおい!」


「まあまあ落ち着いて。ほら、ブレスレットブレスレット」


「何が『深呼吸しよう』だ、バァーカ! お前、それやべぇーじゃん! この先どうすんだおい!」


 こんな時でも無表情のまま、いやこんな時だからこそでも、普段以上の硬くしてポーカーフェイスを装う夜名津。それにムカつき相あまって、肩を捕まえてブンブンと揺らす。されるがまま揺れる夜名津は言う。


「落ち着けって、能力の点については大丈夫」


「いや、発動できてねえ時点で大丈夫じゃないだろう」


 一発殴ってやろうか、コイツ。そうしたらこの脳天気な頭も少しはしっかりするんじゃないのかと考えていると。


「発動しなかったのは純粋に僕がまだ病み上がりだったことと、あと能力自体が反映しきれてなかった。まだダウンロード中なんだよ」


「……ホントか、それ」


 眉を寄せて訝しげに見詰めると、ホントだよ、ポーカーフェイスのまま答えてくる。怒りの矛を収めて、掴んでいた肩を離してやる。


 病み上がりと言われたら、確かにその通りなのでこちらとしてもあまり強く言えない。ダウンロード中、とそんなアプリの更新みたく言うが、まだなじんでいない、取得しきれていないならば少し待つ余地はあるか。


 そんなこと思いながら落ち着かせて自分の中で整理させておく。


「で、それはいつくらいには終わるか目途は立っているのか? あと、お前の考えていた能力自体、反映できそうなのか?」


 肩を竦めて両手を広げて、「さあね」と投げやりな調子で応えてくる。


「僕にも分かんないさ。進捗具合だけで言うならそうだなぁ~、……三、四割は進んでいるぐらいじゃあないかな? ……ん? ならイケるか?」


 上げていた手を前に組んで、瞑想するかのように目を瞑りって確認するかのようなしぐさのまま話す夜名津。そして最後の方は俺ではなく、自分に言っているような呟きだった。


 うーん、と少し悩ましそうに唸りながら、「ちょっとやってみるね」と言って目を開け、組んでいた両手を外して前へやり、手のひらを上へと向ける。


 その手のしぐさはまるで何かを持っているような、いや、開いているような体制だった。そして、その体制をとっているのが夜名津だったのか、何気なくあるものを連想してしまう。


 そして、両手に上にはまるでそこが自分の定位置と言わんばかりにそれは現れる。


「よし、具現化はできたな。これが僕の魔導(能力)本の使い方(ブックスタイル)》」


 そう言ってくる夜名津の両手の上に出現していたのは、一冊の黒い本だった。大きさは教科書サイズのもので、その厚さは分厚く、辞書くらいな結構な厚みのあるもの。しかし、見る限りでは開かれているページは何も書かれていない、白紙のページ。だが、その何も書かれていないことに逆に怖さを覚える。


 本の使い方(ブックスタイル)それは一体どんな能力なんだ。それが気になって注目しては自然にゴクン、生唾を呑み込む。


 昨日はあれだけ見たい見たくない見たい見たくないとジレンマに苛まれていたのに、いざ、こうして目の前に出現させられると好奇心が刺激されて気になって仕方がない。俺は強張った真剣な顔になり、夜名津の次の言葉を待つ。


 夜名津は本へと目を落として、白紙のページを静かに俯瞰する。何も書かれていないページ。いやもしかするとそう思わせておいて、実は夜名津には見えない字で何かが書き紡がれているのではないのかと、そんな深読みまで思えてしまう。


 そして、開かれていたページをパタ、と閉じ、本を消え失せる。それを見て、え、と疑問府を浮かべる俺。あれ? 能力は? 見せてくれないのか?


 そう視線で訴えかけるがそんなことは他所に夜名津はどこか納得したような調子で一人相槌を打っていた。


「うん、とりあえず第一段階はクリアってところだ。……一先ずよしとしよう」


「あー、夜名津。お前一人納得すんのはいいけど……、あの本、盗賊の極意みたいなのがお前のチカラってことでいいのか」


 訊くと夜名津は、ああと頷く。


「と言っても相手の能力を盗んだりはできないよ。《本の使い方》はその名通り、本の使い方によってその効果が変わってくる能力。一応能力そのものは考えて絞り込んで、四つの構成にはしてある」


 まあ、今はどの能力も披露できないけど。と言ってくる。本の使い方によって能力が変わってくる、ということは盗賊の極意というよりも五本の鎖みたいな性質に近いものなのか。


 全く、H×H大好きな奴だな。ホント、暗黒大陸編はいつになったら掲載されるんだろう。あれもあれで主人公そっちのけで蜘蛛編以来のクラピカ編っぽいから気になるんだよな。「私が止めよう」との台詞と共に休載だったけど、続きはもう四、五年後かなと、淡いこと思っていた。


 そう、この時俺たちはまだしらなk(以下略)


「やっぱり完全に読み込んでいないから本自体は出すことはできても、能力自体は発動できないってことか?」


「それもあるけど、現状では発動させるための対象の人物と条件が整っていないいから無理かな」


「その相手って俺じゃあ無理なのか」


「無理じゃあなくもないけど」


 少し考えるように夜名津は、何故か俺の体を下から上へと、上から下へと視線だけじっくり動かして観察してくる。


 な、なんだ、この視線はまるで研究者がモルモットの経過観察するような居心地の悪い目は。もしかして耐久性でも調べているのか? 発動した能力そのものに俺がちゃんと耐えられるかどうか確かめつつ、試すべきかどうか考えているのか。


 だとしたらどんな火力のある能力を思いついたんだこいつは。どんな風な本の扱いしたら確認しなくちゃいけないほどの威力になるんだおい。本を武器にするなんてせいぜい角で殴りつけるような聖書コーナークラッシュくらいしか思いつかねえぞ!


 一体どんな使い方をするんだろうと期待しつつも、その攻撃を受けた時の一抹の不安を隠せない。


 ドキマギしつつ待つも、顔を正面に戻して「やめておこうか」という。その一言に胸を撫で下ろしつつも、夜名津のお眼鏡に俺は叶わなかったということ悔やむべきか。いや、ドM的な意味じゃなくて純粋に俺の実力がまだ低いということ嘆く意味として。


 そんなこと思っていると、何気ない調子で言ってくる。


「……ああ、そうだ、これだけは一つ先に断っておきたいことがあるけどいいかい?」


「なんだ?」


「能力の仕上がり次第でもあるけど、君が倒すべき相手の、えーと、なんとかという転生主人公、そのハーレム(ヒロイン達)なんだけど、彼女たち全員僕が相手どろうと考えているけど、別に構わないよね?」


「は?」


 夜名津の言葉を聞いた時一瞬何を言われたか理解できなかった。けれどすぐに我に返ってゆっくりと夜名津の言葉を聞き返す。


「構わないって、お前、あのバケモノじみた連中を一人で相手にするってことか」


「そう、というかそのための能力の半分はそういう風にできているから、勝算はあるよ」


 いつもと何も変わらない調子で平然と言う。それを聞きながらも俺の頭に浮かべる三つの悪魔じみた巨大な壁。魔法使い、女騎士、そして女盗賊。どいつもこいつも強力の力で圧倒され、たった三人で組織は全滅した。キルとコールさんの力がなければ俺たちはあそこで終わっていた。


 その脅威については俺以上に女騎士と一騎打ちして、実際に肌で体感したはずのコイツ自身が良く分かっていることだ。それなのに一人で挑むというのか。


 俺は夜名津の瞳を合わせる。夜名津も逸らすことなく返してくる。


「……本当に勝てる自信はあるのか? 敵はあの三人だけじゃないかもしれないだろ」


「もちろん分かっているさ。三人だろうと六人だろうと十二人だろうと、パワポケで鍛え上げられた僕だ、野球試合(ミニゲーム)がない限り攻略してやろうとも」


「………………ん?」


 何か、少し決まったみたいな空気が今流れそうになったけど、今変なことを口走りませんでしかね、この人。


 あ、あれ? ちょっと待ってください夜名津さん。え、えーと、それは一体どういう意味での言葉なんでしょうか? 野球以外で、パワポケで鍛え上げられたって一体どういうことなんでしょう、ねえ?


 野球要素を抜かしたら、いやあってもあれはただの超展開のギャルゲー、かつエロゲーでしかないよな。……え、もしかして「ね」で始まる三文字的なアレですか? ……え、ヒロイン達を相手どるって宣言ってそういうこと!?


 戦慄が走るのは感じながらも、恐る恐る聞き返してみる。


「えーと、ヒロイン達に一体ナニの知識でナニするって?」


「だから、タイトルロゴをつけるなら『チート能力とパワポケの知識を使って敵だったヒロイン達を攻略するんだぜwww』的な長文タイトルなことだよ」


「やっぱりNTRか!?」


「失礼な、僕はちょっと、こう、常に主人公のどっちつかずのつれない素気ない態度に身を焼くような思いで苦しんでいる、ヒロイン達にいい夢のような、なにかを見せてあげるだけだよ」


「やっぱりNTR!!」


「そして秘密を知った僕も背徳心と罪悪感に苛まれながらも気持ちよくなったりならなかったりするんだよ」


「やっぱりNTR!!」


「君の決め台詞は?」


「やっぱりNTR……じゃねえ!」


 あっぶねえー、もう少しで俺の決め台詞が「やっぱりNTR」になるところだったぜ。いや、ぜったい使う場面がなくて後から忘れてしまうパターンになるだろうけど。


 ま、もちろん冗談なんだけどね。と言ってくる。……いや、お前が言うと冗談には聞こえないんだけど。いつも無表情で本気なのか冗談なのか見分けがつかないんだが。


「でもさ、NTRって転生主人公に有効なんじゃないの? 精神的に病ませられないかな?」


「何、少し真剣な口調で『これは決め手になるじゃないのか?』風に提案してんだよ」


 今までのやりとりは本当にただの冗談なんだよな。本気でそんなことはしないよな? 一抹の不安を抱きながら、呆れた調子で突っ込むと「いやいや、少し考えてみてよ。机上の空論の考えでいいからさ、精神的に結構来るんじゃあないの? あれは」と、食い下がってくる。仕方なしに考えてからその意見に返す。


 NTRにねえ~。


「確かにNTRってチャラ男とかドM以外にはそりゃダメージ受けるだろうけど、でもその後明らかに逆上して男を殺しにかかるんじゃねえか?」


 精神的なものにくるかもしれないが、逆撫でしてそのままデッドエンドの流れにしか見えない。


「あ、そうか、確かに下手すると(ヒロイン)諸共殺される可能性が高いかもね。パワポケじゃあ大抵寝取られた場合は遠い目になって何とも言えない顔になって引きずったまま生きるから有効だと思ったのに。あ、ちなみに逆に寝取った場合は元彼のもとに二人で試合を観戦に行くという鬼畜プレイを主人公は平然とやってのけるからね」


「業が深い…!! 」


 話を聞けば聞くほど、やっぱりおかしいところが満載だと認識していくなゲームだな。パワポケ。


 よくそんなシーンがあるのに、ゲーム自体は全年齢対象って言えるよな。……一体CEROっていうのはもしかしたら、あれは名前だけのお飾りなのかもしれない。


 しかし、それを突っ込むとこの男は「何を言っているんだ、CEROってのはちゃんと定時に帰れるようになっているホワイト企業で、そしてパワポケのヤバいシーンは大抵夜の方で起きるからイベントだから、うん何の問題もないんだよ」と、訳の分からないこと言ってくる。(※詳しくはコメ付き彼女攻略を見よう! by夜名津我一)


 話を聞いてげっそりとした顔をする俺を他所に話を進めていく。


「流石はなろう系主人公は、僻みまくった卑屈な性格だろうと、落ち着いた優しい性格だろうと、結局は『自分や自分が認めた人間、身の周りの人物が危険にさらすと容赦のない冷酷な一面をみせる』だったり『優しいところがある』という何か最後の方は人としてギャップなのかフォローしているのか、よく分からない一言添えているだけはあるね。下手に手を出せない」


「そこ、なろう主人公はたぶん関係ないと思う」


 人として彼女寝取られたらキレるのは普通だろ。けど、確かにキャラ説明の時にその定文って多いよな。……今更だけど、転生系(なろう)主人公って一応俺たちにも当てはまることなんじゃないか? みんな大好き異世界の転移した人間だぞ。トラックとかには轢かれてはないけど。龍に丸呑みされたけど。モコナモドキもドッキドキ案件だけど。


 俺たちのキャラ紹介とかあるとしたら一体どんな風に書かれてんだろう?


「うーん、やっぱりならう主人公の攻略は難しいね」


「攻略っつってもまともな攻略法一つもでてきてないよな」


 出てきたのって、ネットで批判しまくって追い込むか、ヒロイン寝取ることで精神ダメージを与えるかの二つだぞ。どっちも人としては最低な分類に入るタイプの正攻法とも呼べない、搦め手中の搦め手だし。


「ま、仕方ないか。主人公は勇者である君に任せるよ。巻き込まれ系の僕はヒロインの攻略に集中することにしよう」


「言葉だけ聞くと、お前物凄く美味しい思いしてるよな?」


 俺もヒロイン攻略したいんだけど。対戦的な意味じゃなく、ギャルゲー的な意味で。NTRはない方向で。


 と、敵についての話これくらいにしておこう、と一旦話を終わらせる。どうやら本当に岡之原対策の件は俺に丸投げらしい。仕事の分割はきっちりと線引きして自分の仕事は増やさないようにするのが夜名津だ。


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