表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/33

夢見る戦士(バカ)と受け継ぐ勇者(バカ)3

「今日はこのへんにしとくぞ。そろそろ夕飯の準備すっから。回復した戻ってこい」


「……あ、……ありがとうございました」


 まだ明るいが日が傾き始めているのを気づき、そう言って構えを解いて木剣を下すニートさん。料理を作るのは彼の仕事だった。まだ夕食の準備に取り掛かるには早いかもしれないが、一人であの特大の量の料理を作るのはそれなりに時間がかかるから早めに作り出すのだ。


 立ち去る足音を耳にして、本日何度目になるのか分からない地面にうつ伏せに倒れた状態の俺は顔だけ上げてから礼を言う。


「おう、先に風呂を焚いとくから、しばらくしたら入っていいぞ」


 と、言い残して俺を置いてコテージへと去っていく。ボロ雑巾のようにボロボロの状態、両手はパンパンで足は長距離を走りきった後のようにガチガチになっていて、全身が筋肉痛で、傷だらけの泥だらけの酷い有様だった。中学まではバレーボールをやっていて、その上、毎日六キロほど先の学校までチャリ通のおかげでそれなり体力はあったほうだが、連日の訓練のせいでそれでも体力的にはキツイ。


 右手で地面を押すように転がり、仰向けの状態へと態勢を変える。雲一つとない、広い青空が目に入り、新鮮な空気を胸いっぱいに膨らませる。


 訓練中は必至のあまり呼吸のことなんて気にしていられない。


 数度、深呼吸を繰り返して乱れた呼吸が整える。


 三日程度でそう簡単には強くなれるとは思ってない。むしろ三日前、いや四日前の戦いに比べるとマシには近づいたかもしれないが、でもそれはただ単純にハードワークのあまりに感覚がマヒしているだけかもしれない。あー、駄目だ。やっぱり思考がマイナスなことばかりに向かってしまっている。


「……クソ、全然強くなっている気がしねぇーな、おい」


 額に手の甲を当てて、自嘲気味に笑いながら悪態吐いた。


 あとこれもマイナス思考から来ているのかもしれないが、ニートさんよりもあいつ等のほうが強い。


 何だろう、あんま偉そうなことを言えた立場ではないが、立ち会った時の感覚というか、目の前に立たれた時の全身の毛が逆立つほどの怖気が奔るほどの危機感が覚えた。より正確にいうなら出会った時よりも、あのパワーアップした時の姿、聖騎士の姿や炎狼の姿へと変貌した時、あれが心の底から身震いした。あれは危険な力だと、俺の頭の危険信号が真っ赤に鳴り響くほど。


 いや、もちろんニートさんだって俺との訓練中のあれが本気だとは思わないし、まだ余力は全然あると思うけど、それでも本気になったあの姿のあいつらには勝てないと思う。腐っても魔獣を倒した実績はある連中だ。甘くは見れない。


 寝転がっていた体を起こして、左手に嵌めた腕輪をみる。結局この腕輪は今日も何も起こらなかった。なんだ、マジでピンチの時にしか発動しない仕組みなのか?


 もし発動したとしても大したことのない力だったら? あの連中相手に対抗しえない力じゃあなかったら?


 俺はキルを守れなか―――


「あー、駄目だ駄目だ。根暗ことを考えるのは夜名津担当だろ、しっかりしろ俺」


 顔を叩き、きつけで身を引き締める。


 キルの力になる、護りたいと決めたんじゃないか。


 迷っている暇はない、強くなるなら進むしかない。


 気合を入れなおして、木剣を拾い、立ち上がる。全身に魔力を巡りまわし、回ったらその状態を留める。……強化完了。


 ニートさんはもういない。家に戻って家事を励んでいる、ニートだけに。


 だから、立ち合う人は存在しない。だから、その分イメージをし、それを固める。イメージするのは今日までを見てきたニートさんだ。


『来いよ』


 挑発するように《彼》は言う。俺はそれに乗って地面を蹴飛ばして、二、三メートルの距離を一気に詰め寄り、木剣を握りしめた右から水平斬りの一撃を放つ。ズゥン! と空を切る音が響く。


 当たり前だ、これはイメージなんだ。そして本来ならこれくらいは簡単に弾かれていた。


 それでも構わずに俺は剣を振るう。ブン、ズゥン、ブン、と幾つもの風を裂く音はなるが、その全ても悉く《彼》に捌かれていた。肩への一撃、胸元への突き、足への払い、頭への垂直斬り……。


 強化を保って、出鱈目の攻撃じゃなくて確かな一撃を込めろ、足がもたついた隙ができる。今日言われたこと頭に反映させながら《彼》と戦う。時々反撃されると悟り、一歩さがるが遅く貰った……ことのイメージができた。


 駄目だ、これじゃ。と、吐き捨て、今度は受け止めようとするが、防御以上の一撃を受けて一撃を貰う……ことをイメージした。……どうしろと?


 空想事なのでダメージ自体はない(後で恥ずかしいことした、と羞恥心悶える精神ダメージを受けることになるが今は気にしない)が、あーでもない、こうでもない、と対策を考えながらしばらくの間、一人稽古を続けた。


 数十分ほど続けてから稽古をやめ、家へと戻る。家の中は温かい、訓練のせいで空腹な腹を刺激してくる香ばしい香りが部屋中を包んでいた。匂いの発信源である台所の方へと顔を向けるとせっせと相変わらず凄い量の料理を作っていくニートさんの姿があった。


「風呂は沸いているぞ、入ってこい」


「あ、はい。ありがとうございます」


 こちらを振り向かずにそう言うニートさん。お前はオカンか、一体どこのカルデアの心が硝子の赤い外套の人だ。


 その黒い肌もつい最近でたオルタ化何かの反映か?


 そんなことを思いながら俺は風呂場へと行き、風呂に入った。擦り傷と泥まみれの体を洗い、湯が少しだけ傷口に染みる。が、それ以上に湯に体を浸けた時の生き返るような気持ちにもなる。温泉ってわけじゃあないけど、それでも一日の疲れが取れるような気がした。


 筋肉痛でパンパンな手足をほぐすように軽く揉んでマッサージをしながらしばしばの間安らぎのひと時を過ごす。


 風呂から上がり、リビングに戻るがニートさんから料理はまだかかる、と言われて席には着かずに俺はそのまま二階へと上がって行き、とある部屋の中へと入る。


 二つのベッドが置かれた部屋。その二つに寝ていたのは言わずと知れた二人の人物、自身の魔法の影響を受けた少女キルレアル・ホームレス・ロードと、呪いに蝕まれた友人夜名津がそこで眠っていた。


 看護人であるはずのインドアさんは、今は席を外しているようで部屋に姿はない。俺は二人の間にあった椅子に腰かける。


 何かにうなされているように時々小さく呻き声のような苦しそうな顔をして眠るキルと、反対に表情の変化はなく寝息すら聞こえない、まるで死んでいるかのように静かに眠っている夜名津。両極端、とまでは言わないが一緒にいるのにそれぞれ別の反応で眠られるとみている側としてはどう反応していいのか困る。


 キルは苦しそうだし、夜名津はマジで死んでいるんじゃないのかと不安を覚えてしまう。


 とりあえず、死んでいてもおかしくない相棒の手に取り、脈とか動いているか確認していみる。


「脈は動いているみたいだけど……コイツ、手冷てえーな」


 なんでこいつはちょくちょく人を不安にさせるツボを突いてくんだよ。少しは生き生きしてくんないかな。


 死んだような顔して眠るこいつを眺め、ため息を吐いてから背を向ける。こいつは心配するだけ損することは短い付き合いでよくわかった。実は夜名津とは結構仲良くなって間もない、今年に入ったくらいから仲良くなった間柄だったりする。元々クラスが違うし。


 振り返り、眠り姫の顔を覗く。


 インドアさんの言っていた通りに悪夢にうなされて泣いていたのか、顔には涙を流したような跡があった。


「やっぱり夢の中でも苦しんでいるのか」


 背もたれにもたれかかり、目を細くする。


 傷心。


 巨悪を倒す存在として信じていた人間は本当の巨悪で裏切られ、一緒に戦うと約束し支えであった人は亡くなり、多くの死線を共に掻い潜って絆を深めた親友とも決別した。まだ中学生ぐらいの少女にはそれらのことを一度に失うことはあまりにも酷な話だ。受けた傷の大きさは大き過ぎるもの。


 ―――それでもどうにかしなきゃってことは何も変わらない! 彼を止めなちゃいけないんです!!


 ―――戦う覚悟を決めた! 立ち上がることを……ただの投げやりの自暴自棄だったけど、ヤケクソだけど! なんとかしなくちゃいけない責任感が押し寄せて………怯えながらも毎日毎日、必死にしがみついて生きて努力した!


 ―――ぅぇぐ……もう……こわいよ…。つらいよ、いたいよ、……いやだよ。……もう死にたいよ……助けてよぉ。


 城で聞いた彼女の心の底からの叫びを思い出す。


 キルはキルで、俺とは違う運命ってやつを背負っている。それを逃げ出さずに立ち向かおうする姿勢もちゃんとあったんだ。だけど、度重なる不幸に惨劇、戦いでキルの傷ついた心に限界がきたんだ。


 相変わらずうなされるように眠ったままの彼女の目から一筋の涙が零れる。


「………できれば夢の中ぐらいは幸せなものを見て欲しいぜ」


 心の底からそう願いながら手を伸ばしてその涙をそっと拭いた。


 ……………………………………。


 …………あれ? なんでだ、なぜか今物凄いデジャブを覚えてしまう。しかもつい最近あった出来事だったような気がする。あれれ? マジでおかしいな、俺の過去にこんな過酷な運命を背負った少女が傷を負い眠ったままに―――。


「あ、あった」


 しかもこの世界に来る直前。そう、パワポケだ。


 夜名津が家まで遊びにきて無理矢理プレイさせられた時のキャラとこんなイベントがあった。俺が攻略しようと彼女したキャラ、野球ゲームのはずなのに女の子を攻略がメインという明らかにおかしい仕様なんだが、一先ず、俺の好みに合わせて、と言って夜名津の勧めされた天月さやかという小学生を攻略するというふざけた勧めのもと攻略をした。全く、俺はロリコンじゃないというのに、ま、まあ、夜名津の勧めだし仕方なく、本当に仕方なくそのロリッ子を攻略しようとプレイしてみたんだが。


 最初のほうは簡単にいえば『これが超次元野球だ‼』と某サッカーゲームのキャッチコピーを思い出されるような展開だったんだが、ストーリーを読み進めていくうちにさやかと共に戦って、一緒に遊んだり、特訓したり、時にさやかが失敗して主人公の元を離れていくんだが、主人公の言葉に聞きもう一度一緒に戦うと決め、互いに絆を深めていき、最初は互いにただの仲間、妹のような存在で兄のような存在と思っていた二人だったが、互いにとってかけがえのない存在へと変わっていく。


 そして最終決戦時の直前、さやかから呼び止められて戦うことは駄目だ、と呼び止められる。最後の戦いで彼らを倒してしまうと今までの戦いが終わってしまい、そのせいで二人の関係が終わってしまうと恐れ、試合には辞退するように懇願する。このまま仲間たち共に戦うか、それとも最愛の彼女の願いを一緒にするか選択肢が。


 迷いに迷った俺はさやかの望む通り、戦わない道を選ぶ。が、直後、やはり仲間たちも大事で裏切れない、戦わないと、野球の試合に出向く主人公。そういう割にお前は試合以外野球している描写殆どなかったぞ、基本彼女と遊んでばっかだったぞ、と突っ込みを入れつつ、最終決戦へと。


 ま、ゲームだし最後の戦いに勝利すればハッピーエンドだろ、と考えていた俺は勝利をすると精神が不安定になって倒れるさやか。その後のエピローグでは精神ショックを受けたことで眠ったきりの状態になり、それを見た主人公が「願わくば夢の中では幸せであってくれ」と願い彼女が目を覚ますのを待ち続ける、という何とも言えない、心にくるバッドエンドなオチを迎えた。


 ……なんだこれ、俺は一体何のゲームをやっていたのだろうという逃避と、胸に残る涙が零れてしまいそうなこの刹那な気持ちは一体何だろうということを俺に刻んできた、あの主人公と似たような状況じゃないか!?


 怖いわ~、シナリオも中身といい、今のシュチュエーションをまるで予知したかのように被る状況といい、パワポケ怖すぎるだろう!


 いや、ただの偶然で考え過ぎだとは思うが、城の時に夜名津のとっさの起点、というかパワポケ知識を駆使して何とか難を凌いだことがあるせいで、変に力が働いたように思えてしまう。実際はただの吊り橋効果やらプラシーボ効果的な何かで脳がそう錯覚させているだけかもしれないが。


 …………夜名津ならたぶんこの状況を察したらなら大変喜んだだろう。


 キルの目からまた涙を零れた。今度はテーブルに置かれていた、お湯に浸してあった布きんがあったことに気づいてそれに手を伸ばして絞り、彼女の顔を優しく拭った。


 手で拭い去っただけじゃあ消えない、涙跡で少しだけ汚れていた顔も綺麗にする。


 女の子は顔が命だし、涙まみれの子ではいけないと、そう思い綺麗にすると、そのおかげか暗かったキルの表情が少しだけ晴れて明るくなった気がする。


 それを見てから、目を閉じてホッと安堵の息をついて、もう一度目を開く。と、今まで注目していたのは顔だけだったから目の開け閉めで集中が途切れ、少し俯瞰した状態になって視野が多少広がり、キルの顔アップだった視界が、顔から下あたりへも広がったのだ。そして、視界の隅に入ってきたのは気になるものがはいる。それはちょっとした山だ。


 山なのに発展し育ちそうな山。


 二つの、まだ、小さな、山。


 ………………………………。


 いやちょっと待て落ち着こうか俺うん! 別に下世話なことなんて一切考えていませんとも、ええ!


 前半はともかく、後半は一体誰に言い訳しているのか自分でも分からない。


 一旦、深呼吸して自分を落ち着かせる。スー、ハー。スー、ハー。…………よし、落ち着いた、ならば見る(・・)


 キルを体に被された一枚の毛布。胸元あたりには曲を描くような膨らみが、確かな双丘が存在していた。


 城から逃げる際にも思ったんだが、やはりある。


 この年齢としてはたぶん年相応としても成長、そしてこの成長を維持したままでいくと将来的にはなかなかのもの(・・)となるには違いない。大でもなく小でもなく、並みとして! 個人的には小さめのサイズの方が好みだが、美のバランス保たれた容姿が調和された姿もいい。


 問題としては彼女がこの状態の成長を維持したままとしてキチンと成長できるのか、だ。


 今は第二次性徴期待った中、一番体の成長ホルモンが発達して、大きく化けることが出来る大切な時期。維持といったがそれはあくまでも比喩であり、ここのターニングポイントを逃すことは愚の骨頂。まだあどけなさ残る少女から女性へと変わる神秘。


それはつまり今はまだ少女であるという証!


 ゆえに思う。今のうちに揉んでおくべきか、と。


 というか、今揉めるんじゃあないのか?


 俺の中で何かが目覚めようとしている。それが何のかは分からないが、決して勇者の力ではないということは断言できる。


 背負(おぶ)っている時には、確かな柔らかみと柔らかさを堪能したけど、所詮は背中越しだ。それでも十分ではあるんだが、しかしそれでも新しいことへの挑戦心や未知への探求心という常に進化や新たなステージを目指すことは年頃の男子として当然のこと。


 そして目の前にいるのは第二次性徴の待った中の少女と女性という間に挟まれた揺れ動きながらも確実に成長という変化し続ける、神秘現象の貴重な時間。少女でいられることは残り少なく残念であるが、まだ少女である今だからこそ、その価値は希少。揉むにはプレミア感がある。


 息は少し荒げて白い柔らかな頬を赤らめている。まるで俺に揉まれることを期待して興奮しているように。


 今俺は物凄いチャンスが訪れているんじゃないのか?


 ひしひしと背筋を通って伝わってくるのは背徳感。あどけない少女、しかも眠ったままの少女に手を出すことにかつてないほどの異様な興奮を覚えている。


 今、この瞬間、届くのだ! 手を伸ばせば届いてしまうのだ、まだ少女であるときの神秘の体に! この手が!



「…………も、もちろん、冗談だけどな!」



 手を伸ばしかかろうとした時、ギリギリで理性が働いて留めてくれた。俺は前屈みになった体をベットから離し、誰か見ているはずでもないのにハハハ、思いっきり笑って誤魔化す。


 眠っている少女に、しかも傷心を負っている少女に手を出すなんて鬼畜外道な真似できるか。社会的に抹殺されるわ。……あれでもここは異世界だから日本悪しき青少年なんたら法は関係ないんだっけ? ……いやいや関係なくとも踏み込んでいいラインと駄目なラインはあるよね!


 背徳感はあったが、流石に罪悪感が勝った。


 笑うのをやめて、考えるように頭を掻いてから椅子から立ち上がる。よし、様子も見たしそろそろ戻るか。順調とは……言わないが、少なくとも回復には向かっていているはずだ。心配は少し残るけど俺がここにいても何もできることはなかった。


 ニートさんの食事もできるころだろうし、出来てなくても手伝いくらいはしよう。もう風呂にも入ったし、早く飯を食って寝て、明日への英気を養おうと思い、ドアノブを回した時だ。俺に電流が奔る。静電気ではない。


 なんだ、今、何か思い付きかけた……? けどなんだ、一体何を思い浮かべたというんだ? そして、それは俺を幸せにしてくれるような気がするように思えるのは何故なんだ。


 俺はゆっくり、ゆっくりと頭の片隅からおぼろげに存在する、それを消えてしまわないように掘り起こしていく。


 今の俺にできることはない、本当にそうなのか?


 今から手伝うことはニートさんの食事の手伝いだけで、本当にそれだけなのか?


 傷ついている少女の涙を拭き取るだけでいいのか!?


 否、それだけじゃあ、駄目だろう! そう―――


「キルの体を隅々まで拭いてあげないと(使命感)」


 ほら、だってずっと寝てばかりで体は洗っていないだろうし、悪夢にうなされているなら寝苦しくて汗ばんでしまうだろう。いくら寝たきりで洗浄できないのは明らかに問題があるだろう。病人ならなおさらだ。


 それに何よりこれは先ほどの下世話な罪悪感がいっぱいになる鬼畜外道の卑劣な行為ではなく、これはあくまでも看病であるため、服を脱がして体を拭くことに対して恥じる行為なんて一切ない。ゆえに問題は何もない!


 ほら、どこぞの狂戦士として存在している看護婦長さんだって、「消毒、殺菌」と清潔感は大事なことだと教え、叫びながら戦っているのではないか。それと同じ、弱っている人の身体を清潔にしてあげるのは何の問題はない。


 そして、清潔するためのお湯と布きんもこの部屋にはある。まるで神が俺がそうするようにと仕向けているのではないか。勇者としてここは素直に従うべきだ。


 うむ、非の打ちどころは一切ない。


 俺は開けようとしていたドアを閉めて、鍵をかける。……行為に及ぼうとした瞬間とかしている最中とかで、誰かが入ってくるのはラブコメでよくあること。未然に潰しておくのは定石。


 よし、これで何も心配はない。心起きなくキルの体を隅々まで洗ってやるぞ!


 そう意気込みながらキルの元へと駆け出さんばかりの勢いで振り返る。


「って、わお!!?」


 振り返って目に入ったものに驚きで、そのあまり反射的に後ろへと大きく飛び退こうとしてドアにぶつかる。


 幽霊でも見たかのような反応だが、まさにそれに等しかった。いや、気持ちとしては幽霊以上のものを見た驚きだった。


「…よ、夜名津……目が覚めたのか?」


「…………」


 夜名津が上体だけ体を起こしていた。


 そうだった、こいつの存在を忘れていた。外から来る敵の排除はできても中にいる存在については失念していた。クソ、なんと、ラブコメ的なセーブの仕方を!


 悔やみながらも、ってそういうことでない、と自分に突っ込み、『キルの体を洗っちゃおう』作戦も横に置いておき、とりあえず冷静を装いつつ目覚めたことに驚いたていでいよう。……実際にそうだし。


「夜名津、大丈夫か? 」


「…………」


 俺は立ち上がって夜名津に近づく。まだ目が覚めたばかりで何がなんだかよくわかってないのかボケー、とした状態の夜名津。うむ、本人曰く寝起きはいい方だと言っていたが、やはり長い時間眠っていたせいか完全には醒めていない様子。


「おーい、大丈夫か? これ何本に見える」


 目の前に手を出してブラブラさせたり、指を折り曲げて数を確認させる。すると、焦点が合っていなかったような夜名津は恐る恐るといった具合に周りを見回してから俺へと視線を向けられる。


 ………ん? 気のせいか。あれ、何か違和感が。


「夜名津、お前」


「あー、あのぅ……


「おい、どうしたんだチヒロ。何かすごい音がしたぞ」


「チヒロ君だいじょう、あれ? 鍵が掛かっているわ。チヒロ君! チヒロ君!!」


 掠れたような声を発しながら夜名津が何か言おうとすると、吹っ飛ばすように入り口からドタバタとニートさんとインドアさんの声が聞こえてくる。先ほどの起き上がった夜名津を見て、驚いた時の声を聞きつけて慌ててきたみたいだ。


 あ、ヤバッ、カギ閉めたままだったんだ。


 壊さんばかりにドアを叩いて、ガンガンと無理矢理ドアを開こうとしている外にいる二人を慌てて止める。


「あ、大丈夫です、今開けますから! 夜名津少し待ってくれ」


 あ、と夜名津は呼び止めるような声を出すが、俺はそれを無視して鍵を開けると、勢いよくドアが開き二人中へと入ってくる。


「チヒロ君、一体どうしたの? 何があったの……って、あ、そういうことですか」


 中へと入ってくるなり、俺を捕まえて心配して駆け寄ってきたドドリア、だから違うインドアさんだ。インドアさんは訊ねてくるが、部屋の中の状態を見て気づく。ニートさんも同じなのか、簡潔に言ってくる。


「あー、つまりあれだな。あいつが目覚めたことに驚いて、その時の衝撃かなにかでドアの鍵がかかった、ってことでいいのか?」


「あ、はいそうです!」


「……えらくいい返事だな?」


 怪訝な表情で俺をみてくるニートさん。いやだな~、別にやましいことなんて全くありませんよ。ええ。ニートさんの言う通りに夜名津が目覚めたことに驚きましたとも。鍵についてはその前後なのかどうなのかは驚きのあまりに記憶が一切定かではないんですよ~。なんか、驚く前に閉めたような記憶もあれば、驚いた後に閉めてしまった可能性もいや、後の可能性が高いかと、……あ、はい、完全に驚いた後のことでしたね。ええ。私の記憶には間違えはありませんとも。


 内心では汚い政治家の言い訳するようなことを吐いて、都合のいい記憶へと改ざんさせる。政治家(おとな)へと一歩近づいた私。


 疑いの眼差しを向けてくるニートさんを気づいてないように装っていると、インドアさんが夜名津へと近づいて具合の確認を始める。


「あなた、大丈夫? どこか痛みやおかしなところは感じないかしら? 自分を誰だか理解できている?」


「……あ、はい。大丈夫……です」


 やはり若干掠れたような声、喉がだいぶ乾いているようなしわくちゃな声で答える夜名津。まだ本調子ではないようで左手で頭を抑えるように軽く叩く。


「……えー、と?」


「私はインドアです。覚えているかしら? 森の中で君と出会ったことを」


「…………あ、はい。一応」


 頷いているけど、友人であり、奴のことはそれなりに知っている俺としての独断の判断だが、たぶん奴はインドアさんの事を覚えてないな。三日間の間寝込んでいたせいではなく、元々人を覚えるのが苦手な奴だ。俺も覚えてもらうには相当苦労した。


 インドアさんは人を落ち着かせるような優しい笑みを浮かべながら、そう、と頷いてから振り返ってニートと、叫ぶ。


「ニート、水、いやできれば白湯を持ってきて。あと、消化に優しいものも」


「おう、ちーと待ってろ。飯は少しかかるけど白湯と水はすぐ持ってきてやる」



 × × ×



「岡之原君のせいでこの世界の生態系やらなんやらをバランス崩していっているせいで、世界が滅びそうになっている、と。なろう主特有の自分包囲で周囲の人間の知能を低下させる主人公補正でそのことには気づいてない、と。マジか、やっぱりなろう主人公ってクソなんだね」


「大雑把なまとめ方されるとそうなんだが、後半のお前の言い方は物凄く悪意を感じるな」


 カラカラに乾いていた喉を白湯と水を摂取して、喉を潤わせて、ニートさんが作ってきた粥を相当腹が減っていたんだろう、実際に三日ほど寝たきりのせいで絶食状態だったわけで、たらふく食いあげた夜名津は完全に調子を取り戻した。


 そのあと、俺も聞いた岡之原の偉業とそれよって起こりえた事変についての説明をして、今の感想を吐いた。


「確か、何か死者の亡骸を操っているとかオーバーロードみたいな話は一応聞いたよ。全く、墓荒らしは最大の罪だ、ってミッシェルさんの台詞を知らないのかな」


「ちょっと待て、それどこで聞いたんだ!?」


 寝ていたはずの夜名津が当たり前のように俺も知らない情報をいつものオタク話を混ぜてから流すように話して、俺は慌てて待ったをかける。夜名津は相変わらず何を考えているか分からない無表情のままこちら見据えては何気ない調子で言ってくる。


「どこって、死後の世界の、迷惑界? ……じゃあないんだっけ? あそこは。確か……夢の世界? 的な何か?」


「冥楽界ね、ガノイチ君」


 夜名津のちゃんとしない言葉をフォローするようにインドアさんが言う。夜名津も、そんな感じの名前だったような気がします、と返答する。


 それを聞いて俺はあることを思い出し、そしてそれを察したようにインドアさんは言葉を続ける。


「ガノイチ君、君に話しておかないことがあるの。たぶん薄々とは君自身も気づいているとは思うけど、君の体には不死身の特性、不死の呪いがかかっているの」


「………」


「冥楽界についてある程度知っているってことは、そこで出会った冥楽獣と聖約を交わしたはず。そして、今話した情報もその獣から聞いたってことよね」


「……そうですね。一応、その辺の話もさっき(・・・)聞きました」


「ん、さっき?」


 奇妙な言い回しに反応して、聞き返す。


「ああ、さっきだ。えーと、僕の感覚というか夢の中なんだけど、そこでまた再開したんだよ、()に。聖約についての話……デメリットとか、あとこれからについて戦いに備えて僕だけの能力の開発に協力してもらった」


「僕だけの能力? …ガノイチ君、あなたもしかして魔導遣いに!?」


 夜名津の言葉を聞き、驚きで声を上げるインドアさんに夜名津は頷きかえす。魔導遣いとやらについては俺は知らないが、どうやらこいつはまた何かしらの力を手に入れたらしい。……どうして、俺よりも先にほいほいと覚醒して強くなるのかねえ、こいつは。


 勇者として立場が無くなっているようなそんな疎外感を覚えつつも、いや、大丈夫俺にはもピンチの時にも勇者として力が目覚めてくれるはず、と自分を宥めて励ます。でなきゃ、心が折れてしまう。


 そんな俺の心情など露知らず、裏切り者は話を続ける。


「といってもまだまだ全然未完成なんだけど。なんせ時間がなかったからね。確か僕が寝ていたのは三日ほどなんだっけ? けど、実際にあっちにいたのは感覚としては半日程度でその間でできたことはどんな能力にするか考えて大体の形を作り上げたくらい。たぶん今のところ実際に扱えるのは一つだけだ」


 夜名津はふいに右手を前へと出す。一体、何事かと思ったがすぐに理解できた。その能力を見せびらかそうとしている。


いかん、そんなことされたら俺の勇者として立ち直れなくなって、嫉妬に苛まれて勇者千寿の闇ルートに待ったなしがかかってしまう! ……が、それはそれとして夜名津の力がどんなものなのか気になって見てみたい気持ちもある。


 見たら凹むが、見なかったら気になって仕方がない。


 二つの選択肢に板挟みにされて大きく揺れる動く心。クソ、今ならオークに犯される女騎士の「悔しい、…でも感じちゃう!」の気持ちがよくわかってしまうくらいだ!


 見る見ない見る見ない、と悩みながらも夜名津は能力を発動させ、


「……」


 発動さ……。


「…………」


 発動……。


「………………あり? ちょっと待って、……あれおかしいな? え、あれ?」


 発動しない。


 頭を捻りながら不思議そうに右手で、グー、パー、グー、パーを繰り返したり、手をブラブラさせたり、左手で右手首を掴んで目を瞑って念じるように祈り捧げる。


 ………。


「…うっ、僕の右手に眠る邪龍の封印が解かれる!! し、静まるんだ、ファフニールよ! お前の力を僕は必要としていな、うわあああぁぁぁーーー!」


「棒読みで中二アテレコやめてくるかな?」


「お前だって途中からノリノリで合わせていたじゃねえか」


 皆大好き封印されたうんぬん的な夜名津の全力演技に、俺のアテレコという大変プレミアな演劇もあったが、しかしその後も夜名津は魔導とやらを発動させようとする試みるが結局のところ、その日夜名津の能力を見ることはなかった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ